100年に一度、その花びらを風に揺らす花は──世界樹の花と呼ばれて。
たった一つの奇跡を起こすのだと……そう、教えられた。
手に取った、可憐で華奢なソレを認めた瞬間、二人は、どちらとも無く呟いていた。
「ロザリーヒルへ、行こうか。」
カップリング マジック
双子勇者設定
兄:ユーリル
妹:リラ
愛するエルフの想いを、今度こそ受け入れた魔族の王は、正気を取り戻すことに成功した。
彼の手に、「進化の秘法」と呼ばれる物がすでに無く──彼の正気を奪い、姿を変えていたソレの名残に、「ピサロ」の理性が勝ったからだろうと、誰もが思った。
「……でも、まだ、終わったわけではないんだよね。」
涙を流し、そ、と寄り添うロザリーの肩を、震える手で抱きとめる男の、どこか切なくも悲しげな──けれど、慈しみに満ちた表情を見つめながら、ポツリ、とリラが呟く。
かすかに揺れる妹の眼差しを認めて、ユーリルは彼女の肩を、そ、と抱き寄せた。
逆らうことなく自分の腕の中に寄り添う妹に、彼は小さく囁く。
「──………………なぁ、リラ。」
自虐的な気持ちと、これでよかったんだとそう良い聞かせる理性と、色々ない交ぜになっているのを感じながら、
「これで僕達……仇を討てなくなったな。」
そう──呟いた。
「…………やだな、ユーリルは。」
どこか寂しい色を宿したユーリルの台詞に、リラは、苦い笑みを貼り付けて、笑った。
「そんなの──ずっと、前からじゃ、ない。」
「……………………。」
「イムルの村で──あの夢を見たときから、きっと私たち………………揺れ続けてた。」
この手だけが、全てだと、お互いに思っていた日々は、頼りがいのある仲間達を得て、薄れていった。
互いの手は、──あの運命の日に、地下室で握り合った唯一の手は、いまだに誰よりも大事なものであることには変わりなかったけれども。
「──これで、いいんだよ。」
自分の肩を抱くユーリルの手に、自分の手を重ねて……リラは、正面に立つ二人の男女を見据えた。
ソ、と銀の髪が揺れて──その白い面が自分たちを見据える。
赤い……血の色の宝玉の瞳が、ただ静かな光を宿している。
「──まさかお前たちが、このような方法を選ぶとはな……。」
低く零れた「冷静な声」を聞いたのは、どれほどぶりだろうか?
心地よい美声に、キュ、とユーリルとリラは唇を引き結んだ。
目の前の男は、自分がしたことを覚えている。
覚えているからこそ、自分たち二人のことを甘い人間だと思っているだろう。
「礼は言わんぞ。」
「あぁ……言ってほしくも無いしな。」
短く告げる男に、ユーリルはおざなりに頷いて……チラリ、とリラを見下ろした。
リラは、そんなユーリルに小さく頷いて──ク、と顎を引き落として彼を見上げる。
銀の髪を持つ男。
村に迷い込んだときは、始めてみる美貌に、目を奪われた。
何度見ても見慣れない顔は、それでもいつも、目の奥に焼き付けられていた。
「……一つ、教えてほしいの。」
リラは、キュ、と唇を引き締めて、彼を見据える。
仲間達が、ただ黙って自分たちのやり取りを見てくれることが、自分の背を後押ししてくれているように感じる。
無言で自分を見つめる男の赤い目に、ドクン、と一つ心臓が高鳴った。
ドクドクと鳴るそれを、飲み込んで──リラは、彼をまっすぐに見つめる。
「あなたは、今、デスピサロとしてロザリーの隣に立っているの?
それとも──ピサロと、呼べばいいの?」
──────イムルの村の夢で、彼が語った意味を、知っている。
魔法を扱う者にとって、「名前」がどれほど重要な意味を占めるのか、リラもユーリルも魔法の師から学んだし、ブライやミネア、マーニャやクリフトからも教えてもらっている。
だから、そう聞いた。
人を滅ぼすことを選んだときから、「デスピサロ」と名乗ることを選んだピサロ。
今、あなたは──どっちの「ピサロ」?
