[[jumpuri:「もっと傍にいたい」 > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=191508]]の続編です。
最近、古市と二人になると、キスをするようになった。
二人になると必ず、というわけではないが、1日に1回くらいはしてると思う。
しよう、と思ってしているわけではない。
ただ、二人でくだらない話をしながら──ああでもない、こうでもない、と笑いあって。
ふとした拍子に、キスをする。
そういう時、大抵男鹿は、古市の傍に行きたいと思っている。
例えば、古市が笑いながら男鹿を見上げたとき。
例えば、ジャンプを読んでいる男鹿の手元を覗き込んできたとき。
間近に来た古市が、自分から離れていくような気配を感じたときに、キスをする──したくなる。
だから、キスをした。何度も、何度も。飽きることなく。
どうして、そうなったのかといわれると、そうしたかったから、としか答えようがない。
なんでキスしようと思ったのかと聞かれたら、それは今でも分からない。
分からない、けど。
最初にキスした時のことは、覚えている。
あれは、なんでもない普通の日だった。
男鹿の部屋で、二人でゲームをしていたのだ。誰もが一つは持っているような、カーレースのゲーム。
カーブに差し掛かって、なぜか二人揃って斜めに体が傾ぐ。
それに笑いあって、肩を小突きあった。──いつもの光景で、いつものこと。
なのに、不意に古市が笑いながら、こつん、と男鹿の肩に米神を当ててきたのだ。
銀色の髪がフワリと顎先を擽り、フワリと甘い匂いがした。──シャンプーの匂い。
あれ、こいつ、シャンプー変えたのか? と、一瞬それに意識を奪われた瞬間、ゲームの中で男鹿の車がクラッシュした。
カーブを曲がりきれずに、壁にぶつかったのだ。
あ、と思ったときには、少し後を走っていた古市の車が走りぬけ、あっさり一位を奪われた。
いや、それどころじゃない、真っ二つに割られた画面の男鹿側には、「リタイヤ」の文字が浮かび上がってしまっていた。
「わっはっは! バッカでーっ!」
大笑いする古市に、誰がバカだ、誰がっ、と言いながらコントロールを軽く放り投げる。
くそ、まさかそうなるとは思わなかった。
「おまえがぶつかってくるからだろ。」
「人のせいにするのは良くありませーん。」
こ憎たらしい口調でそう笑いながら、古市はテレビ画面に向かう。
その様子を見ながら、にたり、と男鹿は笑った。
古市にイタズラをしかけ、やつもクラッシュさせてやるつもりだった。
さぁ、わき腹を擽ろうか、それともあいつの頭を掴んで揺さぶってやろうかと、ワキワキする手をうごめかして、いざ古市に妨害を──と、思ったのだけど。
ふと見た古市の横顔に、なぜか視線を奪われた。
ちょうど難しい路面を走っている最中だったせいか、彼は真摯な目を画面に向けていた。
サラリと揺れる銀色の髪。真っ直ぐに画面に注がれる瞳は、チラリともこっちを見ない。
古市の意識が、全然こっちにない。
それは、携帯を弄ってる時だってそうだし、漫画を読んでいるときだってそうだ。一緒にいるから、常にお互いを見ているわけではない。ずっと互いしか見ていないなんて、そんな友人関係は気持ち悪い。
なのに。
なぜか、古市がこっちを見ないのに、憮然とした気持ちを抱いた。
少し身をかがめるようにして、コントローラーを握っている古市の様子に、面白くない、と思う。
