それは、とある日の午後のことだった。
ふと見上げた空に、ピカリと光る星ひとつ──否、太陽を反射して煌く金属の塊。
丸い形のソレは、カプセルコーポレーションのマークが入っている、宇宙船のようでいて、そうじゃない。
この世界では──そしてこの時代には、決して見ることが出来ないはずの、それは。
「あれ……タイムマシンじゃない?」
数ヶ月前にも見た、複数の人間を乗せることが出来る大容量タイプのタイムマシンだと、ブルマが大きな窓から身を乗り出して、ビックリしたように呟く。
そんな彼女の横から顔を出して、「あ、ほんとだ、タイムマシンだっ!」と、幼いトランクスが顔を輝かせる。
タイムマシン。
それは、その名の通り、過去と未来を行き来できる機械のことだ。
【最悪の未来】──そう呼ばれた、孫悟空の存在しない未来に生きるブルマが作った、最高傑作品にして、本来ならありえてはいけない機械。
歴史を変えてしまうリスクを覚悟した未来のトランクスが乗ってきた物である。
それに乗って、過去5度、トランクスはこの「過去」にやってきた。
一度目は、心臓病で死ぬ未来を持つ孫悟空を救うために。
二度目は、自分たちの世界の人造人間を倒すための手段を、孫悟空たちから学ぶために。
三度目は、未来の世界の人造人間とセルを倒し、世界が平和になったことを伝えに。
そして四度目は──未来の世界を守るために、たった一人では守りきれないからと、助けを求めに来た。
五度目は、そんな未来に連れて行った戦士たちを戻しに来た。
そして今。
六度目になるタイムマシンの姿を見て、ブルマは最近気になる口元の皺を指先でほぐしながら、あーらー、と暢気に声をあげる。
「どうしたのかしら、今度は、ターブルを追って宇宙人がやってきたとか、そういうオチかしらねー。」
過去からタイムマシンがやってくるのは、「なにか」があったときだ。
未来に出現したバビディや魔人ブウが倒されたことは、五度目の時に詳しく聞いているし、何よりもこの時代を生きる戦士たちが当事者だからよく知っている。だから、「報告」ということはないだろう。
「でもママ。あいつらなら、俺と悟天の二人で倒せたんだぜっ? 兄ちゃんと悟飯さんが揃ってて、勝てないはずがないよっ!」
ブルマの真横から顔を覗かせたトランクスが、ブラブラと足を揺らしながら断言するのに、そーねー、とブルマは頬杖をついて頷く。
実際のところは、「二人で」倒したわけではないが──息子のプライドのため、そこに突っ込むことは、今は止めておいてあげた。
「それなら、何かしら? 遊びに来たのかもしれないわね〜。」
よし、と、ブルマは窓枠から体を離すと、クルリと背を向けて外に出るために歩き出す。
空に出現したタイムマシンは、ゆっくりとカプセルコーポレーションの庭へと降りてきている。
何が起きているにしろ、行って聞いてみればいいのだ。
結論を出したブルマを追って、トランクスも飛び跳ねるようにドアに向かって駆け出した。
タイムマシンのドアが開いて下りてきたのは、案の定というべきか──タイムマシンの主である、未来のトランクスであった。
幼いトランクスをあと10歳ほど年を重ねさせたところに、誠実さと生真面目さ、そして暗さを足してみたらそうなるという姿である。
前に着ていたのと同じ、黒いタンクトップに丈の短い革ジャン。左腕にカプセルコーポレーションのマークが入っている。
あたりを覗き込むように、キョロキョロ見回す様子は、用心深そうでありながら、同時にどこかあどけなく、無防備にも見えた。
躊躇うようなその仕草に、幼いトランクスとは違う誠実さと生真面目さを見た気がして、ふふ、とブルマは小さく笑う。
同じ存在でも、育った環境によって性格も表情もまるで違う。
初めて会ったときは、常に緊張して身構えているような、そんな感じがしたけれど、今は肩から力が抜けているようだ。
「はーい、トランクス!」
シュン、と自動で開いた扉の中から姿を見せて、軽く片手をあげて挨拶をすれば、トランクスはパッと笑顔を浮かべて振り返った。
「母さんっ。」
ニコ、と笑う顔は、わが息子ながら綺麗で、ブルマは嬉しくなって口元をほころばせる。
そのブルマの足元を、たたたっ、と幼いトランクスが駆けて行く。
「トランクスのお兄ちゃんっ! いらっしゃいっ!」
「トランクス君。」
タロップを駆け上がってくる子供の小さな体を受け止めて、トランクスははにかむように微笑んだ。
その表情もまた愛らしく、あらー、とブルマは頬に手を当てた。
「なになに、今日は遊びに来てくれたの、トランクス?」
「あ、いえ──その、今日は報告に来たんです。」
軽く頭を振ったトランクスの頬を、柔らかな髪が擽る。
「報告? 何のっ?」
弾む声で問いかける小さなトランクスに、青年は顎を引くように頷くと、
「あ、はい。母さんが、こっちの母さんたちにもきちんと報告をしたほうがいいと、そう言ったので……その。」
こり、と、照れたように頬を掻くその仕草に、ははーん、とブルマの女の勘が閃いた。
腰に手を当てると、
「分かったわ。それなら、皆集めたほうがいいでしょ。
中に入りなさいな。」
くい、と扉の方を顎でしゃくって、そのまま自分も中に入ろうとしたところで、ふと気づいたようにトランクスの後ろへと視線を飛ばすと、
