海の家「ベル坊」

*アニメ11話の予告告知を見て書いた話です。←3/19日時点。
 どうやらアニメ10話が差し替えになるみたいなので、実際に11話になるか、放送されるのかは微妙になりました(3/25時点)
 説明すると、11話で、男鹿と古市が海の家でバイトすることになり、なぜか二人で鉄板らしきものの前で並んでお揃いのエプロンを身につけて、ヘラを持って接客してるという予告挿絵がジャンプ16号にあったんです。
 この話は、その海の家バイトをした後の話、という設定です。








 ざざざーん……ざざーん。
 絶え間なく続く波の音。ささやかに吹き抜ける潮風。
 子供の笑い声や、女の子たちの誰かを呼ぶ声が、波音に混じって聞こえてくる。
 目に痛いくらいの真っ青な空では、まばゆいばかりの太陽が光り、少し黄土色混じりの白浜を照り付けている。
 コンクリートの堤防の上には、次々にクルマが停まり、そこから水着姿の女の子が浮き輪やビーチボールを片手に砂浜に飛び出し、男たちがパラソルやビニールシートを持ってその後に続く。
 クルマのドアを閉めた運転手は、そのまま駐車場に移動するために出発していき……その後にまた新しい車が停まる。
 昼前の海は、滾るような暑さのせいか、芋を洗うような大混雑ぶりだった。
 海の中に混じるカラフルな水着に、色んな形の浮き輪やマット型のエアーチューブ。一昔前に流行ったシャチの形の物や、見たことがないような物も混じっている。
 それらで楽しげに遊ぶ人たちも、バラエティに富んでいる。若いカップルに家族連れ。友人同士で遊びに来たらしい女の子たちに男たち。
 みんな、太陽の真下で笑っている。
 そんな海の傍には、海水浴客相手に開いている海の家が建っている。
 なかなか盛況なようで、日差しを避けるように立てかけられた簾の内側──扇風機が回っている店内の客席は、ほぼ満席だった。
「すみませーん。」
 その間を忙しそうに立ち回っていた店員が、表から声をかけられて、慌てて外へ対面するように作ってあったトウモロコシ屋台の方にかけつける。
「はい。」
 ひょい、とソコから顔を出した、太陽に負けずキラキラ光る店員の姿に、ひゅっ、と女の子たちは息を呑んだ。
 にこやかに姿を見せたのは、真っ白い……美白モデルのように白く滑らかな肌を持つ少年だった。
 ラフなTシャツにカーゴパンツ。どこにでも居そうな姿の上から、こういう店にありがちなエプロンを纏っている。
 さら、と揺れる髪は銀色。色素の薄い双眸を緩めさせて笑うその顔は整っていて、夏の日差しを浴びているせいか、光り輝くくらいに綺麗に見えた。
 ぼー、と見とれている相手に、ほんの少し汗を掻いた少年は、不思議そうに首を傾げる。
「あの、どうかされましたか?」
「あ、いえ、あの──、アイス、下さい。」
 そこの、と、外に向けて設置してあったアイスクーラーを示す女の子たちに、はーい、と少年は愛想良く笑うと、
「一本150円です。」
 どの味でも同じ値段ですよー、と言う。
 その言葉に、慌てて少女たちは好きな色を取り出して、それじゃこれ、と小銭を手渡す。
 その拍子に指先が少年の手に触れて、暑く感じていた体温が、一気に跳ね上がった気がした。
「毎度ー。」
 繊細な容貌に似合わないニカッとした笑顔に、きゅん、と胸がときめく。
 そんな彼女たちは、チラチラと互いに顔を見合わせながら、少年のエプロンに付けられた名札を見やる。
 そこには、「男鹿」、と、書かれていた。
「……男鹿、くん。」
「ちょ……、イケメンじゃね?」
「っていうか、美人さんだよね?」
 顔を寄せ合い、ボソボソと語り合う少女たちに、どーも、と頭を下げた「男鹿」君に、
