バナナ ピーチ ストロベリー











「男鹿ー、俺のノート返せ。」
 二時限目の、ほかの時間より五分ほど長い休み時間。
 ざわめく教室の中を横断し、窓側の一番後ろの「隔離席」まで行く。
 硬中一の問題児と呼ばれる強烈な三白眼の主は、その目つきの悪さと態度のでかさから、常に争いごとの渦中にいる。
 毎日誰かに絡まれて、毎日誰かと喧嘩する。そんな日常だ。
 おかげで、本人のバカさ加減とか、単純思考だとか――本人には決して言わないが、彼なりの優しさだとかは、全部無視されて。
 今じゃ立派な鼻つまみもの。――ま、あれだけ喧嘩して問題起こしてたら、それもしょうがないのだけれど。
 そんな、誰もに怯えられ、敬遠され続けている男鹿には、何回席替えしても、決して変更されることのない、「指定席」が用意されている。
 窓側の一番端の6列目。隣の席すらないそこは、まさに男鹿用の隔離席だ。
 小学校高学年位のの頃から、定番になりつつある場所だ。どんな場合でも、二学期が始まる頃には「そこ」が男鹿の定位置になっている。
 そんな自分に疑問を抱いてないのか、それとも寝るのに最適だから気にしないだけなのかはわからないが、いじめと思われてもしょうがないような、酷い話だとは思う。
 ──とは言うものの、男鹿の余りの凶悪な顔に、誰もが男鹿の回りに居たがらないのだから、しょうがない。
 だれかれ構わず暴力を振るう男ではないのだが、男鹿は、見た目と口下手と人相の悪さで、随分損をしている。
「おい、男鹿。」
 机に突っ伏したままの頭を見下ろして、古市はそのまま彼の頭をはたく。
「おら、男鹿、起きろ。
 まだ二限しか終わってねーだろ。」
「おー。」
 寝るにはまだ早いだろーが、と声をかけると、眠そうな声で答えが返り、ムクリと顔をあげる。
 寝起きで少し凶悪になった目つきに、斜め前にいた女の子が小さく悲鳴をあげ、慌てて顔を背けているのが見えた。
「俺のノート。」
 宿題を写させろと(不真面目だけど真面目なところがある男鹿は、ちゃんと宿題を出されたら提出はするのだ。やってあるやってないは関係なしに)、朝から持って行かれたノートを求めて、ヒラリと手を差し出せば、男鹿は机の中に手を突っ込む。
「あー……どこやったかな。」
「いやいや、お前、写したんだろ?」
「めんどーになって、途中で止めた。」
 それで、そのまままとめて突っ込んでおいた、と簡潔に答える男鹿に、アホか、と古市は吐き捨てる。
「お前の机の中って、カオスはなはだしいじゃねーかっ! そんなところに俺のノートを突っ込むなよな。」
 まったく、と、文句を言いながら、腰を曲げるようにしながら、男鹿の机の中を覗き込んだ。
 ガサガサと中味をあさっていると、
「……ん? んん?」
 不意に男鹿が、目の下に来た古市の髪に顔を寄せる。
 近所の犬を思わせるように、くんくん、と鼻を動かしてくる。
 鼻先を頭に押し付けられた古市は、ぐ、と頭が下がる形になった。
「…………ちょっ、男鹿っ。なんだよ、突然っ。きもちわりぃ、やめろっての。」
 邪魔そうに男鹿の手を払いのけて、迷惑だと顔を歪めて告げれば、男鹿は古市の頭からようやく鼻を外して、
「古市、なんかいい匂いするぞ。」
「は? におい?」
 突然言われても、よく分からない。
 何の匂いがするんだ、とシャツの上から腕の辺りを嗅いで見るが、洗剤の香りがするような気がするだけで、「いい匂い」とは少し違う。
 どういう意味だ、と小首を傾げれば、男鹿はサラリと揺れた古市の髪に顔を近づける。
「ん。甘い匂い。なんかうまそう。」
 言うなり、止める間もなく、首筋にパクリと食いつかれた。
「ぐわっ! きしょいっ! 噛み付くなよっ!」
 ぞわわっ、と悪寒が走った古市は、べしっ、と遠慮なく男鹿の頭を叩く。
 しかし、古市程度の軟弱な攻撃には全く動じない男鹿は、すぐにペッペッと舌を出すと、
