君と一緒に旅に出よう

「傷ついた分だけ……」のGED後の設定です。








1 キーファ&マリベル



「すごい──島影がたくさん見えるぜ。」
 うん、と一つ頷いて、青年は額に手を翳して眼を眇めてみせる。
 遠く煌く水平線に埋め尽くされていた場所が、陽炎のように揺れる島影に支配されている。
 空と海とが繋がる場所が、以前記憶していたものよりも、ずっと少なくなっていた。
「うーん、さすがはアルスだな。」
「何わけのわからないことで感心してるの、あんた。」
 甲板の手摺に肘を立てて、遠のいていくグランエスタードを振り返りつつ呟いた瞬間、あきれたような声が頭上から降ってきた。
 見上げると、二階の甲板から階段を降りてくる少女──煌く太陽の下、オレンジ色の髪を揺らし、離れていた時間と比例して美しく成長した娘が立っていた。
「よ、マリベル。」
 軽く挨拶すると、彼女は美貌を損なわない程度に眉を寄せて、軽く肩を竦める。
「太陽王子はご機嫌麗しゅう。」
 そして、嫌味かと思うほど恭しく、階段の上で一礼してくれた。
 どこで身につけてきたのかは分からないが、グランエスタードでよく行われる略式の礼ではなく、優美な形の正式な礼式だった。
「──それ、褒めてるのかよ?」
「そう思うなら、あんたの脳みそは随分お気楽ね。」
 世界の英雄の一人──可憐で凄腕の魔術師だとあがめられて遜色ないはずの美少女は、そんな掛け合いを楽しむように喉を揺らして笑ってみせる。
 そしてそのまま、階段を降りてきて、「太陽王子」の隣に立った。
「で、どうなの? 感想は?」
 ニヤリ、と笑う表情に、キーファは昔の少女の面影をアリアリと感じ取る。
 再会したときは、なんて美しくなったものだと、幼馴染として感嘆と感動を覚えたものだが──口を開かなかったら、引く手あまたであることは間違いないだろう。
 どこかの町で、かっこよさNO.1に輝いたとかも言っていたような覚えがある。
 そう自慢げに囁いたマリベルよりも、隣で、「マリベルの授賞式、格好良かったんだよ。」と笑っていたアルスの可愛い微笑みに目を奪われていて、スッカリ記憶から抜けていたが。
「勇者様って呼ばれてても、やっぱりアルスはアルス──可愛いなー。」
「……………………………………………………。」
「──────────────。」
「……………………バカ?」
 わざわざ掌で、クルクルパー? とまでして首を傾げてくれるマリベルに、キーファは笑ってみせる。
「いいじゃん、アルスバカ? お前も仲間だし?」
 微笑むキーファに、マリベルは最高に嫌そうな顔を浮かべてくれた。
「あんたみたいな溶けてる脳みそと一緒にしないで欲しいわよ、ホント。
 ほら、いくわよ、キーファ。」
 ひらり、と掌を上にして差し出してくれる。
 その手を見下ろして──キーファは軽く首を傾げる。
 そんな彼に苛立ちを覚えて、マリベルはヒラヒラと掌を上下させる。
「さっさと手を取ってくれない? このマリベル様が、裏切り者と仲直りしてあげようなんて、めったにないシーンなんだから?」
「…………裏切りものー?」
「裏切り者。」
 しれっとして笑ってみせるマリベルに、キーファは苦虫を噛み潰したような表情になった。
 つまり、何?
「仲直り、ね。」
 どこか乱暴な手つきで、キーファはマリベルのその手を取った。
 マリベルは、ギュ、と強く握り締めてくるキーファの手に、強く眉を顰めて不快を示して見せたが──ゆっくりと息を吐いて、その手を握り返した。
「ま、これからもよろしく?」
 ニヤリ、と笑うキーファに、マリベルは眼だけをチラリとあげて……それから、ニッコリと笑って見せる。
 花が解けるような美貌に、キーファの目元が緩んだ。
 マリベルは、キーファの気が緩んだ瞬間を狙って──思い切りよく、握り交わした手とは逆の手を振り上げた。
 ばっちんっ!!
「数年分の利子は、次回までとっておいてあげるわよっ!」
 一度はバトルマスターまでマスターした少女の、一見華奢にしか見えない腕から繰り出される一撃は──凶器だった。
「……っ、たぁぁぁっ!」
「ふんっ、いい気味だわっ。」
 その衝撃で離れた手をフリフリ振りながら、マリベルは頬を抑えているキーファに背を向けた。
 そのまま、手加減抜きに殴り飛ばした手を、ヒラヒラと潮風に晒しながら、再び階段向けて歩き出す。
「……ったく……今度、アルスを置いてったら、神様ですら倒した伝家の宝刀、炸裂させてやるからね。」
 捨てセリフにしては、小さく口の中だけで呟かれる。
 そんな声に、思い切りよく吹き飛ばされたキーファは、反対側の甲板の手摺に背中を押し付けつつ──男前な顔で、ふやけたように笑って見せた。
「──わりぃけど、それ、食らうのは、一生ねぇぜ、マリベル?」