「悟飯君も一緒に来てるんでしょ? 隠れてないで、早く出てらっしゃいよ! 私も、未来の悟飯君が見て見たいわー。」
明るい……あっけらかんとした声で声をかける。
そんなブルマに、えっ、と目を見張るトランクス二人。
「え、悟飯さん? ──あ、ほんとだ、悟飯さんの気を感じるっ。」
トランクス(大)に抱きついていたトランクス(小)が、驚いたように顔を跳ね上げる。
そして、タイムマシンの中を覗き込むように、ヒョッコリと身を乗り出す。
「な、……なんで分かったんですか?」
パチパチ、と目を瞬くトランクス(大)の声に続けて、
「よく、俺がいるって分かりましたね、ブルマさん……。」
タイムマシンの中──影に隠れた部分から、低く落ち着いた声が聞こえてきた。
その聞きなれた──けれど、いつも聞いているのとは違う声の質に、ブルマはヒョイと眉をあげる。
「悟飯さんっ。」
喜びの声をあげるトランクス(小)を見下ろして、タイムマシンから姿を見せた悟飯は、小さく笑みを零す。
「やぁ、久しぶりだね、トランクス君。」
「お久しぶりです、悟飯さんっ。」
ぴっ、と、額に手をかざして挨拶をするトランクス(小)に、悟飯は柔らかな笑みを刻む。
こっちの世界の無邪気な笑顔を浮かべる悟飯とは違う──深い色を宿す笑顔だ。
さまざまな経験を経過して身につけた、深い……慈愛の微笑み。
その笑顔を見るだけで、彼がどれほど辛い過去を過ごしてきたのか、分かるような気がして、ブルマは胸がキュと締め付けられるような気持ちになった。
「まさかブルマさん、気を探る方法でも身につけたんですか?」
スカウターを小型化したとか。
そんな風に声をかけながら、悟飯はタロップを降りてくる。
その表情は、今、この時代に生きる悟飯のものとなにら変わりない。
途中で立ち止まったままのトランクスたちの背を押して、降りるように促がしながらのセリフに、ブルマは楽しそうにヒョイと片眉をあげると、うふふ、と意味深に笑みを零す。
「まっさかー! あんた達みたいな常人離れした術を、私が使えるわけないでしょーっ。
単なる、女の勘、ってヤツね!」
えっへん、と胸を張るブルマに、え、と悟飯は顔を歪める。
「女の勘、ですか。」
「そ、恋愛マスターを舐めるなよっ!」
親指を、ぐ、と突き立てるブルマのセリフに、トランクス(小)は呆れたような顔になる。
女の勘と恋愛マスターと、今の状況でどう関係があるのだ、と。
ぽかんと口を開くばかりだが──しかし。
トランクス(大)と悟飯は違った。
思い切り良く動揺し、顔を赤く染める。
そんな二人を見て、ブルマは、やっぱり自分の勘に間違いはなかったか、と、うんうんと満足げに頷く。
そして二人に近づくと、ブルマは身をかがめるようにして、悟飯の顔を覗き込む。
「ふーん……君が、未来の悟飯君かー。
顔に傷があるのね。」
「あ、は、はい……。」
ぐい、と近づかれて、悟飯は思わず顔を後ろに下げた。
ブルマはいつものように、無遠慮に悟飯を観察する。
顔に走った傷跡が酷く印象的で、一見強面のイメージを与えるが、その分柔和な雰囲気がある。
今の悟飯よりも──むしろ、悟空に似ていると言った感じだ。精悍さと穏やかさが同時に同居している。
「あれ、前にトランクスが、腕は片方だけだって言ってたような……。」
どうやらブルマは、未来の悟飯が生き返ったことに関しては聞いてはいるものの、その姿形がどうだったとか言うことに関しては、まるで聞いてはいないらしい。
「あ、死んだ時に、戻してもらったみたいなんです。その──死後に体を貰ったときに、オマケ、みたいな感じで。」
無造作に腕に触れてくるブルマに、悟飯はたじろぎながら──モゴモゴと説明してくれる。
これ以上突っ込まれたら、自分が死後の記憶がほとんど無いことまで話さなくてはいけないのだろうか──できればソレは避けたい、と、へにょりと悟飯は眉を落とした。
その言葉に、へー、とブルマは感心したように声をあげた。
「すごいわねっ! あの、界王様? だったかしら。その人のおかげってヤツ? 良かったわねー、悟飯君っ。」
ばしばし、と柔らかな手で腕を叩かれて、悟飯は引きつりながらも、笑って頷く。
「あ、は、は、はい。」
たじろいている悟飯を見やって、ふふふー、とブルマは含み笑いをすると、そ、と爪先だって、そんな悟飯の耳元にすかさず囁く。
「恋人抱きしめるときに、両手があったほうがいいものねーぇ?」
「ちょ──……っ、ぶ、ブルマさんっ!!??」
からかうような口ぶりに、ビックリして、悟飯は囁かれた耳に手を当てて、慌てたように後方に跳び退る。
顔を真っ赤に染めて叫ぶ悟飯に、あははは、と楽しそうにブルマは笑った。
「? ママ? 悟飯さん??」
楽しそうな様子の母と悟飯に、トランクス(小)は、不思議そうに首を傾げる。
そして、トランクス(大)のズボンの裾を、くいくい、と引っ張ると、
「なんの話してるのかな?」
「さ、さぁ? 母さんは、やることも言うことも……いつも、突拍子もないから……。」
それはきっと、未来においても、こっちの世界でも──変わることはないのだろう。
そのことを半ば確信しながら、トランクス(大)が力なく笑う。
