*シャハールの過去話です。BL絡みアリ。要注意です*





 昔──もう、今から40年ほど前になるだろうか。
 俺は、24になったばかりで。
 生まれたときから決められていた婚約者──メリッサと結婚してから、4年もの月日が経っていた。
 俺とメリッサの間には、その春に息子が生まれたばかりで、俺たちは多分、順風満帆の夫婦に見えたのだと思う。
 けど、息子が──ケイトが生まれたから、ほんの数ヶ月後。


──俺は、竜ののろいを受けて、永遠に年を取れない体になった。


 そのことに気づいたのは、それからさらに数年後のことだったが。
 いつ、どうして、そんなのろいを受けることになったのか──俺は、イヤになるくらいに心当たりがあった。
 脳裏に過ぎったのは、冷えた眼差しの美しい、妙齢の美女の姿。
 それは、俺が、家族を──そして彼女を裏切った証でもあった。
 何もかもを捨ててもいいと思ったんだ、あのときは。
 あの人の「信頼」を得るためなら──あの人と離れないためなら、何をすることもいとわないと思っていた。
 あぁ、いや、それは少し表現が違うな。
 俺は今でも、そう思っている。
 あの手を離すくらいなら、死んだほうがずっとマシだ。
 そんな考えを持っていたから──それくらい愚かだからこそ、俺は、この身に竜の呪いを受けた。
 この先、人と違う道を歩むことになろうとも、決して、あの人を裏切らないという証に。
──それは、人である身には、あまりにも重い呪いであったけれども。
 俺は、いまもなお、40年前のその決断を悔いてはいない。
 妻を泣かせ、息子を半ば捨てるような形になり、世捨て人同然になってしまったけれど。
 それでも。
 ガキの頃から憧れていた、「たった1人」を手に入れることが出来たのだから、俺は、幸せなんだ。
 たくさんの人を、巻き添えにしたことは、良く分かってはいるけど、な。
 それでも、どうしても、諦められなかった。






