「あれ? おかしいなぁ、ここに入れてたと思てたんやけど。」
生徒会室の扉を開くと、ちょうど正面にあたる机の引き出しを全開にして、ゴソゴソと家捜ししている出馬の姿があった。
静はパチパチと目を瞬いて、引き出しの中の物をゴッソリと引き出された机の上を見て、眉を寄せる。
「出馬君? どうしたのよ、コレ。」
静に続いて入ってきた三木も、その惨状に顔を歪める。
静の手伝いで持っていた資料の山を、置くスペースすらないのである。
「んー、ちょっと綿棒をな、探してるんやけど、見つからへんのや。」
参ったなー、どこに置いたんかな、とのんびりと呟く出馬に、もう、と静は腰に手を当てる。
「綿棒って、何に使うのよ?」
そんなものが、机の引き出しの中に入っていたなんて知らなかった。
暇を見て、耳掃除でもしていたのだろうか?
呆れたように尋ねつつ、静は資料を持ったまま待機していた三木に、ちょいちょいと手招きする。
そして、机の上にスペースを手早く作ると、そこに彼が持ってきてくれた資料を置かせる。
「いや、ファックスの調子が悪いんで、ちょっと掃除しよ思てな。」
「ファックス?」
アレ、と部屋の片隅に置かれている電話機を指差す出馬に、あぁ、と静と三木が頷く。
職員室からお古を貰ってきたソレは、時代遅れの大きさと古さで、基本的に簡単なコピー機扱いされているものだ。
その古さのあまり、時々、印字が出来なかったり、不鮮明だったりするので、そういう時は中を分解して掃除するのである。
そのための用品の一つ、綿棒を出馬は探しているのだというのだ。
「昨日の学園祭の収支をなぁ、コピーしておこ思たんやけど。」
この通りや、と、机の端に置かれていた紙──なにやらミミズがのたくったような字が書かれたソレを示す出馬に、あぁ、確かにコレは掃除の必要があるわね、と静が呟く。
「やっぱりないなぁ、綿棒。」
「あ、それじゃ、保健室まで行ってもらってきましょうか?」
うーん、と空っぽにした引き出しを見下ろす出馬に、小さく三木が手をあげて立候補する。
「あら、いいの? 三木君。部活に行かなくちゃいけないでしょう?」
「はい、まだ部活が始まるまで時間ありますし。保健室に行って戻ってくるだけなら、すぐですよ。」
大丈夫です、と頷く三木に、静と出馬は顔を見合わせる。
「それじゃ、久也、頼むわ。」
「はい。」
笑顔でヒラヒラと手を振って見送ってくれる出馬に、軽く頭を下げてから、三木は部屋を出た。
その時に、背後から、
「で、出馬君は、三木君が取りにいってる間に、コレを片付けてね。」
にこやかで楽しそうな静の声が聞こえてきた。
これ、と言いながら部屋の中を指差す静の、綺麗でありながら冷ややかな表情が見える気がして、三木は苦笑を滲ませながら扉を閉め切った。
保健室の先生に事情を話して、分けてもらった綿棒と無水エタノールを手に、生徒会室へと向かう。
先の曲がり角を右に曲がり、第一職員室の前の廊下に出たところで、あ、と三木はその足を止めた。
閑散とした職員室の廊下の真ん中。
窓側の壁にもたれかかって立つ人影があった。
ボサボサの黒い髪、目つきの悪い瞳。少し肩の辺りを丸めて立つその背には、緑色をした髪の赤ん坊。
「男鹿……。」
呆然とその名を呟けば、ドアの前でつまらなそうに立っていた男は、チラリとこちらを見た。
「おう。」
「マ゛っ!」
興味なさそうな表情ではあるものの、こちらを認めて挨拶してくれたことが嬉しくて、三木は満面の笑顔で小走りに彼に近づく。
ベル坊が、イヤそうな顔でイヤそうに呟いたが、三木はそれを綺麗にスルーした。
「どうしたんだい、職員室の前に居るなんて。
──まさか、何かあったのかい?」
少し前なら、せっかく無罪放免になったのに、早速職員室に呼び出しかい、と言っているところだが、今は違う。
誤解が解けた今は、ちょっと心配そうな顔で問いかける三木に、男鹿は面倒そうに耳に指を突っ込んで、グリグリ動かしながら、
「あぁ? 違ぇよ。古市が日直なんだよ。」