昔──小学生くらいの頃は、良くそういう思いを抱いていた。
自分が先にゲームオーバーしたり、古市が自分をおいてマンガを一人で楽しんでいたときとかがそうだった。
そういうとき、男鹿は自分でも分からない苛立ちに駆られて、古市に色々文句を言ったり暴力を振るったりしたものだ。
そのたびに、古市とケンカしたり、呆れられたり、説教されたりしてきた。──子供同士だからこそのわがままとケンカと仲直りの繰り返しの果てに、今の距離と信頼関係が出来たわけだけど。
なんか、ひさしぶりにそんな気持ちになった。
古市を独占する自分以外の物に、むかっ、とするなんて。
「……?」
なんでだ? と思いながら、古市の白い面を凝視していたら、古市がチラリとこちらを見た。
途端、ぽかん、と口を開いてアホ面になるではないか。
なんだその顔。
なんでそんな顔をしているのか分からなくて、男鹿は首を傾げる。
古市も怪訝そうな表情になったが、すぐに画面に視線を戻してしまう。
それに、やっぱりムッとした。
だから、
「古市。」
名前を呼んでみた。
でも、古市はこっちを見ない。
「なんだよ。」
呼んでんだから、こっち向け、と男鹿は顔を顰める。
「おい、こっち向けよ。」
「やだよ。今、目ぇ放せねぇんだよ。」
いつもなら、チラリとでも目をくれるはずだ。
でも、今日の古市は画面から目を離さなかった。
男鹿は、ずっと古市だけ見ているのに。
「いいから、こっち向けっての。」
「だから、やだっつってんだろ。」
なんでコイツ、こんなに頑固なんだ、と思った時には、手が出ていた。
「だから、こっち向けってっ!」
両手で頬を捕まえて、強引に自分のほうに顔を向けさせる。
その瞬間、カーブを曲がっていた古市の車は、曲がり切れずに壁に激突─さらに跳ね返って、後続から来てた車にぶつかって、ひっくり返ってしまった。
「あー!」
思い切りよく上がったクラッシュ音。続けて聞こえてきたリタイアの物悲しい音楽に、古市が悲鳴をあげる。
でも、男鹿はそんなことよりも、古市の顔を自分のほうに向けたのに、彼の目線が画面のままであることが不満でしょうがなかった。
こっち見ろ、と睨みつければ、古市はスタート画面に戻ったテレビを睨みつけてから、きっ、と男鹿に視線を戻した。
「おまえ、なにすんだよっ! せっかく一位だったのに!」
ばかっ! と叫ぶ古市に、いつもなら誰がバカだ、だとか、ざまぁみろ、だとか言ってやるところだが、男鹿は彼の綺麗な双眸が自分だけを映したのを見て、ようやく満足したようにニヤリと笑った。
ムカついたのだろう、ほっぺを抓られたけど、そんなのたいして痛くもない。
古市もそれほど指に力は入れてないからだ。
それでもちゃんと、痛い、と文句を言えば、古市は憎まれ口を叩いてくる。
更にその上、古市の両頬を掴んでいた手を叩きながら、さっさと手を放せ、と言ってくる始末だ。
別に、古市が自分を見たのだから、手を放せばいい。
もう一度ゲームの再戦をしたっていいし、飽きたからほかの遊びをしよう、と誘ってもいい。
そう思うのに、どうしてか男鹿は古市の頬を掴んだ手を放せなかった。
小さい頃と違って、ぷくぷくもしていなければ柔らかくもない──いや、男の物にしては滑らかで手触りもいいし、手に触れる頬は柔らかいのだと思う。
それでもやっぱり、中学生ともなった男の頬から手を放したくないっていうのは、おかしいんじゃないか?