笑いながらも──なんというか、母には、絶対に頭が上がらない自分の姿が、すぐに見えたような、そんな気がしてならなかった。
ブルマは、カプセルコーポレーションの広くて贅沢な一室に二人を案内すると、使用人ロボットに茶を用意するように告げて、さて、と改めて未来から来た二人組みを見やる。
そんなブルマの横では、トランクス(小)がワクワクした顔で、
「ねっ、報告をしに来たって、何の話? もしかして、また未来ですっげぇ敵が現れたとか、そういうのっ!?」
だったら俺、断然がんばるよっ! と、トランクス(小)は拳を握って叫ぶ。
そう意気込むトランクス(小)に、呆れたようにブルマが溜息を零す。
「バカね、そんなしょっちゅう敵が現れるわけないでしょ。っていうか、そんなに現れてたまりますか。」
これ以上の騒動はゴメンよ、と、先だってのブウ事件を思い出して、やれやれとブルマは懐からタバコを取り出し、それに火をつける。
「……そのブウを買い物の時に荷物持ちにしてるのは、誰でしたっけー?」
俺なら絶対ムリ。──だって、チョコレートにされて食べられた相手を、顎でこき使ってるんだよ、うちのママ? ありえない。
ジットリ、とブルマを見上げて呟くトランクス(小)が、やれやれと溜息を零す。
ブルマは小さな呟きを、綺麗さっぱり無視して、ブルマはタバコを吸い込んで、ふぅ、と一息つく。
白い煙が天井に向かって漂っていくのを視線で追って、チラリと視線を未来組へと向ける。
「──で、トランクス、悟飯君。
報告をしに来たってことは、とりあえずそっちに行った面子を集めたほうがいいのよね?」
「そうしてくれるとありがたいです、けど。」
悟飯は、少し苦い色を浮かべて、自分の隣に立つトランクス(大)を見下ろす。
その視線を受けて、トランクス(大)も微妙な表情で苦笑を浮かべた。
「なによ?」
キョトンと目を瞬くブルマに、トランクス(大)は小さく首を振る。
「いえ──報告内容が内容なので、ちょっと……その。」
そこで躊躇うように言いよどむトランクス(大)の表情を見て、あぁ、とブルマは納得したように一つ頷く。
「もしかして、恥ずかしがってるの、あんたたち?」
煙を一つ吐き出して、に、と赤い唇に笑みを浮かべれば、トランクス(大)が目元を赤らめて、手の平に顔をうずめた。
「……うぅ……まだ何も話してないのに、母さんがすでに気づいてるような気がする……。」
なんでだろう、と疑問を持つことは、きっと無駄なのだろう。
トランクス(大)の小さな嘆きにも似た呟きに、悟飯は先ほどブルマに耳打ちされた内容を思い出して、首元に手を当てながら乾いた笑いをもらした。
「どうせベジータたちは、気とやらで、あんたたちが来てることもすぐに気づくんでしょ? だったら、とっとと覚悟決めちゃいなさい。」
お気楽に笑って告げるブルマに、「いえ、戦闘中のように気を高めていないので、すぐに気づくことはないと思います。あえて探るなら話は別ですけど。」──なんて説明は出来ずに、悟飯はなんとも言えない表情で、
「は、はぁ……。」
そう答えるだけに留めておいた。
他になんと言っていいのか分からなかったからだ。
「それじゃ、ベジータをたたき出して、孫君と悟天君とチチさんを呼んで
貰ってこようかしらね。」
「た……たたき出すんですか……。」
未来の世界からでは考えられないような表現に、トランクス(大)と悟飯は、タラリと汗を流す。
「どーせ今もトレーニングルームに居るんだから、すぐ捕まるし。
ちょーっと、『ベジータが一番、速く着くじゃないの』とかおだてたら、行ってくれるわよ。」
ヒラヒラと手の平を振るブルマの背中に、悟飯とトランクス(大)は、物凄く微妙な顔になる。
特に悟飯の表情は微妙だった。
確かに──未来の世界に助けに来ていたベジータは、記憶にあるよりもずっと性格が柔らかくなっていた。扱いやすくもなっていたようだった。
トランクスに対して、厳しいけれど甘い面もある、そんな感じに見受けられた。
けれど……、まさか。
「そんな風にベジータさんを使えるのなんて、ブルマさんくらいじゃ……。」
ここまで便利屋さん扱いされているなんて思わなくて、悟飯は額に手を当てる。
そんな風に、ちょっとカルチャーショックを受けた悟飯に、トランクス(大)が苦笑いを浮かべ、トランクス(小)はキョトンとした顔になる。
「……で、孫君がコッチに来たら、瞬間移動でクリリンやヤムチャたちを集めてくれるから──。」
指折り確認して、扉に向かおうとしたブルマは、そこでふと足を止めると、
「そう言えば、悟飯君……あ、こっちの悟飯君だけど、今の時間は学校に行ってるはずなのよね。今呼ぶと、ビーデルさんも付いてくるけど、それでも良かった? トランクス?」
ごく当たり前のように呼びかけられた言葉に、トランクス(大)は自分のことだと気づいて、え? と顔をあげる。
「ビーデルさん、ですか?」
「あ、もしかしてサタンさんの娘さんですか!」
いぶかしげにその名を紡ぐトランクス(大)の隣で、ふかふかのソファの感触を楽しんでいた悟飯が、パッと顔を輝かせる。
「あら、知ってるの、悟飯君?」
「はい、今、向こうではサタンさんが英雄として、世界の人たちを色々と励まして回っているんです。ビーデルさんも、一緒に回ってますから、俺もトランクスも知ってますよ。」
