空を茜色に染め上げていた太陽が、完全に海のかなたに消えた時間──見上げた紺碧の夜空には、美しい星のビーズが縫い付けられ、それらを束ねるような満月が、煌々と地上を照らし出していた。
いつもなら、静かな細波と風が葉を揺らす音が響くだけの静かなフィッシュベルの村も、今日ばかりは少し違った。
年が明けて、何度目かの満月の夜……明るく照らし出された地面は、大きな小石なら見分けられるほど。
この島唯一の城のある城下町までなら、松明など無くてもたやすく辿り着けるほどに明るい夜だ──浮かれた足取りで、グランエスタード城の城下町へと歩むのは、年頃の娘達であった。
それぞれが、漁の手伝いにいそしむ普段からは想像もつかないような華やかなドレスを身に付け、素朴な味わいのある手作りのアクセサリーを自慢しあいながら、慣れた足取りで夜道を歩く。
向かう先は、空に輝く月の光よりも明るい場所──赤く燃えあがる炎で彩られた、グランエスタード城であった。
「マリベル! マリベルっ!」
磯臭いのどかな漁村の村、フィッシュベル。
その小さな村は、美しい砂浜を正面に、大地が段を連ねて成り立っている。
砂浜と同じ高さにある場所から、数段上の高さに位置する大きな屋敷は、このフィッシュベルの網元であるアミットの屋敷であった。
この世界で唯一の島であるエスタード島でも、有数の金持ちであり、その朗らかな人格は、誰からも好まれていた。
彼の妻である女性は、元々城下出身の蝶よ花よと育てられた商家の娘であったためか、身なりも仕草も優雅で美しく、このような漁村に下りてくるには、少々不似合いな女性であったが、夫である男と共に、このフィッシュベルを盛り立てるために、心から尽くす女性であったため、彼女もまた村人から敬愛されている。
エスタードの有名人の一人に数えられる、フィッシュベルの名漁師であるボルカノも、多くの人間の尊敬を集めているが、このアミットとその妻も、それに負けては居ない。
彼らもまた、国王にすら一目置かれている存在である。
そんな二人には、目に入れても痛くないほど可愛い娘が居た。
愛らしい容貌は母に良く似ていて、その好奇心溢れる様は、若い頃の父親にそっくりだと言う。
そして、大切に育てられた娘に良くアリガチなことに、非常にワガママであった。
更に困ったことに、彼女は自分のワガママがどういう効果をもち、どういう影響を与えるのか、良く分かっている──聡明な少女だった。
「マリベルっ! ……どこにいるの、マリベル?」
小さい頃から、同じ年の少年と共に遊びまわり、少しおませな年頃になってからは、少女らしい振る舞いを気にするようになり──ここ数年の間に、城下でも五本の指に入る美少女ではと噂されるようになった娘は、どうしてかどこにも居なかった。
幼馴染の少年と仲良くしていることは、今も昔も変わりはしないのだけれども、日が暮れた後に家の外に出ることなんて無かったはずだ。
それも、今日は特別な日。
グランエスタードの城で、ダンスパーティが開かれるのだ。
近隣の年頃の少女達を呼んでの盛大なパーティに、城下町でも有名であり、フィッシュベルの網元の娘としても名を知られているマリベルが、参加しないわけには行かない。
このことは、もう何ヶ月も前から口をすっぱくして言っているはずなのに、そろそろ出かけなくてはいけない時間になっているというのに、可愛い娘は家のどこにも居なかった。
美しく着飾った婦人は、困ったように眉を寄せて、もう一度娘の自室の扉を開けた。
けれど、そこはガランとしていて、暗く闇が落ちるだけであった。
見回すけれど、蝋燭の燭台にも火が入った後はないし、ベッドのシーツもピシリと整えられたままだ。
いつもなら、ドレスに着替えるならと、ドレッサーからさまざまなドレスを取り出して、アレでもない、コレでもないと、部屋の中をぐちゃぐちゃにしているだろう娘の奮戦の後すらない。
婦人は、眉を寄せて唇をキリリと引き締めた。
「まさかあの子……今更行かないとか言うのではないでしょうね?」
ふと覚えた不安に、彼女は慌てたように身を翻した。
階下で待っている夫の下へ、マリベルがどこにも居ないことを伝えなくてはいけないと──同時に、アノ子が逃げる先といえば、きっと海岸近くの二階建ての家……ボルカノの家に違いないと、そう思いながら。
夜の帳がとっぷりを暮れた時間、松明をたっぷりと焚かれたグランエスタード城は、いつもと違う雰囲気を見せていた。
見慣れた──同時に、忍び込みなれた城であるところの自国の城を見上げて、彼はパチパチと目を瞬かせる。
こうして炎にライトアップされた城は、まるで別の城を見てるようだった。
「まるで、おとぎ話の中のお城みたい……。」
感嘆の吐息を零す少年に、隣で木の幹に背を預けていた少女は、軽く片眉をあげてジロリと彼を睨みつける。
「何馬鹿なこと言ってるのよ、アルス!? あんた、今からどうしなくちゃいけないのか、ちゃんと分かっているのかしら?」
まったく、と腕を組んだ体勢をそのままに、彼女はマスカラとアイカラーでパッチリと強調された大きな目を眇めた。
月光を宿す美しく波打つ金の髪を母親のように結い上げて、抜けるような白い肌をくっきりと際立たせている。
紅を引いた唇は、ふっくらとやわらかそうで愛らしかったが、その表情は憎憎しげで、引いた唇も強く真横に引かれていた。
「どうしなくちゃいけないって──マリベルをエスコートすればいいんでしょ?」
肩を露にした美しい桃色のドレスに身を包んだ彼女は、いつもの上等な布で作られた簡素な民族服よりも、ずっと少女を美しく見せた。
ふんわりと膨らまされたプリンセスラインのドレスは、きつめの容貌を持つ彼女の容貌を愛らしく惹き立てていたし、少し微笑みを浮かべて相手を見上げれば、大抵の男は彼女の魅力にやられてしまうであろう。
