酒の席で暴露話








 それは、魔人を無事に倒したその夜の──祝杯現場で起きたことである。
 カプセルコーポレーション内の、巨大なパーティ会場の中。
 部屋のほとんどを占めるテーブルの上に、所狭しと並べられた料理、料理、料理!
 そのことごとくを食い尽くす勢いで、サイヤ人たちは、右手と左手と無駄に高い戦闘能力を駆使して、自分の口の中にと入れていく。
 その凄まじさは、「そういうものだ」と分かっている人間ですら、物凄く引いてしまうほどに、すごかった。
「っていうか、このベジータの姿見て、誰が王子様だって思うんだよなー。」
 はは、と、申し訳程度に皿に盛ったステーキを食いながら、クリリンが零す。
 その隣では18号が、ワインを傾けながら、うんざりした顔でサイヤ人たちが占める一角を睨みつけていた。
「ったく、見ているこっちが、気持ち悪くなってくるよ。どれだけ食べるつもりなんだか……。」
 次々に皿の上から消えていく料理。そしてそれに比例するように増えていく料理。
 一体、どれくらいこの光景は続くのだろうか、と、顔を歪めたところで、早々にサイヤ人と同じテーブルに就くことをあきらめたヤムチャが、ワイングラスとワイン瓶を持ちながら、クリリンたちの所へと避難してきた。
「ぜんっぜんダメだ。あの中に欲しいものがあっても、フォークで差すよりも速く、誰かが食っちまう。
 サイヤ人スピードには、とてもついてけないぜ。」
 とてもじゃないけど、あの速度にはついてけない。
 そう、げっそりした顔で呟くヤムチャの後ろでは──ベジータと悟空が、「そこまでやるかっ!?」と思うような速度で手を動かしていた。というか、フォークを振るっている姿が見えない。
 悟飯も同様。目の前の皿から、瞬時に食べ物が消えて行っているようにしか見えなかった。
 ──ちなみに悟天とトランクス相手なら、何をどうしているのか見えるし、ついていけるのだが、彼らは体が小さい点を生かして、テーブルの上に登りっぱなしで皿を囲んでいるので、「それを取りたい」と言えるような状態じゃない。──っていうか、悟天が手づかみで食べている食べ零したっぷりの皿の上から、物を取ろうとは思わない。
「だが、悟空は食べ零しもすごいが──、ベジータと悟飯は綺麗に食べているな。」
 天津飯も避難するように、壁の花となっていた面々の元に集ってきて、やれやれと溜息を零す。
 彼に言われてみて、そう言えば、とクリリンは視線をソコへ戻した。
 悟空は、食べた食べ零しごと、空になった皿を舐めたり、皿ごと口に入れたりしているので、食べ終わった後が食い散らかされている──という印象はあまりない。
 けれど、よく見てみれば、ボロボロと食べ零しはしているのだ。それが全部、計算されたかのように皿の上に落ち──その皿を後で全部綺麗にしているから、そう見えないだけで。
 しかし、悟飯とベジータは、その辺りが上手い。食べ零しそのものが、極端に少ない。しかもベジータは、きちんとソースがついている物を食べた後は、口を拭っているのだ。
「そこだけ見ると、上流階級育ちって感じがするよな。」
 あくまでも──「そこだけ」クローズアップしたら。
 思い切り良くそれを強調して呆れるクリリンに、はは、とヤムチャが笑った。
 そんな彼の肩に、するり、と白い腕が後ろから絡む。
「はーい、あんたたち、飲んでる〜?」
 それと同時に、ヒョッコリとヤムチャの肩越しに顔を覗かせたのは、未来の──この世界の「天才科学者」その人であった。
 未来のブルマ同様、ショートカットにした髪をサラリと揺らして、少しだけクリリンたちが知るブルマよりも年を重ねたような、薄い皮膚の印象を与える容貌をほんのりと朱色に染めて、ブルマは上機嫌に笑う。
「ブルマ! おまえ……飲んでるなっ!?」
 間近で見れば、とろりと潤った目を見て、ブルマが、あはははは、と明るく笑った。
「飲んでるわよーぉ、あったりまえでしょーっ! こーんな楽しい日に、飲まずにいられませんって!」
 言いながら彼女は、ヤムチャに顔を近づけて、はぁ、と吐息を零す。
「ぅわっ、酒臭っ。」
 思い切り顔を引いたヤムチャに、赤く染めた頬をプックリと膨らませて、なーによー、とブルマは唇を尖らせる。
「こんな美女に近づかれて、あんた、その態度はないでしょー。」
 酔っ払った美女は、ヤムチャの腕にしなだれかかるように下から睨み挙げてくる。
 そんなブルマの行動に焦ったのは、クリリンとヤムチャであった。
「ちょ、ぶ、ブルマさんっ! ベジータがいるのにっ!」
「そうだぜ、ブルマ! おまえ、俺を殺す気かっ!!」
 思わず真剣に、悲鳴をあげたい気持ちになりながら、間近に触れた柔らかな体の──そして酒の匂いに混じって香る甘い匂いに、ヤムチャは泣きそうな気持ちになる。
 こんなところをベジータに見られたものなら、ガッツリと後ろから頭をつかまれて、向こうまで勢い良く投げられるに違いないのだ。
 軽く骨折くらいはするかもしれない。
 そんなことになったら──せっかくブウとの戦いで無傷とは言えずとも、軽症で済んだのに、ふんだりけったりではないか!
 そんな気持ちで、ブルマの肩を強引に後ろにどけようとするヤムチャに、ブルマは不思議そうに目を瞬く。
「は? 何言ってんの、あんたたち? ベジータに、なーんでヤムチャが殺されるのよ? 意味わかんないわー。」
 とろりと酔っ払った顔で、ブルマはケタケタと笑い出す。
 そんな彼女に、
「な、何言ってるんですか! ブルマさんだって知ってるでしょ! ベジータは──……その、けっこう、嫉妬深いんですからっ!」
 クリリンは拳を握り締めて怒鳴りながら──最後の一言は、小さく、こっそり、と零す。
 途端──ブルマは、酔いも一瞬で醒めたかのような顔で、驚いたように目を見開く。
「えっ!? そうなのっ!? やだ、うっそ、あのベジータがっ! へーぇ、なんだビックリねー、もしかして、そっちの私って、けっこうアイツに愛されてたりするわけっ?」
 とたん、しなだれていたヤムチャから身を起こして、へー、と、嬉しそうに、楽しそうに目を輝かせて、悟空と飯の取り合いをしているベジータを振り返る。
 そんなブルマの態度と言葉に、へ、と気を抜かれかけていたクリリンとヤムチャは、すぐに「意味」を理解して、ああ……と、溜息にも似た気持ちで視線を合わしあった。