「おーい、古市ーっ! 焼きソバできたぞーっ!!」
 中から乱雑な声があがる。
 その声を聞いた「男鹿」君は、はいはい、と返事を返す。
 少女たちに向けていたような気張った接客声ではない、素の声だった。
「今、持ってくーっ! ってか、アランドロンはドコ行ったんだよっ。」
 ひらり、と身を翻した「男鹿」君のエプロンの裾が翻る。
 あ、とその背を見送っていると、彼はキッチンと客席とを分けている粗末な木のカウンターに近づいた。
 そこから、黒い髪をした少年が顔を覗かせている。その手には、パックに入った焼きソバが三つ握られている。
 すぐ隣には給水機があり、プラスチックのコップが詰まれていた。そこに水を取りに来た男性客が、パタパタと隣を通り過ぎていく「男鹿」君の項に、一瞬目を落としたのを、少女たちは見た。
「あー? なんか、カンバン持って呼び込みしてくるとか言ってたぞ。」
 ほれ、と焼きソバを手渡してくる男に、あぁ? と「男鹿」君の名札を付けた古市は眉を跳ね上げる。
「こんな混んでんのに呼び込みとか、わっけわかんねーし。」
「つーか、古市、厨房暑い。」
「知るか。──って、あぁっ! 男鹿っ、トウモロコシ! トウモロコシ焦げてるっ!!」
 ぷぅん、と香ばしい香が流れてきて、古市は両手で焼きソバパックを手に、男鹿の後ろを指差す。
 それに男鹿は、うぉっ、と叫んで、バタバタと慌しく厨房から飛び出してくる。
 古市はそれに、しょーがねーな、と呟きながら焼きソバを持って、「お待たせしましたー。」と言いながらテーブルのほうへとニコヤカに歩いていく。
 慌ててトウモロコシを焼いていた外に向けて設置されていた屋台のところまで飛んできた「男鹿」は、黒い髪と薄く日に焼けた肌の男だった。
 慌ててトウモロコシをひっくり返すと、黄色い粒に薄くこんがり跡がついている。
 それを見下ろして、
「うぉ……っ、ん、だが、コレならイケルか?」
 と言いながら、男鹿は一本手に取り、がぶ、と食いついた。
 ええー、食べるのー、と、アイスを持ってそこに突っ立ったままだった少女たちが呆然とする前で、おぉ、美味い、と男鹿は呟く。
 呟いてから、ちょっと首を傾げて、タレが足りねぇな、とタレが入ったツボからハケを取り出し、焼いている最中のトウモロコシにたっぷりとタレをかけた。
 とたん、香ってくるいい匂いに、食欲が刺激された。──うう、おいしそうかも。
 ばくばくと食べていたトウモロコシを、あっと言う間に食いきった男鹿は、そのまま残ったゴミを、ぽい、とゴミ箱に捨てたところで、
「商品食うなーっ!!!!」
 すぱこーんっ! と、後ろから叩かれた。
「うぉっ!? 何しやがんだ、古市っ!」
「それはコッチの話だっ! お前、何勝手に商品食ってんのっ!? ったく、後から小遣いから差っぴいとくかんなっ!」
 まったく、と古市はお母さんみたいなことを言って、ズカズカと中に戻っていく。
 途中通りかかったカウンター前の椅子の上には、なぜか緑色の髪の赤ん坊がいて、古市が戻ってきた途端、
「アダー!」
 ハイタッチを求めて片手をあげてくる。
 古市はその小さな手に手を重ねてやると、キャーァ、と赤ん坊が喜ぶ。
 すると厨房の中から、ひょい、と金髪の美しい女性が顔を覗かせる。
「古市、カキ氷3丁、あがったぞ。持っていけ。」
「あ、はーい、ヒルダさん。」
 つやつやとおいしそうに輝くかき氷を手にした女性は、このクソ暑い中だというのに、黒いゴスロリ姿だった。
 しかも汗一つ掻いていない。
 銀色のお盆の上に乗せられたかき氷は、緑と赤色とレモン色。白との美しい調和に、ヒルダと呼ばれた女性は満足そうな顔を見せる。
