むかしむかしの物語











 今日の朝食は、岩のように硬くて、こんがりと焦げたパンだった。
 いつもならついてるはずのチーズもついていない、素焼きの、拳大のパンが1個。
 カスカスで、硬くて、少ししょっぱくて、焦げ臭くて粉っぽくて。
 とてもではないけれど、水がなかったら食べきれないような、そんなパンだった。
 パンを乗せるには大きすぎるお皿に──時々厨房の手伝いに借り出されるイニスは、それがメインディッシュの肉を乗せるための大皿だと知っていた──、ちょこんと不似合いに乗せられた、「姫様の初めての手作りパン」。
 最初に作ったパンは、お父様に食べてもらうの、と前の夜はそう言っていたのに、今朝になって、「お父様には内緒よ」と言って、嬉しそうな満面の微笑みで、はい、と差し出してくれたソレ。
 手にとろうとしたら、カツンと皿と触れて音が立った──思いもよらないほど硬いパン。
 でも。
 キレイな緑色の瞳で、期待に満ちた目で見つめられながら食べたパンは。

──ほんのり、幸せの味がした。

 見上げた空は、青。
 ぼんやりと空を見上げるイニスに近づいてきた白い雲は、今朝食べたばかりのパンの形に似ていた。
 丈夫なことには自信がある歯で噛み千切って、姫様にばれないように必死に噛み砕いたパンは、なぜか口の中でジャリジャリと音を立ててくれて。
 その音が聞こえたミーティア姫は、驚いたように目を見張って──それから、両手で口元を覆って、泣きそうな顔でイニスを見上げていた。
 ごめんなさい、もう食べちゃダメ。
 そう言って、取り上げようとするミーティア姫の手から、パンを奪い取って、一気に口の中に放り込んだ──硬くて、しょっぱくて、お世辞にも美味しいとはいえないのに、優しい幸せの味がしたパン。
 これを陛下が食さなくて良かったと、そう思うのと同時、たとえ失敗作でも、ミーティア姫の最初のパンを最後まで全部食べれたことが、少しだけ誇らしかった。
──きっとミーティア姫は、明日もイニスのところにパンを持ってやってくる。
 今度はきっと、イニスの元に持ってくる前に自分で味見して──もしかしたら、寝ているイニスの部屋のドアをドンドン叩いて、「早く食べてみて!」とワガママをお言いになるかもしれない。
 その状況をアリアリと想像して、イニスは小さく口元をほころばせて微笑む。
 頭の上や肩先に、パンの白い粉を飛ばしながら、自信満々に皿を差し出すミーティア姫の姿が、ありありと思い浮かぶようだった。
 ──同時に、ようやく成功したパンを、彼女の父王の元に持っていったときに、「イニスに味見をしてもらったのよ」と誇らしげに言うミーティア姫を見て、陛下がすねて唇を尖らせる様子すら、思い浮かんできた。
 きっと陛下は、愛する娘の「一番最初のパン」を、イニスが食べたことを知ったら、わしは二番目かと、拗ねるに違いないのだ。
 もしかしたら、ワガママを言って、イニスにそのパンを吐き出せと言ってくるかもしれない。
「枕元に、水を置いておこうかな。」
 頭の上を通り過ぎていく雲を見送りながら、イニスは小さく呟く。
 朝からミーティアがパンを持ってくるなら──水は欲しい。
 ぼんやりと思いながら、再び自分に向かってくる雲を……今度は魚の形に似ているソレを、何気なく視線で追っていると。
「イーニースー!!」
 少し離れた場所から、ちょうど考えていた人からお呼びがかかった。
 顎を引いて見下ろせば、木々の間から、ひょっこりとミーティアが顔を覗かせたところだった。
 白い頬をほんのりと上気させて、瞳をキラキラ輝かせて、ツヤツヤ光る唇を嬉しそうに吊り上げている。
 どうやら、何か素敵な「冒険」を発見したようだ。
「何か見つけたの、ミーティア?」
 いいながら、イニスはミーティアが顔を覗かせている木に向けて歩き出す。
 ミーティアは、彼が距離を縮めるほどに、顔を喜びの色に染めて、笑みを深くする。
 整った容貌にきらめく喜びの色に、イニスは首を傾げつつ……彼女の両手が、後ろ手に回されているのを認めて、ははーん、と悟った。
 きっと、自分が近づいた瞬間に、イニスを驚かせようと、後ろのものを差し出すに違いない。
 ミーティアが差し出す物に関しては、予想できるようで予想できない。
 何せ彼女は、蝶よ花よと育てられているわりには、爬虫類や虫も平気で掴み取ることができるのだ。
 一度、「トーポのお友達にどうかしら?」と言って、厨房でネズミを捕まえてきたこともあるくらいだ。
 可憐で華奢で、清楚でおとなしそうな外見に反して、なかなかの豪胆な人物なのである。
 森とは呼べないこの場所で見つけられるもので、両手でつかめるものといったら、鳥か虫かヘビか……と、ミーティアに差し出されるものを予想しながら、手が触れそうな範囲まで近づいた瞬間──……、