2 アイラ&アルス



「進行方向は大丈夫そう……。」
 地図を開いて、風を見て──ヒタリ、と前を見る彼の後姿に、アイラは微かに微笑を口元に上らせた。
 一番最後に彼の仲間に加わって、今の今まで一緒に過ごしてきてはいたけど……昔から一緒に居たような、そんな不思議な雰囲気をさせる少年だと、そう思って来たけれど、今は少し──否、だいぶ違う感情を抱いている。
 なんと表現したらいいのか──年下のご先祖様とでも言おうか。
「さすがに、アルスを『お母さん』って呼べないわよねぇ…………。」
 いくら、自分のご先祖様の現恋人であっても、だ。
 小さい呟きは、口の中で消えただけのはずだったのだが、真剣に船の進路を取っていたアルスが、ふとこちらを振り返った。
 思わず、聞こえたのかしら、と、アイラは口元に手を当てて彼を見やった。
「? さっき、何か呼んだ、アイラ?」
 軽く首を傾げるアルスに、何も、とアイラは片手で答える。
 それと同時、なんだか旅をしていた当初より、気を張った部分がなくなっていると気付く。
 それに柔らかい笑みを浮かべながら、アイラは緩くかぶりを振って見せた。
「いいえ、何も。──最初の目的地は何処なの、アルス?」
 そのまま、とん、とアルスの隣に立って、彼が覗き込んでいた地図を見やる。
 風に靡く手を片手で留めながら見下ろした地図の上──不思議の地図に刻まれた島数は、もうこれ以上増えることもない、完璧な世界地図を映し出している。
 そのどの大陸にも、ポツン、とにじみ光るような町の徴。
 この数だけ冒険をしたきたのだと思うと、今も何か心躍った。
「キーファが言っていたけれど、墓を見たいって言っていたわよ。
 とすると、ユバールの休息地かしら?」
 私のご先祖様が眠る地。
 あそこでアルスたちと出会い、星を眺め、一緒に眠った。
 また、そうしてみんなで横になるのもいいかもしれない。
 そう思うと、アイラは自然と唇に上る微笑を止められなかった。
 そのままの笑顔で、アルスを見やると──であった頃よりも、背も高くなり、精悍な面差しを宿すようになった少年は、照れたように笑み、今自分たちが居るだろう海の上から、ツイ、と、少しだけ指先を動かせた。
「移民の町……かな、って。」
 言いながら、顔を上げた先──舵取りのこの場所からでも良く見えるすぐソコに、エスタード島から見失うことがありえないほどに近い島がある。
 そこに、アルスの言う移民の町があるのだ。
 自分が旅に加わったときには、もう小さな町になっていたけれど……マリベルに聞いた話では、最初は本当に何も無い場所だったのだという。
 ──過去の世界では、とても悲しい運命が広がり、救うには遅すぎた町だったとも、言っていた。
 過去にいけるから、全てが救えるわけじゃないことを──私達は、思い上がった心を突き落とされる感覚と共に知ったと、彼女は苦く笑って、でも前を見据えて告げたのだ。
「移民の町? またすぐ近くに進路を取るのね?」
 そんなたわいの無いことを思い出しながら、アイラはすぐ間近に迫って見えた島影を見つめる。
 そう言えば、今は何の町になっていただろう? 移民の町は、そこに居る人達によって、ドンドン作り変えられていくから──それはまるで、人の生き様のようで、アイラは軽く目を眇めて、かすかに見える町並みを見定めようとする。
 アルスは、風の具合を確かめながら、船着場に進路を取りつつ、苦く笑みを広げた。
「──……神様に、まだお礼、言いに行ってなかったから。
 ほら、キーファが来て、色々と、忙しくて。」
 ルーラで飛べば、一瞬だったのだろうけど──でも、なんだかソレはしたくなかった、と、そう続けて言うアルスの横顔に滲み出る喜びの色に、幸せボケよね、と、アイラは軽く笑った。
 アルスの、照れたように浮かんでくる微笑が、なぜだか嬉しくて仕方がなかった。
「……………………………………………………ああ、ソッチの方。」