た っ た 一 人 の 、 俺 の 竜 。





禁     忌












 カタン、と、小さな音がして、すぐに馴染んだ気配を間近に感じた。
 小さい頃に会ってからずっと、彼の気配はチリとも変わらない。
 森の中に、空の中に、水の中に溶け込むような自然の叡智そのものだ。
 それでも、かすかにまとう硬質的な空気が、かろうじて、「彼」がそこに居るのだと訴えていた。
 だるさを感じる瞼を、そ、と開けば、暗闇の中にボンヤリと浮かびあがる人影。
 部屋が、真夜中の暗闇に沈んでいる中──男は、うすい明かりを身にまとって、そこに佇んでいた。
 月明かりを浴びて空を滑空する姿も、湖の中に身を横たえて泳ぐ姿も──「自然」の中にあるどの姿も、目がくらみそうなほど美しい男は、暗闇の中にあってすら、溜息が出るほどに美しい。
 悪態半分、感嘆半分に、知らず溜息を漏らせば。
「……起こしたか。」
 小さく──空気が震えるかどうかと思うほどの小さな声で、男が問いかけてきた。
「──……わざとじゃなかったのか?」
 静かな声音の中に、かすかな震えが混じっている気がして、俺はゴロリと寝返りを打って、仰向けになりながら──……全身に感じる倦怠感に、はぁ、と再び息を漏らす。
 そうすれば、暗闇の中で男が、そ、と眉をひそめた気がした。
「疲れているのか。」
「寝ているところを起こされたら、誰だってだるいだろう?」
 ぎし、と音がして、ベッドの端が軽く沈む。
 音もなく近づいてきた男が、ベッドサイドに腰をかけたのだろう。
 視線をあげれば、すぐそこに整った容貌が見えた。
 暗闇に沈んだ表情は良く見えなかったが、彼が切なげに顔を顰めているのだけはわかった。
 そ、と頬に触れた指先が、ひどく熱い。
 彼はいつも、変温動物かと思うくらいに冷えているのに、今日は熱を持っているかのようだ。
──そう思うと同時、ばかばかしい、とも思った。
 彼がこんな表情で、こんな気配で、こんなに熱くて。
 この男がそうなるのがどうしてなのか、他の誰でもない俺が一番良く知っていることじゃないか。
「シャハール。」
 唇が囁く声は、そよ風のようにかすかで、力がない。
 なのに、その声音が──抑揚が、俺の耳朶をゾクリと舐め上げる。
 思わず鳥肌だち、ブルリと体を震わせれば、頬に触れていた指先が、つ、と首筋に落ちた。
「──……シャハール。」
「……っ、とに、タチ悪いな、お前の、ソレ、は……っ。」
 甘い、甘い──甘美な毒のような甘い囁きに、俺は抗えられない。
 彼の視線から逃れるように、視線を反対側へと向けるのが精一杯だった。
 だって、あの目を見たら──覗き込んだら、後はもう、毒を注がれるだけだ。
 そして、翻弄されて、熱にうなされるようにしがみついて──それだけしか出来なくなる。
 そらされた首筋に、男の唇が笑みを刻む気配がする。
 それが解かっていながら、無防備に首筋をさらけ出したのは俺だ。
「タチが悪いのはお前だろう? シャハール。
 俺がいつも……どんな思いでいるのか、わかっているのか?」
「──……っ、こ、でもしないと──お前、発情しないだろう、が……っ。」
 囁き声が首筋に落ちてきて──ふ、と息を吹きかけられる感触に、背筋がしなりそうになった。
 その感覚を、掌を握り締めることでなんとか堪えながら、ギッ、と彼を睨みつけようと肩越しに振り返れば──すぐ目の前。
 俺の首に、唇を押し当てている男の、暗闇に消え入りそうな髪が見えた。
「──お前から、女の匂いがする。」
 言いながら、男は、喉でクツリと笑いながら、耳元から鎖骨へ向けて、ベロリと舌を這わせる。
 ねっとりとした──人の唾液にはありえないほどねっとりとした感覚に、ビクンと体が揺れる。
「発情した女のにおいだ。」
 くん、とにおいを嗅がれて、俺はなんとも言えない気持ちに、目を閉じた。
 俺が、だるくて寝ているのは──何のことはない。
 昼間、女を抱いたからだ。
 その女の──普通の女ではなく、「発情した」女のにおいを嗅ぎ取るように、男は俺の腕を押さえつけ、首筋に執拗に唇を押し当てる。
 時々、ペロリと味見をするように舐め取られて──じゃれあいの延長のようなソレではなく、意思を持って舐めあげられて、体の中に熱を植えつけられた気がした。
 昼間、普通に触れ合う分には何もない。
 でも。
「あ……、たりまえ、だ。」
「女を抱く頻度が、随分多いな? シャハール。
 リィズが旅に出てから……、少し、こらえ性がなくなったんじゃないか?」
 言いながら、ギシリと音を立てて、男が俺の上に乗り上げてくる。
 そんな男のためにスペースを空けてやることはあれ、それを阻止することはない。
 うっすらと目を開けて男を見上げれば、俺の首筋を──昼間、女が顔を埋めた辺りを舐めている男の、切れ長の瞳が見えた。
 間近で見れば、暗闇も関係はない。
 いつも冷めて静かな眼差しは、今は熱く……燃えるような情欲を宿している。
──それが、俺に向けられていることに、心が震えるほどの歓喜と、その情欲を呼び覚ましたのが、昼間の女の残り香だと言うことに、胸が苦しくなるほどの嫉妬を覚える。
 解かっている。
 俺は、ただの男だ。
 どう足掻いても、男に過ぎない。
 たとえ禁術の一つであるモシャスを唱えて女になろうとも、俺の本質は、どうしても男なのだ。
 俺がどれほどその気になっても、目の前の男から、情欲を引きずり出すことはできないのだ。

 彼は、そういう生き物だから。

 彼をその気にさせるのは、女が必要だ──発情した、女の。自然界に生きる雄を刺激する、女の香が。
 俺がそれを身にまとうのは──……こんな方法しかない。思いつかないのだ。
「──はっ……、さびしいのかも、しれないな……? 俺も。」
 執拗に首筋を舐める男に、じれったくなって──女の残り香ばかりかいでるんじゃないと、俺は彼の耳を引っつかんで、ぐい、と顔をあげさせた。
 目をあげる彼の──濡れた瞳に、ずくんと腰が重くなった。
 腕を首に回して、引き寄せながら、噛み付くように唇を塞いだ。
 ついでとばかりに、ここまで来たら逃さないというように、強引に腰に足を絡めてやれば、口付けの向こう側で、彼が笑う気配がした。
 性急に舌を絡めて、押し付けるように体を絡めて。
 そうやって、彼の情欲を──人が必死の思いで発情させたその欲を、決して逃しはすまいと。
「……あいしてる──……、セルフォート。」
 口付けの合間に囁けば、彼は──セルフォートは、昼間には決して見せない、色艶の混じった壮絶な笑みで、俺を見下ろした。
 指先で、ツ、と頬をなぞられて──セルフォートは、唇から頬へ、そして首筋に唇を押し当てると、
「──……んぁっ。」
「……あまり過剰ににおいをつけるな、シャハール。」
 軽く甘噛みされて、走った刺激に、背中がそった。
「──匂いがキツクて……お前を噛み殺したくなる。」
 そう言って、俺の首筋をペロリと舐めるセルフォートの声は、少しだけ殺気が混じっていて。