「────……ピサロと呼べ。」
リラの問いかけの意味を理解した男は、そう静かに答えた。
瞬間、ロザリーも彼が口にした言葉の意味を解し──その唇に、笑みを掃く。
「ピサロ様……っ。」
両手を胸の前で組み、ぽろぽろと涙を零し──零れた涙は、キラキラと光る紅の宝石に姿を変え、カツン、と地面に零れ落ちる。
満面の微笑を称えるロザリーの、本当に嬉しそうな顔に、ピサロは何も言わず、指の腹で彼女の涙を拭い取る。
「──そっか。
なら、僕たちは……お前の力を、借りたいと思っている。」
リラの強張った肩を抱く手に力を込めて──リラも、そのユーリルの手に手を添えて、彼と同じようにピサロを見据えて。
「目的は、同じでしょう?」
──────そう、告げた。
そしてこの日、めまぐるしいほど色々なことが過ぎていった日。
「村の仇」であった男は、「天空の勇者一行」の、協力者になった。
瘴気に満ちた闇に落ちた場所から戻ってきて、幾度目かの夜が過ぎていった。
進化の秘法で無理矢理進化を促されたピサロの体への負担は、思っていた以上に大きく──また同時に、最終的な目的である「エビルプリースト」を倒すためには、ピサロを含めた全員のコンビネーションが鍵だということで、逸る心を抑えて、もっぱらゴッドサイドの町で、戦いの経験を積む日々が続いている。
ゴッドサイドの町に滞在する日数も相当になっており、宿の主人には完全に顔も名前も覚えられてしまっていた。
そんな宿の一室──ユーリルの滞在している部屋に、リラはいつものようにやってきて、二人で天空の武具の手入れをしていた。
せっせと剣の刃を磨くリラの傍らで、床に直接座り込んだユーリルが、縦の傷をチェックしながら、不意にこう言った。
「リラ、お前さー、いいかげんピサロ諦めたら?」
あまりに唐突すぎて、リラは何を言われたのかわからず、キョトン、と目を瞬く。
「諦めるって……何が?」
軽く首をかしげる少女に、うん、だからさ、と、ユーリルは明日のお天気でも語るように軽い口調で、
「なにって、だってお前、ピサロのこと好きだろ?」
同じように首を傾げて、そう聞いた。
──いや、断定に近い口調だった。
あまりにサラリと言われすぎて、リラはその言葉に、へー、と頷こうとして──瞬間、兄が何を言ったのか理解した。
「…………っ! なっ、ななななっ、何っ、何言ってるのよ、ユーちゃんっ!?」
リラは、一瞬で頬を赤らめ、目を白黒させたり、唇を引き締めたり……ギュッ、と磨き布を握り締めて、叫ぶ。
そんな慌てふためく彼女に、ユーリルは兄ぶった態度で、したり顔で指先を突きつけてみせた。
「止めとけよ、アレはっ。だってピサロは、僕たちの仇なんだぞ、仇っ!」
子供に言い聞かせるように、キッと真摯な光を宿しながら諭すユーリルの勝手な言い分に、リラは眉を寄せて彼を睨み返す。
何よ──誰も、ピサロが好きだなんて、言ってないじゃないのっ。
「そんなの、忘れるわけないじゃない。」
そう──忘れるはずなどない。
自分とユーリルとシンシアと。
お父さんとお母さんと先生と師匠と。
そしてあの日村に迷い込んだ旅人──目が奪われるほどの美しい旅人に、何か話してほしいとせがんだのは、リラだった。
……そんなの、知ってる。
だって、きこりのおじいさんの布団の中で、一緒に包まりながら泣きあいながら──共に、仇を討とうと、「デスピサロ」の名を強く心に刻んだではないか。
──あの時は、まさか、「吟遊詩人の彼」が、「仇」だったなんて、思いもよらなかったのだけど。
「それに、別に私、ピサロのこと好きじゃ……あっ、もちろん、嫌いじゃないけど、でも、そういう好きとか、そういうのじゃないもん。それで言うなら、あたし、もっとずっとライアンさんとかトルネコさんの方が好きだもん。」
キュ、と唇を尖らせながらそう言うけれど、ユーリルは盾を磨くのを止めて、呆れたように眉を寄せるばかりだ。
「ウソつけよ。お前、最近いっつもピサロのこと目で追ってるじゃん。」
非難の色がこもるのは、ピサロが仇だと言うせいじゃない。
単に、可愛い可愛い双子の片割れが、あんな男に目と心を奪われているのが許せないだけだ。
それを自覚しながら、ユーリルはリラを正面から見つめた。
「僕が、リラのことに気づいてないと、そう思ってるのかよ?」
あの目は、絶対、怪しい。
そう言って、ユーリルは指先をリラの鼻先に突きつける。
今にも触れそうに触れてきたユーリルの指を、リラは両目を寄せて見つめる。
「そっ、それは、えーっと──その、あの銀色の髪がきれいだから、触りたいなー、とかっ。」
白い頬を赤く染めながら、どもりつつ呟くリラに、ほらミロ、とユーリルは自信満々に言い切ってやった。
「そーれが恋の始まりだって言うんだよ。おにいちゃんは語るぞ。」
絶対、恋だ。
今度は、ビシリっ、と指先を目の前に突きつけて、そう断言するユーリルに、リラは目を大きく見開いて──すぐに、その頬を赤く染めた。
「えっ、なっ、何言ってるのよっ。」
違うっ、絶対に違うもんっ!
