本気デレ 3











 古市は、姫川竜也家のトイレにまだ篭もっていた。
 蓋の閉まった便器に、肘をつきながら、頭を抱えてうずくまっているのだ。
「あぁぁぁ、ありえねぇぇ。なんだよ、あのデレ! あれを男鹿が今聞いてんの!? うわあぁぁぁっ! ないっ、それはないって!」
 羞恥がこみ上げてきて、ぶんぶんと頭を振る。
 ほんと、あれはない!
 なに、あのテンション! 会いたいとか、も、ほんとないって!
「あぁ……、なんで俺、あんなこと言っちゃったんだよ……。」
 今思い出しても悶えるようなデレ。
 確かに、会いたくないと言ったら嘘になる。
 あのヒルダにすら重傷を負わせた相手と戦った男鹿のことも心配だ。大丈夫だってわかってるけど、やっぱり目で見て確認したい気持ちもある。
 あいつのことだから、なんだかんだ言いながら、ヒルダを守れなかったことを悔やんでるだろうし。
 だから――会いたい、のは本当。
 でもっ、だからって!
「録音しとくのはまずかったぁぁぁ〜!」
 なんたる失態! 下手したらあれだ。帰ってきてから、男鹿にアレで散々いたぶられるのだ。っていうか羞恥プレイ?
「うぎゃぁ〜! いやだ……、も、ありえねぇよ、俺……。」
 がっくりと、便器カバーのくせにやたら良い物を浸かっている蓋カバーに顔を伏せて、うなだれる。
 小鳥の鳴く声が古市を慰めているかのように聞こえた。
 それを聞きながら、とにかく、いつまでもこうしてるわけには――、と、思ったところで気づいた。
「ま、まさか、あの録音……っ、邦枝先輩とかと聞いてねぇよな……っ?」
 ざぁぁぁ、と血の気が引いた。
 ありえそうだった。
 何せ男鹿は、彼女と修行に行っているのだ。
 一緒にラジカセを聞いていても不思議はない。
 2人肩を寄せ合って〜、古びたラジカセから流れるのは、古い恋の歌〜。……なんて光景がめまぐるしく古市の脳裏を駆けめぐる。
 なぜか妄想の中の2人は、素肌を寄せ合いながら一つ毛布をわけあっていたが、遭難じゃないんだから! とつっこむ余裕は古市にはなかった。
 そんな2人の前でかけられるラジカセからは、古市の声。現状報告が来るかと思いきや、「はやく会いたい」とか流れた日には、もうっ……!
「ああぁぁぁ、邦枝先輩のさげすむような――っ、冷たい視線を感じるぅぅぅ〜!」
 ここに居もしない人の絶対零度の視線の存在に、古市は身悶えた。ついでに便器をバシバシたたく。
 ヒルダならきっと、嘲笑とともに弄ってくれそうなネタである。
 もうだめだ、俺きっと、名実ともに恥将になってるんだ、うん、もうあんな台詞言っちゃった時点で確定だよね! 痴将だって! ――って、これは字が違うか〜、あはははは……って、
「ああああ、男鹿のバカ〜!」
 頭を抱えて、再び古市がそう絶叫した時だった。
「誰が馬鹿だ、このアホ。」
 すぐ背後から声が聞こえた。
「──……っ!?」
 まさか、と、がばっと顔をあげて振り返れば、そこには背中に魔王を背負った幼馴染が、ニー、と悪魔のような笑みを浮かべて立っていた。
「お……おお、男鹿ぁぁぁっ!?」
 まさかの登場に、古市は彼を指差して驚く。
 ありえない。──まさかのまさかだ。
 ぱくぱくと口を開け閉めして、古市はすぐに男鹿の真後ろにニコヤカに笑うアランドロンの姿が消えていくのを認めた。
 ──あぁ、くそっ、おっさんか……っ!
