└→決してお菓子のことではありません。
それは、ある日の昼下がりのこと。
ビーデルが遊びに来ていたので、ちょうどいいからと、皆で近くの湖までピクニックに行くことにしたのだ。
パオズ山にしか生えていないような珍しい草花や、珍しい生態を指し示しながら、悟飯がいつになく饒舌に説明するのを、ビーデルは嬉しそうに笑いながら聞いている。
そんな前を行く若い二人を見ながら、チチはうっとりと頬に手を当てて目元を緩めた。
「はぁ……いいだなぁ、若いって言うのは。
オラも、あとちぃとばかし若かったら、あんな風に人目も気にせず、悟空さとイチャイチャできるのにな。」
今でも十分若いけんどなっ、と──本当は夫である悟空に言って欲しいことを小さく呟きながら、チチはチラリと期待に満ちた眼差しで悟空を見上げる。
しかし、チチの最愛の夫は、朴念仁を通り越した天然オバケ状態である。
悟天を肩に乗せながら、辺りの木々を見回していて、チチの話は全く聞いてはいなかった。
「あ、お父さん、アレは何??」
まだ舌ったらずな声で問いかけられて、悟空は小さな指先の示すのを視線で追って、
「あぁ、ありゃぁ、地震雲って言ってなー、ああいう形に雲が散らばると、地震が来るって……。」
言うんだ、と。
そう続けかけた悟空は、自分が言っていた内容の意味に気づいて、ハッ、と眉を吊り上げた。
ゴゴ、と、小さく地面が鳴った気がしたのだ。
顔をあげれば、どこかブッスリとしたチチの顔と、その頭越しに見える悟飯とビーデルの姿があった。
二人の初々しい恋人たちは、今から小川を越えようとしているところだった。
「チチ、悟飯! 地震がくっぞっ!!」
身構えろっ──と、そう続くはずだった言葉はしかし。
どぉんっ! ゴゴ──ゴゴゴォッ!
突如として起きた、真下から突き上げるような激しい振動によって、掻き消された。
「きゃあああーっ!!!!」
「う……ぅわあああっ!!」
何が起きたのかわからないまま、悟天が小さな手の平でしっかりと悟空の髪を掴む。
そんな末息子の体を片手で支えながら、悟空は衝撃のあまり地面に座り込んだチチへと手を伸ばす。
「チチィッ!」
「じ──地震だべかっ!!?」
名を呼べば、チチは泣きそうに顔をゆがめながらも──その振動に地面についた手を動かすことすらままならず、必死の顔で悟空を見上げる。
悟空はというと、激しく揺れる地面を物ともせず、なるべく地面に脚をつけぬようにして、一瞬でチチの元に近づくと、彼女の体をサラリと攫う。
そしてそのまま地面を蹴ると、ザザザザ……っ、と耳障りな音を立てる木々の揺れる音を抜けて、空中へと躍り出た。
倒れる物もない場所まで浮かび上がると、空気越しに振動が強く伝わってくるのが分かった。
思わず顔を顰めて、悟空は下方に見える森と山を見やる。
激しい振動に、草木が大きく揺れているのが分かった。
「こりゃ──、大型だな。」
「すごいや、いっぱい揺れてる。」
もしかしたら、地面が割れるかもしれない。
そんなことを思いながらポツリと零した悟空の肩の上で、両手でしっかりと悟空の髪を掴んだままの悟天が、感心したように真下を見下ろして呟く。
生まれて初めてだろう大型の地震なのに、すでにもうケロリとした様子だ。
そんな悟天に、大物になるぞぉ、と笑って、悟空は髪をクシャリと撫でてやった。
チチは、悟空の小脇に抱えられた体制で、少しずつゆれがおさまっていくのを見下ろしながら、
「あぁぁぁ……おっとうは大丈夫だべか……。」
こんな激しい揺れは、初めてだ。
家に残してきた父が急に心配になってきて、きゅ、と眉を寄せたところで──ハッ、とチチは我に返る。
そして、自分の腰をしっかりと抱えている悟空の腕にしがみつくように体を跳ね上げると、
「ごご、悟空さっ! 悟飯ちゃんはっ!? 悟飯ちゃんはどうしただっ!!!??」
己の最愛の家族の残り一人の行方を、夫に問いただす。
血相を変えて問いかけるチチに、悟空はパチクリと目を瞬く。
「まさか悟空さ、悟飯ちゃんを下に置き去りにしてきたんじゃ──……っ。」
ギリリと眉を吊り上げて怒鳴りつけるチチに、悟天はニッパリと笑うと、
「大丈夫だよ、おかあさん! ほら、兄ちゃんなら、あっちにビーデルさんと一緒にいるよ!」
小さな指先で、悟空の右斜め後ろを指差す。
ちょうどチチからは死角に当たる場所だ。
チチは慌てて体を更にひねって──悟空が、おっと、とそこで抱え直して──、彼の腕の向こうに見える悟飯の姿に、ほぅ、と胸を撫で下ろす。
悟飯も、父の声に反応して、とっさにビーデルを抱えて空中に躍り出ていたようであった。