「うまくねぇな……。」
 むしろ、しょっぱいような皮膚の苦さを感じて、うげぇ、と顔を歪める。
「あ……あああったりまえだろー! アホかおまえはっ! バカ男鹿っ! バーカバーカっ!!」
 ばこっ、と勢いよく殴りつけて、古市は頬をうっすらと染める。
 ほんと、バカだ。こいつ、この上もないバカだっ!
 バカだバカだと思っていたとは、まさかココまでバカとは!
 ──と、口だけで飽き足らず、心の中でも激しく罵倒してみたところ、それが男鹿には通じてしまったらしい。
 口に出した分は、いつも言っている内容とそう大差ないというのに、
「なんだとっ!? お前、どんだけバカって言う気だっ!
 バカって言う方がバカなんだぞっ。アホ市っ。」
 額を突き合わせて、眦を吊り上げてくる。
 その形相に、ひぃぃっ、と四方2メートル以内からクラスメイトが消えた。
 けど、見慣れている古市はひるまない。
 逆に男鹿に顔を突き出して、
「おまえのその考え方がバカだってんだよ!」
 べーっ、と舌を出して告げる。
 なんだとーっ、と低く呻く男鹿に、ますますクラスメイトたちは遠ざかっていく。
 このままだと、この間のように担任の先生まで呼ばれるかもしれない。──「古市君が、男鹿君に殺されますっ」とか言われて。
 さすがにソレは面倒くさいし、大嫌いな長いお説教を二人揃って聴かなくてはいけなくなるので、古市はそこで話を戻すことにした。
「──つぅか甘い匂いって、なんだよ。
 俺は、別に何も食ってな――あ。」
 そんな匂いするか? と、自分の二の腕の匂いを嗅ぎ、シャツの襟元辺りをかいだところで、ふ、と思い出した。
 あまいにおい。
 その表現に記憶があった。
 そうだ、昨日の夜、自分もそう思ったばかりだったのだ。
「なにっ!? おまえ、俺に内緒でケーキ食ったのかっ!?」
 がっつん、と額をぶつけられ、目玉から火花が飛び散るかと思った。
 いってぇ、と悲鳴をあげて、古市は石頭にぶつかった額を撫でこする。
「なんでそうなるんだよ……。
 つぅか近づきすぎだっての。唾跳ぶだろ、きたねぇな。」
 ついでに、仕返しだ、とばかりにパチンと男鹿の額を叩いてやれば、
「勝手にケーキ食ってんのが悪いんだよっ! 唾くらいいくらでもとばしてやらぁ! ぺぺぺっ!」
「ぐわっ! きたねっ!ありえね〜!」
 頬に飛んできたソレを手の甲で擦って、それを男鹿の制服に擦り付ける。
 あっ、古市バカっ! と叫ぶ男鹿に、お前のがバカだっ、と古市が返す。
「男鹿バカ! てめぇなんか馬鹿辰巳に改名しやがれ!」
「なんだと、アホ市めっ! おまえこそフール市じゃねーかっ!」
「おまえ、こないだ英語でfool(バカ)って習ってから、ほんとソレばっかな。」
 普段はまともに授業受けてないくせに、そういうことばっかり覚えるんだ、こいつは。
 ほんと、背だけ伸びて、小学校から成長してねぇよなぁ、と古市は溜息を零す。
「てか、だからケーキじゃねぇっての。」
 やれやれ、と呆れたように言えば、
「じゃ、なんだよ?」
 男鹿は再び古市の顔に顔を近づけて、くん、と鼻を鳴らす。
「シュークリームか? このにおいは、クッキーとかじゃねぇだろっ。」
「おっ、すげぇ。さすが野生。においの種類までわかんのか。」
 確かに、クッキーとは違うな、と頷く古市に、男鹿はやっぱりお菓子食ってたのかっ、と続ける。
「やっぱシュークリームかっ! 古市のくせに、俺に黙って食いやがったなっ!」
「いや、だから食ってないっつの。人の話を聞け。」
 この野郎っ、と、腕が首に回り、そのままギリギリと締め技に入られる。
 一気に苦しくなる息に、ギブギブ、と早々にギブアップ宣言をして、男鹿の腕をバンバンとたたく。
 ふわり、と古市の頭が動くたびに、鼻先に甘い香りが漂う。
 その、あまりにいい匂いに思わず、体が動いた。