 そうだ──数年前に未来のトランクスが来た時に聞いた話だと、この世界に「自分たち」は居ない。
 ベジータが死んだのも、クリリンたちが死んだのも、生まれたばかりのトランクスが1歳かそこらの時なのだろう。
 現実の世界でもそうだが、トランクスが生まれたばかりの頃──人造人間が襲来してきたときに、ベジータはブルマもトランクスにも、特別な感慨を持っていないように見えた。実際、そのような態度しか見せていなかった。
 トランクスのことを「俺のガキ」と呼び、ブルマのことを「ガキを生んだ女」程度の認識は──もしかしたらそれ以上の認識は持っていたかもしれないが、情が移ったというには、その情があまりに薄すぎるような気がしてならなかった。
 自分たちは、その後のベジータも知っている。地球という世界に浸り、情を持ってしまったベジータが、それゆえに苦悩した結果、バビディに操られることになった経緯も知っている。
 今、目の前で悟空とくだらない勝負をしているベジータが、態度からもブルマとトランクスを大事にしていることを滲み出させているのを知っているから──だから、うっかりしていたけれど。
 目の前で楽しそうに笑う人は……自分がベジータに愛されていたかどうかすら知らない、そんな時代のままの、「ブルマ」なのだ。
 そう思うと、なんだか切なくて哀しく思えて、クリリンはショボンと顔を俯かせた。
「あ、あの──ブルマさん。」
「驚きよねーっ。まさかこの年になって、そんな事実を知るとは思わなかったわー。
 あいつ、なんだかんだ言って、私のこと好きだったくせに、とか思ってたけど、本当に好きだったのねっ!
 やるじゃん、私!」
 何て声をかけたらいいのか──そう思ったクリリンの気遣いは、明るいハキハキしたブルマの言葉により、吹っ飛んだ。
 吹っ飛びすぎて、どうしようかと思った。
「……ぶ、ブルマさん?」
 もしも、人造人間がたおされていたら──そんな未来だったら、自分は彼に愛されていたのか、と、そうしんみり思わせてしまったかもしれない、というクリリンの気遣いは、ブルマの上を見事に滑った。
「まだまだ私もイケるんじゃないかしら? この機会に、ベジータを誘惑して、二人目作るって言うのもアリかもしれないわねっ!
 どう思う、ヤムチャ?」
 あっはっはっは、と笑うブルマの態度に、やっぱりブルマはブルマか、と肩を落としかけたヤムチャは、とりあえず疲れた顔で突っ込んでおいた。
「お前、やっぱ酔っ払ってるだろ……。」
「あーら、だから言ってるじゃない! こんな楽しいお酒なんて、ほんとひさしぶりで!」
 だからつい、カポカポ飲んじゃったのよねー、と、明るくブルマは笑う。
 その笑い顔は、本当に楽しそうで、嬉しそうで──その奥に隠れた、20年もの間の苦悩は、綺麗に隠れて見えなかった。
「そ、そうか……それは、良かったな。」
 なんと答えていいのか分からず、そう天津飯が言えば、ブルマは明るい笑顔で彼を振り仰いで、バンバンと彼の胸を叩くと、
「そう! 良かったのよ!
 なんてったって、トランクスはいるし、悟飯君まで生き返ったし!
 皆は生き返らなかったけど、でも、またこうして一緒に御酒が飲めるしっ。」
 まるで夢のようね、と、ブルマは笑う。
「これだけ嬉しいのって──トランクスが生まれて以来じゃないかしらっ!」
 ふふ、と笑ってブルマは自分が持っていたグラスに、ワインをなみなみと注ぐと、ぐい、と一気にあおる。
 その仕草に、おいっ、とヤムチャたちが止めようとするが、それよりも速くブルマはそれを飲み込んでしまった。
 言葉を紡いだ瞬間、蘇ってきた苦い気持ちを飲み込むように、ごっくんと一気に飲み込む。
 ぷはぁっ、と──ワインを飲むとは思えないような仕草で口元を拭ったブルマは、んふふ〜、と目元を緩めると、
「そ・れ・で〜、私の可愛いトランクスと悟飯君は、どこに居るのかしら〜?
 なんでこの輪の中に居ないの、あのこたちは!」
 これが終わったら、そう時間が経過しないうちに、また三人だけの生活になるって言うのに〜、と、ブルマは小さなしゃっくりを零しながら呟く。
 楽しめるうちに楽しまないと! ──そういう、せつな的な享楽を口にするブルマの言葉は、彼女たちが歩いてきた険しい道のりの長さを、微かに感じさせた。
「トランクスたちなら、あっちで何か話してるようだよ。」
 その、長く苦しい道を思って、思わず沈黙してしまった男どもに変わって、18号が指先で入り口近くの窓の桟を指し示す。
 横に長い窓の近くで、この世界のトランクスと悟飯が、二人で座り込んでなにやら話しているのが見えた。
 久しぶりの再会の後、ゆっくりと話す暇がなかったから──師弟水入らずで話をしているのだろう。
 そう思って声をかけずに、クリリンたちも遠慮していたのだが……、
「あらやだ、あの子たちったらっ! これからいつでもどこでも話せるって言うのに、なーんで、二人でいちゃついてるのかしらねーぇ。まったく。」
 ちゃぷん、と揺らしたワイン瓶を隣に立っていたヤムチャに渡すと、連れ戻してこなくっちゃ、と呟いて、ブルマは二人の方へと歩き出そうとする。
 その途中、おっと、と脚を止めたかと思うと、クルリと踵を返して、18号の前で立ち止まった。
 なに、と、軽く顎を引いた18号に、
「教えてくれて、ありがとうね〜。」
 ちゅ、と、素早く頬にキスを送る。──とたん、
「あーっ!!!! ブルマさん、何するんですかーっ!」
 クリリンが震える指先を目の前に突きつけて、ブルマに向かって叫ぶ。
 ブルマはそんなクリリンの顔を見て、にったー、と笑う。
「なにって〜、あーら、お礼のキスじゃなーい。」
「18号は、俺の嫁さんですよっ!!?」
 体をハリネズミのように尖らせて叫ぶクリリンに、ふふーん、とブルマは楽しそうに笑う。
 その笑顔は、年を重ねていても──自分たちのブルマと同じような顔で、同じ表情で。
 どう見ても、面白がっている。
 ぷぷぷぷ、と言う笑い声まで聞こえてきそうで、むぅ、とクリリンは眉間に皺を寄せた。
「もう! いいですから、さっさとトランクスたちのところに行ったらいいじゃないですか!」
「はいはーい、わかってるわよぉ。
 んふふ、後でたっぷり、クリリンと18号の馴れ初めについて、聞かせてもらうからねぇ〜。」
 まだまだ時間はあるんだから♪ ──と。