「へー! あの人、向こうでも虎の威を借るキツネをやってるのねぇ。」
感心しちゃった、と頬に手を当てるブルマに、虎の威を借るって……、と、悟飯は頬を掻いて淡く笑った。
「トラの胃? トランクス兄ちゃんの胃を借りるの?」
トランクス(小)が、不思議そうに首を右へ左へひねるのに、はは、と乾いた笑いを零して、トランクス(大)が説明しようとするところへ、
「あんた、ちゃんと学校の勉強してるんでしょうねっ!?」
ごつんっ、と、ブルマが拳を一つ落としてくれた。
「あいたっっ!!」
「まったくもーっ! ちゃんと学校の勉強はしなさい、って言ってるでしょっ!」
あんたはっ、と、怒ったように眉を吊り上げるブルマに、トランクス(大)は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
そんな二人の様子に、はは、と悟飯とトランクス(大)は楽しそうに笑った。
響く笑い声に、酷いよー、とトランクス(小)が嘆いてみせたが、悟飯とトランクス(大)にしてみたら、そんな光景すらもいとおしく感じるのだ。
あの頃は──自分たちの居た未来の世界は、学校なんていうものは、まるで機能していなかった。
トランクス(大)だって悟飯だって、もう20歳を越えてしまったが、学校という存在には、1度たりとも通ったことなどなかった。
また、これからも通うことはないのだろう。
そう思うと一抹の寂しさが胸を去来したが──でも、この世界の自分たちが、その学校に通っているというなら……平和が訪れたのなら、それはそれでいいか、と、そう思えた。
「──っと、それで悟飯君、トランクス? ビーデルさんも付いてくるけど、良かった?」
自分の目の前で、眦に涙を滲ませてしゃがみこんでいる息子はさておいて、ブルマは何事もなかったかのような態度で、悟飯とトランクス(大)を振り返る。
しかし、悟飯には、何を言っているのかまるで分からなかった。
「え、あ、はぁ……別にいいと思いますけど──というか、なんで聞くんですか?」
「こっちの悟飯さんは、ビーデルさんと仲がいいんですか??」
同じく不思議そうに首を傾げるトランクス(大)。
その二人を見て、あら、とブルマは目を瞬く。
「何、そっちの世界のビーデルさんは、悟飯君に惚れてないの?」
こんなことをこっちの世界の悟飯に問えば、「いぃっ!? なっ、何言ってるんですか、ブルマさんっ! そんなはずないじゃないですか!」と、どこか恐怖の表情を浮かべて首を左右に振ってくれたに違いないが。
そしてそれを聞いたビーデルに、「なんでそんなに必死になって否定するのよ!」と怒鳴られ、思い切り良く足を踏まれていただろう。
「──はぁ…………、………………って、えっ!? ええええっ!!!!!???」
こり、と頬を掻いて頷きかけた悟飯は、一瞬遅れてその意味に気づき、思い切り良く驚き……大絶叫する。
そんな彼に続けて、
「ええっ!? も、もしかして、ビーデルさんと悟飯さんって、付き合ってるんですかっ!!!?」
トランクス(大)までもが驚いたように、悟飯を見上げる。
衝撃に見開かれたトランクスの双眸に見つめられて、ますます悟飯は焦る。
「い、いや、そんなはずないじゃないか! だってそもそも、俺は、ビーデルさんとまともに話したことすらないんだぞっ?」
必死の形相で、弟子に向かって説明する悟飯の様子に、ブルマが、いやいや、と手を振る。
「誰も、君(未来の悟飯君)とビーデルさんが付き合っているとか、一言も言ってないから。」
というか、未来の悟飯とビーデルは、顔見知り程度なのね、と──ブルマは生ぬるい微笑を浮かべながら、そう思った刹那。
視界の隅に、トランクス(大)が、口元に苦い笑みを浮かべているのが見えた。
「……あら。」
その表情の意味を悟り、ブルマはパチパチと目を瞬く。
一瞬、脳裏に思い浮かんだのは、「一目で恋の花咲くときもある」という名文句だ。
思わずブルマは、ぽむ、と手を叩きたくなった。
まさにブルマの超直感である。
悟飯は、「そんなことはない」と叫んでいるけれど、トランクスの表情から察するに、決してそうではないのだろう。
そして、そのことにトランクスだけが気づいている。これは、確信であった。
「……はー……どこの世界の悟飯君も、やっぱり、ニブイのねぇ。」
しみじみと頬に手を当てて呟くブルマを、トランクス(小)が不思議そうに見上げる。
悟飯は、困ったような顔でトランクス(大)を見下ろし、それからブルマに救いを求めるように視線を飛ばす。
「あ、あの……ブルマさん。どうしてこっちの世界の俺を呼ぶと、ビーデルさんも付いてくるんですか?
もしかして、こっちの世界では、サタンさんと父さんが仲がいいんですか?」
どうしたら、自分とビーデルの間に接点が出来るかわからない。
悟飯の表情は、そう語っていた。
実際、未来の世界の悟飯とビーデルの共通の知り合いは、「サタン」だ。それ以外に何もない。
頭にそのことがあるから、「こっちの世界もサタンを通じて知り合っている」という感覚が残っているのだろう。
「孫君たち、そっちに行った時にビーデルさんのことを話してなかったの?