ぱく。

「髪食うなーーーーっ!」
 とりあえず、目の前にあった柔らかな古市の髪を食って見た。
 とたん、顔を跳ね上げて叫ぶ古市に、甘くねぇ、と男鹿は髪をペッと吐き出す。
「当たり前だろっ! 髪が甘かったらビックリするわっ! アリまみれになるだろーがっ! ったく、涎ついたんじゃないのか?」
 冗談じゃねぇ、とイヤそうに髪を撫で付けながら、古市は、ったく、と男鹿に抱え込まれたまま彼を見上げる。
「この匂いはな、シャンプーだよ。バニラの匂いがするヤツを、こないだ母さんが貰ってきたんだ。」
 ちょうど昨日、それをおろしたところなんだよ、と。
 そう続けて説明する古市は、自分の前髪を摘んでみるが、匂いが麻痺しているのかバニラの香は感じない。
 女の子が通り過ぎたときに、フワリと甘い香りがするのは甘酸っぱい気持ちになるけれど、自分からもそんなに香るのか、と思うと──ちょっとしょっぱい思いになった。
「バニラ。」
「だから、プリンとかそっち系の匂いがするだろ? 髪から。」
 アイスか、と呟く男鹿に、それよりももうちょっと甘い感じじゃないか、と古市が続ける。
 言われて見れば、そうかもしれない。
 バニラアイスというよりも、ケーキ屋の甘い香りに似ている。
 くんくん、と髪に顔を寄せれば、甘い──女子が好きそうな匂いが古市から香ってくる。
「おお。」
 これはおいしそうだ。古市の頭を割ったら、中にバニラアイスが詰ってるんじゃないかと思ったので、とりあえず。

 かぷ。

 思いっきり頭を噛んでみた。
「──……ったぁぁっ!!!
 こらっ、男鹿っ! 頭噛むなー! つぅか、噛むか、ふつうっ!? 噛まねぇだろ!」
 がじがじ、と噛み続けられて、痛いっ、と古市が悲鳴をあげる。
 そんな光景に、ぞぞっ、と、クラスメイトたちが震え上がった。
「男鹿が……っ、デーモンが人食いしてるっ。」
「あいつ、やっぱ人間じゃねぇっ。」
「ねぇ、ちょっと、助けなくていいの!? 古市くん、食べられちゃうよーっ!?」
「い、いや、でもさ……、だって、デーモンだぜ? とめれんのかよっ!?」
 どよどよと、教卓の近くまで下がって固まる一同が、お互いの顔を見合わせて、お前止めにいけよ、いや、無理だ、とか言い合う。
 女子の一人が、先生を呼んでくる、と、泣きそうな顔でそう叫んだ、その瞬間。
 あぐあぐ、と古市の後頭部付近をかんでいた男鹿に、古市はブルンと頭を振ると、
「だー! だから、食うなっつの!」
 ちょうど前の席に出しっぱなしになっていた英語の辞書を手に取り、それでガツンと男鹿の頭を叩いた。
「いでっ! てめっ! 辞書の角でたたくなよっ!」
 あまりの痛みに、思わず噛むのを止めた男鹿が叫ぶ。
 更に古市はそんな男鹿を別の側面から辞書で叩くと、
「んなら、人の頭を食うなっ! てめぇはハンニバルかっ!」
 この間男鹿と一緒に見たばっかりのDVDのタイトルを口にして、ったく、と辞書を元の席に戻しておいた。
 男鹿はあまりの痛みに悶絶して、頭を抑えて床にうずくまっていた。
 その光景に、先生を呼びに走ろうとしていた女子も、クラスメイトも、
「おおっ、すげぇ、古市……っっ。」
 あのデーモンに突っ込めるとは……っ! ──と、目を丸くした。
