 ものすごく嬉しそうに楽しそうに、ブルマは足取りも軽く窓際に向けて歩いていく。
 そんなブルマの背中に、ふー、ふー、と威嚇するクリリンを前に、18号はキスされた頬を手の平で押さえながら、複雑な表情を浮かべる。
 言うなれば、「なんだあのおばさん」と言ったところだろうか。
 とは言うものの、自分たちの世界のブルマには、クリリンや自分にボディガードなどの仕事を紹介して貰っているという恩もある。
 なんともいえない気持ちになったが──まぁいいか、と思ったのか、
「放っておきなよ、クリリン。」
 これ以上は興味が無いと言うように、再び壁に凭れて腕を組む。
 そんな18号を見上げて、でも、とクリリンは唇をゆがめると、背伸びをして18号のほっぺについたブルマの赤い口紅を手の甲で拭い取った。
 あ、という顔になる18号に、クリリンは不機嫌そうな顔を隠さず、
「こういうのには、気をつけてくれよな、18号。」
「あ、ああ……。」
 なるほど、そういうことか、と18号は、まだうっすらと残っている赤い痕に指を這わせながら、ブルマの後姿を見送る。
 この世界のブルマは──「人造人間」に、苦しめられてきたはずだ。
 にも関わらず、自分を見たときに、一瞬辛いような苦しいような顔をした後は──何もなかったかのような態度と仕草で、普通に接してきてくれる。
 それどころか、隙あらば、自分の口からクリリンとの恋愛譚を聞こうとしてきたりするのだ。
 それが彼女なりの気遣いなのかもしれないが──……さすがは、「あの孫悟空と一番古い付き合いのある女」だけあるということか。
「……トランクスが生まれて以来、か。」
 感心した気持ちで見やったブルマの背中に向けて、ぽつり、と天津飯が呟く。
 その声に、ヤムチャたちがキョトンと目を瞬く。
「え?」
「いや、さっきブルマが言っていただろう? こんなに楽しいのは、トランクスが生まれて以来だと。」
 そう言えば、酔っ払いながらそんなことを呟いていたような気がする。
 あぁ、そう言えば、と思ったところで、天津飯は微妙な表情で、
「──つまり、……そういうことなんだろうな。」
 と、続ける。
 感慨深げに、目線をソと落とす天津飯が濁した内容は、つまり。
 その意味に気づいて、ヤムチャとクリリンがハッと顔を見合わせる。
「──あ、あぁ……。」
 20年の間、ブルマは心から楽しいと思うことは、決してなかったのだろう。
 悟空が居て、ベジータが(一応)居て、みんなが居て。
 トランクスを囲んで、皆で楽しく笑っていた頃。
 その時の集りが、一番楽しかったのだ、と──ブルマはそう言っているのだ。
 後は、まるで灰色に包まれたようなものだと。
 けれど、それに同情をすれば、ブルマはきっと胸をはってこういうに違いない。
「あら、でも、もう世界は救われたのよ! これからは、もっともっといいことだって、楽しい事だって、どんどん出てくるわっ。
 そんな、あんたたちがしんみりすることはないのよー。」
 ──と。
 そう分かっていても、なんとなくしんみりしてしまうものは、してしまうもので。
 クリリンは、こりこりと頬を掻きながら、
「ブルマさん、こんな状態の中でも、たくましくタイムマシンとか作ってるんだもんなぁ。」
 脳裏に、「か弱いレディーなのよ!」と言い張りながら、常に冒険に首を突っ込む形になっていたブルマの姿を思い浮かべる。
 なんだかんだで、あの人、ほんと、たくましいんだよな。
 レッドリボン軍と戦うようにしてドラゴンボールを集めようとしたときだってそうだし。
 ナメック星にドラゴンボール集めに行ったときだってそうだし。
 これは冒険ではないが、ベジータ相手に普通に接した挙句、赤ん坊まで生んじゃったときだってそうだし。
 ほんとあの人、ここぞと言うときに、たくましいって言うか。
「こっちの世界の人たちも、幸せになれると、いいよなー。」
 後ろ頭を抱えながらクリリンがそう呟くのに、ヤムチャは昔の恋人の背中を見送りながら──そうだな、と、小さく同意した。
 そして一同は、なんとなくブルマの背中の行方を追った。
 ブルマは、本気で酔っ払っているのか、おっとっと、と、ところどころで躓きそうになりながらも、窓際に近づいた。
「ちょぉっと、トランクスー、悟飯くーん。二人でこーんなところで、何話してるのよーっ? 母さんも混ぜてよ〜っ!」
 そのまま放っておけば、勢い良く二人に抱きつきそうなふらつき加減で、二人の前で上半身をかがめる。
 出窓部分に腰掛けたトランクスと悟飯が、目をトロンとさせて顔を赤く染めたブルマを認めて、仲良く顔をあげる。
「母さん。」
「ブルマさん──もしかして、もう酔っ払ってるんですか?」
 呆れたような顔をする息子と悟飯に、もー、と、ブルマはプックリと頬を膨らませる。
「なーによーぉ、あんたらも、そろいもそろってお説教するつもりなのっ?」
 びし、と指先を悟飯とトランクスの顔先に突きつけるブルマに、二人は酔っ払いすぎだと言うように、苦笑を滲ませて見せた。
「──でぇ、あんたたち、こんな端っこで何を話してたのよー? せっかくなんだから、皆の輪の中に入りなさいよねぇー。」
 ブルマは手近から椅子をひったくってくると、それを二人の前に置いて、どっかりと斜めに腰掛ける。
 みんなと一緒にパーティするよりも、面白い話があるのっ!? ──というように顔を突きつけられて、悟飯は曖昧な笑みを浮かべた。
「あ、いえ──、俺も生き返ったばかりで、わからないことも多いので、あっちの世界のトランクスとか、悟天とかの話を聞いてたんですよ。
 今は、彼らがスーパーサイヤ人になったいきさつを聞いてたところで。」
 何せ、久しぶりに再会したトランクスも驚いたのだ。
 小さかった自分が大きくなったのは分かることとしても──悟天の存在が増えているのと、小さいトランクスと悟天の二人が、あの年齢ですでにスーパーサイヤ人になれたりとか。
 それどころか、妙なポーズをしたかと思うと、突然一つの体になって物凄いパワーアップをする所とか。
 一体、過去の世界で8年くらいの間に、何が起きたのだろうか──そう思うのに十分すぎるくらい、色々とビックリしたのだ。
 それを、この10年近くの間、死んでいた悟飯が──タイムマシンの存在から教えられないといけなかった悟飯が、たった一日で理解できるはずがない。