悟飯君とビーデルさんが、同じ高校に通ってるのよ。それで、一緒にグレートサイヤマンをしてるの。」
そのコスチュームも私が作ったのよ〜、と朗らかに笑うブルマの説明では、悟飯もトランクス(大)も、イマイチ分かりかねた。
グレートサイヤマン? と二人が不思議そうに首を傾げるのに、トランクス(小)は、ものすっごく微妙な顔になる。
脳裏には、正義の味方でありながら、中途半端な正義の味方にしか見えないグレートサイヤマンの姿が浮かんでいた。
最近では二人に増えてしまい、もっと微妙になった。──にも関わらず、その強さと活躍に、ファンが増えてきていたりするのが、また微妙だった。
これはアレかもしれない。キモ可愛いとかいうのと、同じ類のものなのかもしれない。
「えーっと……つまり、こっちの悟飯さんとビーデルさんは、仲がいいってことですよね?」
トランクス(大)は、確認をしなおすかのように、ブルマにそう問いかける。
ブルマがそれに笑って頷くと、トランクスは、うーん、と困ったように眉を寄せる。
「別に俺は、一緒に来られても構いません、けど……。
同じ高校の人に知られると、こっちの悟飯さんが困るのかな……。」
うーん、と困ったように眉を寄せるトランクス(大)に、悟飯は不思議そうに首を傾げて、
「え、なんで悟飯君が困るんだい?」
と口を挟む。
そんな悟飯師匠に、弟子は困ったように眉をひそめて──眉間によった皺を指先で揉み解した。
「あ、いや、だって……今回の場合、報告内容が報告内容じゃないですか……。」
困った人だなー、と言うように見上げるトランクス(大)の視線に、悟飯はわからないというように首を傾げる。
なんでこれだけ言っても分からないのだろう、と思わないでもなかったが、なぜか、
「あー、なるほどね。確かにそれは、悟飯君の立場がまずいかもしれないわねー。」
まだ「報告されていないはずの人」たるブルマが、納得したように同意してくれる。
そんな母を見上げて、トランクス(小)は、「え? 何が?? 何がわかったの、ママっ!?」と膝を突付いてくるが、ブルマはフフフと笑って答えてくれなかった。
「えっ!? そ、そうなんですかっ?」
驚いたように声を荒げる悟飯に、ブルマは先の少なくなったタバコを灰皿に押し付けながら、鷹揚に頷く。
「そーよぉ。さすがに……まぁ、気まずくはなるんじゃないかしらねー。」
「え、気まずくなるんですか? …………なんで?」
イマイチ理解できないと言いたそうな顔になる悟飯に、ブルマは何も言わずヒョイと肩を竦める。
そんな彼女に、トランクス(大)は少し考えるように顎に手を当てて──おずおず、と視線をあげた。
「……その、母さん。その言い方からすると……、こっちの世界のビーデルさんは……悟飯さんのガールフレンド、なんですね?」
少し声を低く小さくして、確認というよりも断定口調でトランクス(大)が問いかける。
途端、「ええっ!」と悟飯が大仰に驚いてくれたが──ブルマの口ぶりを聞いても、ピンとこないところは、さすが人生の大半以上を戦いに費やした男だけある、と誰もが思った。
目をパチパチと瞬いている悟飯を気遣うように、そろりと彼の顔を見上げるトランクス(大)に、ブルマはニコリと笑みを刻んで、
「そーねー。チチさんと孫君は、二人がそのうち結婚するんじゃないかって、そう思ってるみたいよ。」
あっさりと、きっぱりと、言い切った。
悟飯の目がますます丸く大きくなり──、トランクス(小)がブルマの言葉に食いつく。
「えっ、あの二人、結婚するのっ!?」
「さー? どうかしら。悟飯君が、気づくかどうかにかかってるわね。」
さっぱりあっさりしたセリフに、おぉっ、と息子が更に食いつく。
「ええっ、何ソレっ? 悟飯さんが何に気づいたら、結婚するのーっ??」
「ふふ、ビーデルさんの女心よ。トランクス、あんたももう少し機微に敏くならないと、モテないわよー。」
指先を唇に押し当てて──幾つになっても女というのは、恋バナが好きなものだ──目元を緩めてにんまりと笑むブルマに、ワクワクしたトランクス(小)が目を輝かせた。
その光景を見ながら、悟飯は自分の弟子を見下ろす。
「へー……こっちの俺は、ビーデルさんと結婚するんだね。……驚いたよ。」
考えもしなかったな、と、悟飯は視線を天井に当てて首を傾げる。
「──は、はぁ……。」
トランクス(大)は、複雑な表情でそんな悟飯を見上げた。
悟飯は視線を彷徨わせて、未来のビーデルの姿を思い浮かべているようだった。
それが目に見えてわかって、トランクス(大)は無言で唇を横に結んだ。
悟飯はトランクスの視線に気づいて、すぐに視線を彼に戻すと、弟子を見下ろし、にこ、と微笑む。
邪気のない優しい笑顔に、にこ、と微笑み返したものの──、綺麗に笑い返せた自信はなかった。
もとより、自分の師と母相手に、感情のゆれを隠せた試しはない。
悟飯は、不思議そうに目を瞬かせると、首を傾げてトランクス(大)の頬に手をあてると、
「どうした、トランクス? なんか変な顔になってるぞ。」
「…………どうせ俺は、変な顔ですよ。」
──悟飯さんに、恋愛の機微を悟れ、という方がムリだとは思うのだけれど。
脳裏にビーデルさんの笑顔(だろうと推測)を浮かべた直後に、自分の恋人を見下ろして言うセリフがソレか。
思わず、ぶす、と不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら答えれば、師匠はますます不思議そうな顔になった。
こりこりと後ろ頭を掻きながら、トランクスの瞳を覗き込むと
「トランクス? 何か俺は、君を怒らせたかな?」
「怒ってません。」
「そんなぶーたれた顔で言われても、説得力ないな。」