ばんっ、と、磨き布ごと床に手の平を叩きつけて、キッ、と睨みつけるリラに、大人ぶった顔でユーリルは彼女の額をツンと突付いた。
「僕だって、最初は髪に触りたいなー、から始まったし、お前は僕の妹なんだから、ソコから始まってもおかしくないって、やっぱり。」
余裕めいた顔で笑うユーリルに、リラはムッと眉を寄せた。
それから、前かがみになった上半身を戻すと、ゆっくりと腕を組む。
「ユーちゃんの場合は、『初めて見たっ、こんな髪の色っ!』とか言って、寝てるのに堂々と触ってたじゃないの……。」
ジロリ、と睨み上げるリラに構わず、ユーリルは楽しげに声を弾ませる。
「寝顔もキレイだったしな〜♪」
その、酷く楽しそうな声に、リラは自分の皮肉が通じてないことを知った。
──そりゃ、確かに自分も、ユーリルと同じように、なんてきれいな髪だろうだとか、キレイな顔をしているだとは思ったけど。
「──私、19年生きてきて、ユーちゃんが実は女よりも男派だったなんて、初めて知ったわ……。」
イヤミったらしく、頬に手を当てて、はぁ──とゲンナリした吐息を零す。
そんな妹に、ユーリルはブッスリと唇を尖らせた。
「何言ってるんだよ。そりゃ僕の台詞だよ。
僕だって、リラが実は人間より魔族派だったなんてはじめて知ったよ。」
「だっ、だからっ、私は別に、ピサロが好きだなんて言ってないー!」
ググッ、と身を乗り出して、リラはバンバンと床を叩いて叫ぶ。
けれど、ユーリルはその声をまったく聞いていなかった。
──いや、聞いてはいるのだが、リラのうそ臭い台詞をまったく信じてはいないのである。
「僕は、弟になるなら、ピサロよりもアリーナみたいなタイプがいい。」
確かに、ユーリルはアリーナと仲がいいから、兄妹の関係になっても上手くいくことは間違いないだろう。
それ以前に、アリーナは女で、自分も女なのだと──そう言いかけて、リラは、はぁ、と溜息を一つ零した。
同じ母の腹から生まれて20年近くになるが、ユーリルが性別にこだわらない人間だということを、つい最近知ったばかりなのだ。
つまりユーリルは、冗談ではなく本気で、「アリーナが妹になってもいい」と思っているという可能性が無いわけではない。
「──……私は別に、お兄ちゃんになるなら、クリフトでいいわよ?」
ユーリルが何を考えているのかは考えずに、リラはとりあえずそれだけを口にした。
下手なことを言って、ユーリルの「恋」に反対されていると思われても、困るし。
そんな、どこか諦めを交えた彼女に、ユーリルは酷く嬉しそうに笑った。
ニッコリ、とほころぶように笑うユーリルの笑顔は、村を出た後、ずっと長く見ることが適わなかったソレだ。
イツ頃から、そんな笑い方を取り戻したのだろうと思えば──やっぱり「彼」の存在だろうとは、予測がついた。
「ほらみろ、僕の選択は正しかった。」
「選択というか、ユーちゃんの場合は、ただの一目ぼれじゃない。」
呆れたように呟いて、リラは放り出していた磨き布を片手に、天空の剣を再び手にした。
何はともあれ、これで話は「自分がピサロに惚れている」ということから大幅にずれていくだろう。
リラはそう、ホッと胸を撫で下ろしながら、今日もユーリルのノロケ話に耳を傾けるかと、そうノンビリと思った瞬間だった。
「──はっ、そっか、そういえばそうだよな。」
ユーリルは、ハッ、と何かに気づいたように目を見張った。
ワンテンポ遅れたその動作に、リラはクスリと小さく笑う。
「でしょ、ユーリル? ユーリルはシンシアを見てきたから、面食いなんだって。」
でも、さすがに、男に一目ぼれするなんて思わなかったなー、と、そう続けて──リラは、不意に口をつぐんだ。
キレイな顔に一目ぼれ、と言う言葉に、フッ、と自分の脳裏に浮かんだ顔があったのだ。
その顔は、確かに整っていた。
しかも、極上とたとえられるほど美しく、だ。
確かにリラ自身も、昔からユーリルやシンシアの顔を見てきたから、面食いだなー、とは思うけど。
しかも、ミネアやマーニャやアリーナやクリフトの顔を見慣れすぎて、その面食いに磨きがかかったという自覚はあるけれどもっ!