しかし、幼い頃から彼女と共に居る少年は、そんな彼女に、「今日は綺麗な格好してるなー。」以外の感想は抱いてはいなかった。
「エスコート? 違うわよ。あんたがするのは、私を城の中まで連れて行く係り!」
「……同じじゃないの?」
「ぜんっぜん違うわ。私が、アルスごときにエスコートされるなんて思われるなんて、冗談じゃない。」
柳眉をキュ、と顰めて忌々しげに吐き捨てるマリベルに、だったらわざわざ自分を誘ってくれなくてもいいのに、とアルスは少しうんざりした表情で顔を顰めた。
松明の光の届かないうす暗闇の中であっても、空の満月の明かりのおかげで、バッチリマリベルはそれを目撃した。
彼女は薄く目を開けると、
「何よ、アルスの癖に、文句があるって言うの?」
「……別に、いいんだけど……ねぇ、マリベル?」
「何?」
姿形は美しく、ワガママさえもその美を引き立てる要素にしかならないと──いつもそう言って彼女を絶賛する男だって居るというのに、わざわざアルスをエスコート役に連れて来る理由が分からない。
この小さな島国の唯一の城──正しくは、この広い世界の唯一の国の、唯一の城──が、時々ダンスパーティを開いているのはアルスも知っていた。
けれど、フィッシュベルの漁村は朝が早いため、ほとんど関係が無かった。
だから、アルスも存在を知ってはいたが、ダンスパーティに参加したことはない。
マリベルは、母に連れられて何回かダンスパーティに参加したことがあるらしいが、どうして今回に限って自分を連れて来るようなことをするのだろうか?
しかも、アルスの両親に知られないように降りて来いという命令までつけて。
少し遠くから見上げたグランエスタードは、確かにいつもと違う様相をしていて、どこか戸惑うのも分かるといえば分かるのだけれども。
「いつもダンスパーティって、こんなのなの?」
ツィ、と見やった先では、嬉しそうに頬を紅潮させながら歩いていく少女達が見える。
彼女たちの列の先頭には、見慣れた兵士が松明を掲げて、城の中へと案内している。
その行列から少し離れた木の下で、一連の光景を見守るアルスやマリベルの存在には、誰も気づいていないようであった。
マリベルのものは、彼女たちのドレスよりも数段美しいソレであったが、それでも少女達はアルスが見たこともないような華やかなドレスに身を包み、はしゃいだ声をあげながら城の中へと消えていく。
アルスが知っている「お祭り」は、あくまでもフィッシュベルのお祭りである。
広い砂浜一面に料理が並べ立てられ、村人が喜び舞い踊る。
ダンスパーティがソレとは違うということは分かるのだが、具体的にどう違うのかは分からない。
自由参加は許さないことだけは、分かるのだけど。
「あの馬鹿王子は、あんたに何も話してないの?」
少女達の列が城の中に消えても、マリベルは動こうともせずに無言で木の幹に背を預けたままだ。
美しいドレスが汚れ、裂けてしまうのではないかと、アルスは頭の片隅で思うが、マリベルがそれに気づかないはずもないかと、口に出して注意はしない。
「何もって──ダンスパーティで、可愛い女の子と踊ったとか、そういうことは教えてくれるけど?」
そして、マリベルと踊ると、絶対に足を「わざと」踏まれることだとかも聞いていたが、アルスは賢明にもそれを口にすることはなかった。
「──……いつものダンスパーティなら、あたしもママと一緒に参加するわよ。おいしいご馳走を食べて、私の可愛いこの顔をほめられたら、悪い気はしないもの。」
「いつもと違うの?」
見やる先で、門番の一人が片手のリストをチェックしているのが見えた。
どうやら、入ってきた少女達の招待状を確認しているようである。
キョトンと目を瞬くアルスに、マリベルは片手に下げていたかばんの中から、装飾されたカードを取り出した。
そこには、流麗な字でマリベルの名前が書かれている。
「大違いね。そして、その理由を知っている以上、あの馬鹿王子は、絶対に私としか踊ろうとしないはずなの……っ。
そ・れ・が、耐えられないってワケよ。」
思い切り良く拳を握りしめるマリベルに、ふーん、と力なく同意してみせたアルスは、ソレと自分とどういう関係があるのだろうと首を傾げずには居られなかった。
「別に、キーファがマリベルとしか踊らなくても、いいと思うんだけど。」
「良くないわよっ! あんた、ちゃんと分かってるの!?」
「ううん、全然分からないんだけど。」
キッ、と眦を吊り上げるマリベルに、アルスは困惑した表情を向けるばかりであった。
「分かりなさいよ。」
また無茶を言う、と思いながら、アルスは今朝からの村の様子を必死で思い出す。
朝から、村の年頃の少女達がどこか落ち着かない感じで、キーファが今日こないのかと聞いてきた。
今日は朝から忙しいからと言う理由で、遊ぶ約束をしていないとアルスが答えると、キーファはどんな服が好きなのか、どんな色が好きなのかと聞いてきて。
そうそう、そういえば、この間から、そういう質問を良くされたような覚えもある。
マリベルとキーファは、実は恋仲ではないのかとか、キーファが良く村に来るのは、実は目当ての子が居るんじゃないかとか。
「──────………………。」
なんとなく視線が空を彷徨い、アルスはどことなく引きつった微笑みでマリベルを見た。
「もしかして、今回のダンスパーティって…………キーファの婚約者選びとか──だったりして………………。」
出来れば、そうであってほしくないと思いながら、エヘ、と尋ねたアルスに、見て分かるほどマリベルは不機嫌を顔イッパイに浮かべてみせる。
冷ややかな眼差しで城を睨みつけるマリベルに、やっぱり、とアルスは胸の内で呟く。
この間、キーファが16になったお祝いを城で盛大にしたばかり。