 ということは、もう展開は読めた。
 男鹿が古市の超珍しい「デレ」を聞いて、黙っているわけはないのだ。
 そこにいたアランドロンを使ってやってきた、ということだろう。
 あぁぁぁ、と古市は頭を抱えた。
 デレを見せてしまったことに羞恥を覚えてはいたが、それでも、次に男鹿に会うのは、最低でも明日以降だと思っていた。
 だから恥ずかしくても、男鹿を目の前にした恥ずかしさに比べたら──という気持ちがあったのだ。
 なのに、とつぜん、目の前に突きつけられてしまって、耐え切れない羞恥に身が悶えた。
「ったく、てめー、何やってんだよ。──つーか、ココ、どこだ?」
 キョロキョロと見回した男鹿は、トイレか? と首を傾げる。
 トイレにしてはヤケに豪華だな、と、自分の背後のドアを開いて、おお、広い、と零す。
 そんな男鹿に、そういえばラジカセの中ではこっち側の状況の説明をしていなかったことに気付いた。
「あー、ココは、アレだ。姫川んとこのトイレだ。」
「……姫川? おまえ、なんであのフランスパンとこに居るんだ? ──はっ、う、浮気かっ!?」
「違うわバカっ!!」
 なんでそうなるんだっ、と古市がぶっ叩いて突っ込めば、男鹿は叩かれた頭を掌で抑えて──にんまり、と笑う。
「──なんだよ、気持ち悪ぃな。」
「おまえの突込みがあるのって、やっぱいいな。」
「……はぁっ? 何、おまえ、頭おかしくなったのか?」
 修行で殴られすぎた? ──と顔を覗き込めば、男鹿はグイと古市を引き寄せる。
 ぅわっ、と小さい声をあげた古市の身体を抱きしめて、男鹿はグリグリと額を彼の肩口に押し付ける。
「ちょ……っ、男鹿っ。痛いっ。」
 グリグリすんなっ、と男鹿の頭を叩くが、男鹿は決して離してはくれなかった。
 ベル坊が男鹿の肩口から、「あー」と言いながらペシペシと古市のほっぺたを叩いてくる。
 それに、痛い痛いっ、と返す。
 っていうか、何っ!? なんで俺、男鹿とベル坊にこんな目に遭わされてんのっ!?
「あのー……男鹿さん、ベル坊君。なんか色々痛いので、勘弁してください。」
 ぽんぽん、と男鹿の背中を叩けば、男鹿は再びグリグリと額を押し付けてくる。
「古市ー。」
「あだー。」
「おう。」
「ふーるーいーちー。」
「だーぅー。」
「だから、なんだってば。」
「……古市。」
「……だぅ。」
「…………何がしたいんですか、男鹿さん。」
 男鹿が口にするたびに、ベル坊もそれに倣うように口を開く。
 そんな一人と魔王に、どうしたいのか分からなくて、古市は溜息を零す。
 とりあえずしょうがないので、しがみついてきているような男鹿の背中に回した手で、ぎゅ、と男鹿の身体を抱きしめてみた。
 ついでに顎を男鹿の頭の上に落として、グリグリとしてやれば、男鹿が笑いながら額を少し離す。
 に、と顔をあげて、男鹿は古市の額に己のソレをコツンとぶつける。
「会いたかったぞ、古市。」
「……って、おまえが連絡してこなかったんだろーが。」
「おう、魔ッ二津で携帯が通じねぇのは誤算だったぜ。」
「いやいや、普通考えたら分かるでしょーが。」
 何バカ言ってんの、と古市はコツンと男鹿の頭を叩く。
 男鹿はそれに何故か嬉しそうに笑うと、
「やっぱ、古市の突込みがあると、いーな。」
「いや、おまえら俺に突っ込ませすぎだからな?」
 ほんと、毎日毎日、突込み疲れるっつーの。むしろおまえが居ない間はほんと平和で……、と言いかけた古市は、そこでグワッと、自分が先ほど吐き出したばかりのラジカセデレを思い出した。
 ガガガガッ、と顔が一気に真っ赤になる。
 そうだ、この目の前の男鹿は、「あれ」を聞いてココに居るのだ。
 そう思ったら、なんだか居ても経ってもいられなくなって、そわそわと目を反らす。
「アー……、と……お、男鹿? おまえ、それで──その、なんでココに?」
 修行途中じゃねーのか? と聞けば、男鹿はおう、と軽く頷いてくれる。
「ラジカセ聞いて、お前に会ったら、ホンモノの古市に会いたくなったから来たんだ。」
「ダ。」
 ベル坊もそうだというように手をあげて答えてくれる。
 ラジカセ聞いて? 俺に「会ったら」??