 そんなアルスに見とれていた気持ちを隠して、アイラは変な納得の仕方で、クルン、とアルスに背を向けた。
「? ??? え、何が?」
 アルスが、不思議そうにそう問いかけてくるのを待っていたように──アイラは、肩ごしにアルスに悪戯げな視線を飛ばせて見せる。
「私はてっきり、神様の前で愛を誓うのかとおもちゃったわ……。」
 瞬間、ボンッ、と音が立つかと思うくらい、真っ赤に染まるアルスの顔に、してやったり、とばかりにアイラは笑みを満面に広げた。
「────…………!!! えっ、なっ、そ、そんなこと、ないよっ!?」
「ふふっ、別にいいのよ? ほら、今はちょうど、愛を誓うのに最適な大聖殿になっていることだし、ね?」
 ほら、と親指で指し示す方向──島影の上に建って見えるのは、確かに大聖堂のメインとなる建物の影だ。
 あれがグランドスラムなら、チカチカと昼間っから光ってしょうがないものが見えるのである。
「ち、違うってばっ! アイラ〜っ!!」
 慌てたように目尻を吊り上げて叫ぶアルスの──戦闘時には怖いくらいに綺麗に研ぎ澄まされる目が、今は照れと恥じらいに染まりきっている。
「あらやだ、もう着いちゃいそうね。ご先祖様にも言って来ないと。すぐに目的地に着いちゃうわよ、と。」
「アイラっ!」
 からかうように、裏の意味も含めてそう呟くアイラに、アルスが名を呼んで怒鳴りつける。
 アイラは、クスクスと……零れ出てくる微笑を噛み殺して、アルスを振り返った。
 少し怒ったような、照れたような──そんな顔にぶつかって、彼女はとろけるような微笑を浮かべる。
 あぁ……なんて心地良い、平和の風景。
「────…………でも、良かったわ。」
 今あることへの憂いも、未来への不安も、何もかもがただ抱え続けなかった頃の、厳しく辛かった旅とは違って。
 今、自分たちが立つ場所は、喜びに満ちている。
「え?」
 唐突に呟かれたアイラのセリフを理解できず、首を傾げるアルスに、うん、とアイラは一つ頷いた。
「アルス──もう、私を見て、泣きそうな顔をすることが無くなったんですもの。」
 それは、アイラがこっそりと、自分の胸の中だけにしまい続けてきた秘密。
 グランエスタードに初めて訪れた時から、なんとなく感じていた「懐かしさ」の正体を探るうちに気付いた──アルスが隠そうとしていた、心の奥底。
 普段はアルスも、綺麗に隠していたけれど、ふとした拍子に出る表情が……リーサたちの見せるそれに似ていて、でもそれ以上に痛みを伴うほど切なくて。
 アイラは、どうしてもそれを誰にも口に出すことが出来なかったのだ。
 ただ、リーサや、マリベルや、マーレたちが時々ポツリと零す話の内容から、なんとなく、検討はついていたけれども。
「──! あ…………。」
 驚いたように目を見張って──すぐに、一瞬の罪悪感を覚えた表情を浮かべて見せたのは。
 きっと、今の彼は、それを自覚しているからなのだろう。
 アルスが、少しだけ眉を曇らせるのを見ながら、うん、とアイラは一つ大きく頷いた。
「それに、今のアルス、すごく明るくて……可愛い。」
 ニヤリ──と、笑って見せると、素早くアルスの懐に入って、彼の頬へ軽い羽のようなキスを送った。
「な…………ちょっ、あ、アイラっ!?」
 慌てて身をねじって、後方へと逃れるアルスに、あははっ、とアイラは軽やかに笑い声を立てると、
「安心して! 私、ご先祖様と趣味は一緒らしいけど、間女なんて趣味じゃないから!」
 人の男には、興味がない。
 そうハッキリキッパリ言い捨てて、アイラはそのまま舵場から飛び降り、すぐ下の甲板へと舞い降りた。
 軽やかな足取りを見送って──アルスは、疲れたような、力の抜けたような笑みを浮かべる。
 チラリと下へ視線を走らせると、シャランと揺れる黒髪が揺れているのが見えた。
「……って──間女って……なに?」
 軽く首を傾げて、そんなことを呟きつつ──後でキーファに聞いてみよう、と、アルスは一時その疑問は棚上げして、着陸のための舵を再び切り始めるのであった。