フィッシュベルで16といえば、一人前として漁師の仕事を任せられる年頃である。
暢気なグランエスタード国といえども、この一人前と認められる年齢の王子に、将来が決まった人間が居ないというのは、確かにまずいといえばまずいであろう。
「それを、キーファが喜んで両手を広げて受け入れると思ってんの、あんたは?」
「…………思わない、けど。」
それなりに年頃の少年として、キーファ自身も女性が気になっているのは、アルスも知っている。
どちらかというと、アルスはそういうのにまだ興味が無く──それよりも、未だに漁師としてのまともな修行をさせてもらえない将来の方が心配でたまらなかった──、キーファが、あのメイドが可愛いだとか、あそこの娘は最高だとか言うのを、適当に聞き流していたのだけれども。
キーファは、自分の人生は自分で選んでこそ意味があると思っているように、自分の将来の伴侶も自分で選びたいと思っているはずだ。
それを思えば、いくら女性に興味があると言っても、このようなお膳立てに喜んで乗るはずもない。
それなら、今日のパーティに呼ばれた身であり、見知った仲でもあるマリベルと踊ろうとするのは分からないでもない。
ほかの誰を選んでも、後々面倒な事になるのなら、選んでもその気にならないだろうマリベルで手を打つのは、キーファにしては良い考えであろう。
「でも、僕は──キーファはマリベルのことを好きだと思うし……それでも良いんじゃ……。」
言いかけたアルスの頭を、思い切りよく──指輪が嵌った手で、マリベルは遠慮もなく叩きのめした。
「あんた、アホでしょっ!?」
そして、叩いた拳をもう片手で握り締めながら、ワナワナと肩を震わせる。
「……った……っ、マリベル、酷いよ……っ。」
「確かにキーファは、私のことを好きでしょうとも! これほどの美少女を嫌いだって言う人間が居たら、見てみたいしね……でもね、先に言っておくけど!」
勢い良く殴られたアルスは、フードの上からたんこぶが出来たかもしれない頭を押さえつけて、少し涙目で少女を見上げる。
彼女は、綺麗な顔を般若のように歪ませて、ビシリとアルスの顔の前に指を突きつけた。
「あたしは! 恋人にするなら、私が一番の人じゃないとイヤなのよっ!? あの、腐れ鳥頭王子の一番が誰なのか、あんたは良く知ってるでしょうがっ!」
「えー……っと…………リーサ?」
「…………〜〜っ! ……こんの、自覚ナシっ!」
肩を震わせて叫んだマリベルは、やってられないとばかりに頭を振って、掌を額に当てた。
「あーあ、やってられない! やってられないわ、アルス! なんで私があなたをここに呼んだと思ってるの!? つれてきたと思っているの!?」
「だから、マリベルを会場に連れて行く係り、でしょ?」
首を傾げるアルスに、マリベルは溜息すらつくのももったいないと心底思いながら、ヒラヒラと掌を振る。
「あたし、賭けてもいいわよ?」
「?」
「今日、キーファは、あんたとずっと一緒に居ることを選ぶってね!」
自信満々に言い切った少女に、アルスはいぶかしげに眉を寄せた。
「──……だって、ダンスパーティで女の子を選ぶのがイヤなら、そう言うもんじゃないのかな?」
「………………そうよ、そういう、もん、なのよ。」
うんざりした心地でそう答えながら、マリベルは細く溜息を零してみせる。
ほぼ全ての招待された少女達が城門をくぐったのを確認して、マリベルはようやく重い腰をあげた。
アルスを急かしながら、堂々と街道の中央を歩いて城門へと近づいて行く。
どうして少女達がくぐり終えるのを待っていたのか、疑問を抱くアルスに、マリベルはキッパリと短く答える。
「自分達の邪魔をする男を連れてきたのが私だってばれたら、後々面倒でしょうが。」
だから、城門を守る兵士達以外には見咎められないように、こうしてきたのだとマリベルは言い切る。
もちろん、瀬戸際のギリギリに入門すれば、暇を持て余したキーファに捕まることも無いと思っているのもあるのだろう。
後、マリベルが考えていることを、国王に見透かされて──アルスを隔離されることもない。
「だから、あんた、城門を潜ったらすぐにあたしから離れて、さっさとパーティ会場に紛れ込んで、キーファがすぐに気づくような場所に行きなさいよ。」
「……キーファの部屋に行くんじゃダメなの?」
「それだと、キーファと一緒にパーティ会場に来ることになるから、あんまり無意味なのよ。
ここで重要なのは、キーファが自分でアルスに近づくことなの。
あんたが最初から一緒だと、女たちがあんたにも近づくから、意味が無いのよ。」
「…………ふぅん?」
良く分かってない風のアルスに、マリベルは軽く眉を寄せる。
頭は悪くないくせに、トロいアルスが、一体どこまで出来るのか──不安は残るがしょうがないl。
母と父の顔を立てるためにも、参加だけはしなくてはいけないし、かと言って王子の恋人はやっぱりマリベルかと思われてしまうのも困る。
「これ、あたしの連れね。」
堂々と胸を張って、背後のアルスをおざなりに示して、マリベルは招待状を兵士の一人に渡す。
そのままアルスを伴って城門をくぐろうとしたのだけれども、
「すみません……お待ちください、マリベルさん。」
すまなそうな顔の兵士によって、動きを止められた。
──マリベルは、唇から吐息が零れそうになるのを感じながら、ツイ、と、振り返る。
「何よ?」
決して、心の中の動揺や舌打ちを知られてはならない。
それを十二分に把握しているからこそ、マリベルは視線を鋭く兵士を軽く睨み付ける。
愛らしい少女に睨まれて、兵士が微かに頬を赤らめて、ジリリ、と後に下がる。
「いえ、あの──申し訳ないのですが、陛下から、今日は男性の方の入場は……。」
「コレは男じゃないわ。」