 うむ、芸術品だ。
 ヒルダは一人満足する。
 男鹿家にもかき氷機はあるが、あれとここにあるのとは全く違う。
 かき氷係りをヒルダが引き受けたのも、一重にベル坊が、でっかい氷を切り出す様とガリガリ掻く様子が気に入ったようだからだ。
 だが、やってみると案外面白く、ついハマってしまった。──涼しいし。
「後、パンナコッタが残り少ないぞ。」
「売り切れそうっすか?」
「うむ。私の分を差し引いて、後8個というところか。」
「……あ、いえ、自分の分は差し引かないで下さい。」
 はぁ、と溜息を零しながら、古市はスプーンを差してある容器からスプーンを取り出して、それをカップに突き刺す。
 なんで男鹿といいヒルダさんといい、商品を食べるかな。
 あいつら絶対、飲食店で勤めるのには向いていないだろう。
 やれやれと肩を落とすが、客席に向かったところで、古市は愛想笑いを浮かべる。
「お待たせしました、かき氷になります。」
 はい、どうぞ、と席について待っていた男の子たちの前に置くと、おお、と彼らは──なぜか古市を見て声をあげた。
 やってきた氷に喜んだのではなく、確実に古市を見ている。
 白い項に張り付く銀色の髪から、つぅ、と汗が滴る。
 ふわりと香る甘い香は、彼のシャンプーの香だろうか。
 ことんことん、と氷を置いたところで、男たちが、あのっ、と古市に話しかけようとするが、しかし、
「すみませーん、こっちにサイダー下さい。」
 近くのテーブルから、別の男性グループから声がかかる。
 古市はソレを振り返り、はーい、と笑顔で返事をする。
 その顔に、おお、と店内の男どもが色めき立つ。
 踵を返した古市は、カウンター近くに設置されているショーケースの中から冷えたサイダーのビンを取り出すと、慣れた仕草で栓を抜き、コップと共に注文をした男たちのほうに持っていく。
「200円になります。」
 どうぞ、と置いた古市に、慌てて男はポケットから小銭入れを取り出し、硬貨を古市に手渡す。
 どうも、と笑顔でソレを受け取るために掌を差し出した古市の手の上に、男はわざとらしいほどわざとらしく、硬貨を置きながら──ぎゅ、と、その手を握り締めた。
 どわっ、と、店内がざわめく。
 なんてうらやましい、だとか、あのやろう、抜け駆けだ、だとか言う小声のウェーブが広がる。
 古市は、きょとん、とした顔で男を見下ろす。
「……あの?」
「あ、あの、男鹿、さんっ。」
 がしっ、と捕まれた手をそのままに、男は古市の名札を見ながら声をかける。
 古市は、「……男鹿?」と思いつつも、ああ、そうだった、と頷く。
 そうだ、俺、今、男鹿だった。
「そのっ、この仕事が終わった後……っ!」
 よかったら一緒に、と続くはずだった言葉は、しかし、
「古市、何やってんだ。てめー、次の注文あんだぞ。」
 いつの間にかトウモロコシ売り場から戻ってきていた男鹿により、遮られた。
 ぱしん、と掌を払われ、その一瞬の間に古市は後ろ襟首をつかまれるようにして、グイっ、と自分のほうに引き寄せる。
 ぽすん、と肩が男鹿の肩に軽く辺り、ちょっと首が絞まった古市は、迷惑そうに顔を歪める。
「何すんだ、男鹿っ!」
「うっせ、てめーがサボってるからだろーが。」
「サボってねーよ! ってか、サボってるのはむしろお前っ!」
 キャンキャンと噛み付くように怒鳴る古市と、へーへー、と返事をした男鹿に、熱気溢れる厨房から顔を出したヒルダが、
「おい、古市。フランクフルトとやらが、焦げ始めているぞ。」
「って、ぅわーっ! なんでひっくり返してくれないんすか、ヒルダさんっ!!」
「私はかき氷係りだからな。」
 慌てて男鹿の手を払いのけて走っていく古市の後ろから、男鹿は付いて行く。