 何ソレ?
 首を傾げた古市は、けれど、すぐに男鹿のセリフに頬を赤らめる。
「お、古市、顔が赤いぞ。」
「うっさい。」
 もう、と、頬を手の甲で擦る古市に、男鹿は目元を緩めて彼の顔を覗き込む。
「古市。」
「……んだよ。」
 チュ、と、額に口付けられて、古市は目元を赤らめて軽くみじろぐ。
 なんとなく漂い始めた甘い雰囲気に、古市はちょっと目線を彷徨わせてから上目遣いに見上げれば、なぜかベル坊が両手で目を塞いでいた。
「……おい、男鹿、ベル坊。」
「ん? おぉ、そうだったな。ベル坊、ちょっと待ってろ。」
 男鹿は何でもないような仕草で背中に張り付いていたベル坊を抱き上げると、そのままトイレのドアを開く。
 くっついていた体を離されて、なんとなく寂しいような気持ちになる自分に、おいおい古市、しっかりしろっ、と古市は頬を軽く叩く。
 そんな古市を背中に、男鹿は洗面所にベル坊を置くと、
「ベル坊、ここでしばらく遊んでろよ。邪魔すんじゃねーぞ。」
 びし、と親らしい顔つきで、親らしくないことを告げた。
 をい、と突っ込まなくてはいけないような内容であるにも関わらず、良い子の魔王さまは、手をあげて頷く。
「ダッ!」
 任せろ、と言いたげなソレに、男鹿は満足したように頷くと、ぱたん、とトイレのドアを閉める。









 そうして、ようやく二人っきりになれた空間を振り返れば、古市がなぜか頬をピタピタと叩いていた。
「何やってんだ、古市?」
 胡散臭そうに顔を歪めて問いかければ、びくぅっ、と古市は大げさに肩を跳ねさせる。
「おわっ! い、いや、なんでもねぇけど……、おまえ、ベル坊は?」
「そっちに置いといた。──だってよ。」
 にぃぃ、と口を真横に引いて笑って、男鹿は古市の身体を抱き寄せる。
 ぽすん、と素直に手の中に落ちてきた体を抱きしめて、くい、と細い顎を持ち上げれば、すぐ目の下に柔らかな唇がキスを求めるように薄く開いていた。
「古市とセックスすんのに、邪魔だろ?」
 はぁっ!? と開いた古市の口に、すかさず口付ける。
 学園祭の夜にキスして以来の、甘い感触。
 触れて、軽く噛んで、食みながら舌を入れる。
「んん……っ! ……んんーっ!!」
 ばしばしっ、と背中を叩かれたら、痛くもないから気にしない。
 男鹿はそのまま古市の口腔内を好きなように舌で辿った。
 熱い舌を絡めとり、古市の逃げる舌を軽く吸ってから甘く噛めば、ぴくりと震えた古市の背中が反る。
 押し付けられる形になった体を抱きしめて、片手を後頭部に当てれば、サラサラと手触りの良い髪が掌から零れた。
 角度を変えながら夢中で古市の中を探れば、おずおずと古市が応えてくれる。
「ふ……ぁ……っ、ん……っ。」
「ふるいち……な、いいだろ?」
 チュ、とわざとらしく音を立てて一度唇を離して問いかければ、頬を赤く染めた古市が、熱でトロリとした目を向けてきた。
「ん……、ダメ、だって、ば。」
 緩く掌で男鹿の胸を押し返しながら、古市はフルフルと首を振る。
「なんで?」
 問いかけながら、古市の愛らしく赤らんだ頬や鼻の頭に、キスを降らせる。
 時々唇を滑らせて耳朶を甘く食んでやる。
「んぁ……っ。──や、ダメ、だって。
 ……だって、ここ……、姫川んちの、トイレだぞ……?