クイ、と顎でアルスを示して、マリベルは堂々と告げる。
その、自信たっぷりな様子に、え、と声を上げたのは兵士ではなくアルス自身であった。
「いや、マリベル──……昔、一緒にお風呂にだって入ったじゃない……。」
「アルスは男じゃなくって、子供よ。」
「え、いや、あの……。」
兵士がグイ、と顔を近づけて睨み上げてくる少女に、更にジリリと後ろに下がる。
「男なんて言えないガキなら、通してもいいでしょう? さ、行くわよ、アルス。」
グイ、と手首をつかまれて、ズルズルと強引に兵士達の間を通される。
アルスは、そんなマリベルに、小さく引きつる。
「──マリベル…………。」
けれど、名前を呼んでは見たのだけど。
「何? 文句あるの?」
きらん、と、光に反射する瞳に睨み据えられて、アルスは思わず口をつぐんだ。
──彼女も彼女なりに、キーファと恋人扱いをされたくないと、必死なのだろう。
キーファの親友としては、非常に複雑な気持ちではあったけど。
「ある、けど──どうせ言っても聞いてくれないだろ、マリベルは。」
「当たり前でしょ。」
つん、と顎をそらせて、マリベルはキョロリと辺りを見回す。
先に入った女性たちは、すでにパーティホールへと入っていったらしい。
辺りには人影が無かった。
「それじゃ、アルス、行くわよ。」
マリベルは、さぁ、とアルスの腕を掴む手に力を込める。
「うん、それはいいけど……、僕、パーティ会場に入った後はどうすればいいの?」
アルスは、彼女に導かれるままに腕を引かれ、パーティ会場の入り口に前に立った。
中からは、微かに音楽の音と、どこか浮かれたようなざわめきが聞こえた。
「パーティが始まったら、いつもどおりキーファの目につくところに出て、ニッコリ笑顔の一つでもかましてくれればそれで良いわよ。
後は私が適当に──。」
「なんとかしてくれるの?」
首を傾げて尋ねるアルスに、
「ご飯を食べて、ドレスの品評会して、リーサ姫と話でもして時間を過ごすから。」
マリベルは、扉の取っ手を持ちながら、キッパリ、と言い切った。
「……………………………………え……だから、僕は…………?」
「キーファと一緒に、いつもどおりにしててちょうだい。
それだけでいいわ。」
「………………?????」
「いいから──変な遠慮なんかせずに、いつもどおりに……ね?」
「────……う、うん……。」
きらん、と光るマリベルの目に、有無を言わせず頷かされる。
「後──決して私に話しかけるんじゃないわよ。」
取っ手を持つ手に力を込めて──マリベルは、低くそう呟いたかと思うや否や、アルスの腕を掴んでいた手を放した。
今の状態を理解したものの、一体マリベルが自分に何を求めているのかわからないまま──開いた扉の向こう……アルスが知っているパーティよりも、ずっと華やかで艶やかなパーティ会場が、目の前に広がった。
「あー……かったるいなー……。」
小さく呟いて、心底ウンザリしたような顔のキーファに、クスクスとリーサが笑みを零す。
「お兄様ったら、朝からそればかりですのね……。」
少し口調に拗ねた表現が混じってしまうのは、きっと彼女が敬愛する兄が、婚約者を選んでしまうことに少しだけ悲しみを覚えているからであろう。
「だってさ、朝から今夜のためにとか言って、湯浴みはさせられるし、ダンスのおさらいだとか、レディの扱い方だとか──……俺はまだそんなのに興味は無いって言ってるのにさ。」
軽く肩を竦めるキーファに、あら、とリーサは小首を傾げる。
「でもお兄様? アルスが言ってましたわよ?
お兄様は、町に出ると良く、あの女の人が好みだとか言っているって。」
軽く口元に手を当てて微笑むリーサに、キーファはゲッと顔を歪める。
「なんだよ、それは! アルスのヤツ、リーサにそんなことを話してるのか? ──っていうか、お前、いつアルスとそんな話してるんだよ?」
片目を眇めるように尋ねてくるキーファに、リーサは少し考えるように目を宙に彷徨わせる。
「それは──……お兄様がお父様にお説教されているときとか、アルスがお兄様を迎えに来たのに、お兄様がいらっしゃらなかったときとかかしら?」
「────…………。」
軽く首を傾げて答えるリーサのセリフが、なぜかグサリと心臓に刺さった。
つまり、ほとんどが自分を待っている時の退屈しのぎだということだ。
「お兄様の好みの女性がどういう方なのか、リーサも興味がありますわ。
だって、私の将来のお姉さまになるわけですものね。」
ニッコリと微笑むリーサに、キーファは苦い顔で、ガリガリと髪を掻いた。
「お前もかよ……ったく、俺はまだ冒険に生きるって言ってるのによ。」
まったく、とぼやく兄に、リーサはさらに楽しそうに喉を震わせて笑った。
「それなら、お兄様? 冒険先で出会った女性のお話、リーサにも聞かせてくださいね。」
そんなことを明るい笑顔で言ってくれる妹に、キーファは何とも苦い顔を浮かべて見せる。
少し内気で泣き虫で心優しい妹──母が亡くなってからは、忙しい父の代わりに面倒を見ることも多かったこの妹が、一体イツからこのような表現を口にするようになったのかと、キーファは頭痛すら覚えながら顔を顰めて見せた。
そして、その答えは案外すぐに見つかることになる。
なんとなくリーサの視線から逃れるように彷徨わせた視線の先──大広間の壁の隅で、優雅に食事を摘んでいる幼馴染の少女の顔を見つけたからだ。
アレだ。
キーファは、迷うことなく決め付けた。
城の女官が姫であるリーサに、こんな嫌味な言い方を教えるはずもない。
となれば、毒舌嫌味はお手の物、という、漁村の娘の仕業以外に考えられなかった。
ボルカノの息子であるキーファと同様、アミットの娘であるマリベルは、しょっちゅうという程ではなかったが、自由にキーファとリーサに顔を見せに来るのを許される程度には、この城内での自由は約束されていたから。