 その彼の耳に、
「やっぱあの人、可愛いよなぁ。」
 客席についた男どもが、ボソボソと話すのが聞こえてきた。
 チラリと見たら、海の家の中はなぜかむさくるしい男が半数以上を占めていて、そいつらはことごとく頬を染めながら古市の後姿を見ている。







 むか、と男鹿は眉を寄せる。
「……あれ? でもあの人、古市、って呼ばれてたよな?」
「でも名前、男鹿、だったよな?」
 なんでだ? と頭をひねる男たちに、ふん、と男鹿は鼻を鳴らすと、そんなこともわかんねーのか、と仁王たちして彼らを見下ろした。
「んなの、決まってんだろーが。」
 は? と見上げてくる男たちに、男鹿は胸を張って優越感たっぷりに、こう教えてやった。
「古市は俺の嫁だからだ。」
 旧姓で呼んでるだけで、あいつの今の苗字は男鹿なんだよ、と。
 言外にそう言って眉間にしわを寄せながら、だから俺の嫁を勝手に見てんじゃねーよ、と唸る男鹿の後ろから、
「おいっ、男鹿っ! 何やってんだよ、さっさとフランクフルトと焼きソバ作れっ!!」
 カウンターから顔を覗かせた古市が叫ぶ。
 それに、男鹿は上機嫌で、おう、と返事を返してくそ暑い厨房へと歩いていく。
 その後姿を、呆然と、男たちは見送った。




──海の家、「ベル坊」




 そこは、若夫婦と小さな息子。そして二人の姉と父が営む、いつも客で賑わっている店である。




「古市殿、男鹿殿。新しいお客様を連れてきましたぞーっ!」
 ツアーコンダクターよろしく、カンバンを掲げて入ってきたムキムキのおっさんの後ろには、こんがりと日に焼けたムキムキのおっさんたちがゾロゾロ付いてきている。
 やりましたぞ、と満面の笑顔を浮かべるアランドロンに、アーッ! とベル坊が大喜びし、
「って、手が回ってねーのに、何客増やしてんだよっ!」
「つーかてめぇ、ちゃんとトウモロコシとアイス売りの係りやりやがれっ!!!」
 男鹿と古市が、暑さと忙しさでヤキモキした状態で、仲良くそう叫んだという。














 本日の売り上げ金、目標額の2割増し達成。














──ぱち、と。
 目の前が真っ白になるような感覚に、あれ、と古市は目を瞬く。
 青い海も、白い砂浜も、ざざーんと打ち寄せる波も、全部先ほどまでと同じだ。
 ただ違うのは、空の色と太陽の位置。
 透き通るような青い空は、なぜかうっすらと黄金色を宿していた。
 太陽だって、東にあったはずなのに、なぜか茜色に染まって西の空なる。
「……あれぇ?」
 なんで? と、頭の中にハテナマークを飛ばしながら、古市は右と左とを見比べる。
 そこには、たくさんの水着姿の女の子が居るはずだったのに、ぽつぽつとカップルらしき人たちが居るばかりで、ほとんどの人間は帰り支度中だ。
「あーれぇぇぇ?」
 なんで? と、頭にハテナマークを浮かべる古市の横では、同じように男鹿が頭をひねりながら右に左にと目線を彷徨わせる。
 それから、隣に立つ古市を見下ろすと、
「……古市、お前、男鹿だっけ?」
「は? 何言ってんの、お前?」
 熱で頭やられたか? というか、さっき海に来たと思っていたけど、もう夕暮れってことは、俺も頭を熱でやられたの? と古市も首を傾げる。
「……あれ、でもなんか、そーいや、お前と海の家でバイトしてたよーな? あ、でも、あれはこないだのことだよな??」
「バイトじゃねーだろ? 一緒にやってたんじゃねーか。結婚して夫婦で……って、あれ?」
 あれあれ? と、二人は首を傾げあう。
 その男鹿の背中では、ベル坊が興奮した面持ちで、うぃー! と叫んでいる。