 …………せめて、夜まで待てねーの、か?」
 唾液を含ませてチュク、とわざとらしく耳元で音を立ててやれば、古市は甘い声をあげながら身をよじる。
 けれどそれを許さず、男鹿は古市をしっかりと抱え直すと、シャツの裾から掌を差し入れる。
「ちょ……っ、こらっ、男鹿っ!」
「無理だっつーの。俺、夜は修行だもん。」
 夕飯までに帰らねぇといけねーんだよ。
 いそいそと古市の背中を掌でさすり、彼が弱いわき腹を指の腹でなぞれば、古市は眉を切なげに寄せて啼く。
「ぁ……っ、や──……っ。」
「次、いつ会えるかわかんねぇし。」
 明確な意図を持って、男鹿は古市の白く滑らかな肌に愛撫をほどこす。
 シャツを捲り、指先に触れた突起に、指の腹を押しつける。
「んゃっ。」
 指と指の間でそれを挟み、摘み上げて捻って、指の腹で擦れば、古市は益々甘い声をあげる。
「……あぁ……っ、お、がぁ……っ。」
 身体に走った甘い快感に、古市は男鹿にしがみつく。
 シャツを胸の上まで捲りあげて、男鹿は自分の目の前に現れたピンク色のふっくらと盛り上がった隆起に唇を寄せた。
 迷うことなく、その美味そうに見える古市の胸に舌先を寄せる。
 吐息が触れると、ふるりと古市の身体が期待に震える。
 右手で片方の胸をいじりながら、口で古市のもう片方をなぶる。
 舐めて、軽く食んで、チュ、と吸えば古市は手で口を覆う。
「ん……っ、ぁ……っ。」
「古市……、めっちゃ可愛い。」
「ばっ──……かっ……っ。」
 涙交じりの目で見下ろされて、男鹿は左手で古市のベルトに手をかける。
 こら、と古市はソレを止めようとするが、男鹿がそのたびに胸を弄るから、力が入らない。
 胸に置かれた男鹿の手の大きさや暖かさが心地よくて、その指や舌先が生み出す快感に、──男鹿が、くれたそれに、身体がジンジンと熱くなる。
 外したベルトを床に放り投げ、ズボンの前をくつろげる。
 すでに下着の中で古市のものは固くなりかけていた。
 男鹿はそれをチラリと見下ろして、嬉しそうにニヤァと笑うと、
「こっの──っ、バカオーガ……っ。」
 憎まれ口を叩く古市の口に、チュゥ、と強く吸い付いた。








****次ページから、性描写があります。激しくはないですが、苦手な方は飛ばしてください。
      飛ばす人はここから→[jump:4]







「あっん……っん……っんんんっ。」
「ふるいち……古市。」
 ぎゅ、と下着の上から古市自身を握りこめば、ビクッと彼の体が跳ねる。
 やわやわと揉みしごき、親指で裏筋あたりを狙って擦ってやれば、ビクンと手の中の物が震える。
 みるみる内に形を変えていくソレを下着から取り出して、足でズボンと下着を取り払ってやる。
「……ぁっ、やだって、男鹿……っ。」
 何度でも交えているのに、未だに恥ずかしがる古市の赤くなった頬に、軽いキスを何度もする。
「な、口でしていーか?」
「……っ。」
 コレ、と、わざとらしく低く囁くように古市の唇に言えば、古市が熱に浮かされた目を向けてくる。
 期待が入り混じった双眸で、赤く濡れた唇を震わせる──その奥に潜む赤い舌が、誘うように揺れている。
「お、が……。」
 ゆぅらり、と古市が腰を揺らして、かすかに男鹿の手に押し付けてくる。
 しっとりと吸い付くような感触に、男鹿は嬉しそうに笑うと、その場に膝を突いた。
 古市の剥き出しの臀部を掌で支えながら、その前で勃起した古市自身に顔を寄せる。