ぷい、と視線を避けるように横を向くトランクスの頬を軽くつまんで引っ張れば、トランクスはプックリと頬を膨らませる。
──再会して間も無い頃には見せなかった、子供の頃によく見せた仕草だ。
「トラーンクス?」
摘んだ頬に手の平を当てて、柔らかになで上げれば、トランクスは拗ねたような色を瞳に残したまま──チラリ、とそれでも悟飯を見上げてくれた。
「…………なんですか。」
ぶっすりとしながらも答えてくれる弟子に、悟飯は嬉しそうに双眸を緩める。
「もしかして、ヤキモチ焼いてたのか?」
「──……っ。」
カァッ、と頬を赤らめたトランクスが、ぷい、と更に横に顔を向けるのを見て、はは、と悟飯は笑った。
そんな悟飯を、キッ、とトランクスが睨みすえる。
「ちっ、違いますよ! ただ、その──悟飯さんが鈍いから……っ。」
「うん? 俺のほう?」
「そうです、悟飯さんが鈍いから、俺が色々と気を使わないといけないんですっ。」
首を傾げて問いかける悟飯の厚い胸板を、どん、と拳で一つ叩いて──トランクスは、ぐ、と奥歯を噛み締めた。
思い出すのは、未来の世界のビーデルという娘のことだ。
大変な時代を必死に生きてきた娘らしく、したたかで強い心を持った娘だ。
彼女は勝気な性格で、父が世界で一番強いのだと──そう信じていた。
その純粋な性格は、そのまま──なんていうか、分かりやすくて。
トランクスからしてみれば、彼女が悟飯に注ぐ視線の意味なんて、ものすっごく分かりやすかったのに。
悟飯は、ものの見事にスルーしてくれているのだ。
それに安心するのも本当なのだけれど──なんていうか、そのたびに胸の中に巣食う、なんとも言えない気苦労は、決して消えないのだ。
それを相談して愚痴る相手がいないのが、余計にトランクスの心労に拍車をかけているのかもしれない。
そんなトランクスの気持ちに全く気づかない様子で、悟飯はコリコリを頭を掻きながら、
「んー、そっか。──良くわかんないけど、こっちの世界の俺とビーデルさんがくっついてるのが、トランクスはイヤなのか?」
「え、いや、そういうわけじゃ……悟飯さんが幸せになってくれるなら、俺はソレはソレで嬉しいですし。」
純粋な疑問をそのままぶつけられて──なんだかそういう聞かれ方をすると、俺が、「未来の世界の悟飯さんも、こっちの世界の悟飯さんも、俺だけのものじゃないとイヤなんです!」というわがままを言っているように聞こえてきて、トランクスは困ったように眉を落とす。
「え、それじゃ、──えーっと……何に怒ってるんだ?」
「……だから、怒ってるんじゃなくって──その……、なんていうか。」
俯いて……無言でツン、と自分の人差し指を突付かせあいながら、トランクスはモゴモゴと口もごる。
うん、と聞く体勢で待ち続けてくれている悟飯を見上げて、トランクスは小さく……小さく、できれば悟飯に聞こえていないようにと祈りながら、ぽつり、と、零した。
今、ブルマたちから聞いた瞬間、ふ、と思ったことを。
「もし──俺が悟飯さんを好きだって言ってなかったら、悟飯さんは、未来でもビーデルさんとくっついてたのかな、って……思っただけです。」
怒っているとか、嫉妬とか、そういうのではなくて。
もっとこれは──深く暗い感情なのだ。
トランクスは、自分でもなんと言っていいのか分からなくて、突付いていた指先同士を握りこみ、俯く。
視界に見える自分の靴の先を見ながら、はぁ、と溜息が零れそうになった。
この世界の悟飯は、ビーデルを選んで彼女と結婚するのだと言う。(これを悟飯が聞いたらやっぱり、「ち、違いますよ! そんなんじゃないですってば!」と焦りながら言うのだろうが。そしてやっぱりビーデルに、「何よ、イヤだっていうのっ!?」と怒鳴られる)
ということは、自分と一緒にいる悟飯も、本来ならそういう運命にあったかもしれないということだ。
もしかしたら──、悟飯が死んでいなかったら、彼女とくっついていたかもしれない。
いや、今からだって遅くはない。生き返るまでに8年もの月日が流れてしまっていたので、ビーデルとの年の差は9年も出来てしまっていたが、ビーデルがそれでもいいと思ってくれるなら(考えてみたら、8年や9年の差なんて、悟飯が死ぬ前の自分との年齢差だ。)何も問題はない……と。
そう思ったら、なんだか切なくなってきて──トランクスは目線を落とさずにはいられなかったのだ。
あぁ、こんなこと……考えなかったら良かった。
そう思うけれど──タイミングが悪かったとしか、言いようがなかった。
悟飯は知らない。自分がビーデルに想われているという事実を。
だからこそ、「こっちの世界の俺は、ビーデルさんと結婚するのか」と軽く言えたのだ。
自分とビーデルには、全く関係のない、縁のない話だと思っているから。──彼からしてみれば、世界が違えば、自分は「他人」と知り合い、恋愛関係になるのか、という感慨しかないことなのだ。
けれど、トランクスはそうも行かない。
トランクスは──気づいているからだ。
ビーデルが、都市の復興の手伝いに姿を見せる悟飯を、常に探していることも。
見かけたら必ず悟飯に駆け寄り、話をしようとすることを。
彼女が、ただ真っ直ぐに悟飯を見つめ……彼を恋愛対象にしていることを。
けれど、トランクスは同時に知っていた。
彼女の想いは、決して叶わないことを。
だからこそ、そんな彼女を見つけるたびに、トランクスは悟飯が鈍いことに感謝し、そしてビーデルが哀れに思ってきたのだ。
でも、今は少しだけ違う。
この世界の悟飯は……「トランクスを恋愛対象としてみていない」悟飯は、ビーデルと結婚すると言うのだ。
つまり、それは。
俺が居なかったら、ビーデルさんの想いは、報われていたということだろう?