「おが?」
古市は、男鹿を見上げて、不思議そうに見つめてきた。
その目を、じ、と見返したら、古市の目に自分の顔が映りこんでいた。
それを見ていたら、なぜか、もっと近づきたい、と強烈な衝動が走った。
今だって、鼻と鼻がくっつきそうなほど近くにいる。
すぐそこに古市が居て、ちょっと叫んだらツバが飛びそうなくらいに近い。
なのに、もっとだ、と思った。
なら、どうしたらいいのだろう? そう思うと同時、古市が自分の名を呼んだ唇が見えた。
──あぁ、そっか。
くっつきそうなくらい近くにいるのに、もっと近づきたい、と思うなら、くっつけたらいいんだ。
すとん、と答えが落ちてきて。
だから男鹿は、古市の唇に、自分の唇をくっつけた。
そうしたら、一番近くにいけるのだと、思ったから。
結論として、触れるだけのキスじゃ、足りなかった。
どれくらいキスしても、長く強く押し付けるように唇をくっつけても、もっと近づきたいという欲求は消えてなくならなかった。
だから男鹿は、いつものように古市に聞いたのだ。
『もっとお前に近づくには、どうしたらいいんだ?』
そうしたら古市は、舌を入れたらいいんだと教えてくれた。
触れて近づけないなら、その中へ。
古市の口の中だったら、小さい頃に指を突っ込んだこともあったし、お互いに乳歯の生え変わりを見せ合って覗き込んだこともあった。
今でも、虫歯がどうとか言って見せ合うこともある。
けど、指以外のものを入れたのは、初めてだった。
そして──、ソロリと入った古市の口の中は、熱くて、ぬるぬるしてて、柔らかかった。
古市に、凄く近づけたと、そう満足した。
だから、これからも古市に近づきたいと思ったときは、キスして、口の中に舌を入れたらいいのだと思った。
そうしたら、古市の一番近くにいけると、そう、確信したから。
なのに。
キスを繰り返しして、何度も何度も唇をむさぼりあった。
腰を抱いて、頭を抱え込んで、互いの唾液を混じり合わせ、息をするのももどかしいくらい、古市の口腔内を侵した。
時々は、古市からキスしてくることもあって、そういう時は、無我夢中で互いに舌を絡めあった。
唇と唇が触れていることすらわからなくなるくらい、一つに溶けていくような──胸が例えようもないくらい、ジンと痺れて、熱くて、わめきたくてたまらなくなるような気がした。
そうして、数え切れないくらいキスをして、息の仕方も分からなかった自分たちが、手探りで口付けを繰り返して行って。
季節が変わった今。
──男鹿は、困っていた。
古市に近づくには、口付けて舌を入れたらいいんだと、古市が教えてくれた。
それはとても嬉しいし、気持ちいいし、胸があったかくなる行為だから、好きだ。
けど。
それだけじゃ、足りなくなってきたのだ。
我慢していた欲しいものを、一度食べてしまったら、どれだけ食べても、もっと、と思う感情──それに、とても似ていた。
じゃ、キスする回数を増やしたらいいのかと思って、休みの日に、朝から晩まで、古市とずっとキスしてみたりもした。
そうしたら、真っ赤になった古市があまりに可愛くて、あまりに色っぽくて、余計にキスだけじゃなくって、もっと近づきたいと思うようになった。
でも、──じゃ、どうすれば近づけるのか。キス以上に近づく方法なんてあるのか。
それが、男鹿には分からなかった。
一応、男鹿も考えてみたのだ。
けど、古市とずっとキスしてたらいいのか? くらいの答えしか浮かばなかった。
そして、実践してみたけど(いい加減にしろっ、と古市からグーパンチを貰った)、やっぱり違った。それどころか、近づきたい欲求がもっと酷くなった。
すればするほど欲求が酷くなるなんて、お前は麻薬かっ! と叫んでみたら、意味わからんわっ、と頭を叩かれた。
と、いうことで。