 はぁ、と熱い吐息を漏らした古市の震える指先が、くしゃりと男鹿の頭をかき乱す。
「お、が──……っ。」
「そこに座ってろ。──すぐに気持ちよくしてやる。」
 膝裏を掬い上げるようにすれば、古市の白い尻が便座の上に落ちる。
 柔らかな便座カバーの毛並みが直接肌に触れて、そんな些細な刺激にも古市はピクリと足を揺らした。
 ふくらはぎを自分の肩に乗せるようにして古市の脚を開いて、迷うことなく中心に唇を寄せる。
 ふるふると震えているそれに舌を這わせて、掌で扱いて──唾液をたっぷりと落としながら、塗りこんでいく。
 滴る水音に、古市は羞恥にギュと目を閉じる。
 自分の股間の間に、男鹿の頭が見える事実が、恥ずかしくて恥ずかしくて、仕方がなかった。
「あぁ……っ、あ……っ、あん……っ。」
 抑えたくても、堪えきれない声が漏れる。
 甘く鼻にかかった喘ぎ声が、トイレの奥から響く小鳥の鳴き声を掻き消す。
 男鹿が口の中に古市を含むたびに、古市の腰が跳ね上がり、便器の蓋がカタカタと動く。
 いつもと違って、柔らかな布団もなければベッドがきしむ音もない。──かわりに、何もかもがさらけ出される電灯と、狭い室内に響く自分の声が耳をつく。
「ダメぇ……、男鹿──……っ、そんな……ひぁっ……っ!」
 男鹿がしゃぶる音が響く。それがむしょうに恥ずかしくて、イヤらしくて、気持ちよくて。
 腰が跳ね、足先が震え、唇の端から唾液が零れる。
 古市から零れた先走りのものや男鹿自身の唾液で濡れそぼった指先に、男鹿は自分の唾液を更に絡めて──つ、と古市の後ろに指を這わせる。
「……っ、ちょ、男鹿……っ! なに、やって……っ。」
 慌てて浮かしかけた尻を戻そうとする古市の動きを制して、男鹿は迷うことなく古市の秘口に指を押し当てた。
 少し力を込めながら、クルリと入り口をなぞれば、ぴくぴく、と古市の身体が震える。
 期待に身体が震えるのを止められなくて、古市は下唇を噛み締めた。
「なにって、そりゃ、ナニだろ?」
 ちゃんと解きほぐさねーとなぁー? と、嬉々とした声で返されて、古市は掌で顔を覆い隠す。
 ちゅぅ、と咥えられたままの先端を吸われて、腰が跳ねた──拍子に、ず、と、指が中に入り込んできた。
「──はっ、……ぁっ!!」
「ちょっと時間がねぇからな、苦しいかもしんねぇけど。」
「……あぁ……っ。」
 中を乱暴だと思うような手つきでかき乱され、息が乱れる。
 奥まで入れられて、擦られて──なのに指先の動きだけが繊細で。
 頭の中がチカチカして、絶え間なく漏れる声と荒い息が恥ずかしい。
「お、が……っ、ん──……っ、そこ……っィ……っ。」
「古市……すっげ、エロイ。」
 はぁ、と、吐く男鹿の息が熱い。
 いつのまにか増やされた指が的確に攻めてくるのに背をしならせれば、後ろに倒れそうになって、慌てて腕を伸ばす。
 男鹿の髪を掴んで、いてぇ、と文句を言う男鹿に、小さく笑って。
「──男鹿、も、いいよ……。」
 はやく、と、ねだった。
 チラリ、と見上げてきた男鹿の目には、堪えきれないくらいの情欲が詰っている。
 我慢も限界、おあずけもこれ以上は無理──そんな、ギラギラした、痛いくらいの情欲。
「なぁ……男鹿、早く……、来て。」
 男鹿の首に手を回してねだれば、くそっ、と男鹿が小さく舌打ちする。
「まだちゃんとほぐれてねーぞ。」
「大丈夫。」
 ごくん、と喉を上下させて、覆いかぶさってくる男鹿に頷く。
 だってお前、いつだって、最後までお預け、できねーじゃん。今更だろ?