──あぁ、本当、気づかなかったら良かった。知らなかったら良かった。
しょんぼりと頭を下げるトランクスの頭を見下ろしながら、参ったな、と悟飯は頭を掻き続ける。
「トランクス。」
「……はい。」
ことさら穏やかに、いとしげに呼びかければ、トランクスは髪を揺らしながら微かに目線をあげる。
その視線を自分の視線を合わせるように身をかがめた悟飯は、彼の両頬に手を当てて、そ、と優しく顔をあげさせた。
「こっちの世界の俺と、君の俺は、確かに同じ人物だけど──違う存在だってことを、君はよく知ってるよね?」
「──……。」
トランクスが困ったように目を細めるのを見つめながら──その蒼い瞳に自分の容貌が映っているのを見ながら、トランクス、と悟飯は続ける。
「……まさか、俺と、悟飯君の区別がつかない……なんて言わないよね?」
「そんな! 俺が、悟飯さんを見間違えるはずはありませんっ!」
トランクスは慌ててブンブンと大きくかぶりを振る。
その答えに満足したように、悟飯はニッコリと笑顔を広げると──こつん、と、彼の額に自分の額をくっつけた。
間近に迫った──唇が触れ合いそうなほど近づいた悟飯の顔に、びくん、とトランクスは背中を撓らせる。
「なら、分かるだろ? 俺は……君以外をみることは、絶対にないよ。」
「ご……悟飯、さん。」
トランクスの両頬を固定した指先で、そ、とトランクスの耳朶をなぞる。
目の前にある悟飯の双眸は、優しく、トランクスだけを見つめている。
くすぐったさを感じて、トランクスが首をすくめれば、悟飯はそんな彼の髪に優しく口付ける。
「けど、トランクスがそれほど不安を覚えるというのなら……。」
くすくすと笑うように、歌うように続けられた言葉に含まれる──どこか不穏な響きに、トランクスは軽く顔を後ろに引いた。
「え、い、いえ、別に俺は、不安なんて……。」
覚えてません。
ただちょっと、そういう未来もあったんだろうな、と、思っただけ、で?
──と、モゴモゴと口の中で呟くトランクスに、悟飯はことさら優しく笑うと、
「俺の愛情を疑う余地もないくらいに、たっぷり、教えてあげないといけないかな?」
「い……いいいい、いえっ! け、結構ですっ!」
楽しそうに囁かれた言葉には、欲の色が見え隠れしていた。
その気配に……感じなれた低い声音は、ジンと腰を痺れさせる。
けれど、それを慌てて振り払うように、ブンブンと頭を振る──けれど。
しっかりと両頬を捕まれたままでは、それも上手くいかない。
悟飯の手の平に、サラサラと髪がかかるだけで──目は、しっかりと悟飯にとらわれたまま。
「この世界の俺は、ビーデルさんを好きになって、彼女と結婚するかもしれないけど、俺は俺だよ、トランクス。」
ちゅ、と、優しい口付けが一つ、羽のように軽やかに落ちてくる。
一瞬のふれあいなのに、囁かれた吐息と共に、触れた部分が、熱く火照る。
「俺が好きなのは、君だけだ。」
もう一度降りてきた唇は、今度は唇の端を掠めるようにして頬に押し付けられる。
すり、と擦られるようにされて、トランクスの肩が軽く跳ねた。
頬を覆っていた手の平が、耳を撫でて、首筋に降りてくる。
「そりゃ、告白は君に先を越されてしまったけど、ちゃんとプロポーズは俺がしただろう?」
瞼に、眉間に、額に──そしてリップノイズをわざとらしく立てて、鼻の頭に。
戯れるような、宥めるようなキスに、トランクスは困ったように笑った。
「それはそうですけど──だから、別に、怒ってませんし、不安にも思ってませんって。」
「なら、いいじゃないか。別に、こっちのビーデルさんが来ても、何もトランクスが気にすることなんて、ないだろう?」
ね、と続ける悟飯に、そうですね、と答えかけたトランクスは──そこではた、と、元の問題に戻ったことに気づいた。
何も気にすることはない──なんていうことは、ない。
そうだ、つい、「ビーデルと悟飯が結婚」ということに目を奪われてしまい、そっちに頭が行ってしまっていたが、そもそもの問題はソコではなかった。
悟飯を呼んだら、ビーデルがついてくる=ビーデルにまで「報告」してしまうことになるかもしれないが、それでもいいのか、ということだったはずだ。
「え、と──あの、それは……やっぱり……。」
やめておいたほうがいいと、思います。
おずおずと、悟飯から体を少し離しながら見上げるトランクスに、悟飯は心配そうに目を細める。
「どうしてだい?」
何をそんなに気にしているんだ、と、覗き込む悟飯の顔は、不安そうな色を見せていた。
自分の愛情が、まだ疑われているのかと、そう感じているのだろう。
トランクスはその問いかけに、ますます困ったように顔を顰めた。
悟飯の手の平が、スルリと背中を撫でて腰まで落ちる。
逃げ腰になりかけていた腰をしっかりとつかまれて、距離が0になるまで引き寄せられる。