 ……彼も妬いているのだと、震えが走るほどに、嬉しく思った。


 どれほど互いに愛していても。
 どれほど互いを求めていても。
 俺が彼を求めるには、彼が俺を求めるには、どうしても、自然界の摂理が邪魔をする。
 俺は、ただの人の男で。
 彼は、人外のオスで。
 俺は彼に容易く発情できるのに、彼は、本能的に、どうしても──メスの匂いにしか反応しない。
 それが、ひどくじれったくて、悔しくて。
 だから俺は、女を抱く。
 そうすれば、彼は俺に残った匂いに発情してくれるから。
 そうすれば、彼は、俺に匂いをつけた女に妬いて、俺だけに牙を剥いてくれるから。





 これは、禁忌。





 でも──俺は、この腕を。
 この灼熱の杭を。
 ……くるおしいほどに望んで。






罰を、受けた。































 メリッサのことを愛していたかと聞かれたら、俺は今でも、苦く笑って誤魔化すことしかできない。
 嫌いだったわけではない、好きじゃなかったわけでもない。
 メリッサは、小さい頃から──それこそ、生まれて物心ついたときから、ずっと一緒にいた、大切な幼馴染で、大切な妹分だったからだ。
 今でも、彼女の顔を思い出そうとすると、真っ先に、そばかすだらけの顔でニッコリと無邪気に笑う……まだ、女にもなっていなかったころを思い出す。
 俺とメリッサが結婚をしたのは、俺が20になった時、彼女はまだ、16の時だった。
 本当は、彼女が20になるまで待つはずだったんだが、それが急遽早まったのは──何のことはない。

 俺が、「遊び」じゃない想いを、他所で抱えていたことを、親に知られてしまったからだ。

 それまではな……俺も結構遊んでて、な。
 まさか、その遊びの中に隠していた本気が、見つかるなんて、思ってもみなかった。
 メリッサとは4つも離れていてから──思春期の、異性の体に興味津々な時期の俺は、そりゃまぁ、なんていうか……モンモンとしてたというか。
 若かったんだよ、俺も。
 だってな? 15の時には……言い換えれば、俺と同年代のヤツらが、婚約者や恋人と夜に猿のように盛んになってた時期にな? 俺の婚約者は、まだ11だぞ? 初潮を迎えてすらいなかったんだぞ?
 ノアニールは田舎だからな、日が暮れたら、楽しみなんて、酒かソレしかないような状態だ。
 そんな中、思春期の、第二次性長期まっただなかの男が、ただモンモンと1人慰めて寝てられるか!?
 自分で言うのもなんだが、当時の俺は、そりゃもう美少年だって近隣からも騒がれてたくらいでな。
 カザーブの村からも、俺の顔を見に若い娘や妙齢のご婦人がやってくるような──そんな状態だったんだ。
 だから、まぁ……なんていうか。
 けっこう、無茶も、した。
 メリッサのことが頭になかったわけじゃないんだが、メリッサは、まだ10を越えたばかりの年頃で。
 俺からしてみたら、メリッサは、「女」ですらなかった。
 だから、婚約者を裏切っている──なんてことは、毛頭、頭になかったな。
 両親たちだって、しょうがない、と諦めてるようなところもあったしな。ま、結婚するまでは──メリッサが大人の女になるまでは、目を瞑ってくれているような状態だった。
 ちなみに父親からは、子供を作るようなヘマだけはするな、って毎日のように、耳タコに言われたな。
 ──後から、聞いた話だと。
 女というのは、男に比べて、随分おませに出来ていて、メリッサは、俺が他所で(さすがにノアニールの女性に手を出すことはなかったから)遊んでいるのを聞いては、胸を痛めていたんだそうだ。
 早く自分が大人にならないと──そう、焦っていたのだと。
 自分が彼の婚約者なのだから、彼は自分のものだと、そう自分を慰めながらも、反面、いつか俺が、別の女性を本気で愛して、ノアニールから飛び出して駆け落ちしてしまうんじゃないかと、不安でしょうがなかったらしい。
 別に俺も、メリッサをなんとも思ってなかったわけじゃないんだ。
 ただ、──どうしても、彼女は、妹のようにしか見れなかった。
 だって、あまりに側にいすぎたんだ。
 女は、兄のように近しい幼馴染を好きになるかもしれないけれど、俺は、妹のように思う娘を、好きにはなれても、愛することはできなかった。
 それでも、生まれたときから決められていた婚約者だったから、いつか、彼女を娶り、穏かな愛情を育みながら、家庭を作っていくのだと、思っていた。
 本気で愛した人は──小さいころからの、たった一人は、何があっても、手に入らない相手だったから。
 だから俺は、ただの人として、暮らしていくつもりだったんだ。