ピサロは確かに顔はきれいだとか思うけど……っ。
「……違うもんっ、私、絶対、違うもん……っ。」
コレは、「恋」なんかじゃない。
絶対、絶対、違う……っ。
剣を握り締めて、リラが自分の心に強くそう良い聞かせていると、不意にユーリルは顔を輝かせて、そんな彼女の肩を正面から掴み取った。
かと思うや否や、
「リラ、お前、ピサロと結婚することは許さないけど、お前の魅力で落とせっ!」
そう──叫んだ。
突然のユーリルの台詞に、リラは、目を丸くして──え、と、小さく呟く。
「だから──って、えっ、ど、どうしてそうなるのっ!? だから私は別にピサロとは〜っ。」
自分の思っていたことを読まれたのかと──そう、双子は時々そういうことがあるのだから、油断が出来ないのだ。
慌てふためくリラの気持ちをわかっているのかわかっていないのか、ユーリルは彼女の肩を強く握り締めて、その目を覗き込んで、キッパリと言い切る。
「恋敵は今のうちに落としておくに限るんだっ!!」
その目は、真剣であった。
一瞬、その目に飲まれかけたリラは、ユーリルの台詞に強く眉を寄せた。
「こ、恋敵って……え、えっ、何っ、それ、どういうことっ!!?」
叫ぶリラに、ユーリルは自信を持って断言した。
「絶対ピサロは、僕のクリフトを狙ってる!」
目も顔も表情も、何もかもがマジだった。
リラは、その走りすぎているのではないかと思うほどに、真剣極まりないユーリルの台詞に、零れんばかりに目を見張った。
「ちょっとユーちゃんっ、勝手にそうやって決め付けるのもどうかと思うけど、僕のクリフトって何っ!? ユーちゃん、まだクリフトに片思いでしょっ!? それとも、両思いになってたって言うのっ!?」
そう、自分が知る限り、ユーリルはクリフトに片思いをしていて、クリフトはアリーナ以外見えていなかったような──いや、もともとクリフトは博愛主義者であったから、強引に甘えてくるユーリルにも優しくしていたようだったけど。
ただのユーリルの嫉妬、だよね? と、恐る恐る尋ねたリラにしかし、
「この間の僕の誕生日。」
キッパリハッキリとユーリルは答えた。
ニヤリ、と、白く輝く歯を見せて笑ってくれながら。
瞬間、リラは、
「──……っ! ゆ、ユーリルに先を越されちゃうなんて……っ。
酷い、クリフト、私に教えてくれてもいいのに……。」
キリリ、と悔しそうに唇を噛み締めた。
そんな彼女に、ユーリルは嬉しそうに口元をほころばせて、断言した。
「照れてるんだって、クリフト、シャイだから〜。」
一体、どこからどこまでが本当のことなのかしら、と、リラは唇に指先を押し当てて、ジ、とユーリルを見上げる。
ユーリルはユーリルで、嬉しそうに笑いながら──あぁ、ようやくリラにしゃべれたぜ、と満面の笑みである。
その顔を見ていると、どうやら本当のことらしいと、リラは小さく呟く。
「──いつのまにやら、クリフト、落ちてたんだ……。」
どこか、ガックリとした響きの宿った声であった。
そこへ、
「────…………あの……お二人とも…………。」
小さく、か細い声が──部屋の隅から、掛けられた。
ユーリルとリラの二人が、声がした方角を振り返ると、非常に居たたまれない表情で、青年がベッドに腰掛けてコチラを見ていた。
ユーリルの同室である彼は、実は最初から自分のベッドに腰を掛けて、ずっとユーリルとリラの会話をバックミュージックに、読書に励んでいたのである。
「私も部屋に居るので、あんまりその……居たたまれない会話はして欲しくないんですけど……。」
困ったように眉根を寄せる青年の膝の上には、分厚い本が一冊置かれている。
今の今まで読書していたことを示すように、本は中途半端な場所で開かれたままであった。
「アレ、クリフト、もう読書はお終い?」