かったるそうでも答えをくれる男鹿に、嬉しくなって三木はそうなんだ、と笑いかける。
ちょっと頬を染める三木に、ベル坊が物凄くイヤそうな顔で、マ゛、と呻く。
「日直……へぇ、石矢魔にも日直があるんだ。」
日直でもない男鹿が、どうして古市についてきたのかについて、三木は慣れているので決して突っ込まない。
男鹿は耳から手を抜き、指先についた薄い黄色の埃みたいなものをフッと吹くと、再び耳に指を突っ込んだ。
ちょっと眉に皺を寄せる男鹿に、三木は自分の手にした綿棒を見て、あれ、と首を傾げる。
「耳が……痒いのかい、男鹿?」
「おー。何日か前からな。中耳炎かもしれん。」
一度もなかったことないから、どーゆーものかは男鹿には分からない。
しかし、小学生の頃、よく古市が冬になると中耳炎になっていたのを思い出して、アレだな、と男鹿は呟く。
そんな男鹿に、ええ、と三木は目を見開いた。
「ちょ、男鹿。中耳炎だったら指を突っ込んだらダメじゃないか。痛いんじゃないの?」
「いや、痒いだけだな。」
ちゃんと会話が成立することに、ちょっと嬉しく思いながら心配そうに手を伸ばす三木の手を、ぱしん、とベル坊が叩く。
「マ゛ーっ、マ゛マ゛マ゛!!」
「…………っ。」
キッ、と睨みつけてくるベル坊に、キッ、と三木も睨みつける。
しかし、すぐにベル坊の目つきの悪い顔に、──言い換えれば、男鹿の赤ん坊の頃を思い出すその顔に、三木は気持ちを切り替えて、
「お、男鹿。耳が痒いだけなら、耳垢がたまってるだけじゃないかな? 前に耳掃除したのは、いつなんだい?」
にこ、と笑顔で男鹿に問いかける。
そうしながら、強烈に自分が手にしている綿棒の存在を意識した。
いや、あの、別に男鹿に耳掻きをしてあげたいとか思ってるわけじゃなくって、この綿棒は出馬さんが必要だから持ってるのであってっ!
あ、でも、男鹿がどうしてもって言うなら、綿棒を一本くらい持っていくくらい……。
自分の心に激しく言い訳する三木が、男鹿を期待の眼差しで見つめる。
じ、と見ていると、男鹿は顎に手を当てて、うーん? と考えこんでいる。
コレは、アレだっ! 確実だ! 男鹿は覚えてないくらい前に耳掃除をしたのだ。
よし、と、手にした綿棒の存在を強調しようとした──まさにその時であった。
「失礼しましたーっ。」
ガラッ、と言う音と共に、聞きなれた声が聞こえてきた。
目を向ければ、石矢魔の制服に身を包んだ背中が、石矢魔らしくない礼儀正しさでペコリと一礼して扉を閉めたところだった。
「お、古市、ちょうどいいところにっ!」
「はぁ? なんだよ、突然……って、あれ、三木? よ、お前も職員室に用事か?」
ぱぁっ、と凶悪な笑顔を浮かべる男鹿に、古市は不審そうな顔を向ける。
また何か妙なことになってるのかと辺りにやった目が、すぐに三木を認める。
にこ、と普通に笑いかけられて、三木は、いや、とかぶりを振る。
「いや、生徒会室に行く途中で、男鹿を見かけたから……。」
「古市っ! 俺、前に耳掻きしたのいつだった?」
ちょっと話してただけ、と続けるよりも早く、男鹿が古市に話しかける。
そのとっぴな内容に、古市は目を見開いく。
「は? 耳掻きぃ?」
「おう!」
なんでソコで古市君に聞くんだい? と三木は生ぬるい目になったが、口には出さない。
だって、この二人、昔っからこうだから。
とりあえず男鹿は、分からないことは全て古市に聞くのだ。
男鹿にしか分からないようなことでも、聞く。
そして古市に、「んなの俺が知ってるわけねぇだろーがっ。」と叩かれるのだ。
今回もどうせそうなのだろうな、と苦笑を浮かべたところで、
「あー……、そういや、最後に耳掃除したの、夏休み、か?」
こりこり、と頭を掻いた古市が、「友人」が知るわけのない知識を披露してくれた。
「え。」
三木は思ったのと違う答えに、目を瞬く。
いや、だって、耳掃除とかって、アレだよね? 子供の頃はとにかく、普通は自分でするものだよね?