チチは、傷一つなく──また、川に落ちてもいない様子の二人に、ほぅ、と胸を撫で下ろし……。
ふ、と、気づいた。
「すごい地震だわ──。」
呆然とした声で下を覗き込んでいるビーデルは、川が大きく跳ねて方向を変えていくのを見て、ブルリと体を震わせている。
そんなビーデルを落ち着かせるように、しっかりと彼女を抱きかかえ直しながら、
「ええ、ここが震源地なのだとしたら……火山が噴火しないか、心配ですね。」
悟飯はチラリと視線を先へと走らせる。
パオズ山の頂上は、続く地震にゆらりと揺れていた。
「え、この山って、活火山なの?」
「最後噴火した記録は、もう200年も前に遡ると聞いてはいますから、おそらく休火山だとは思いますが……。」
てっきり、死火山だと思っていた。──と、驚いたようにビーデルは悟飯の胸の中で顔をあげる。
そして、思った以上に間近に見えた凛々しい悟飯の顔に、あら、と、思わず目元を赤らめる。
背中にしっかりと回された悟飯の腕のたくましさや、自分の膝裏を抱える悟飯の腕の感触が、妙にリアルに感じてきて、ビーデルは体を小さく縮めた。
まさか、こんなに間近で接触することになろうとは──、と思いながらも、「自分で飛べるわ」と言い出さないまま、彼女はおとなしく、悟飯にお姫様抱っこされ続ける。
──そう、ビーデルは、悟飯の腕の中で、横抱きにされていたのである。
チチは、そんなお似合いな……ラブラブカップルさながらの二人を、じっとりと見つめた。
「火山の噴火かー、そういう気配はねぇけどな。」
そうして、暢気に悟飯と同じ方向を見ている悟空を、ジロリとにらみつけた。
くり、と小首を傾げる悟空は、チチが剣呑な目で自分を見ていることに、まったく気づいていないようであった。
「え、そうですか? お父さんがそういうなら、問題はないでしょうね。」
なら安心だ、と、ニッコリと笑う悟飯に、悟空もニッカリと笑い返す。
ついでに悟天も、にこー、と笑う。
チチは、そんな悟空のほっぺたに手を伸ばすと──ぎにゅぅぅ、と、容赦なくつねってやった。
「あいたっ! ち、チチィッ!?」
突然、腕の中の妻からそんなことをされるとは思っても居なかった悟空は、思わずチチと息子の悟天を取り落としそうになり、慌てて抱え直しながら、チチを見下ろす。
しっかりと腰を抱えた状態のチチは……、なぜか、恨みがましそうに自分を見上げていた。
「ど、どうしたんだ、チチッ!?」
「どうしたもこうしたもねぇ!! 悟空さっ! 悟空さは、デリカシーっつぅもんがたりねぇだっ!!!」
頬を抓ったまま、チチはいつものようにどでかい声で怒鳴りあげる。
そんなチチに、悟飯の腕の中でビーデルはビックリしたように目を見開き、悟空の頭の上で悟天は、「でりばりー?」と首を傾げる。
そして悟飯は冷静に、
「……お父さんにそんなものを求めるのが、間違いだと思いますよ。」
と呟いてみたが、チチの耳には入らなかった。
「で、でりかし? なんだ、それ? くいもんか、チチ?」
──ほーら、やっぱり。
そう思った悟飯であったが、チチが何に対して悟空にデリカシーを求めているのかは、さっぱり分からなかった。
何せ、悟空と親子だから。
「バカ言うでねぇっ!! おらは──、おらは、悟空さのお嫁さんだべっ!?」
「あ、ああ。」
噛み付くように怒鳴るチチに、悟空は素直にコクリと頷く。
チチは、キッ、と自分の腰を抱える──そう、まるで荷物みたいに抱えている悟空の腕をひっぱたくと、そのままその手でビシリと悟飯とビーデルへと向けて、言いたいことをすべてその手に集中させて指し示すと、
「なのに、なんで……なんで、荷物みたいに抱えられなきゃなんねぇだーっ!!!!!!」
そう、絶叫した。
途端、ビーデルは、「あっ!」と小さく零して、悟飯の腕の中でますます小さくなる。
悟飯は、母が何を言っているのかイマイチ理解できなくて、首を傾げる。
そして悟空はというと。
「? チチは荷物なんかじゃねぇだろ?」
──やっぱり、チチが言いたいことを、まったく理解できずに、首をもう片方側に傾けていた。
その上で悟天も首を傾げる。
そんな鈍感な男どもに、チチはギュゥと唇を噛み締めると、
「デリカシーがねぇべーっ!!!!!!」
悟空の耳元で、思いっきり──叫んでやった。
悟飯が、某一部のゲームで、ビーデルが攻撃を受けるとお姫様抱っこで救出する、という話を聞いて。
悟空ならきっと、チチが攻撃を受けても、小脇に抱えて救出するんだろうなー、って思った。
というところから来たお話。
悟空は絶対、お姫様抱っこはしないと思う(断言)
「だって、そんなことしたら、両手がふさがっちまうだろ??」
あくまでも、そんな感じで。