「お終いなの?」
ユーリルとリラは、まるで揃ったかのように首を傾げる。
さすがは双子である。
その、無邪気にしか思えない態度に、クリフトは小さく溜息を零してから、苦笑を唇に刻み込んで二人を見やった。
「──お終いにしたくないんですが、話している内容がどうしても気になるんです……っ。」
一体どうしてこういう会話になったのだろうと、クリフトは目元を薄く赤らめながら、ジロリ、とユーリルを睨みつける。
「ユーリルも、おかしなことをリラさんに言わないでください……。」
しかし、ユーリルは、自分の会話のどこが「おかしなこと」なのか理解できていなかった。
それどころか、ようやくリラにそのことを話すことが出来て、嬉しさが滲み出た微笑で、
「えー、なんで? だって僕とクリフト、ラブラブだろ?」
明るく、笑って見せてくれた。
「──……っ。」
思わずクリフトは、拳を握り締めて、怒鳴りつけたいのを堪えた。
何せ、この部屋にはリラが居る。
下手なことを叫んで、自覚のないユーリルの口から、更なる余計なことを零されては、困るのである。
なんとかその衝撃を堪えて、ふぅ、と細く溜息を零しながら、髪を掻きあげる。
「あのですね……っ。」
なんとか心を平静に保ちながら、クリフトは笑顔を浮かべてユーリルとリラを見やる。
するとその視線の先では、仲の良い兄妹がじゃれていた。
「えー……いいなぁ……私も混ぜて?」
リラが、ユーリルの袖をクイクイと引き寄せながら、甘えるような声を上げる。
その彼女の髪を、クシャクシャとかき乱しながら、酷く嬉しそうな顔で、ユーリルはリラに笑いかけた。
どこか甘さを含む声と笑顔で、
「だぁーめ。クリフトは僕のなんだから。」
コツン、とリラの額に自分の額を当てる。
瞬間、クリフトはそのまま布団に倒れた。
ばふっ、と小さな音を立てて、クリフトはシーツの感触を後頭部に感じつつ、小さく──シーツに埋もれるように小さく、声を漏らした。
ころり、と横に体を転がすと、柔らかな布が頬に触れた。
「──……っ、……あー…………もぅ、好きにしてください。」
小さな呟きは、ただシーツに埋もれ──そんなクリフトを他所に、再びリラとユーリルは、軽やかな会話を始めた。
しばらくして、再びベッドに体を起こして読書を再開し始めたクリフトの元へ、飛び跳ねるようにしてリラがやってきた。
どこか決意を滲ませたリラは、弾むような声でクリフトの名を呼ぶ。
「クリフト、クリフトっ。」
「……はい? どうかしましたか、リラさん?」
ふ、と本の世界から舞い戻ってきて顔をあげると、ユーリルがリラの向こうで武具の手入れ用品を片付けているのが見えた。
二人の誕生日のときにライアンからワンセットプレゼントされたというソレは、二人のお気に入りの道具で、使うたびに丁寧に仕舞いこんでいる品物である。
読みかけていた本に栞をはさみこみ、パタン、と閉じて首を傾げて尋ねると、リラは、
「あのね、あのねっ、私、頑張ってピサロを誘惑するからっ!」
両拳を握り締めて、そう宣言してくれた。
思わず、クリフトの手から本がバサリと音を立てて崩れ落ちた。
「……りっ、リラさんっ!?」
なぜっ、どうしてそうなるのだと、目を見開くクリフトに、リラは拳を上下させて、さらに誓う。
「私、クリフトがお兄ちゃんになってくれるなら、協力は惜しまないよっ!」
キッ、と輝く眼差しには、いつになく輝いていた。
戦闘中に良く見るこの輝きが、彼女の決意の表れだとわかっていたからこそ、クリフトはパクパクと口を開け閉めして、彼女の顔を見下ろす。
一体、何の話をしていたのだ、ユーリルもリラもっ。
そう思いながら、キッ、とユーリルの方を睨みつけるが、その視線のすぐ下で、