考えても答えが出なかったので、男鹿は素直に古市に聞いてみることにした。
「どうやったら、お前ともっと近づけるんだ?」
膝を突き合わせて、古市にも正座をさせて、自分も正座をして。
向かい合ってそう尋ねたら、古市は無言で目を見張り……それから、なぜか見る見るうちに真っ赤になった。
頭から耳から首筋まで、真っ白い古市の肌がまっかっかになったのを見て、男鹿は首を傾げる。
「どうした、古市?」
「どっ……っ、…………なっ……っ、……っ!!」
ぱくぱくと口を開け閉めする古市は、言いたいことがあるけど、上手く口い出せないように見えた。
多分、どうしたもこうしたもあるかっ、だとか、何言ってんだっ、だとか言う類のことを言いたいのだろう。
伊達に小学校から付き合ってはいない。それくらい読み取るのは朝飯前である。
古市は、ばっ、と自分の口元を覆うと、軽く俯いた。
男鹿は、じー、とその顔を見る。
知るかっ、と言われなかったということは、古市は答えを知っているということだ。
なら、ゼヒ教えてもらわなくてはいけない。
じー、と見つめていると、古市は目元を潤ませたまま、男鹿をジロリと睨みつける。
「……なんだよ?」
「おしえてくれんだろ?」
頬を赤くしながら見上げる古市の顔に、キスしたくてしょうがなくなった。
キスもしてないのに、体の奥がジンジンとムズ痒い。──これも、キスをするようになって知った感覚だ。
けど、それもどうしたらいいのかわからない。何もかも、分からないことだらけなのだ。
いつもなら苛立ってしょうがないけれど、古市が相手だと言うことだけはわかっているから、今は苛立たない。だって、分からなくても古市がなんとかしてくれるからだ。
「なぁ、古市、どーしたらいいんだ?」
「──つーか、……お前、マジでソレ言ってるのか?」
そわそわと体を揺らしながら、古市はジッとしていられない子供のように、あっちこっちを見やる。
決して男鹿と視線を合わせようとしない仕草には、さすがにムッとした。
だから、ぐい、と古市の頬を掴んで自分のほうを向かせれば、古市は大きく目を見張って。
それから、なぜか、ちょっと目を潤ませて目を伏せた。
恥ずかしがっているような、何かを堪えているような顔に、ずくん、と腹の奥辺りがうずく。
「な、んだよ……。」
これ、と呟けば、古市はソロリと目をあげて、口を開け閉めして、それでも結局何も言わず、無言で男鹿の手に自分の手を添えてきた。
ふと触れるぬくもりに、堪えきれずに男鹿は顔を寄せた。
目を細めれば、古市も逆らわずに両目を閉じる。
長い睫が、光りを反射してキラキラ耀いている。
綺麗だな、と思いながら、目を閉じた。
唇と唇が触れて、すり、と擦り合わせる。
古市の口から零れた熱い吐息を飲み込みながら、舌先で唇を辿る。
すぐに開いた口の中に割って入れば、慣れた仕草で古市の舌が絡んでくる。
後は、その動きを追うように夢中で唇をむさぼった。
頭の中がクラクラする。
触れた指先が熱くて、絡めた舌が溶けていきそうに気持ちがいい。
気持ちよくて、柔らかくて、あったかくて、幸せで。
なのに、足りない。
これだけじゃ、全然足りない。
古市の腕が背中に回ってきて、ぎゅ、と抱きしめあって。
腕と腕がくっついて、鼻と鼻が触れ合って、お互いの吐息をむさぼりながら、口の中まで侵食してる。
胸と胸も重なり合って、少し腰を浮かして座っている状態の古市の腰を、足で挟んで固定して。
これ以上ないくらいに、くっついて、傍にいるのに、全然足りない。もっと近くに行きたいと思う。
その焦燥感に、くそっ、と舌打ちしたくなった。
したい、のに、どうしたらいいかわからない。
古市は答えを知っているだろうに、教えてくれない。
──それとも古市は、もっと傍にいたいと思わないから、教えてくれないのか?