「なんだよ、お前、耳が痒いのか?」
「おう。」
「ソレならそうで、もっと早く言えよ。
どっちにする?」
耳に指を突っ込んでグリグリかき回す男鹿に、呆れたように古市は溜息を零す。
男鹿の手首を掴んで、中耳炎になるぞ、と言いながらソレを止めさせる。
「どっち?」
何のことかサッパリ分からない。
首を傾げる三木を他所に、おー、と男鹿が答える。
「おれんちだろ、そりゃ。
お前んちだと、ベッドの上からテレビが見れねぇし。」
「男鹿んちな。──つーかお前、今日は寝るなよ。最後まで起きてろよな。」
げし、と軽く男鹿の足をけりつけながらの古市の言葉に、いいじゃねぇか、と男鹿が答える。
その会話の内容に、三木も二人が何を話しているのか理解した。
コレはアレだ。
──男鹿の耳掃除を、古市がするって話だ。
うん、ほかにも可能性はあるが、それに間違いない。
だってこの二人だしね。
しかもソレ、人前で平気でするってことは、これが普通だと思ってるってことだよ。ほんと、昔から変わってないっていうか。
「よくねぇよ。お前、いっつも寝ちゃうだろ? 足が痺れてしばらく動けないんだぞ。」
「どけりゃいいじゃねーか。」
「お前の頭が重すぎて、動かせられないんだよっ。」
「古市、てめぇ、非力すぎだろ。」
「違うわっ、お前の頭が重すぎんだよっ。脳みそに筋肉が詰りすぎてんだろ、どうせ。」
軽口を叩き合う二人の会話に、三木は1歩さがって、生ぬるい笑みを浮かべた。
聞いていると、二人がいつもどうしているのか伝わってきて、面映いというかお尻の辺りがむず痒くなるというか。
一般人には聞かせられないっていうか。
「お前が起きるまで待ってるのも、めんどくせーんだよな。暇だし。」
「泊まってきゃいいだろ。」
「お前の耳掻きのために、なんで泊まらないといけないんだよっ、おかしいだろっ、ソレっ!」
びし、と裏手で突っ込む古市に、ますます三木は生ぬるく思った。
うん、古市君。男鹿の耳掻きのために泊まるのがおかしいって言うのは分かるのに、男鹿の耳掻きをするために男鹿の部屋に行って、膝枕するって言うことは、おかしいとは思わないんだね?