「大丈夫、マーニャから男を陥落させる方法聞いてくるから、私、頑張るっ!」
そんな危ないことをリラが口走るので、慌ててクリフトはリラに視線を戻し、彼女の肩を掴んだ。
「いえっ、頑張らなくてもいいですからっ! というか、ソレはユーリルの勘違いですからっ、だから、頑張らなくてもいいですよ!?」
悲鳴にも近い説得だった。
「勘違い?」
不思議そうに目を瞬かせるリラに、そうです、とキッパリとクリフトは言い切る。
すると、リラの背後から、ユーリルの声が飛んだ。
「勘違いって何だよっ、最近クリフト、ピサロと仲いいじゃん。絶対あれは怪しいっ!」
その言い切りが、一体どこから来ているのかと、クリフトはリラの肩から手を離して、はぁ、と溜息を零して髪を掻き揚げる。
「私もピサロさんも使える呪文が同じものがあるでしょう? ですから、効率よく使う方法をお互いに考えていたんですよ。」
「えーっと……ベホマラーとザオリク? 後、ザラキ関係もそうよね?」
打てばか返るように答えてくれるリラに、ええ、とクリフトは頷く。
「ピサロさんは、本当に上手に剣と攻撃魔法と回復魔法を使いこなせますので、色々とコツを聞いたり──あと、ピサロさんから、回復魔法のコツを聞かれたりとかしているだけですよ。」
それに、ピサロさんとそういう戦闘のことに関しては、ミネアやマーニャ、ブライやライアンたちとも良く話しているところは、ユーリルだって見ているはずだ。
何よりも、一番彼と打ち合わせをしているのはユーリルとリラの二人のはずなのだけど──、何を、くだらない嫉妬をしているのだろうか。
というよりも、本気か?
「僕だって、クリフトと同じ呪文使えるもーん。」
ツーン、と顎を上げて、子供じみたすねっぷりを見せるユーリルに、
「え、でもベホマとかベホイミとかなら、私もミネアも使えるよ??」
リラが、天然に突っ込んでくれた。
途端、ガックリ、とユーリルが見てわかるほど頭を落とす。
かと思うや否や、ユーリルはダッと床を叩きつけるように体を起こし、そのままクリフトとリラのもとまで駆け寄ってくる。
バッ、と、両手をそのままベッドにつけて、ユーリルはベッドに腰掛けるクリフトを覗き込むように、
「──……クリフトっ、僕とクリフトだけしか使えないような、何かとかないのかっ!?」
そう、叫んだ。
「ユーちゃん……男の嫉妬は、みっともないんだよ?」
「うるさい。」
クリフトの前に立ったまま、呆れたように自分を見下ろすリラに、床に両肘をついた体勢で、ユーリルは軽く唇を尖らせた。
そんな彼を見下ろして、ふぅ、とクリフトは小さく溜息を零す。
「──ピサロさんは、べつに私とだけそういう相談をしているわけじゃないですよ?」
だから、ソレはやっぱり、ただの『勘違い』だと、クリフトは疲れたような笑みを浮かべる。
そんな彼に、だってさぁ、とユーリルは零しながら、ゆっくりと身を起こし、ドスン、とクリフトの隣に腰を落とす。
「でも、ピサロ、クリフトと居るときは笑ってるもん。」
──いや、それは……ただの愛想笑いだ。
見ていてわかるはずのことを、どうしてこうもユーリルは……と言いかけて、その色眼鏡の掛かった見方は、長い片思い生活を抱いていた身としては、わからないでもあに。
わからないでもないが──自分は、これほど人様に迷惑をかけた覚えはないと……思うのだけど。
「………………──────リラさん、なんとかなりませんか、この人?」
思わず、普段、ユーリルやアリーナに言っていることを棚にあげて、クリフトは隣に座った少年を指差し、顰めた顔でリラを見た。
リラは、うーん、と考えるように顎の下に手を当てて、困ったように首を傾げる。
そして、逆にクリフトからのお願いを、「お願い返し」で答えた。