足の間に悟飯の脚を挟まされた状態で、今にも唇と唇がくっつきそうなほど間近で、トランクス? と、悟飯は問いかけてくる。
──これって、どう見ても問い詰める状態というよりも、くどいてるんじゃないかな、と、トランクスは眉を落としながら、目の前の自分のいとしい人を見上げた。
このままで居ればきっと、悟飯は、自分に惜しみない愛情を実感させるために──それこそ、ありとあらゆる手を講じようとしてくるかもしれない。
そのことを思えば、……哀しいかな、期待に胸が小さく高鳴ってしまったりする。
勝てないんだ、この人には。
師匠で、尊敬する人で、兄のように慕っていて、大事な人で、1度失って──また取り戻した、最愛の人には。
とても、勝てないんだ。
「……悟飯さん、怒りませんか?」
「何、俺が怒るようなことなの?」
きょとん、と目を瞬く悟飯に、トランクスは上目遣いに見上げると、
「俺が気にしているのは──その……。
……俺と、あなたの関係を知った、(コッチの世界の)悟飯さんとビーデルさんが──微妙な関係にならないかな、と。」
そこが、ほぼ大部分を占めていたり、します。
そしてちなみに、ブルマさんもその事実には気づいています、と。
そう──こっそりと、肩を縮めるようにして、そう白状すれば。
「…………………………トランクス。」
うっすらと、目の前の男の口元に薄い笑みが広がるのを認めて、あぁ、と、トランクスは泣きたくなった。
「……はい、師匠。」
思わず、いつもなら決して口にしない名前で彼の名を呼ぶ。
「つまりそれは──何かな?
君は、嫉妬したとか、そういうんじゃなくって。」
「あ、いえ、その……。」
「この世界の俺とビーデルさんの仲が、壊れないかどうかってことばっかりを、気にしていた、ってことかなー?」
「ご……ごご、悟飯、さんっ。」
にっこり、と笑う悟飯の顔が──ほんの少し、いつもよりも黒い。
それってつまり──、
「えーっと……ヤキモチ、です、か?」
「そう、大当たり。」
今度は立場を変えて、嬉しいの半分、困ったの半分で問いかけたトランクスに、悟飯はアッサリと認めてくれた。
そんな、当たり前のように認めてくれる師匠に、トランクスはマスマス嬉しいのが半分、困ったのが半分──と言った状態になって。
もー、と、顔を大きくゆがめてみせる、そんな弟子に。
悟飯は嬉しそうに破顔をしてみせると、
「あんまり他の男の幸せの心配ばっかりしてると、拗ねるよ?」
チュ、と──可愛い恋人の唇に、優しいキスを一つ、落としたのであった。
そんな、ラブラブイチャイチャとしているカップルを見ながら。
「っていうか、私たち、すっかり忘れられてるわね。」
少し離れた所から、一気に二人の世界に浸ってしまった悟飯とトランクス(大)を見ながら、ブルマが新しいタバコを取り出して、やれやれと呟く。
一応、まだ「報告」もしてもらっていないのに……親の目の前でキス三昧とは、やってくれるじゃないの。
ニ、と口元に笑みを広げつつ──こんなところを、ベジータにしょっぱなから見せるわけには行かないわねぇ、と心の中で呟いて。
「それにしても……私の女の勘、ドンピシャだったわね。ふふ……、まだまだいけるわ。」
なにやら睦言のようなことを呟きあっている二人を前に、ブルマは満足そうに、うんうん、と頷く
その隣で、顔を赤くしながら、両手で目を覆いつつも──その隙間から、イチャイチャチュッチュしているカップルを見ながら、トランクス(小)が、
「……この場合、僕、どういう反応したらいいわけ?」
未来の自分と、未来の悟飯さんがくっついてる、っていうのは。
なんていうか──ものすっごく。
心臓に悪い……、と。
いっそ、気づかず、見なかったら良かった、と強く思いながら、その場にしゃがみこみ続けていた。
ブルマが目の前の光景に飽きて、「さ、それじゃ、ベジータを呼びに行くわよー」と、トランクスを抱えて外に連れ出すまで──ずっと。
何はともあれ、今日は。
二人の、結婚報告日。
ということで、くっつかせてみましたv
ラブラブ状態で、ピンクオーラでまくりの、いちゃいちゃな二人ですvv
ちょっと途中のつじつまあわせが大変でしたが(笑)、報告内容をばらさないように、いかにして話を進めるのかが大変だったんですよ;
未来の世界は、人造人間のおかげでハチャメチャになってしまっていたので、結婚は同性婚もOKって言う感じでお願いします(笑)
明日も知れぬ世界だから、みんな、せつな的に生きていたところがあると思うので。
実はこっそり、GTのパンを出してきて、「絶対、こっちの未来でも、お父さんとお母さんをくっつけてみせる!」と燃えさせてみたりとかで、ひと悶着させてみたかったのですが、さすがにそれでは、チビトラが、未トラの年齢を追い越してしまうので; 断念しました。