 そう言って笑えば、ちょっとブスっとした顔で、できるっつーの、とかほざいてくる。
 ウソ付け、と軽口を叩きながらも、男鹿が焦る手つきでベルトを外すのを、焦れた気持ちで見守る。
 抜いたベルトを放り投げて、ジッパーを下ろして──そこから現れた物を見た瞬間、古市は歓喜に背筋を震わせた。
 期待に腰がうずき、無意識に脚が開く。
「すっげ……お前、もう臨戦態勢じゃん。」
「お前がエロイのが悪いんだっつーの。」
「エロくねーよ。」
「エロイ。──つっか、久しぶりだしな。」
 だからしょうがないんだ、と言いながら口付けてくる男鹿の舌を受け入れて、男鹿の手が腿をあげるのに手を貸すように彼の背中にしがみつく。
 便器の上って、広いように思えたけど、やっぱり狭くて。
 さすがに寝転ぶことはできなかったから、床の上に降りたほうが良いのかもしれない、とチラリと思う。
 けど──目を薄く開いてみた男鹿の顔も、その目に映る古市の顔も、どっちも切羽詰っていて、そんな余裕もありそうになかった。
 降りるよりも早く、男鹿が欲しい。
「ウソつけ、3日前にしたばっかだろーが。」
「3日も前だろーが。」
 それじゃ、全然たりねぇ。
 汗を掻いた首筋に口付けが降りてきて、軽く食まれる。
 チクン、とした痛みが走り……あぁ、と吐息を零す。
 それとともに、ぐ、と、入り口に熱い塊が当てられて、期待に息があがった。
「お、が。」
「いれんぞ。」
「……おう。」
 早く、と。
 ねだるように口付けて、目と目を交し合って、微笑みあう。
 ほんの3日あってなかっただけなのに。
 それなのに、男鹿の熱が、男鹿のぬくもりが、男鹿の声が──欲しくて、ほしくて、しょうがない。
 それは男鹿も同じだと言うのは、目をかわせば分かる。
 お互いに求めていたものを手の中に入れて──男鹿も古市も、高揚する気持ちのまま、身体を繋げた。

 後は、もう、熱い奔流に乱されるだけ……。

 激しくかき乱されて、愛し合って、口付けて。
 ここがどこだったのか忘れて、互いの名を呼び合って──、そうして。
 見上げたトイレの窓の外が、真っ暗になるころ。
 ようやく古市は、トイレの外へと出ることになるのであった。









「……ったく、あの野郎……っ、手加減くらいしろっつーの。」
 よろよろと腰を抑えて歩きながら、古市は苦虫を噛み潰したような顔で廊下を歩いていた。
 あのトイレが、別室にあったからよかったようなものを──と、ブツブツ言う古市の頭からは、自分からも誘ったという事実は、すっかり抜け落ちている。
 窓の外は、すでにもう日が暮れきっている。
 確か、トイレに行くと言って席を外したのが夕暮れ前くらいだったから、一時間近くは席を外した計算だ。
 戻るのも億劫だったが、戻らないわけにはいかない。
「……っ、……ぁっ……くそっ。」
 ぬる、とした感覚を尻の辺りに感じて、ヒュ、と古市は喉を震わせた。
 あぁ、くそっ。
 本当にたまらない。
 中に出すなって言ったのに、あのバカっ!
 ある程度の後始末はしたけれど、慌てて服を着て出てきたから、完璧ではない。
 本当は、姫川に「シャワー貸してください」とか言いたいところだけど、なぜ必要なのかとかの説明を出来る自信がなかった。
 漏らしたとか思われるのはイヤだし。
 帰ってきたら覚えてろよ、男鹿……っ、と固く心に誓って、古市は勇気を振り絞って先輩たちが待っている扉を開いた。
 そろー、と顔を出せば、
「あっ! 古市っ!! てっめぇ、何やってたんだっ!!」
「逃げたかと思ったぜ……。」
「迷ってたの、古市君?」
 途端に気付いた先輩たちから、お怒りの声やら、呆れた顔やら、面白がった顔やらを向けられた。
 うう、とひるみかけたが、古市はそれに愛想笑いを浮かべると、
「あ、いえ、ちょっと……。」
 男鹿に捕まってセックスしてました、──なーんて正直に言えるわけもなく、さて、どうしよう、と頭をめぐらせながら自分の席の方に歩いていく。
 なんとなく腰を庇うような動きになるのを見咎めて、城山が、
「もしかして、渋り腹だったのか?」
「あ、なに? 切れちゃったの?」
「便秘薬なら洗面所にあったろーが。」
 心配そうなセリフなのか面白がっているのかの言葉に、なんてことを女性陣の前で言うんですかっ! と古市は顔を跳ね上げる。
 その拍子に、腰の辺りに鈍い痛みが走って、はぅっ、と動きを止めた。
 それを見て、誰もが思う。──あぁ、切れ痔か、と。
 出なかったのか、と。
「何よ、便秘だったら、飲んで1分で楽になれる薬があるわよ。」
 使う? と、隣の席のラミアが怖い物ばかりが入っていると(古市の中では)有名なカバンの中からビンを取り出す。
 それを見た瞬間、古市は激しく裏手で突っ込んだ。
「それ、なんかドクロマーク書いてあるしっ!」
「だって楽になる薬だもの。」
 当たり前じゃない、と蔑むような目で見られて、怖いっつーのっ! と返した古市は、腰に気を使いながら席に身を落とす。
「っていうか、違いますよ。
 便秘とかじゃなくって──実は、男鹿と連絡が取れたんです。で、ちょっと話を……。」
 ガタガタガタッ!!