「…………マリベルのやろう………………。」
歯の奥で呟くと、リーサは兄の口から零れたセリフを的確に感じ取ってくれたようである。
「あら、マリベルさんが来ているんですか?」
少しだけ嬉しそうに目を輝かせてそう尋ねるのは、マリベルが王女であるリーサにも、遠慮なく付き合ってくれる少ない人の一人だからだろう。
彼女は、王女として傅かれることに不満をもつことはないが、それでもやはりキーファと同じ血を継いでいる以上──それを物足りないと感じることもある。
そんなリーサの気持ちを晴らしてくれるのが、アルスとマリベルという、非常に数少ない親しい人間達なのだ。
「今回のパーティは、お兄様の婚約者選びですもの。マリベルさんは来てくださらないかと思っていましたわ。」
「────…………よし、決まったな。」
これで、お兄様が誰かと踊っていらっしゃってる間、私もしゃべる方が出来ました、と──鼻からキーファがマリベルを選ぶはずはないと思っているらしいリーサの、嬉しそうな微笑を横に、キーファはニヤリと笑った。
頭の中に思い浮かぶのは、良くもノコノコとやってきてくれたな、マリベル。という、非常に勝ち誇ったかのような思いであった。
「他人ごとのように、コッチを無視して食べてばっかりいるようだけどな──俺がそれを許すと思ってるんじゃないぜ……マリベル。」
キーファは、顔に笑みを貼り付けると、カタン、と席を立つ。
もちろん、自分の方を伺うようにしている貴婦人達を誘うためではなく、どう転んでも恋愛関係にはならないと豪語できる美少女に、嫌がらせをするためである。
相手も相手で、キーファがまだ婚約者なんて物を選ぶつもりがないと思っている以上、自分がターゲットにされるだろうことは、だいたい予測はしているはずであった。
それだけの頭脳も持っている美少女相手に、何の遠慮があるだろうか。
「お兄様?」
不思議そうに、愛らしい顔をキョトンとさせて自分を見送るリーサに、ヒラヒラと掌を振りながら、キーファは一段高い段上からダンスホールへと降り立った。
ざわめく世界に、期待に満ちた貴婦人達の視線が交錯している。
それを気にも止めずに、キーファは真っ直ぐにマリベルを見据えた。
マリベルは、こちらの意図に気付いているのか気付いていないのか、パクパクと遠慮なく皿に料理を取っては口に運んでいる。
正直な話、見た目だけは素晴らしい美少女でも、あの食いっぷりを見たら、彼女に憧れる10人の男の内5人くらいは幻滅するだろうことは間違いがない。
キーファにしてみたら、「らしい」と言えばらしい様だと納得できるものだけど。
「────………………さぁって、なんて言って誘ってやろうかな………………。」
この上もなく効果的に、この上もなく嫌がらせのように──普段からマリベルにはしてやられているところも多い身としては、後々降りかかる面倒なことをとりあえず頭から振り払ってしまえば、今の状況は、「嫌そうに、本当に嫌そうにするマリベル」を見ることが出来る数少ないチャンスなのだ。
そう思いながら、美貌を限りなく苦痛に染め上げるマリベルを脳裏に描きながら、つい漏れ出る笑みを堪え切れなかったキーファであったが、ふ、と、視線の隅を掠めた「もの」に、動きを止めた。
気付けば、反射的にそれを追って体を逸らせていた。
マリベルの居る方角とは少し別の場所。料理が置かれているわけでもない、出入り口があるわけでもない──目立たない片隅で、これまた目立たないようにコッソリと壁の花と化している少年が居た。
「────アルス………………?」
なんでココに、と、男子禁制のダンスパーティになっているはずだと、鈍く動く頭の片隅で思いながらも、目は彼の姿をしっかりと捉えている。
いつもの民族衣装の姿では、さすがにまずいと思ったのか何なのかは分からないが、見慣れない正装姿をしている。
けれど、居心地が悪いらしく、時々掌で裾を引っ張る様が、また彼の仕草を可愛らしく見せていて、思わず微笑ましさに口元が緩むほどである。
窮屈そうに、華やかな空間から少しでも身を隠そうとして、コソコソと壁にしっかりと張り付いている様が、また可愛い。
「──マリベルだな。」
どうして彼がココに、という結論を、至極アッサリと導いて見せる。
マリベル以外にアルスをココに連れてくる人間は居ないだろうし、アルスも彼女以外に連れられてくることは無いはずである。
しかし、軽く首を傾げて考えてみても、キーファにはマリベルがアルスを連れてくる理由を思い浮かべることは出来なかった。
何らかの策略だろうと思いはするのだが、足はそんな自分の感想を裏切って、スタスタと迷うことなくアルスの方へと進んでいた。
壇上でリーサが、
「あら。」
と、小さく目を瞬いていたし、
知らん顔でご飯を優雅に食していたマリベルは、そんな彼の姿を横目に捉えるや否や、獲物をゲットした野生動物のような微笑を口元に浮かべて、
「由。」
一言呟いていたが、当たり前であったが、キーファの耳には届くことはなかった。
突然方向を転換して、どこか急かしたような足取りで歩き始める王子殿下に、その方向に群がっていた少女達は、思わず頬を紅潮してお互いの顔をにらみ合った。
誰がこの王子の心を捕まえたのかと、それに頭は囚われる。
牽制しあうと同時、王子に向かってニッコリ微笑むことを忘れないが──そのことごとくの微笑みが、王子が自分を見ていないことを認めて崩れ去っていく。
そのさなかで、必死に壁と一体化しようともくろんでいた少年は、
「…………あ、キーファ…………。」
自分に向けられる視線に気付いて、のんびりと顔を上げた。