3 ガボ&メルビン



 久し振りに足をつけた陸の上──長い旅で慣れたと思っていた船旅だったが、やはり長時間乗っていると、三半規管が少しおかしくなるらしい。
 動かない地面に、なぜかクラリと眩暈をおぼえた気がして、メルビンは米神の横をポンポンと手で叩いた。
 そうしながら目を閉じて息を吸い込む。
 潮風が心地よく吹く小さな港は、あげられたばかりの魚の匂いが充満していて、さほど海の上と変わりないように思えた。
 ヤレヤレ、と、溜息を一つ零して、漁港をグルリと見回した。
 一足先に降り立った仲間達の姿はすでになく、港の先にあるだろう町の中へと足を踏み込んでいるだろうことは間違いなかった。
──と、たくさんの魚が入った箱を、漁船から下ろそうとしている漁師の中に、見慣れた影を見つけた。
 それは、たくましくいさましい漁師たちの間にあるには、あまりにも小柄で、あまりにも細い腕をした、無邪気な連れの少年だ。
 勇猛果敢で元気イッパイ……少し常識に欠けたところがあるが、それもまた仕方がない。
 何せ彼は、もともと人間ではなかったのだから。
「ガボ殿。アルス殿と一緒に先に町へいったのではござらんのか?」
 年老いた旅の老戦士らしく、キリリと背筋を正しながらゆったりと歩み寄る。
 彼が漁村を好きだと言う話は、メルビンも良く知っている。
 今回の旅の出発点であったフィッシュベルにいるときは、いっつもその目と口をトロローンとさせて、「うまそうな魚の匂い〜」と、それはそれは幸せそうに笑っていたからだ。
 そんな彼の鼻を刺激するいい匂いは漁港には溢れかえっていても、町にはないに違いない。
 船がしっかりと港に定着するのを待たず、ウズウズと体を揺らして真っ先に飛び出していったガボだから、てっきり美味しい食べ物屋にでも飛んでいったのだと思ったら──と、メルビンは口元に浮かぶ笑みを隠すことができないまま、ガボの後ろに立った。
 漁師たちに囲まれて、大きな目をキラキラ輝かせて魚を仰ぎ見ていた少年は、屈託なく顎を上げるようにしてメルビンを仰ぎ見ると、ニパッ、と笑った。
「おう! メルビン! 魚のうまそうな匂いがするぞ。」
 そのまま、じゅるっ、とよだれを飲み込む彼に、やれやれ、とメルビンは浮かぶ微笑を口元に広げると、
「おお、そうでござるな。けれども、ここでは食べれないでござるよ?」
 ピチピチと威勢良く跳ね上げている魚を指差して示す。
 あげたての魚は美味いに違いないだろう──それは、アルスの故郷であるフィッシュベルで、イヤと言うほど味わっている。
 けれど同時に、ここはフィッシュベルではない。馴染みの漁師がいるわけでもなく、これほどの規模の船から取れた魚となると、ちょっとココでおすそ分けしてください、なんて話し掛けても胡散臭げに見られるばかりだろう。
「食べれないのか?」
 しゅん、と眉を落とすガボは、それでも名残惜しげに船の上を仰ぎ見た。
 そんな寂しそうな、悲しそうな顔に、メルビンはこみ上げてくる笑いをそのままに、ぽん、とガボの頭に手を置いた。
「町にゆけば、魚料理の店があるでござろう。先にアルス殿たちも行っておることだし、拙者たちも行くでござるよ。」
 そのまま、促すようにポンポン、とガボの頭を二度叩く。
 そうすると、渋々ではあったが、ガボも踵を返して、メルビンの後に続いて船を背にした。
「あーあ、あんだけたくさんの魚、食べたらすんげぇおなかイッパイになると思うんだけどなー。」
 残念そうにそうぼやくガボに、
「すぐに拙者が船の上で、あれに負けず劣らずの魚を釣ってみせるでござるよ。」
「メルビンはいっつもそう言うけど、マリベルやアルスの方が、ずーっとか釣り上げてるんだよなー。」
 無邪気な少年の言葉というのは、時に語りかけた相手の心をも、ずくり、と突き刺す。
「う……それは、でござるなー…………。」
 ううむ、と、なんと言っていいものやらと、メルビンがほとほと困った様子であごひげを撫で上げる。
 なんだかんだ言いながらも、フィッシュベルで生まれ育ったアルスもマリベルも、どうコツを知っているのかは知らないが、釣りの腕に関しては、プロ級であった。
 そんな庶民くさいのは趣味じゃないの、と言い切るマリベルですら、潮の流れを見下ろして、「今日はひらめが釣れそうね……」という程度の予測が出来てしまうくらいには、玄人なのだ。
 アルスに言わせると、娯楽というものがまるでない村だから、どうしても素もぐりや釣りなどが遊びの主流になってしまうのだと言うことだが。
 最近新しく旅の仲間に入った「キーファ」が言うところによると、