 それでも様々な疑問に蓋をして、それぞれの癖や戦い方を少しの間で見抜き、コンビネーションもバッチリに戦ってくれたのは、さすがだとしか言いようが無いのだけれども。
 あの時は次々に起きる戦いに必死で、悟飯にもまともな説明もしてきていなかったので、今、ちょうど一同が同じ部屋にいるから、それぞれのことを説明していたのである。
「あら、なに? あの小さいトランクスと悟天君、スーパーサイヤ人になれるの? へー、すごいわね、ひぃふぅみぃ……スーパーサイヤ人のバーゲンセールじゃない?」
 椅子の背もたれに圧し掛かりながら、ブルマは室内にいるサイヤ人の人数を数える。
 悟空に悟飯にベジータにトランクスに悟天。トランクスと悟飯は二人ずついるから、この部屋には7人ものサイヤ人がいることになる。
 しかもそのすべてが、スーパーサイヤ人になれると言うのだ。
 まさにバーゲンセールだ。
 これはいい表現だと、ぽむ、とブルマが手を叩く。
 ──そんな彼女の表現に、
「それ……前にもベジータが言ってたってチビトランクスが言ってたよなー。」
 懐かしいなぁ、と、クリリンが小さくぼやく。
 やっぱり、夫婦は似るものなんだなー、と、どうでもいいことを、こんなところで実感してみた。
 妙に所帯臭いセリフだと、聞いたときには思っていたけれど──どうやらブルマの影響らしい。
「バーゲンセールって……母さん……。」
「でも、どうやってスーパーサイヤ人になったの、あの子たち?
 悟飯君がスーパーサイヤ人になった時だって、トランクスがなった時だって、けっこう大変だったじゃない?」
 ついでに、孫君の時も、ベジータのときも大変だったわねー、と、暢気に指折り数えるブルマの姿に、悟飯は微かに苦笑を浮かべる。
「そ、そういえばブルマさんって、皆がスーパーサイヤ人になったときのことを、全部知ってるんですよね。」
「え? あ、そうね〜、そう言えばそうだわ。」
 その「裏側」には、彼らがスーパーサイヤ人になるほどの、過酷な運命が潜んでいる。
 それに関わっていたということは、ブルマ自身、辛い思いをしてきたに違いないだろうに──当の本人はケロリとしたものだ。
「ベジータのときは酷かったわよー。孫君が死んですぐだったから、あっちの過去の世界とは違うタイミングなのかしらね? もう、毎日重力室で……。」
 酒に酔ったため、口が軽くなっているのだろう。
 ブルマは懐かしいことを思い出すような視線で、向こうでベーコンの奪い合いをしているベジータと悟空を見つめる。
 その目に、優しい色が宿っているのを見て、トランクスは少しだけ切なげな笑みを浮かべる。
 ブルマがトランクスにベジータの話をするときは、いつもあっけらかんとして端的な表現ばかりだった。
 父のことを聞きたいとせがむと、惜しみなく教えてはくれるのだが、その言葉の中に「愛情」と言った類の甘い色を見ることは、あまりなかった。
 そんなものだと思っていたが──こうして実物が目の前にいると、やはり少し違うのだろうか? それとも、酒に酔っているため、いつも自制しているものが滲み出てきたのだろうか?
 ぼんやりとそんなことを思っていたトランクスの隣から、悟飯がおずおずと、ブルマに声をかける。
「あの……ブルマさん、その、トランクスがスーパーサイヤ人に初めてなったのって……。」
「! ご、悟飯さんっ!」
 とっさにトランクスは、師である悟飯を仰いでいた。
「その話は──……っ。」
「うん、聞かなくても大体想像はつくんだけど──やっぱり、ちゃんと聞いておいたほうが、いいかな、って思ってね。」
 苦い笑みを口元に刻むと、悟飯の左頬に走った大きな傷が歪んだ。
 その──過去から来た悟飯との違いを明確に分ける傷跡に、トランクスはグと眉を寄せる。
 そのことは、もう少し落ち着いてから話そうと思っていたことだった。
 だって──いくらなんでも、「悟飯さんの死で」なんて、言えるはずがないじゃないか。
 今でもそのことを思い出すと、胸がギュと痛くなるのだ。
 微妙な表情になるトランクスに、悟飯は切なげな表情を浮かべたが、クシャリと彼の髪を掻き撫でると、
「ブルマさん、トランクスが初めてなったのは、やっぱり……、あの日、なんですよね?」
 トランクスの心境を考えて、あえて明言せずにそう問いかければ、ベジータの方を見つめていたブルマが、はっ、と我に返ったように悟飯を見やる。
「えー? 何? トランクスの最初?」
「ええ、そうです。」
 こっくり、と頷く悟飯に、ブルマは思い返すように顎に手を当てる。
「いいよ、母さんっ! 俺が後で悟飯さんにちゃんと話すからっ。」
 今にも話し始めそうな様子の母に、慌ててトランクスが止めようとするが──、
「構わん、話せ、ブルマ。」
 突然低い声が割って入った。
 はっ、と振り返れば、いつの間にかテーブルの上の皿を綺麗に空にしたベジータが、こちらを見上げてふんぞり返っていた。
「トランクスがどうやってそうなったのか、という話だろう。
 こっちのトランクスと悟天は、あまりにバカな理由でなってるからな。たまにはまともな話が聞きたいと思っていたところだ。」
 ふん、と偉そうに告げるベジータに、悟空が、へー、とにやけた顔で彼の横顔を覗き込む。
「とーかなんとか言っちゃって、ベジータ。お前、トランクスがどうやってそうなったのか心配で気になってしょうがねぇんだろっ?」
「なっ! だ、誰がそんな──……っ!」
 がたんっ、と椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がるベジータに、照れんなってー、と悟空が明るく笑い飛ばす。
 そんな悟空に、悟飯が隣から「父さんっ!」とたしなめようとするが、当然、そんなことでおとなしくたしなめられてくれる悟空ではなかった。
 なぜか、間近で視線を合わせたかと思うと、
「やるか、カカロットっ!」
「そっだなー、腹ごなしの運動にはいいかもな!」
──こういう会話にしか発展しないところが、サイヤ人の戦闘バカ民族と言われるゆえんである。
「ちょ、ちょっと父さんっ! ベジータさんっ! やめてくださいよ! せっかく戦いが終わったばっかりなのに!」
 もうっ! と、悟飯までもが立ち上がって、二人を止めようとするのを見ながら、ブルマは小さく、ふふ、と笑うと。