かすかに口元に笑みを張り付かせた太陽の王子が、こちらへ向けて悠々と歩いてくるのに、アルスは自分が壁になろうとしていたことを忘れて、ひらり、と手を振った。
それから、慌ててマリベルに言われたことを思い出して、ニッコリ、と微笑んでみせる。
──少しだけ引きつってしまったのは、しょうがない話であったのかもしれないが。
「アルス!」
キーファは、やっと自分に気付いてくれたのかと、アルスの名を呼んだ。
「キーファ。」
穏やかに言葉を返し、壁になって、このダンスパーティに不似合いな自分を少しでも隠そうと思っていたアルスは、名残惜しげに壁から背を剥がしとる。
回りのきらびやかな衣装に身を包んだ少女達が、一斉に視線を向けてくるのに、なぜか、ヒヤリ、とした感覚が背中を駆け上がるのを感じた。
首を傾げつつ、ブルリと身を震わせていると、大股で近づいてきたキーファが、ニッコリと満面の笑みを見せてアルスを見下ろした。
「来てたんだな、アルス。」
その、それはそれは嬉しそうな笑顔に、アルスもなんだか嬉しくなって、ニッコリと笑い返す。
「うん、マリベルの付き添いなんだ。」
「──やっぱりそうか……。」
どこかゲンナリしたように呟き、キーファが前髪を掻き揚げる。
野生じみた光を宿すキーファの金色の髪を見上げながら、アルスはニコニコと彼を見上げつつ──壇上の上からリーサが、ヒラヒラと挨拶代わりに手を振っているのを発見する。
それに、やっほー、と、暢気に手を振り返すと、リーサは軽く会釈までしてくれた。同じように会釈をしかえすと……、
「何やってんの、お前?」
あきれたようなキーファの声が、上から降ってきた。
見上げると、やはりあきれたような眼差しが自分を見下ろしていた。
「え、だって、リーサが挨拶してくれたから、僕も挨拶しようかな、って思って。」
「……そうだよ、お前、来てるなら俺のところまで挨拶にこればいいじゃないか。そうしたら、今まで退屈を持て余してることもなかったのにな。」
少し口調に拗ねた響きを宿らせて、キーファは身を翻すと、アルスの隣で壁に背を預ける。
その彼の仕草に、ざわりっ、と、パーティ会場の空気が変わったが、アルスもキーファもそれに気付くことはなかった。
「だって、マリベルが、それはダメだって言うんだもん。」
「……またマリベルかよ? じゃぁ何か、アルスは、俺よりもマリベルの方が大切だって言うのか?」
ジロリ、とねめつけるようにして尋ねると、アルスは一瞬言葉を詰まらせ、視線を泳がせ…………、
「えーっと……………………。」
「………………おい。」
思わず心で、打倒マリベルを誓ってしまう一瞬であった。
もちろん、同じような質問をして、同じような返答を貰ったマリベルも、同じようなことを思うことは、いやになるほど良くわかっていたが。
「き、キーファをないがしろにしたわけじゃないんだよ!? ただね、先に約束したのは、マリベルだっただけで!」
「…………分かってるけどな。で、アルスは今、俺と話してても大丈夫なんだよな?」
何せ、アルスを連れてきたお姫様は、ご令嬢だとは思えないほどの食欲でもって、テーブルの上の制覇を目指しているところであるし。
アルスはアルスで、暇そうに壁に背を預けて立っていただけなのだから。
尋ねるというよりも、確認に近いその言い方に、アルスは少し困ったように首を傾げたが、ココに来る前に言い聞かされたマリベルの言葉を思い返せば、「いつもどおりにキーファと話していても大丈夫」という結論に達した。
「うん、平気。──僕も、キーファと話したいと思ってたし。」
例えば、今日の婚約者決めパーティのことを、どうして自分に話してくれなかったのだとか、そういうことを、ちょっと責めて見たい気持ちもあった。
何せ、キーファときたら、自分のことをお子様扱いしてくれて、遊びや冒険に関しては相棒と認めてくれるくせに、こういう色恋事になると、「あの子可愛いよなー」とか、「ああいう子がいい」とか言う話しかしてくれないのだ。
この場を借りて──というには、婚約者決めの会場であるここでは聞けないが──、キーファとたまには真面目に恋愛感について語り合ってみるのもいいかもしれない。
何せ、キーファの将来の妻となれば、この国の王妃であり、同時に自分にとっては親友の妻となるべき人間だ。
自分が少しくらい関与しても、文句はいわれないはずだ。
親友の妻となるべき人を、自分が何も知らないというのは、少々面白くない。
「そっかそっか。それじゃ、ちょうど良かったな。」
にんまりと笑うキーファに、アルスもニコリと笑い返す。
隣にたったキーファの手が、しっかりとアルスの手首を握り締めた。
「? キーファ?」
軽く首を傾げたその瞬間、
「とっととずらかるぞ!」
グイッ、と、思い切りよく腕が引かれた。
「────…………はっ!?」
そのまま、行動力に導かれるままに、キーファは唖然とする女性の中を、アルスの腕を引っ張りながら駆け抜ける。
強引な力に、つんのめりながらも、慌ててアルスもそれに続いた。
「キーファっ!?」
悲鳴に近い声で叫ぶけれど、目に飛び込んでくるのは、驚いたような顔の貴婦人達と、流れていくような景色ばかり。
迷うことなく部屋の出口へと手をかけたキーファに、腕をとられたまま顔だけ振り返ると、壇上にはあっけに取られた顔の国王陛下と、楽しそうに笑っているリーサの顔。
そして、扉を開けるキーファの顔に視線を戻す先にあったのは、片手に皿を持ったままマリベルが、それはそれは嬉しそうな顔で手を振っている姿、であった。
その顔に、なんだか嵌められたような気がするのは、どうしてだろう…………と、そうぼんやりと頭の中で考えるアルスは、パーティ会場から連れ去られていくのであった。
城の最上階近くにあるテラスで、噴水の縁に腰掛けたキーファは、楽しげに空に浮かぶ月を見上げた。