「そりゃ、俺ら三人は、良く小さい頃からサバイバルゴッコとかって、昼飯を銛や釣りで獲ってたからなー。それでだと思うぜ。」
 かく言う俺も、釣りの腕はボルカノさん印。
──そう、腕まくりまでして笑ってくれた。
「キーファも上手いぞっ! でも、川で素手で掴むのは、オイラが一番!」
 へへっ、と、嬉しそうに鼻の下を指で擦り、笑う。
 そんな彼の笑顔を見下ろし──メルビンは、アイラが見事な扇さばきで川から魚を叩き飛ばしていた、素晴らしい光景を思い出した。
 彼女は元々、その足取りが軽やかで素晴らしく、気配を消すことも上手かった。
 そのせいか、剣舞のような動きで、たやすく魚を翻弄するかのように、魚を獲ることが出来た。──海では出来ないワザだと、そう言って笑っていたが、十分だ。
 そう思えば、自分が一番、魚を獲るというワザにかけては力がない。
「ふーんむ……王子様なのに、やるでござるなぁ、キーファ殿は。
 ──拙者も負けんようにしないと。」
 顎ヒゲをゆったりと撫でながら、メルビンは一番魚とりが得意であるだろうアルスに、釣りの極意を聞いてみるかと考える。
 きっとキーファも、アルスに習ったから、上手くなったのだろうから。
「おう! キーファだからなっ!」
 呟いたメルビンの言葉の意味を分かっているのか分かっていないのか、ガボは満面の笑みでそう叫んだ。
 そんな彼の、どこか自分のことのように自慢した笑みに、メルビンも釣られたように笑う。
 確かに、あの青年は、「キーファだから」と言う言葉が良く似合う人柄だ。
 太陽のような笑顔で、明るい性格で、きっと誰からも好かれるだろう。
 そう、彼を失った時、グランエスタードはソレこそ本当に、太陽を失ったかのような暗さを伴っていた。
 キーファのことを知らないメルビンが訪れた時は、ここにも魔王がなんらかの闇を落としていったのかと、そう思ったくらいだったのだ。
「いやはや、、キーファ殿はモテモテでござるなぁ。
 グラネスタードでも、王宮の娘達に囲まれて、鼻の下がグイーンと伸びておったし──うぅむ、うらやましいでござる。」
 あごひげを撫でる手を止めて、真剣に眉に皺を寄せる。
 キャイキャイと寄ってくる娘達を、当たり前のように笑って交わすところなど、慣れているとしか思いようがなかった。
 メルビンに寄ってくるのといえば、むさくるしい戦士ばかり──英雄に憧れる男達ばかりだったのに。
「おいらもキーファが好きだぞ。アルスもキーファが好きだし、マリベルも好きだ。」
 それが嬉しくてしょうがないかのように、ガボは上機嫌で町の中を迷うことなく歩く。
 かすかに港から漂ってくる潮の香に、くんくん、と彼の鼻が二度三度蠢いては、ペロリと唇を舌で舐め、コッチだぞ、と、メルビンの先導をする。
 狼の姿から人の姿になり──月日が経つほどに、彼は獣としての特性を忘れていった。
 それでもかろうじて残っているのが、犬並の嗅覚だ。
 あまりにも匂いがキツイ場所では、嗅覚が鋭すぎて逆に役に立たないが、こういう時は非常に便利である。
「キーファが戻ってきて、みんな嬉しいぞ。」
 にこにこと笑うガボ自身も、すごく嬉しそうに見えた。
 メルビンは、そうでござるなぁ、と呟いて、ガボが進む先を見やった。
 まだそこに、アルスたちの姿は見えないけれど──向かった先で、きっとアルスもマリベルも、自分と出会った頃には見せなかった、柔らかで温かい微笑を浮かべていることだろう。
──幼い頃、決して道がたがえることはないと、信じていた頃……浮かべていたように。
「そうでござるな……やはり、さすがはあのアイラ殿のご先祖様ということがあるでござるよ。」
 昔、グランエスタードには、太陽の王子が居たんです──……。
 ひっそりと、寂しそうに笑うメイドの顔を思い出す。王宮内に用意されたアイラの部屋を、丁寧に掃除しながら、彼女はとても悲しそうに微笑んでいた。
 あの理由が、当時のメルビンにも、アイラにも、分からなかったけど。
「──帰ってきてくれて、良かったでござるな。」
 またこうしてグランエスタードの太陽は、旅の空の下にあるけれど、きっと彼女たちはもう、悲しい微笑を浮かべることは、ないのだろう。
「おう! おいらもそう思うぞ!」
 くん、と鼻を動かせて、ガボが目線をあげる。
 その先に──柔らかに微笑んだアルスの姿を認めて、ガボはニッパリと笑った。
「アルス! キーファ!」
 迷うことなく、その方向へと駆け出すガボに、慌ててメルビンも走り出した。
 その先で──驚いた顔に、みるみるうちに笑顔を浮かべるアルスとキーファを認めて。