ほんと、なんていうか、そんなだから、誰も君たちの間に入っていけなかったんだよ、と──中学時代に、二人がそこはかとなく敬遠されていた理由の一つを思い浮かべる。
「っと、悪い、三木。生徒会室に行くとこなんだよな?」
なまぬるーく自分たちを見守っていた三木に気付いて、古市は、自分たちが廊下のど真ん中で彼を通せんぼしていたかと、慌てて身を男鹿のほうに寄せた。
「マ゛。」
さっさといけ、とばかりにベル坊が顎先で廊下の先を指し示す。
「──……あぁ、うん。それじゃ、男鹿、古市くん。」
なんだか、色々いいたいことはあったけど、おなかが一杯で、口にはならなかった。
また明日な、と笑顔で手を振る古市に、おう、と鷹揚に頷く男鹿。
警戒するように敵意むきだしのベル坊に見送られ、三木は生徒会室に続くほうへと曲がり角を折れた。
背後から、いつもと同じ二人の声が聞こえてくる。
何か言い争っているように聞こえる、じゃれあいのような声。
それを背中に聞きながら、
「…………なんだか、ドッと疲れたような……。」
はぁぁ、と、三木は重い溜息を零した。──零さずには、いられなかった。
──*──*──*──*──*──*──
もうすぐ夏休みも終わりの、夕暮れ時。
外ではツクツクボウシが鳴き、冷房もない部屋の中には、開け放した窓から昼の熱気を残した風が吹く。
あまりに暑い日は、美咲の部屋から冷房の風を招き入れたりもするが、基本暑さ寒さに無頓着な男鹿は、扇風機すらまともに入れないことが多い。
その暑い中、古市は男鹿のベッドの上で正座した膝の上に、幼馴染の重い頭を乗せていた。
熱い体温に、汗がジンワリと膝の上に滲み出てくる。
正座して密着した膝裏とふくらはぎの辺りが、ダラダラと汗が滴り落ちそうだ。
「つーか、なんでこんな暑い中で耳掃除なんだよ。」
文句を言いながら、男鹿の耳たぶを引っ張り、穴を広げて古市は幼馴染の耳の中を覗き込む。
「痒いんだから、しょーがねーだろーが。」
「リビングでいいんじゃねーか?」
耳掻きの先を突っ込んで、丁寧に耳壁からソレを這わせる。
大きな耳垢がゴッソリと取れて、そういやベル坊が来てからバタバタしてて、最後に耳掃除してやったのって、ゴールデンウィークだっけ、と思い出した。
「いんや、リビングはダメだ。姉貴とヒルダが再放送のドラマ見てやがるからな。」
「テレビ見なかったらいいじゃん。」
取り出した耳垢を男鹿の手にこすりつけながら、古市は男鹿の目の前にあるテレビに目線をやる。
「なにをっ、お前、夏休みテレビの重要性がわからんのか、バカめ、古市バカめっ。」
「バカじゃねーよ。ってか、お前がバカなんじゃん。」
なんだ、その夏休みテレビの重要性って。意味わからん。
そんなことを呟きながら、古市はまた取れた大きな耳垢を男鹿の手にこすりつける。
そして、更に耳を引っ張り、よく見えるように穴を拡張しようとした──ところで。
男鹿の耳の上に、暗い影が差した。
「あっ、てめっ、おっさん! 何してんだよ、見えねぇじゃねーかっ!」
と同時、男鹿が顔を起こして怒鳴りつける。
「こらっ、男鹿、あぶねぇだろっ。」
動くなよ、と額を押して自分の膝の上に戻してから視線をあげれば、ちょうど男鹿とテレビを結ぶ線の真ん中に、どーん、と見慣れたくないのに見慣れてしまった背中が見えた。
夏休みに入ってから、古市家で居候しているムキムキおっさんである。
「あぁ、これはすみません。」
すす、とアランドロンは床に正座したまま、つつ、と右側にずれる。
男鹿はそれに、うむ、と頷いて再び古市に頭を預ける。
古市はけれど、その耳の穴に触れることはせず、胡乱気な視線をアランドロンに向けた。
「お前、何しに来たんだ?」
彼が突然現れるのはいつものことだが、なんで突然、テレビを見てるんだと、呆れたように尋ねれば、アランドロンは髭の先をヒュルリと指先でしごき、