キラキラ輝く星が、自分のイタズラを祝福しているように見える。
「キーファ、良かったの?」
「あー? 何が?」
キーファの足元で、噴水に背を預けるようにして座っていたアルスは、走りすぎたおかげで上がった息と鼓動を整える。
キーファに倣って見上げた空は、どこまでも続くように見えた。
「お嫁さん。」
チラリ、と伺うようにキーファの顔を見上げてみれば、キーファは清清しい顔で空を見上げているばかり。
その横顔には、まるで後悔の色は見えないように見えた。
──どうせ帰ったら、父王にこってりと怒られるのは分かっているだろうけど。
「あー、いい、いい。これでしばらく、結婚話は来なくなるだろうしな。」
多分、明日の朝には、『キーファ王子が、アルスと一緒に駆け落ちした』だとか騒がれているのだろうと思うと、これで何度目か分からないその手の話に、なぜか口元がにやけた。
どうせリーサはしたり顔で、「お兄様は、私よりもアルスを取るのですね。」と、どこか芝居ぶった口調で言ってくるだろうし、父王は父王で、「どうしてお前はいつもそうなんだ……」と、頭を悩ませてくれるのだろう。
そして、後しばらくの間、女官たちが、アルスとキーファが顔を近づけて話しているのを見て、コソコソと笑いあうだけだ。
「──?」
今の結果に至極満足しているだろうそんなキーファの表情に、アルスは軽く首を傾げる。
「今は、そういうのよりも、アルスと一緒に居る方が楽しいからさ!
明日も、いつもの場所で待ってるからな。」
無邪気に笑って見下ろしてくる微笑みに、アルスははにかむように笑って頷く。
「………………うん。」
正直な話、今回のダンスパーティが「それ」目的だと知ったときには、キーファの結婚を喜ぶ気持ちがあったのは確かなのだが──それと反比例して、寂しいと思う気持ちがあったのも本当なのだ。
キーファの年齢を考えたら、そろそろ結婚のことを考えなくてはいけないはずで。
彼の人生のほとんどを一緒に過ごしてきたアルスとしては、それを喜ぶと同時に酷く悲しく思うのも本当で──何せ、これだけ一緒に居るにも関わらず、まだずっと一緒に居られるのだと、そう信じている気持ちが胸にあるのだ。悲しく思ったり、悔しく思ったりしないはずがなかった。
「──ホントのホントは……そう言ってくれると、僕も、嬉しい……。
だって、キーファとまだ遊んでいられるってことだもんね。」
こっそりと零した本音は、確かに本音には違いなかったけれど、どこか罪悪感を秘めた響きがあった。
だから、コッソリと、今ココに居るキーファだけにしか聞こえないように呟く。
あと、1,2年もしたら、キーファは帝王学の道に、自分は漁師としての道にと、お互いの重なる時間は瞬く間に減っていくことはわかりきっていた。
だから尚更、今、もっと一緒にいたいと思う。
共にありたいと思う今の気持ちを、もっと満足させて──そう、飽きてしまうまで一緒に居て欲しいと思う。
それは、ワガママだと、きちんと分かってはいるけど……まだ、譲ることは出来ない、気持ち。
「──……ははっ……俺も、おんなじだぜ。」
どこか照れたように笑うキーファに、アルスもかすかに頬を染めながら笑って見せる。
ずっと長い間一緒に居たから、ソコに彼が在ることを疑うことすらしない。
別離があると、分かっていても──それが本当の別離ではないと分かっている癖に、それすらも厭ってしまう。
お互いに、甘えてるなと自覚しながら、コッソリとあわせた視線で、ニッコリと笑いあう。
それが、今、酷く幸せで……このまま続けばいいと思いながら、空を見上げた。
美しい空は、まだまだ平穏の気配を濃厚に宿し、はるか遠くまで続く水平線は、揺らぎ一つ見せない。
「いつか、この先にあるだろうまだ見ぬ島を、お前と一緒に冒険するまでは、この決意はかわんねぇぜ。」
「うん、キーファ。一緒に行こう。」
目を輝かせる王子の言葉に、アルスは大きく頷いて同意を示す。
キラキラ光る金の髪も、愛すべき力の秘めた瞳も、夜の月明かりの下で、いつも以上に輝いて見えた。
その光に魅せられながら、アルスは淡く微笑んでキーファの手に自分の手を重ねた。
知らず、お互いの指先を絡み合わせながら、二人はいつものように、まだ見ぬ世界へと心を馳せ──夜を過ごすのであった。
「ここで一線越えてたら洒落にならないけど、なんつぅかそこで、新婚旅行の話をしているようにしか見えないっていうのはどう? リーサ姫?」
ある意味、パニックと喜ぶ女たちの合間を抜け出てきて──何せ、パーティ会場にアルスが居る時点で、マリベルの策略であることは、国王陛下に諸ばれであったので──、コッソリと二人の居るだろう場所を突き止めた美少女は、同じようにコッソリと宴を出てきた王女さまに、チラリと目配せしてみせた。
その視線の先で、キラキラと目を輝かせたリーサが、朗らかに微笑むと、
「美しい友情ですねv」
どう考えても、そう思ってないだろう弾んだ声で、マリベルに答える。
「………………そーね、幼馴染としては、このまま美しい友情であってくれればって思うわ…………。」
「妹としては、アルスがお義兄様になってくれても、問題はないのですが──跡取は、私が産めばいいわけですし。」
「いや、そーゆー問題じゃなくって。」
「では、どういう問題がおありだと思いますか、マリベルさん??」
「…………………………………………………………………………………………………………そうよね………………二人が城に言ってしまえば、あのバカ王子もフィッシュベルに来ることがなくなって、あんたらバカじゃないのー!? ってくらいのバカップルぶりも見なくてすむんだわっ!」
ぎゅむっ、と、思わず拳を握る手に力が篭ったマリベルを、誰が止めることができようか?