「そーねぇ……トランクスの初めてのとき、かー。」

 懐かしむように、思い出すように──その双眸に、少しだけ切なげな色を含めて、彼女はソ、と目を伏せる。
 しんみりしたその言葉に、は、とベジータが視線を向け、悟空も同様にブルマに目を向ける。
 ブルマは室内の視線を受け止めながら、うん、と一つ頷くと、
「確か、トランクスは14歳になったばかりの時だったわね。」
 14歳──悟飯のときよりも年齢は上だが、それでも、その年齢で「あの衝撃」を味わったのだというのなら、それは可哀想なことだっただろう。
 悟飯は弟子の──少しだけ俯いた項を見下ろして、彼の苦悩を思って、そ、とその肩を抱き寄せる。
 自分のときもそうだった。
 ピッコロが死に、クリリンが死に、ヤムチャが死に、天津飯が死に、ベジータが死に、餃子が死に──誰も彼もが死んでいき、残されたのが自分だけ。
 なのに、必死に戦っても、人造人間にまるで歯が立たなくて、ふがいなくて、寂しくて、悔しくて、にくくて、──やりきれなくて。
 残された自分がこれほど非力で、何も守れないなんて、と。
 そう思った、あの絶望にも似た気持ちが、ふと胸の中に去来してきた気がして、悟飯はトランクスの肩を抱く手に力を込めた。
「その日は……そう、雪が降っていたわ。」
 思い出すように、そ、と零れたブルマのセリフに、ん? と、トランクスは師の腕の中で顔をあげる。
「……母さん、雪なんて降ってませんでしたよ? あの日は……雨が──……。」
 訂正しようと思ったと同時、耳を打つ冷たい雨の音が蘇ってきた気がして、ブルリとトランクスは体を震わせる。
 雨。
 その言葉に、悟飯は自分が意識を失っていく中の、冷えた寒い暗闇を思い出して、ぐ、と奥歯を噛み締めた。
 冷たい雨の中──トランクスは、怒りと憎しみで覚醒したのだと言うのだろうか?
 それは──……なんて哀しく、可哀想な。
「違うわよ、雪だったわ。だって私、物凄く寒い日だわー、って思ったのを覚えてるもの。」
 ブルマは、キッパリと首を振って、力強く否定する。
 そのブルマの言葉に、トランクスは逆に自分の記憶に自信がなくなってきて、眉を落とす。
「は……はぁ。」
 確かに、寒い日だとは思った。──けれどあれは、雨に濡れて、心の支えでもあった師を失ったために、心も体も寒く感じていたのだと思っていたのだが。
 冷たい雨に打たれていた後の記憶は、微妙に曖昧なので分からなかったが──あの後、雨が雪に変わったのかもしれない。
 季節的に、そんなことはありえないと思うのだけど。
「トランクスと悟飯君は、いつものように修行に出かけていたのよね。」
 頬に指先を押し当てて告げるブルマに、思わず悟飯も顔をあげる。
「え、あれ? 俺が生きてるときですか?」
 いや、そんなはずはない。
 だって、自分が生きている間に、トランクスはスーパーサイヤ人にはならなかったのだ。
 ──ということは、
「──あ、そうだ、俺が死んだ日か……。」
 思い当たって、途端に少しブルーになった。
 分かっていたとは言えど──やはりトランクスがスーパーサイヤ人になったのは、あの日か。
 トランクスを置き去りにして、人造人間に戦いを挑み──殺された、あの日なのか、と。
「そしたら、昼過ぎに突然帰ってきて!」
「え、……あれ、そう、でしたっけ?」
 声を大きくして、両手を広げて力説するブルマに、悟飯とトランクスは揃って首を傾げる。
 確か、あの日は──昼過ぎに人造人間が襲来してきたというニュースを聞いて、悟飯はトランクスを置き去りにしたはずだ。
 そして、それが今生の別れになった──はずだった。
 今は、こうして再会しているけれど。
 ブルマの家に帰った覚えはないのけどな、と、二人は間近で不審そうに視線を交し合う。
 もしかしてブルマの中で、何かと記憶が混合しているのではないだろうか? ──何せ、口調がしっかりしているのでウッカリしていたが、ブルマは頬が赤くなるほど、酔っているのだ。
「何があったのかと思ったら、二人ともびしょぬれだったのよ!
 もー、なんか修行中に海に落ちちゃったとかで、ビッショビショでね〜、二人まとめてお風呂に放り込んだのよねっ!」
 話しているうちに興奮してきたのか、ブルマは拳を握って、がっつんとそこに見える空想の頭の上に拳を落とすフリをする。
「──……あれ? ……ちょっと、ブルマさん?」
 その内容には、覚えがあって、悟飯は軽く眉を顰めて彼女に話しかけてみた、──が、ブルマは話に夢中で聞いていない。
「しょうがないから、私、悟飯君の替えの服を取りに、悟飯君が住んでた家に行ってくるわー、って言って、出かけたんだけどねぇ。」
「…………──……ちょ、ちょっと、母さん?」
 トランクスも、その内容に覚えがあったのだろう。
 微かに青ざめながら、母に停止の声をあげる。
 まさか──いや、まさかとは思うけど。
 でも、そんなはずはない。きっとブルマは勘違いをしているのだ。
「あ、あの──ブルマさん、それ、なんかと勘違いしてません、か?」
 悟飯もそう思ったのだろう。きっと記憶が混合されているのだと、ブルマに恐る恐る声をかけてみるが、ブルマはチラリと肩越しに悟飯を見て、
「してないわよー? トランクスの初めての時でしょ?」
 さらっと告げた後、クルリと顔をベジータたちの方に向けて、口を挟む間もない状態で更に続けてくれた。
「それでね、私。」
「いやいや、ブルマさん、それって──……っ。」
 パタパタと手を振った悟飯が、イヤな予感に、つぅ、と汗を滴らせる。
 ブルマが話す内容には覚えがあった。
 イヤになるくらい覚えがあった。
 修行中に海や湖に落ちることは良くあることだ。
 いつもなら、そのまま気にせずに服を脱いで乾かしてから帰ってくるのだけれど──、確か、そう。
 あの日は、とても寒い日で。
 トランクスが青ざめて、ガタガタ震え始めたから、慌てて家につれ帰ってきたのだ。
 そうしたらブルマが、そんな二人を見て、「さっさとお風呂に入りなさいっ!」と、服を引っぺがして風呂場に叩き込んでくれたのだ。
 着ていた服を洗濯にかけてくれて、母子の二人暮しだから、当然悟飯の着替えになるような服がないからと──彼女は、自分たちがフロに入っている間に、悟飯の棲家まで替えの服を取りに行ってくれたのだ。
 確かに、そういうことはあった。
 そういうことは、あったけど──でも、あれは、確か。
 まさか、と否定する悟飯とトランクスの祈りは、ブルマには全く通じていなかった。
「エアカーで走ってたんだけど、途中でガス欠起こしちゃってねぇ。どうも、燃料補給するの忘れてたみたいで。」
 酔っ払っているとは思えないほどのしっかりした言葉が告げた内容に、悟飯とトランクスの二人は同時にギョッと目を見開く。
 サー、と、二人の額から血の気が引いた。
 まさか、と──もしも、ブルマが話しているのが、「あのとき」のことだったと、したら。
 今更ながらに──10年近く経過してから知る真実。
 あの日、あの時──出かけたと思っていたブルマは、実は戻ってきていたのだっ!
「──……ぶ……ブルマさん……っ!」
 ちょっと待って、と、慌ててブルマの話を遮ろうと、悟飯が立ち上がるのと、
「それで、途中で帰ってきたんだけどね、そしたらこの子達ったら、風呂場で……。」
「わーっ!! わーわーわーわーっ!!! ちょ、ちょっと母さんっ!!!!」
 ブルマが、笑いながら告げる内容に、真っ赤になったトランクスが大声で叫びながら彼女の体に向けて飛びつくのとが、ほぼ同時。
 飛びついてきた息子を、笑いながら受け止めたブルマは、豪胆な性格で、そのまま続けた。
「もー、ほんとビックリしたわよーっ!
 まさか、風呂場で真っ最中だとは思ってもみなか……。」