 太陽は沈むけど、また、昇るのだと。







4 アルス&キーファ



 昔、どこまで行っても同じ光景しか見えなかった、ただ広がる広大な海だった景色。
 360度どこを見回しても、空と海が追いかけっこを続けていく姿しか目には映らなかった。
 世界にたった一つの島は、グルリと一周回るのにそれほど時間もかからない。
 なにせ、島の西の端にあるグランエスタード城から、正反対にある王家の墓に行くのに、歩きで2時間もかからなかったのだ。
 ──だから、アルスとしょっちゅう遊びに行くことができたのだけど。
 そんな小さな島で、一生を過ごしてきた人間達にとって、新たに開けた世界の、どれほど鮮やかで美しく──目にも奇跡と映ることだろうか。
 最近では、世界にたった一つしかなかった島は、数々の島が浮上するのを目にとめた唯一の島であるくせに、浮上した島についていけずに、この世界で一番知識が遅れている「田舎」な島と呼ばれてしまっている始末だ。
 これもまた、平和といえば平和で──、エスタード島らしいと言えば、らしかった。
「むかしは、神の島「エデン」だとか呼ばれてたのになぁ、この島。」
 そんなことを、頬杖をつきながら呟いてみた。
 どこか憎まれ口に聞こえるけれど、その中に哀愁と懐かしさと喜びが混じっているのを、口にした張本人も良くわかっていた。
 世界が元のあるべき形に戻って、グランエスタードもさぞかし様変わりしているのだろうと、覚悟していた気持ちもある身としては、嬉しいような、寂しいような──少しだけ、複雑な気分だった。
 それでも、唇に浮かぶのは、柔らかな微笑み。
 二度と帰ってくることはないと思っていた故郷の風に、身を任せたまま浮かぶ微笑。
「キーファ? 何、見てるの?」
 そんな、自分ひとりの懐古の世界に、ふと入り込んでくる──浸透してくるような柔らかな声に、閉じかけた目を開いた。
 横を見ると、誰よりも会いたいと思っていた少年が、首を傾げて自分を見上げている。
 魔王を倒した英雄だと言うのに、しなやかな筋肉がついた体と、精悍になった面差しのほかは、穏やかな雰囲気も、目に宿る柔らかな光も、何一つとして変わったようには見えない。
 「子孫」の娘に聞いた話によると、どこかの国の姫君は彼に夢中だというし、出るところに出れば、力自慢のNO.1と、かっこよさの男性NO.1を勝ち取ったとかなんとか。
 自分が居ない間に、随分立派になったなぁ、なんて──アルスの成長した姿を耳にしたら、きっと抱くと思っていた嫉妬や苛立ちなど胸に浮かぶことはなく、血の繋がった弟が立派に勤め上げているんだな、というような、兄貴分めいた感慨深さが浮かんでくる。
──弟、なんて言う言葉でくくれるほど、単純な愛情ではなかったけれども。
「んー……海、見てた。
 やっぱ、島があるのっていいな、ってさ。」
 海を見ていたのは、過去の世界でも同じだった。
 どこまでも広がる海。
 その中、島影がチラホラ見えて──突然「消えた」場所があって。
 ある日突然目に見えた場所があって。
────まるで夢の中のように感じる、俺の、もう一つの故郷だった場所。
 本当なら、行くことは叶わなかったはずの、あの地。
「うん。」
 小さく頷くアルスが、目を細めるようにしてキーファが見ている方向と同じ方向を見つめる。
 その目に宿る光が、キラキラと輝いて見えた。
 キーファは、そんなアルスを見つめて、自分の唇に浮かぶ笑みが、ひどく幸せそうなそれであることを感じながら、アルスに向かって告げる。