――二年後


 聖石矢魔の特別教室の一角。
 前扉から二列目の前から二番目。男鹿は後ろの席を振り返りながら、ベル坊を抱きかかえつつ、昨夜の苦悩を古市に話していた。
「でだな、ベル坊が……。」
 早い話が、またくだらない騒ぎを起こして、ベル坊が癇癪を起こしたということである。
 一連のことを聞き終えた古市は、呆れたように頬杖をつく。
「おまえら、ほんと、なにやってんの?」
「つぅか、俺じゃなくてヒルダのせいだろーが。」
「いやいや、お前のせいだって。」
 ぱたぱた、と手を振って否定してやるついでに、頭もフルフルと振ってやる。
「何を言うんだね、古市君。この善良な少年を捕まえて……って、む?」
「誰が善良な少年だ、誰が。」
 いつものように突っ込んだ古市は、そこで男鹿が自分をジッと見ていることに気付いた。
 なぜかベル坊も一緒になって、不思議そうに古市を見ている。
 二人の視線をまともに受けて、古市は小首を傾げた。
「……、って、なんだよ?」
「古市、なんか甘い匂いがすんぞ。」
 くんくん、と鼻を動かせる男鹿に、だっ、とベル坊も同意する。
「はぁっ? いっとくが、何も食ってねーぞ、俺は。」
 パンだって、早弁だってしてない。
 そう言いきる古市に、男鹿とベル坊は同じような仕草で身を乗り出し、古市の耳元に顔を近づける。
 犬のようにクンクンと匂いを嗅いで、あ、と男鹿が閃いた顔になる。
「バナナのにおいだな。おまえ、朝から滑って転んでバナナの皮でもかぶったのか?」
「かぶるかー! どこのコメディアンだよっ、そりゃ!」
 びし、と手刀を男鹿の眉間にぶつけてやる。
「ってか、バナナって――あ〜、あれか。シャンプーだよ。」
「また変えたのか、おまえ。」
 納得して、男鹿は古市の髪の毛を摘む。
 キラキラと耀く銀色の髪からは、完熟したバナナの香が甘く漂っている。
 そう言えば、朝も電車の中でどこからかバナナの匂いがすると思ったが、アレは朝バナナを誰かが電車の中で食べてたのではなく、古市だったのか、と今頃納得する。
 あー、と、ベル坊がおいしそうな匂いのする古市の髪を掴もうと、必死に手を伸ばす。
「こないだは――なんだっけか。」
 これで何度目になるか分からないフルーツ系のシャンプーのとっかえひっかえに、お前は女子かっ! ──といいたくなる。
 が、答えを聞けばなんてことはない。
「ピーチな。で、そのまえがベリー、だったかな。
 今度はパイナップル買ってきたからって、ほのかが残ってたバナナくれたんだよ。」
 中学生の妹は、最近フルーツの香りのするシャンプーやボディシャンプーに凝ってるらしく、休日に友人と繁華街のほうに出て、そういう物を売ってる店に出かけては、目新しい新製品を買って来るのだ。
 それを買いだめしておくならまだしも、すぐに試してみたくてしょうがない妹は、その夜には下ろし──まだ残っている前の分を、高校生の兄にくれるわけである。
 父も母も、家族用として買っているスーパー購入の大手メーカー品があるわけで。必然的に、古市だけが消費しているため、なかなか減らないので、最近では一度に使う量を増やしている。
 だから余計に、匂いが残るのかな、と前髪を摘んで見た古市に、男鹿は真顔で古市の顔を覗き込む。
「高校男子からフルーツのにおいがすんのは、きもくないか?」
「真顔で言うな。」
 爽やかな香とか、仄かに甘い香とかならとにかく、バナナの香やストロベリー、ピーチの香がする石矢魔男子生徒は痛い。痛すぎる。
 フルフルと頭を振る男鹿に、ダ、とベル坊もしょっぱい顔で同意してくれる。
 いやいや、と古市は二人に裏手で突っ込みながら──あ、そうだ、とベル坊を見下ろす。
「そうだ、どうせならベル坊使ってみるか?」
 甘い匂いで、おいしそうだぞー、と誘いをかけると、ベル坊はキラキラと目を輝かせる。
 その好反応に、男鹿に帰りに家に寄らせるか、と思ったところで。
「けど、いい匂いだな。バナナ食ってるみてぇ。」
 男鹿が、ベル坊を抱きとめたまま体を乗り出し、古市の髪に、はむ、と噛み付いた。
──ばしっ!
「だから、いつも言ってるけど、食うなっての!」
 慣れた仕草で、やめなさい、とその顔を叩く。
 いてぇな、と不満そうに唇を歪める男鹿の手の中で、ベル坊がキラキラした目で、わし、と古市の髪を掴んだ。
「いてっ、ちょ、痛いって、ベル坊……っ。」
「だーっ。」
 はむ。
 思い切り親と同じように、ベル坊も小さな両手で掴んだ髪の毛を口に突っ込む。
 そのまま、はむはむ、と髪の毛を食いだすではないか。
「ぐわっ! ベル坊も! 噛むなよっ。」
 慌ててベル坊の手から髪の毛を取り戻そうと引っ張るが、ベル坊はイヤがって、イヤイヤをする。
「おい、男鹿っ、止めろってっ! こんなとこ見られたら、ヒルダさんに殺されるだろっ!」
 ぼっちゃまになんて物を咥えさせるんだ……っ、と、問答無用で仕込み刀を抜くだろうヒルダの姿がアリアリと想像できて、古市はバシバシと男鹿の腕をたたく。
「む、噛むのを止めさせるのか?」
「あたりまえだろっ! 人の髪食わせるなよっ!」
 いくら魔王でも、そりゃヤバイだろっ!?
 そう噛み付くように叫んだ古市に、あー、と頷いた男鹿は、
「じゃ、なめたらいいのか?」
 とりあえず目の前でフワリと揺れた髪の毛を──正しくはその髪の毛の生え際の額辺りを、ぺろり、と舐めた。
「うぎゃーーーっっっ! あ、ああああ、ありえねぇぇーーっっ!
きもい! 男鹿、おまえキモい!」
 大きく背中をのけぞらせて、鳥肌立ったじゃねぇかっ! と袖をまくって腕を見せる古市に、失敬な、と男鹿は眉をあげる。
「なんだと、おまえが噛むなと言ったんだろうが。」
「誰が舐めろって言ったよっ! って、あぁぁぁ、ベル坊っ! だから痛いっ、痛いっつーのっ!!!」
 キャッキャッと嬉しそうに──たぶん古市がイヤがるのが凄く楽しいのだろう、髪を握ってはしゃぶり始める赤ん坊に、もう、ほんと、何これっ!? と半泣きで叫ぶ古市であった。