「えーっと……ユーちゃん、拗ねてるだけだから、クリフト、甘えさせてあげて? いっつもユーリルがこうなると、お母さんとかシンシアが甘やかすの。」
お願い、と、可愛らしく両手を胸の前で合わされて、無言でクリフトはユーリルを指差したまま固まった。
「…………。」
チラリ、と視線だけを横によこすと、
「甘やかして、クリフト〜。」
「甘やかしてあげて、クリフト。」
へら、と笑うユーリルが、ピタリ、と甘えるように背中から抱きついてきた。
へへ、と小さく笑って頬を擦りつけてくるユーリルの髪が、フワフワと頬に当たる。
「…………私は結局、貧乏くじですか……?」
げんなりとした顔で、クリフトは自分の肩に乗せられた彼の顎の重みを感じつつ、ふぅ、と小さく吐息を零した。
「なんだよっ、僕の相手は貧乏クジ?」
拗ねたように唇を尖らせるユーリルに、クリフトはポンポン、と彼の頭を軽く叩いてやる。
「貧乏クジじゃないですか、まったく──ほら、ユーリル、離れてください。邪魔ですから。」
甘やかされてポンポンと叩かれているのか、本当に邪魔だから退けというサインなのかわからないまま、ヨロロ、とユーリルはクリフトから離れて、バフ、と布団に突っ伏した。
「ジャーマー、……って言われた……リラ。」
弱弱しくリラを見上げて、お前からもクリフトに訴えろ、という視線を送ってみたが、しかし妹は、兄に非常に冷たかった。
「うん、ユーリル、邪魔だよね。」
軽く首を傾げて、ニッコリ笑っての、即答であった。
ガックリ、と肩を落とし、ユーリルはうな垂れて腕に顎を埋める。
「──冷たい妹だな。」
「ユーリルだって、ずいぶんなこと言ってたじゃないの。」
もぅ、と、怒ったように唇を尖らせるリラに、そりゃそうだけどさぁ……と、ユーリルがイジイジと布団に「の」の字を書くに至って、リラはヒョイと首を竦めた。
ココまで来たら、自分の手には負えない。
というよりも、ココまで拗ねたユーリルを慰めるのは、自分の役割じゃない。
「さぁってと、私はそろそろ行くね、クリフト。邪魔してごめんね。」
言いながら、リラは顔の前で軽く手を立てる。
後、ユーリルをよろしく、というサインである。
クリフトは、そんなリラを見上げて──少し、疲れたような表情を宿したが、
「いえ、こちらこそ何のおもてなしもできませんでして。」
そう呟いて──、柔らかな微笑を浮かべて、小さく頷いて見せた。
リラは、お願いね、と唇だけで呟いた後、
「ううん、ぜんぜんいいよ。──それじゃ、おやすみなさい。」
ヒラリ、と手の平を振った。
そのまま扉に向けて身を翻すリラに、クリフトは頷いた。
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみ〜。」
布団に突っ伏したまま、ユーリルもヒラヒラと手を振る。
リラはその手を見て──少しだけ、寂しげに笑った。
────拗ねるユーちゃんを慰めるのは、昔も今も、私じゃ、ないね。
パタン
小さな音がして、すぐにパタパタとリラが遠ざかっていく気配もした。
それらを認めて、ゆっくりとクリフトはユーリルを振り返った。
クリフトのベッドで、パタン、とうつぶせに横たわっているユーリルが、ん? と顔を見上げてくるのに、じろり、と鋭い眼差しを落とす。
「──さて、ユーリル? どういうことなのか、少し説明していただけますか?」
「え、何が?」
頬杖をついて、ユーリルは不思議そうに首を傾げる。
そんな彼に、リラがいたおかげで口にできなかった憤りに、クリフトは白い頬を朱色に染めた。
「何が、じゃないです、何が、じゃっ! 勝手に色々言ってくれて、もう! 怒ってるんですよ、私はっ。」
「……? あぁ、クリフトが僕に根負けして、三日に一度は許してくれること?」
ごつんっ!