でも。



 俺は、あの日──、一生に一度のチャンスを手にした。
 決して手に入らないといわれていた、禁忌の呪文──「ドラゴラム」。
 その呪文が手に入ったのは、本当に偶然だった。
 この世界では、形にすらならないと言われていた呪文だった。
 でも──あの瞬間。
 別の世界と何かが繋がったような感覚の中……ドラゴラムは、完成した。
 ただし。
 それには、曰く付きの呪いがついていた。
 「この世界で」使うと、ドラゴラムで変化した竜は、理性を失う。
 そうして──そのたびに、足りない力を補おうと、手近にある「竜」から、生命力をを奪おうとするのだ。
 たとえばあの日。
 ……竜の女王の卵から、生まれる力を20年分、かっさらっちまったように。
 封印した呪文だ。
 封印されなくてはいけない呪文だ。
 そう分かっていながらも。

 俺がこの術を持っていたら、大義名分が出来るんだ。

 俺は、セルフォートの傍に居られる。
 竜の女王の抱える卵の父親である──セルフォートの傍に、当たり前のように。
 バカみたいだとは思ったんだけど、な。
 それでも俺は……諦められなかった。
 種族が違うと、そんな理由で諦められるようなら──俺だって、俺だって。
 ……あんなに、悩まなかったさ。




 結局、俺は、息子のケイトが物心つくまえに、メリッサとは離縁した。
 彼女は、泣きながら、呪い付きの夫なんていらないと、そうなじった。
 なじって、離縁してくれた。




 さすがに、しばらくはノアニールに帰れなかったから、セルフォートと一緒に、旅に出た。
 そうして、ノアニールとカザーブの間くらいに、小屋を建てて、一緒に暮らし始めて。
 ──幸せなことばかりでは、なかったけど。
 それでも俺は。


 一生にタダ一人、愛した人と、一緒にすごせることを、この上もなく幸せだと思う。


 たとえ、未来、待ちうけているのが──堪えようもないほどの、苦行しかないのだと、しても。
 それは──禁忌を犯した人間の、当然の覚悟ってものだろ?











ちなみにココでネタバレしちゃいますと。

オリジナル設定の「禁術」設定ですが、主に、「アレフガルド」で生み出された術、を指し示してます。
なので、アレフガルドでしか、正しく使えないんですね。

ゲームの世界ならいいけど、さすがに現実で使えたら、やばすぎるだろう;と思うドラクエの呪文は、だいたい「禁術」として設定しちゃってます(笑)
ザオラルとかザオリクとか、シャナクとかザキ・ザラキ・メガンテ・ドラゴラムとか。
モシャス・パルプンテ・ラナルータとか。

それを強引に上の世界で使おうとすると、何らかの副作用が出てしまうわけです。
なので、禁術なのですね。
で、ドラゴラムは、アレフガルドでしか発動しない術なのです、本来は。
けど、今から39年前、オルテガが表の世界に出現した時に、一瞬だけ、道が開くんです。(超オリ設定ネタバレのため伏字)
その一瞬で、シャハールはドラゴラムを完成させてしまったわけです。
でも、アレフガルドで使うわけじゃないので、未完成品。自然界から取り込む力が足りず、竜の構成要素を手近の竜から吸い込んでしまう上に、理性がなくなり、本能だけの生き物になってしまう、と。そういうわけです。
──で、竜の構成要素を人が吸い込んでしまうわけですから、その後遺症が出てしまうんですが、これが、シャハールの体では「ドラゴラムの呪い=不老」という形で出てしまってるわけです。本当は、人によって、後遺症は異なるんですけど、シャハールは、無駄に(笑)魔力値が高かったので、上手く適合してしまったのですね。
なので、竜の生命力20年分=人間で言うと200年分くらいは、不老のまま……という感じです。

ていうか、無駄にオリ設定考えすぎだよ、私……(笑)