 その、二人だけの世界に入り込んだ二人を。
「仲いいねぇ、男鹿ちゃんたち。」
「ってか、ここが学校だって、覚えてるのか、あいつら?」
 夏目が面白がって見ている横で、ヨーグルッチを口から吐きそうだと顔を歪める神崎。
 城山は呆れた目でイチャイチャしてるようにしか見えない二人を見下ろし、その傍で邦枝は頬を赤らめて、額に手を当てていた。
「男鹿って、ほんと、なんていうか……。」
 罪作りっていうか──っ、と、何を思い出しているのか、ちょっとだけ唇を尖らせる彼女の隣で、姫川が無言で携帯をかざす。
 カメラのレンズに、古市の髪やら頭やらを噛んでるのか舐めてるのか分からない男鹿を、ぱしゃ、と収めると、小さな画面の中にいちゃついてるバカップルが登場した。
「……ここまで距離感ないと、気持ち悪い通り越して、むしろ天晴れだな。」
 男鹿のほっぺを引っ張って、髪の毛をベトベトにした古市が怒鳴っているのに、男鹿が真顔で何かを言っている。
 ベル坊がまた髪に手を伸ばそうとするのを見て、慌てて顔を引いた古市の顎を掴んで、男鹿が彼の顔を固定すると、喜んでベル坊がフワリと揺れた髪を掴み取る。
 何すんだっ、と叫ぶ古市に、ニヤリと悪魔の笑みを浮かべる男鹿とベル坊。
 ──思わずもう一発写真を撮ってみたら、今度は親子な光景が写真に収まった。
「姫ちゃん、それ、後で俺の携帯にも送ってよ。」
 ひょい、と覗き込んだ夏目が、自分の携帯をちらつかせる。
「こんなの見て、どうすんだよ。」
 そういう姫川こそ、そんなのを写真に撮ってどうするんだ、と言ったところなのだが。
 夏目は、うん、とニッコリ笑うと、
「携帯の投稿サイトに送っちゃおうと思ってさ。
 町で見かけたバカップルの。」
「…………。」
「………………。」
「………………や、夏目、それはちょっと……。」
 違うんじゃないか、と城山と神埼が止めようとするが、
「あーっ、もう、ベル坊っ! 俺じゃなくって、ほら、パパのほうに行きなさい、パパのほうにっ!」
 髪の毛を引っ張られすぎて涙目になった古市が、ベル坊の意識を男鹿にそらすため、彼の髪をつかみこんで自分のほうへと引き寄せる。
 ぐい、と遠慮なく引っ張ったため、近づいたドアップに、ベル坊が、あーっ、と嬉しそうに声をあげる。
 そして、古市の髪から手を放すと、
「ダッ!」
 古市のまねをして、ぐ、と、男鹿の髪を引っ張った。
「いでっ、いでででっ! ちょ、ベル坊君、痛いっ! 痛いよっ!?」
「ほら見ろ、赤ん坊は手加減しないから、マジ痛いだろ?」
 ちょっと涙目になった男鹿が、ベル坊の腕を必死で掴もうとするのを、古市はどうだと、したり顔で見守る。
 そんな彼らを見て、

「……なんかアレ、今度は、ママの真似してる子供に見えねぇ?」

 ぽつり、と誰からともなく口にしたが──あえて誰も、それについてのコメントはしなかった。










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