言葉が終わると同時に、クリフトは目一杯力強く握り締めた拳を、ユーリルの頭の上に落とした。
「……余計なことは言わなくてもよろしい……っ。」
──まったく、本当に、なんていうか。
リラとユーリルの兄妹が仲がいいのはいいことなのだけど、あまりに開けっぴろげなのも困る。
「はーい──あ、なぁなぁ、クリフト?」
良い子の返事をして、ユーリルは無邪気な仮面をかぶったまま、ニッコリとクリフトを見上げる。
「なんですか?」
首を傾げて見下ろしてくるクリフトの服の袖を摘んで、クイ、と、ユーリルはソレを引っ張って、微笑を深くして──悪戯気に、目をクルンと揺らした。
「あのな──今日、三日目?」
「……………………………………──────〜〜〜っ。」
一瞬、眩暈を覚えて、クリフトは手の平で顔を覆い尽くした。
強く、眉を寄せて──目を閉じて、小さく何度か深呼吸を繰り返す。
そして、
「………………先にお風呂に入ってらっしゃい。」
今度は、強くユーリルの頭を平手で叩いた。
バシンッ。
「いたっ。」
先ほどの拳とは違う、容赦のない平手打ちに、ガクンッ、とユーリルは顎を落とした。
そのまま布団に突っ伏して、慌てて起き上がろうとした刹那、
「──後で……。」
小さく──小さな声で、クリフトがユーリルの髪に、指先を絡めた。
驚いて顔を上げると……視線の先で、頬を赤らめて、クリフトが微笑んでいた。
驚いたのは一瞬。
「! ……うんっ。」
ユーリルは──本当に嬉しそうに顔をほころばせて、満面の微笑を浮かべて見せた。
えーっと──SSSダイアリーで書こうかと思っていた、女勇者→ピサロの話で、双子勇者だったら、もっとお軽い雰囲気になるかなー、って思って書いたものです。
ところが、何がどう間違ったのか、勇クリになっちゃったので、コッチ行き〜(笑)。
え、いつのまに両思いなんですか?(大笑)
勇クリの場合、勇者が甘えん坊パターンは珍しいらしい……。
っていうか、甘えすぎっすねー。精神年齢はもう小学生レベルですか。
いいもーん、クリフトはお兄さんじゃないと萌えないんだもん(笑)。
ちなみに、アリーナはクリフトのことをお兄さん以上には思っていません。
そして、双子勇者の勇クリの場合、なぜか二人の関係は周知らしいですよ。
↓
アリーナ「あら、リラ、お帰りなさーい。
またユーリルのところに行っていたの? 仲、いいわよね、二人。」
リラ「アリーナも一緒にくれば良かったのに。」
アリーナ「んー──最近はちょっとね、クリフトとユーリルの仲を邪魔しちゃ悪いかなー、って思うようになってきたの。」
リラ「えっ──そ、そっか……そうだよね、二人っきりを邪魔しちゃダメよね……私ったら、なんてことを……………………って、アレ? アリーナ!? わたし、ユーちゃんがクリフトのことを好きだって言うのは、前から知っていたけど、アリーナは知らなかったんじゃなかったっけっ!?」
アリーナ「知ってるわよ、やだなーっ! だって、ユーリルったら、あからさまじゃない! それに、クリフトも分かりやすいしね〜。」
リラ「がーん……分かりやすいんだ……私、今日言われるまで、気づかなかった…………。」
アリーナ「あっ、で、でもねっ、えーっと、私は、クリフトとずーっと一緒に居たから、クリフトの行動パターンとか考えとか、だいたい分かるし……っ、うん、分かるから、分かったんだしっ。」
リラ「わたしだってユーリルとずっと一緒に居たけど──……あー、うー……。」
アリーナ「──んー……でも、私も、ユーリルにクリフトを取られるのは癪だから、5回に4回は邪魔してあげるつもりだけどね♪」
リラ「えっ、それっていつもって言わないっ!?」
アリーナ「うん、いつもよー? あたりまえでしょ! 兄のように慕ってたクリフトには、可愛いお嫁さんを貰ってもらおうと、ずーっと思っていたのに、まさかユーリルなんかのところにお嫁さんに行く羽目になっちゃうなんて、とんでもないわ!」
リラ「えーっと、なんかって言われても……私の兄なんですけど……。」
アリーナ「あっ、でもそうすると、私とリラも、義理の兄弟みたいな感じかしら? クリフトは私の乳兄弟だし、ねー?」
リラ「えっ、そうなるの? ぅわー、それじゃ、私がお姉さん?」
アリーナ「それは絶対違うわ。私がお姉さんよ。」
リラ「えーっ、でも、誕生日は私の方が先だし…………。」
マーニャ「──あの子たち、本気かしら?」
ミネア「というか……いいのかしら……クリフトさんとユーリルが、そーゆー関係でも。」
マーニャ「最近の子はドライねー。」
ミネア「──そうね……。」