「…………………………で、今はアルスの顔。」
 目の前に彼がいるということだけで、胸の奥がホッとなる。
 胸が、熱く温かくなる。
 それが、どれほど贅沢なことなのか、今の自分は知っている。
「………………? 海は分かるけど、僕の顔なんか見てて楽しい?」
 ゆっくりとキーファを見上げて、アルスが首を傾げた。
 かすかに寄せられた眉が、皺を刻むのを見つめながら、キーファは軽く笑い声を立てた。
「今まで見てなかった分だけ、補っておこうと思って。」
 手を伸ばし、彼の頬に触れた。
 弾力を返す顔は、昔よりも柔らかみを喪っている。
 それが少し残念なようで──くすぐったくて、キーファは指先で肌をなぞりあげながら、アルスの目を覗き込む。
 綺麗な黒曜石の瞳は、真っ直ぐに自分の顔を映し出していた。
「長い間、ずーっと見てなかったから、どれだけ見ても足りない。」
 小さく笑いながら──この場にマリベルが居たら、容赦なく『誰のせいよ』とか突っ込んでくれるんだろうな、と思う。
「──それは……うん、僕も……かな?」
 はにかむように微笑んで、アルスは顎を上げてキーファを見上げた。
 そのまま、頬を摺り寄せるように、キーファの掌に顔を預ける。
 上目遣いにキーファを見上げて、
「……僕の顔でよかったら、どれだけでも。」
 はんなりと、笑った。
「────………………。」
 なんだか複雑な気持ちが胸の中で吹き荒れたが、目の前のアルスが、本当に嬉しそうに笑いながら自分を見つめてくるから、思わずその目をマジメに見返してしまった。
 自分が知っているアルスの表情と同じ表情。
 なのに、パーツが少しだけ大人びている。
 良く見ると──日の光の下でマジマジと見つめていると、瞼の辺りに小さな傷跡も見えた。
──長い間離れていたのだと、そしてその時が、自分にとっても彼にとっても、とても思い月日であったのだと、そう思い知らされる。
「………………………………。」
 アルスも同じように思ったのか、キーファを真摯に見つめ返す。
 そのまま、どれくらいお互いの顔に魅入っていたのか──沈黙を破ったのは、キーファのほうだった。
 ただほんの少し──目元を緩めて、微笑んだだけだ。
「──……どんだけ見てても、飽和にはならねぇぜ?」
「──うん、僕も。」
 掠れた声で、そう囁くと、間髪をいれずに返って来る言葉。
 間近にあるその人に、クシャリ、と満面の笑顔を浮かべて、キーファは首を傾ける。
 幸せそうに笑うその人と、コツン、と額をぶつけた。
 伏せた睫の下から見える、柔らかな眼差し。
「なぁ──アルス?」
「うん。」
 頬に触れるキーファの手に、自分の手を這わせながら、アルスは小さく頷いた。
 そんな彼のもう片頬に、フレンチキスを一つ落として、キーファは震える程度の笑みを零す。
 海の細波も、太陽の容赦ない歓迎も、何もかもが祝福の音色のようで、なんだか幸せな気持ちだった。
「今度こそ、世界の果てまで一緒に行こうな。」
 答えは、聞かなくてもわかっていたけれど、
「うん、もちろん。今度は、キーファがイヤだって言っても、どこまでもついていくからね。」
 キーファの手に、指先を絡めて、アルスは満開の微笑を浮かべてくれた。
 その言葉に、キーファも、同じように笑って返す。
「ああ! ずっと一緒だからな!」
 きっと──もう二度と、たがえない誓いを胸に宿しながら。