「母さんっ!!!!!」
「ブルマさんっ!!!!!」


 真っ赤になった二人から同時に叫ばれて、ブルマは笑顔のまま、
「え、なーに、どうしたのよ、二人とも。」
 楽しそうな声と表情で問いかけてくるその母の目は、どこからどう見ても、酔っ払いそのものだ。
 絶対、自分が何を言っているのか分かっていないに違いない。──いや、分かっていたとしても、それをセーブする理性が、いつも以上に足りないのだ。
 そんな母親に、トランクスは涙目になりながらにじり寄る。
「ななっ、何言ってるんですかっ! っていうか、みてっ、見てたんですか、母さんっ!?」
 どうせなら、一生知りたくなかった……っ! しかも、なんでよりにもよって、皆さんが居る時に、そんなことを知らなくてはいけないのだろう!
 羞恥に死にそうな気持ちになりながら、トランクスに滲み寄られた母は、あっはっはっは、と明るく笑い飛ばすと、
「いやーねぇ、さすがに最後まで見てないわよーっ! ちゃんと途中で、遠慮してあげたわよっ!
 だからほら、帰ってくるのだって、遅かったでしょ、私。」
 片目をすばらしく綺麗に瞑って、ね? と悟飯に問いかけるブルマの姿に──悟飯は、へなへなとその場に崩れた。
 ──確かに、あの日、トランクスとお風呂から上がっても、ブルマさんは帰ってこなかった。
 悟飯は腰にタオルを巻いただけの姿だったから──部屋を温めても寒くて。
 そのままの姿だと寒いからと、一緒に毛布に包まって待ってみたけど、待てども待てども、ブルマさんは帰ってこなかった。
 だから、つい、体を温めあおうかと、そのまま……──、いや、その話はおいておくとして、と。
「途中で遠慮って……途中まで見てたってことですかっ!?」
 今にも零しそうなほど、たっぷりと両目に涙をたたえたトランクスに、ブルマは軽い調子で首を傾げる。
「しょうがないじゃない。私だって母親ですもの。
 あんたが同意してるかどうか、ちゃんと確認するまでは、って思ったのよ。」
「いや、だったら、最初っから止めるとかしてくれたら……っ!」
 悟飯が苦痛のあまり──恥辱に死にそうな気持ちになりながら、切羽詰った声を出せば。
「いやーねー、止めて止まるわけないでしょ、男と女の仲なんてっ!
 って、あんたらは男同士だったわねー、あっはっはっは。」
 明るい……明るすぎる笑顔を向けられた。
 その、あまりに明るすぎる笑顔のブルマを受け止めた、他の面々は。
「……──って……え?」
 何が起きているのか──何があったのか、イマイチ理解できずに、天津飯とクリリンが顔を歪めて、真っ赤に染まったトランクスと悟飯を交互に見やる。
「これ……スーパーサイヤ人になったときの、話……、だよ、な?」
 クリリンが問いかけるように18号を振り返る。
 しかし18号は、微妙な顔になるだけで答えてはくれなかった。
「初めてって……え? なんかこれ、違くないか……。」
 この面子の中で、唯一恋愛経験豊富なヤムチャだけが、イヤーな予感を覚えながら、後ろにジリ、と後ず去る。
 なんだか、この時点で耳を塞いで、「何も聞こえなかった」フリをしたほうがいいんじゃないかと、そう──ヤムチャたちが思った、その時だった。
「て、あらー? それで行くと、初体験は初体験だけど、男相手でも初体験って言うのかしらねー? どう思う、ヤムチャ?」
 何もなかったかのように──さもコレが当たり前だと言わんばかりに、とどめの一言を零してくれた。
 そこまで重ねて言われてしまったら──いくら鈍い面々でも、ブルマが「なに」を言っていたのか、瞬時に理解する。
「──……っ!!」
 悲鳴をあげそうな顔で、トランクスが全身を真っ赤に染め、悟飯がその場に頭を抱えてうずくまる。
 ビシィッ──……と、音にならない亀裂が、空気中に入った気がした。
「……──……え、い、いや……そ、それはどうかな……なるのかな……。」
 なんでそこで、俺の名前をだすんだ、ブルマ!!
 ──泣きそうな気持ちになりながら、たらり、と汗を流しながらヤムチャが、曖昧な返事を返す。