「見て、イニス! スライムの赤ちゃんよっ!!!」

 キラキラキラキラ、と、光が零れるかと思うほどの輝きをもって、ミーティアが差し出したのは──……。
 角がまだ小さくて、ミーティアの手のひらにぽっちゃりと乗るサイズの……透明でプルプルした、スライムの赤ちゃんだった。
「……………………。」
 思わず絶句したイニスは、まじまじと──まだ目が開かないのか、もぞもぞとミーティアの手の上で動いているスライムを、マジマジと見下ろす。
 ほんのりと青みがかかったソレは、本来のスライムの色よりも薄い……まるで空のようなきれいな水色だった。
 そして、とにかく小さくて、小さくてかわいいものが大好きなミーティアにとっては、確かに、目をキラキラさせるほどの「宝物」なのだろうけど。
「ミーティア、……これはダメだよ。」
 そう──ダメだ。
 だって、モンスターの赤ちゃんには、モンスターの親がいる。
 そしてモンスターも、普通の獣と同じように、子供を守ろうとする本能をもっている。
 たとえどれほど可愛くても、これはきちんと親の元に返さなくてはいけない。
 モンスターによっては、子供に染み付いた人間のにおいを覚えて、襲ってくることがあったり、逆に人間の匂いが染み付いた子供を、捨てる親もいたりすると聞くけれど。
 相手がスライムなら、その辺りは心配しなくてもいいだろう。
 けど──モンスターの子供を戯れに構うのだけはダメだと、イニスはミーティアの手から、スライムを奪い取ろうと手を伸ばした瞬間、
「木の洞の中に、タマゴがあって、突付いたらこの子が孵ったの!」
 ミーティアは、それよりも早く、手に持ったスライムを自分の頬に近づけて、スリスリと頬刷りをする。
 その仕草に、目を閉じたままの──おそらくは、孵ったばかりでまだ目が開いていないのだろうスライムは、ミーティアに答えるように、スリスリ、と頬ずりを返した。
「……ミーティア。」
 ミーティアは、頬刷りを返してくれたスライムの赤ちゃんに、嬉しそうに笑いながら、チュ、と柔らかな唇でぷよぷよの頬にキスを送る。
 スライムはそれを当たり前のように受け止めて、ぴす、と小さく鳴いた。
 その仕草に、イニスは、呆然と目を見張った。
──だって。
「………………突付いて孵って……、………………それで…………。」
 ミーティアの頬刷りにスライムが応えると、言うことは。
「………………匂い付けまでしちゃったの………………………………?」

 インプリンティングが、完了してしまったと、言うこと。

 つまり、ミーティアの手の中のスライムは、ミーティアを「親」だと認識してしまったということを、指し示した。
 その、あまりといえばあまりの事実に、イニスは愕然と目を見開き、ミーティアとスライムを交互に見つめた。
 そんなイニスの葛藤に、まるで気づく様子のないミーティアは、嬉しそうに手のひらの重みを揺らして、
「今日から、ミーティアがママですよ〜。」
 ──実に洒落にならないことをスライムに優しげに囁いて、うふふ、と笑った。






 この後、スライムをこっそり連れ帰ったミーティアとイニスが、陛下にばれて大目玉を喰らい、すったもんだの事件が起きるのは……また、別の話である。









SSSダイアリーから転載。

ドラクエモンスターズの新作が発売されると聞いて、「もしかしたら、今度の主役はミーティアかも……っ!?」と、バカな期待を寄せてドキドキして妄想した挙句に出来た作品です(大笑)。

だって、もういい加減、スクエニもミーティアをネタバレ扱いからはずしてくれてもいいんじゃないかと思ったんだもーん。
主姫はほぼ公式なくせに、ヒロインをネタバレ扱いでずっと馬で掲載ってどうなんだよ、ソレ……っ!!
──と、ミーティア派である私は叫びたい。

ていうことで、いつか、モンスターズでミーティア主役話が出ないかなー、と思います。

そもそも、トーポがいる時点で、無理かな……。