 何があったのだろう、と額を突き合わせて悩みあう二人は、互いに記憶を手繰り寄せて──あ、と、同時に声を揃えて気付いた。
 そうだ。
「……ヒルダ!」
「ヒルダさんっ!!」
 ぱちん、と指を鳴らしたその瞬間、
「呼んだか?」
 ス、と影が一つ、差した。
 いつものゴスロリ服に、ピンクの傘。
 砂浜だと言うのに、変わらずヒールの高いブーツを身につけた美女は、暑さを感じさせない涼しい顔で男鹿を見て、その背中で上機嫌でいるベル坊を見つめた。
 いとしそうに目を細めて笑いかけると、
「あぁ、ぼっちゃまも満足されているようだ。
 男鹿も古市も、良くやったな。」
 うむうむ、と頷くヒルダの後ろには、アランドロンが立っている。
 その、アランドロンの手には、なにやら箱のようなものが握られていて──見覚えがあった。
 つい朝見たものだ。ただしくはヒルダが朝から「海に行くぞ」と言いながら男鹿を踏みつけたときから持っていたものだ。
 そうして、海に着いた早々、彼女はそれを開いて──その後の記憶が。
「……………………って、あーっ!!!!!!」
 ようやく記憶がクリアになって、古市と男鹿はアランドロンが持っている箱を指差した。
 ソレだっ! ソレが開いたんだっ!
 そうしたら、なぜか自分たちは、海の家「ベル坊」を経営していたのだっ!
「ヒルダさんっ! ソレっ! なんだったんですかっ!?」
 次々に思い浮かんできた記憶に、あれは夢だったのか、なんて疑う余地はない。
 間違いない、あれは──絶対、アランドロンが持っている怪しい箱のせいに違いないのだ。
「うん? これか。これは坊ちゃまの玩具だ。」
 案の定、ヒルダからは当たり前だと言うような態度で返事が返って来た。
 魔界の玩具だ、と。
「ベル坊の玩具だとーっ!? んなんで、なんで海の家なんかすることになんだよっ!?」
 男鹿が噛み付くように怒鳴れば、ヒルダはそんなこともわからんのか、嘆かわしい、と溜息を零す。
「決まっておろう。ぼっちゃまが、先日の海の家でのバイトが、楽しかったとおっしゃったからだ。」
「………………はぃ?」
「だから、魔界から特別に『おままごと・家族で海の家セット』を取り寄せたのだ。」
「……………………。」
「…………………………。」
「……………………………………。」
 長い沈黙が、古市と男鹿の上に降りた。
 おままごと。
 家族で海の家セット。
 あぁ、なるほど、だから若夫婦役が男鹿と古市で、その子供がベル坊。ヒルダとアランドロンが二人の身内という設定かー、と。
 あははははは、と妙に乾いた笑いを零した後、
「って、んなことで貴重な休日潰されるってどーだよっ!?」
「ってか、なんでそこで、俺と男鹿が夫婦なんすかっ!? それなら普通、男鹿とヒルダさんっしょーっ!!?」
「仕方ありませんよ。役どころはこの箱が適任と判断して割り振るんですから。」
 私がぼっちゃまの祖父役とは、光栄です、と、嬉しそうに頬を染めて言うアランドロン。
 そんな彼の言葉に、何が適役ーっ!? と古市は悲鳴をあげた。
 そんな彼らの前で、夕日はゆっくりと──しかし確実に海の中へと沈んでいった。
 それを、呆然と見つめていた男鹿は、とりあえず、隣に立っていた古市の肩を抱き寄せてみた。
 ぽす、と男鹿に肩からぶつかった古市は、ちょっと驚いたように男鹿を見上げたが、特に何も言わず、ことんと頭を男鹿の肩に預けた。
「……帰るか?」
「──んー、もうちょいしたらな。」
 そ、と寄り添ったまま、太陽が沈みきるまで二人はそうして立ち尽くしていた。
 その背後でヒルダが、
「このバカップルめが。」
 と吐き捨てるように呟いていたが、二人の耳には決してとどくことはなかった。