「え、それはどういう?」
確かに、普段のキーファからして、会話の内容が「アルスが、アルスで、アルスと……」であったからして、二人であっているときは、まさに今目の前で展開していることのような気がしないでもないけれども。
「まず、ヤツはアルスを起こしに行く時、どうして起きてきたアルスの服が乱れているのだとか、息が上がってて顔が赤くなってるのだとか、いつもそういう疑問を抱きつつも、まぁ多分、擽り攻撃だとかしているのだろうと思って、見てみぬフリをしてきたわ。
でもね、いくら昔からの習慣だからって、今もおはようとおやすみとさよならの挨拶はしなくてもいいと思うのよ。
私とアルスですら、その挨拶は5歳の時でやめにしたっていうのによ!?」
「おはようは、ほっぺにチュ。おやすみは、額にチュ、ですよね? ……じゃ、さよならの挨拶っていうのは、どこですか??」
どうやら、リーサもいまだに兄からされているようであった。
その事実に、マリベルは、そういえば両親からは自分もいまだにされているなと思い出す。
「頬。ちょっと顎ぎみの場所。」
あえて、マリベルは細かい場所を指差すのは止めた。
しかし、それを聞いていたリーサは、自分の指先を頬に当て、そこから少し顎の方へとずらした後…………。
「ああ、唇の横ですね。」
あっさりと、マリベルが出来ることなら回答を避けたいと思っていた言葉を口に出してくれた。
これは、彼女がまだ子供だから言い切れるということだろうか?
「しかも、3人で水浴びに行ったら行ったらで、キーファはことあるごとにアルスに圧し掛かるし、抱き尽くし、擽るし。
アルスもアルスで、キーファの背中におぶさるし──……まったく、見ているのが私だけだからいいような物を。」
「まぁ、でも、楽しそう。──リーサも、お兄様と一緒に水浴びとかしてみたいわ…………。」
ここでリーサは一つ勘違いをしている。
いくらマリベルであっても、年頃の少女であるからして、普通、年頃の男性と一緒に水浴びはしない。
本当なら、してはいけない。
マリベルも、もしも万が一、アルスとキーファとそんな風に楽しく水浴びをしていることがばれようものなら、母と父から説教されるのは、目に見えて分かっていた。
マリベルですらそうである以上、リーサがアルスとキーファと水浴びをするなんて話が、許されるはずがなかった。
だから、とりあえずマリベルは、そのことを頭に置いて、リーサにこう付け加えた。
「でも、あの二人と一緒に行くと、二人の世界に浸られるから、残されたほうはひたすら一人で波打ち際で一人追いかけっこをしているだけよ?」
────と。
二人が、そんな風に楽しく会話を弾ませている間も、キーファとアルスは、それはそれは楽しそうに将来のことを語り合っていたのであった。
後書き
久し振りにDQ書いたので、キャラに偽者が入りましたが(笑)。
仄かに腐女子テイスト。
どうしてもキーファとアルスを書くと、そうなってしまうのは止めようが無い様子ですが(笑)。
そして、リーサ……天然です。決して腐女子ではありません(笑)。
マリベルにいたっては、達観している様子です。
とりあえず、キーファとアルスは、お泊りの時は一緒の布団に寝るくらい仲がイイのでしょう。
腐女子テイスト。
「でも、キーファ? もしこのことで、お嫁さんが本当に来なくなったらどうするの?」
「んー……それならそれで、アルスが責任取ってくれるから、いいだろ。」
「……………………僕?」
「ああ。」
「………………………………それじゃ、母さんに、小魚の佃煮の作り方、教えて貰うね。」
「?」
「だって、キーファのところにお嫁さんに行くなら、キーファの大好物くらい、作れるようになっておきたいもん。
せっかく、母さんっていう先生がいるんだから、覚えておかないとね。」
「…………アルスが作ってくれるなら、なんでもいいよ、俺は。」
「キーファの歯が頑丈なのは、母さんの佃煮のおかげもあると思うから、頑張るよ。
だって、冒険にはカルシウム、たくさん取ったほうがいいだろ?」
「ああ、そうだな。そうすれば、歯も丈夫になって、アルス一人くらい、簡単に食っちまえそうだしな。」
「え、食べるの!? 骨ごと!?」
「骨ごと。」
「────…………え、えーっと……美味しくないよ?」
「美味しいって、アルスだし。」
「…………そんなに太ってるとは思わないけどなぁ?」
「お前、いっつも、海の匂いがしてて、すげぇ……美味しそう。」
「ひゃっ、くすぐったいよ、キーファっ…………そういうキーファの髪からは、いつもお日様の匂いがする……。」
「そうか? いつも昼寝してるからかな?」
「キーファの匂いだね。」
「…………そういう可愛いこと言うと、今すぐ食うぞ?」
「え? え? え?? ………………も、もしかして食べるって…………そういう、意味?」
「そういう意味。」
「………………っっっっ、え、あっ、いや、あの………………っっっ。」
「イヤ?」
「…………………………………………………………………………。
…………………………………………いじわる…………………………。」
「あーっ、もぅっ、やってなさいっ、どこまでもやってなさいっ!
でも、本当にやるなよ、そこっ、バカ王子っ!
行っておくけど、獣でも分別くらいはあるのよ!? あんた、こんな場所で押し倒したら、それこそ、ケダモノ王子って呼んでやるから!」
「………………? えーっと…………マリベルさん? 今から、何が起こるんでしょうか?」
「あんたは見ちゃダメ。」