 だって、ここで下手な答えを返そうものなら──羞恥のあまり、今にも死にそうな顔になっているトランクスだの、悟飯だのから、恥ずかしさ紛れの一撃を食らっちゃったりとか(彼らにとったら、突込み程度に過ぎないかもしれないが、ヤムチャたちはその一撃で十分に即死たりえるのである)、向こうで話に聞き入っている風なベジータだとかに、吹っ飛ばされてしまったりするのではないか。
 そんな、ヒシヒシと身に感じる危機感が、全身を冒していた。
 奇妙な緊張感を感じながら、だらだら、と汗を流し続けるヤムチャが、あ、あははははは、と、乾いた笑いを零した──まさにその瞬間、
 ボンッ、と、頭から湯気を発したトランクスが、耐え切れずに、飛び出した。
「う……ううううぅ…………ぅわーんっ! 母さんのバカーっ!!!!」
 顔を腕で覆って、部屋の外まで一気に飛び出していく勢いのトランクスに、悟飯が、ハッとしたように顔を跳ね上げた。
「トランクスっ!!!」
 シュンッ、と軽い音を立てて開く自動ドアの向こうへと駆け抜けていこうとするトランクスを追って、悟飯も部屋の外へと飛び出した。
 ひゅるん、と隣を吹き抜ける風に、椅子にもたれかかったままのブルマが、あらー? とのんびりと小首を傾げる。
 シュン、と再び短い音を響かせて扉が閉まり──部屋の中には、なんとも言えない、ぎこちない空気が漂った。
 しーん、と静まり返った空気に、クリリンは耐え切れず、はは、と乾いた笑い声をもらす。
 こりこり、と頬を掻いて、二人が飛び出していった自動ドアを切なげに見つめる。
「あーあ……、逃げちゃった……。」
 口に出して言ってはみたものの、その気持ちは十二分にわかった。
 というか、逃げたくもなるだろう。
 聞いていた自分たちですら──ブルマが言っている内容に気づいた瞬間、いたたまれなくてしょうがなかったのだ。
「かわいそうに……。」
 はぁ、と肩を落として呟く天津飯に、18号はチラリを目をあげて、微妙に顔を顰める。
 18号もまた、某同居人のおじいさんのおかげで、そのいたたまれない気持ちを何度も経験してきた。──そのため、飛び出して行ったトランクスと悟飯の気持ちは、良く分かってしまったのである。
「まったく……、酔っ払いは特に始末に終えないからね。」
 やれやれ、と顔にかかる髪を軽く払った──まさにその瞬間であった。
「やだ、二人とも、どうしちゃったのかしらね?」
 キョトン、と目を瞬いたブルマが──ことの主犯格であるその人が、ごく不思議そうに呟いたのは。
「ぶ……ブルマさぁーん……。」
 ガックリ、と肩を落として、クリリンが力なく呟く。
 ブルマはクリリンを振り返り、なーによー、と軽く唇を尖らせた。
 無神経といえば無神経、ブルマらしいと言えばブルマらしい反応に、一同が、はぁぁ、と溜息を零した──その刹那。
「それで……どうしたというんだ、ブルマ!」
 ビリッ、と空間を刺激するような怒号が、響き渡った。
 その聞きなれた──否、ブルマだけは20年近くもの間聞いてはいなかった声に、クリリンたちはビクリと肩を揺らし、ブルマはキョトンと目を見張る。
 同じテーブルについていた悟空は、両耳に指を突っ込んで、「突然怒鳴るなよ、ベジータ。」と文句を零していた。
「……?」
 何よ、と言うように視線を向けるブルマに、ベジータは苛立ちまぎれの一瞥をくべる。
「貴様、話をちゃんと終わらせろっ!」
「は……話を、ってベジータさん……、そ、それはさすがに……。」
 テーブルに突っ伏していた悟飯が──実は、ブルマからの話を聞いた瞬間、その意味を悟って、悟飯はテーブルに額をぶつけてピクピクと震えていたのである。あまりの衝撃に。
 僕はこれ以上、できれば聞きたくないです、と。
 悟飯は、引きつった顔で情けなくそう告げるが、ベジータはフンと鼻を鳴らすと、
「それで、フロでどうしたというのだっ! トランクスは、悟飯相手に、フロでスーパーサイヤ人に目覚めたと言うことかっ!!!?」
 いつものように偉そうに、そう言い切った。