ふ、とそんな気持ちにかられて、ツ、と唇が離れた。
眉を寄せて、古市の上気した顔を見下ろせば、彼は少し困ったように──恥ずかしがるように唇を震わせた。
その、濡れた唇がツヤツヤと耀いていて、もっとキスして、とせがんでるように見える。
「……おが。」
掠れた声で、古市が名を呼ぶ。
その声も、その吐息も、その全てを自分の中に閉じ込めたくなって、古市がイヤがってもその唇にもう一度噛み付きたいと、衝動に駆られた。
古市は、男鹿を抱きしめる手に、ちょっとだけ力を込めると、そのまま全身を男鹿に傾けてきた。
途端に全身にかかる古市の体重を、慌てて受け止めた男鹿の唇に、ちゅ、と軽く唇が触れて離れる。
「………………キス、すればいいんだ。」
小さく、かすれた声で──甘く柔らかな、濡れた声で、古市が吐息だけで囁く。
目を見開いて、ぱちぱち、と瞬きした男鹿に、古市は羞恥に染まった顔で見上げてくる。
「キスなら、してんだろ。」
ほら、と、ちゅ、と唇に触れて返せば、ちがう、と古市はかぶりを振る。
「そーじゃなくって……、口、だけじゃなくってさ。
──お前が、したいと思うところに、キス、しろ。」
こんな風に。
言いながら、古市は男鹿の頬に、目元に、額にキスをする。
母親が子供にするような、キス。触れて離れるだけのキス。優しい……なのに、キスされたところが、ジンと熱くなるようなキス。
「──……っ。」
古市に近づくのは、唇にするキスだけだと思ってた。
だって、唇じゃないと、口の中に──古市の中に入れないから。
触れるだけじゃ、近づきたい欲求は消せなかったから、中に入るんだと思ってた。
ほっぺや額なんて、子供だましのキスだと、そう思ってたから、頭になかった。
「──ふるいち。」
「ん。」
ちゅ、と、古市のように頬にキスした。
くすぐったい、というように──恥ずかしがるように肩を竦める古市の額にも、キスした。
そうしたら、胸の中が、むずむずした。
古市の唇だけじゃなくって、顔中にキスしたくなった。──いや、顔中じゃなくって、もっとたくさん。古市の見えるところ全て、見えないところすべてに、キスしたい。
頬から唇を滑らせて、耳元にキス。
耳朶を噛むように口付ければ、びくんと古市の体が震えた。
痛かったのかと動きを止めれば、古市は大丈夫と答える。いいから、続けて、と。
その声が、ひどく甘かった。
だから、甘いその言葉を奪うように、今度は唇に口付けた。
歯列を割って、舌を絡めて──そして、名残惜しむように唇を吸う。
もっと、と──もっと近くにいたい、という欲求にしたがって、再び古市の唇以外の場所に口付ける。
今度は目元、米神、頬──それから、顎先。
ん、と反らされた古市の首筋が見えて、あぁ、ココもキスしたい、と思った。
だから、白い首筋に噛み付くように口付けた。
「ん──……っ。」
くすぐったいのか、ぴくりと揺れた古市の首筋を、舐めてみた。──そうだ、キスは、唇をくっつけるだけじゃない。舌を絡めて舐めて、トロトロにするものだった。
「ちょっ、……男鹿……っ。」
声をあげた古市の言葉は、けれど、非難も拒絶もしていなかったから、男鹿は首筋に唇を押し当て、舌を動かして、ちょっと吸って見た。
唇の間に古市の薄い皮膚が挟まれる感触がして、それがまるで彼の一部を自分のものにしたような気分になった。
唇で食んだここは、俺のもの。
ちゅぅ、と吸い込んで、愉悦に浸りながら唇を離せば、そこは赤く色づいていた。
まるで、古市の肌に、印が刻まれたみたいに。
「跡、ついたぞ。」
自分がつけた痕が嬉しくて、思わずそう呟いて指先で押した。
古市は、ふるふると睫を震わせながら──ばか、と小さく呟く。
「んなとこに、キスマークなんて、つけんな……。」
見えるだろ、と怒ったように言うくせに、男鹿の指の上からそこをなぞる古市の顔は、どこか艶美で──嬉しそうに見えた。
「きす、まーく。」
舌の上で、慣れない響きを転がす。──その名前は知ってる。
それは、所有の証だ。
恥ずかしいくらいに、自分が相手のものだと言う、証。