「いえ、ちょっと古市殿のお役にたとうと思いまして。」
「──は? 俺の役?」
何のこと? と首を傾げる古市に、はい、とアランドロンは大きく頷く。
「耳掻きをすると、足が痺れて立てなくなる、とおっしゃっていたでしょう? ですので、古市殿が立てなくなったら、送ってさしあげようと思ったのです。」
どうせ帰る家は一緒なのですから、と、無駄にキショいキラキラ笑顔を振りまくアランドロンに、イヤっそうに古市が顔を歪める。
「いらねぇよっ! ってか、足が痺れて立てないってのも、ほんの数分くらいで回復するし。わざわざ送ってもらう必要、ねーだろーが。」
「おー、古市、おまえ、便利な移動手段手に入れたな。」
暢気に呟く男鹿の額をデコピンしてから、古市はアランドロンに、いらんいらん、と手を振る。
だが、しかし、とアランドロンは食い下がる。
「古市殿はいつも、翌朝になっても立てないでいるようではないですか。
泊まったら直る日もあるみたいですが、そうじゃない日の方が多いようですしね。」
悪気なく告げるアランドロンに、かちん、と古市は固まった。
ソレ、が、何を示しているのか、考えるまでもなく分かった。
耳掻き棒を手にしたまま、彼は凍りついたように動かない。
かぁぁぁっ、と一気に真っ赤に染まる古市を見上げ、おー、茹蛸か、と男鹿がのんびり呟く。
「つぅか、おっさん。それは古市が耳掃除して足が痺れて立てなくなったんじゃなくって……。」
言いかけた男鹿の額を、耳掻きでザックリと突き刺して、古市は慌ててアランドロンを見上げる。
「いやいやっ、違うってっ! あれ、その──えーっと、そうっ! ちょっとwiiのやりすぎでっ! 筋肉痛になったりとかそういうことでっ!」
耳掻きのせいじゃない、それは違うっ!
っていうか頼むから、他所でそういわないでくれ、と古市は両手を振って必死に主張する。
アランドロンはそれを聞いて、ほうほう、と頷くと、わかりました、と笑顔で親指をグッと突き出した。
「つまり今日は、このまま男鹿殿の部屋にお泊りしても、ナニはないということですね。」
「みゃぁぁぁーっ!!!! 何言ってるの、このおっさんっ!!!! 人のイイワケ、全然聞いてないしっ!!」
びくんっ、と膝を大きく揺らした古市の膝の上で、男鹿がそれは違う、と否定する。
「いやいや、何を言ってるんだ、おっさん。
泊まってくんなら、そりゃヤルに決まって……。」
「アホかーっ!! お前、ほんと、アホかぁぁぁっ!!!」
いっぺん死んで来いっ、と、ざっくざくと額を耳掻き棒で突き刺す古市に、いてぇじゃねーか、と男鹿はむくれる。
けれどそれには構わず、古市はキッ、と赤く染まった目元でアランドロンをにらみつけると、
「とにかく、そういう心遣いは、ぜんっぜんいらないんでっ! 帰っとけ、おまえっ!!!」
羞恥でいたたまれない、と顔を両手で覆って、うう、と小さく泣き声をあげる。
アランドロンは、それでは、と来た時と同様、唐突に姿を消した。
はぁはぁ、と息を大きく吐いた古市は、がっくりと肩を落とす。
そんな古市をみあげて、男鹿は片手を彼の頬に当てると、
「安心しろ、古市。」
「ああっ? 何がだよっ?」
「ちゃんと今日は優しくしてやっからな。」
「………………〜〜〜っっ!!! てっめ、も、ほんと、おとなしく寝てろっ!!!!」
顔を真っ赤に染めて、いらねぇよっ、と怒鳴る古市に、激しくされたいのか? と見当違いにニヤニヤ笑う男鹿に、アホ、バカ、と続けながら。
「……アホう。」
恥ずかしさのあまり、耐え切れず口元を覆って──アホ、と、もう一度呟いて、耳掻き棒で男鹿の額を突くと、
「ほら、続きやるから、あっち向いてろ。」
自分の顔を見上げている男鹿の顔を、ぐい、と横向けてやると、まったくもう、と再び耳タブを引っ張るのであった。