 古市が言い終わるより早く、寧々が立ち上がり古市の方に身を乗り出してくる。
「男鹿と連絡っ!? そ、それで葵姐さんはっ!!?」
「魔ッ二津って携帯通じたのか?」
「ってか、帰ってきたのか?」
 一同のジロリとした視線を受けて、古市は、いやいや、と手を振る。
 ラミアは無言で古市を見上げて──首筋を見た瞬間、ハッ、としたような顔になる。
 さっきまではなかった赤い痕が、古市の白い首筋に浮いているのだ。今日は丸首のシャツだから、良く目立つ。
 ぱくぱく、と、頬を赤らめて口を開け閉めするラミアに気付かず、古市は先輩たちに簡単に説明する。
「ええ、電話があったらしくって──あ、昨日と今日は、邦枝先輩のおじいさんの知り合いのお寺さんにお世話になってるらしいんですね。
 で、とりあえず修行は順調に進んでるそうで……。」
「じゃ、葵姐さんも無事なのねっ!?」
 寧々が決死の表情で聞いてくるのに、もちろんです、と古市はすがすがしい笑顔で頷くと、
「詳しいことは俺も良く聞けなかったんですけど……ってか、あいつに説明力がないので、良くわからなかったんですが。」
 ラジカセからベル坊が出てきただの古市が出てきただの、ヒゲポンがガケ割っただの、ほんと良く分からない。
「どうも、帝毛のカゲ組の連中も一緒らしいんですよね。」
「帝毛っ!? あいつらも、悪魔野学園に目ぇつけられたのかっ!?」
 気色ばむ神崎達に、それはどうだろうと古市は思ったが、あえてその辺りは突っ込まないことにした。
 詳しくは本当にわからないんです、と前起きした後、けど、これだけは確かです、と、厳かに古市は告げる。
 その言葉に、全員が彼をジ、と見つめたところで。
 古市は、智将としてゆるぎない発言を発した。

「つまり、邦枝先輩と男鹿は、二人っきりで修行してるわけじゃないってことですっ!」

 ここ、一番重要っ! と、ぐ、と拳を握って力説する。
 ………………は? と、室内にハテナマークが飛び散るのも気にせず、古市は更に断言する。
「しかも、部屋も一緒じゃないって言ってましたっ! お堂と生活棟とで別々だって言ってましたから、一つ屋根の下でもないってことですっ!
 あと、風呂も男湯と女湯で別らしーですしっ、何よりも修行が別々で、今日は別行動だって言ってましたから、男鹿と邦枝先輩がラブコメになる可能性は、ないってことっすよっ!!!!」
 これで、物凄い安心ですっ!!!!!!




「……………………。」
「…………………………。」
「……………………。」
 さしもの寧々も、ぽかーん、と口をあけて固まらずにはいられなかった。






 古市貴之、15歳。
 恥将の名を、まざまざと見せ付けた瞬間であった。
 その名はきっと、後世にまで語り継がれることであろう……。