どうやってつけるのか、今まで全く分からなかったソレが、突然目の前にコロンと転がってきた。
首筋に見える、赤い痕。
それは、男鹿がつけたもの。──つまり、それがついている古市は。
「……おれのだ。」
低く呟いて、男鹿は、にや、と笑う。
酷く──淫靡な笑みだった。
それを目の前で見た古市は、ゾクゾクっ、と背筋を震わせる。
それは、イヤな震えじゃない。それよりももっと、甘い……震えが来るほど甘い、歓喜の感情だ。
「! や、ちょっと待て、男鹿……っ!」
とっさに、古市はその気持ちに蓋をした。
中学生の、まともな恋愛もしたことがない子供にとって、その感情の発露は、恐怖に近いものだった。
だから、再び首筋に顔をうずめようとする男鹿の額を、古市は押しのけようとする。
けれど、残念ながら非力な彼に男鹿の邪魔などできるはずがない。
あっさりと男鹿に腕を無視されて、一瞬で間合いを詰められると、再びチュゥ、と吸われてしまった。
「んぁっ。」
甘い痺れが走る。
首筋から、鎖骨へ。
キスをしながら移動していく男鹿の動きに、古市は必死で奥歯を噛み締める。
「ちょ、男鹿、ダメ……っ。」
くすぐったさと甘さと、未知の感覚に、フルフルと体が震える。
鎖骨にキスして、そこにもキスマークを残した男鹿は、そのまま古市のシャツを捲り上げる。
「お、……がっ。」
焦った古市が、何をする気だ、と男鹿の背中をバンバン叩けば、彼は古市を見上げる。
その目が、熱に浮かされているように見えて、ひゅっ、と古市は息を呑んだ。
「古市。」
「……なんだ、よ。」
古市を呼ぶ声は、ちょっと上ずっていた。
興奮してる、と、男鹿も古市も思う。
唇以外のところにキスをする──その行為に、ここまで心が乱れるとは思ってもみなかった。
近づきたいためのキス、が。
唇以外の場所にしたら、「俺のもの」である証のキスになる。
「なぁ……、キス、したらいいんだろ?」
熱い息を零しながら、男鹿が聞く。
それに、古市はどうしたらいいのかわからないまま──だって、このままキスなんてされてたら、俺だって、どうなるかわからない。
──このまま、全部、男鹿のものになってしまいそう。
「……おが。」
「だったら、なぁ、古市。」
熱に浮かされたように──目だけはギラギラと耀かせながら、男鹿は古市の濡れた唇に口付ける。
そうしながら、そろり、と古市のシャツの中に手を入れて、柔らかな腹を撫で、わき腹を擦る。
「ん……っ。」
シャツが捲れて、胸元まで晒されるのを感じながら、古市は唇から吐息を零す。
その吐息を軽く吸い上げながら、男鹿は彼の唇に問いかけた。
「お前の体中に、キスしていーか?」
見えるところ、見えないところ、全部──全部、俺の証を残したい。
そう、告げる男鹿の目は、熱に浮かされた雄の目になっていた。
それを見て──あぁ、と、古市は熱い吐息を零す。
一度目を閉じて、チカチカする脳裏に体を震わせて。
そうしている間にも、古市の耳や頬、首筋に口付ける男鹿の唇の愛撫に、ジンジンと、怖いくらいの知らない感覚に襲われる。
怖くない、といったらウソになる。
男鹿と違って、この先に何があるのか、古市は知っている。
だから怖い。
これは、友人や親友、腐れ縁の関係で踏み込んではいけない世界だ。
──そう、わかっているのに。
それでも、開いた目に映った男鹿の目を、熱に浮かされた……自分だけが知っている焦がれたその眼差しを見てしまえば、もう、どうしようもなかった。
「……っ、よ……。」
男鹿の目に映される自分の顔も、きっと同じように、焦がれてる。
それが分かるから、古市は男鹿の首に腕を回して、きゅ、と彼にしがみつく。
そして、その耳元に囁いた。
「……いいよ……………、おまえの、好きにして。」
あぁ、きっと俺、明日は学校行けない……。
そんなことをチラリと現実的に思った思考は、すぐに荒々しく襲ってきた男鹿の口付けによって、掻き消えた。
愛の言葉なんて、なかったけど。
傍若無人な王に、そのすべてを捧げる愛人のように。
それでも俺は、幸せだなんて。
絶対、教えてなんて、やらない。