 しーん、と。

 長くて、少し重い沈黙が辺りに落ちた。
 ぽかん、と口を開けて、ブルマはベジータの苛立ち紛れの顔を見上げる。
 ベジータはそんな彼女の表情にムッと眉を寄せると、ガンッ、と拳で軽くテーブルを叩き、
「さっさと続きを言わないか、ブルマっ!」
「──……っていうか、ベジータ。」
 はぁ、と溜息を零して、ブルマは頬杖をつくと、
「あんたって、ほんと、バカよねー。
 戦闘以外では、ほんっと、バカ。」
 心の奥底からの感嘆を込めて、そう呟いた。
 途端、当然と言えば当然だが、
「何だとっ! 貴様、誰に向かって物を言っているっ!」
「ベジータ以外の誰に言うって言うのよ……ったく、戦闘バカにもほどがあるわ。」
 まさか、こーんな簡単なことすら理解できないなんて、ね、と、ブルマはチラリと悟空と悟飯とを見やる。
 こりこり、と頬を掻いている悟空はとにかくとして、悟飯の方は、「意味」をしっかり理解しているようだと言うのに。
「なっ、なんだとーっ!」
「トランクスは、風呂場で大人になったんであって、スーパーサイヤ人になったわけじゃないのよ。」
 このまま黙っていてからかっても面白いだろうが、今日は祝杯をあげるべき祝い事の日だ。
 今日くらいはせめて優しく真実を教えてやろうと──というよりも、本当のことを知ったベジータがどういう反応を示すのか知りたくて、ぷぷ、と笑いながら、ブルマはあっさりと答えをくれてやった。
「ふ……風呂場で大人に……?」
 しかしベジータは、やっぱりベジータであり──理解はしていないようだった。
 顔を顰め、真剣な顔で視線を床に落とすその仕草に、ブルマは、あー、と一つ頷いた。
 これは絶対に、理解していない。
 きっと、「なぜ風呂場に大人になれると言うのだ? 風呂場というのは汚れを落とすところだろう? はっ、まさか地球人には他に使い道があるというのか? いや、だがカプセルコーポレーションの風呂場は、普通に俺たちサイヤ人が使っているのと同じような風呂場だったぞ。いや、待て、そう言えば使い道が分からないものがあったな(注:ブルマの使っていた美容道具類だと思われる)。よもやアレかっ!? アレが大人になる道具だと──そ、それを使えば、もっと早くスーパーサイヤ人になれていたというのかっ!?」などという長文を、一瞬のうちに頭にめぐらせているに違いない。
 悟空辺りが、「へー、風呂場でスーパーサイヤ人になったんだ」程度で終わらせていることとは、まったく大違いである。──いろんな意味で溜息が出てくるが。
「ちょっと、こいつ、本当にトランクスの父親なの?」
 訳:本当に子供を作るようなことが出来たの、こいつに?
 ぞんざいな口調でベジータを指差しながら、ヤムチャたちを振り返る。
 そんな彼女に、ヤムチャはちょっと泣きそうな気持ちになりながら、
「俺たちに聞くなよ! お前のことだろうがっ!!」
 ブルマにそう怒鳴り返す。
 それを聞いてブルマは、「そうよねぇ、おかしいわー。」と首を傾げる。
「あんまりにも鈍いから、あたし、てっきり過去のベジータは、私と子作りしてないのかと思ったわ。」
「ぶっ!!!」
 続く爆弾発言とも言えるセリフに、思い切り良く噴出したクリリンに、天津飯は顔を背け、ヤムチャはその場にうずくまりたくなった。
 室内の面々が、思い切り良く机だの床だのに陥没する中、ブルマは一人涼しい顔で椅子に深く腰掛けると、
「そう言えば、トランクスと悟飯君……、ちゃんと戻ってくるのかしらねー、まだ、デザートだって残ってるのに。」
 自分のせいで二人が逃げ出したなんてことに反省などしたりせず、暢気にブルマはそんなことを呟いてくれるのであった。














END


ブルマさんは、こういう風に天然で最強だと嬉しいです。



なんか、一緒にお風呂に入って、ムラムラしたんですよ、きっと!
悟飯さん的には、弟子である幼い体に、そんなことしちゃ駄目だ、とか言って、冷水とか浴びてたんですよっ! 我慢するために!
けど、トランクスが我慢しないで欲しい、みたいなことを言うから、うっかりプッツンと理性の糸が切れちゃったんですよ!

で、ラブラブイチャイチャしはじめたところに、ブルマさん到着。
二人は夢中で気づかないわけです。

そして気づくブルマさん。
「あーらー。やっぱりそうだったのねっ!」
ここは、邪魔をしてはいけないと思う恋愛マスター。
二人に気づかれないように、こっそりベッドメイキング(爆)。枕元にティッシュを用意してやり、ローション代わりに傷薬とかを置いてあげるんですよ!(でも結局、悟飯さんは気づかないでそのままゴーしちゃったので、傷薬は普通に傷跡に使われました)
そして、「2時間くらいでいいかしら……うーん、でも、悟飯君はああ見えて激しそうだから、やっぱり、5時間くらいは見たほうがいいかしら?」とかvv

フロの中では、二人とも初心者ですので、最後までいたらず。
そのまま出てくるだけだったのですが、ブルマが戻ってこないし、かといって悟飯はいつまでも裸でいるわけにもいかず、布団をかぶったほうが──と、つやっぽい雰囲気を残しつつ、ベッドルームへ移動。
結果、寒いからあっためあおうか、みたいな展開になって──最後までいっちゃう、と。

ブルマが帰ってくるときには、慌てて片付けて──悟飯さんはシーツを腰に巻いてブルマさんをお出迎えv
トランクスは、「熱がでてきたみたいで!」とごまかし。
ブルマさんはなんでもない風を装いながら、「ちょっと人造人間と出くわしそうになってね、隠れてたから〜」とか言いながら、内心、「やったわね☆ミ」とか思ってるの希望。



────ちなみにこの後、外に飛び出したトランクスの元に追いついた悟飯が、彼を慰めてキスでもしていたら、後ろから、
「ねぇねぇ、なんで二人とも、ちゅーしてるの??」
と、幼いトランクスと悟天が、不思議そうに覗いてたりすると最高デスネ!!!(笑)