「ラブラブねー…………。」
「ああ、いつもよ、あんなの。」
 二人が立つ甲板の手摺の真反対側。
 海面に釣り糸を落としながら、マリベルはアッサリと感心しているアイラに答えてやった。
 ユラユラ揺れる海面に落ちた釣り糸は、まるで手ごたえを返してくれなくて、いい加減ウンザリし始めているところだった。
 ──というよりも、釣り糸のウンザリというよりも、釣りをしている最中だと言うことを忘れて、ラブラブムードに入ったバカップルが。
「いつもなの? あれが?」
「そう、昔から、あれが。」
「…………大変だったのね……マリベル…………。」
「慣れたら、あの中に割り込むのも簡単なものよ、案外、ね。」
 釣り糸に衝撃が伝わらないように軽く肩を竦めて見せて、マリベルは涼しげな顔でアイラを見上げる。
「それに、イヤでも慣れるわよ──アイラも。
 どうせ毎日、あんなの見せつけられるんだから。」
 にやり、と──口元に佩いたマリベルの微笑みが、楽しそうに映えて見えて、アイラも同じ笑みを唇に浮かべて笑った。
「ええ、そうね。イヤでも、見ていかなくちゃいけないものね。」
 言う言葉とは裏腹に、ひどく楽しげな響きになったと──自分でも思いながら。






ともに旅に出よう。
世界を見る旅。
自分たちを見つめなおすたび。
自分を探す旅。


君と一緒なら──きっと、どこへでも行けるから。







後書き


キーファファンなら、一度は見てみたいコラボレーション(笑)。
ということで、キーファが居たら……なメルビンとアイラを書いてみました。
──え? それが目的? といわれたら、どうだか……(笑)。
SSSダイアリーで4部作で連載していたものを、そのまま転載。
分類は女性向ほのぼのです。

DQ7の終わり方もアレはアレで、色々妄想できていいですが、やっぱりキーファには戻ってきて欲しいな、と思うワケです。
そして平和になった世界にみんなで旅立ちにGO!ですよ♪

そう思えば、キーファとリーサ、キーファとボルカノ、キーファとシャーク・アイとかも書きたい。
でも私、普通にアルスファンなので、アルス絡みでしか書かないかも……キーファは難しいもの。