男勇者:ユーリル
その提案を聞かされたのは、夕食の仕度がそろそろ終わろうとしている所だった。
目に入れても痛くないほど愛しい姫君の口から、爆弾発言が零れたのは。
「ね、クリフト! 新年会のパーティで、一緒に演劇することに決まったからね!」
思わずクリフトは、料理を盛り付けていた手を止めて、マジマジと彼女を見つめた。
夜目にもくっきりと浮き立つ、線の細い白い頬。くっきりとした鼻梁と、意思の強い光が瞬く紅玉のごとき瞳。
豊かな亜麻色の髪は、端で癖になって飛び跳ねているが、それがまた愛らしく、彼女らしさをかもし出している。
そのまま姫君らしくドレスを着こみ、ニッコリ微笑んでいれば、亡くなった母譲りの美貌が映える、美しい王女の出来上がりなのだが──こうしている間にも、ひとところでジッとしているのが耐えられないと言わんばかりの、生命力に満ち溢れたオーラが噴出している。ソレが、彼女を上品な王女らしく見せるのを阻んでいた。
そこがまた、アリーナらしいと言えば、アリーナらしいのだが。
そんな彼女の様子に、いつものように微笑み返すことすら出来ず、クリフトは思わず眉間に皺を刻んだ。
「新年会のパーティで演劇を──ですか?」
怪訝そうに聞き返したクリフトの表情に気づいているだろうに、アリーナはそれには触れずに、ニコニコと微笑んだまま頷いた。
彼女の全身から、嬉しさと楽しさが滲み出している。
「ええ、そうなの! せっかくだからパーティらしく、余興でもしようって決まったのよ。
それで、私と、クリフトと、ユーリルと、トルネコさんで、演劇をするのよ。」
嬉しそうに微笑むその愛らしい顔は、見ているこちらも思わず釣られ笑いしてしまいそうなたぐいの物であったが、それで、そうですか、と頷いていたら、「相当のおてんば娘」と言われている彼女の幼馴染など勤めてはいられない。
そう、彼女に付き合っていくには、微笑み一つで陥落されたり、上目遣いに堕ちてしまってはいけないのだ。
冷静に──とりあえず、今胸に抱いている疑問だけは、解かねばならない。そうしないと、後々大変なことになるのは、自分であることは、昔からよく知っていることだった。
「決まったって──、一体イツ決まったのですか? 私は何も聞いてませんよ?」
首をかしげて問い掛けると、アリーナはニッコリと出し惜しみのない笑顔を振り撒く。
「ええ、だって、今決まったばかりだもの。」
「………………アリーナさま………………。」
堂々と告げられた台詞に、クリフトは思わずため息を零した。
そのまま、額に手を当てて頭まで振りたくなった。
けれど、グ、とそれをこらえて、クリフトは神官帽の縁の下から、上目遣いにアリーナを見やった。
彼女の頬がかすかに上気しているように見えるのはきっと、彼女自身、興奮して嬉しそうだからにほかならない。
そこへ水をさすのは非常に忍びないが、そうは言ってもいられない事情と言うものも、ある。
「何、クリフト?」
嬉しそうに、無邪気に首をかしげるアリーナに、クリフトは苦い笑みを刻みながら尋ねた。
「今決まったということは──私が夕飯を作っている間に、と、言うことですよね?」
十中八九そうだろうと思いながらの問い掛けに、彼女は当たり前だと言うように頷いてくれる。
「ええ。だってクリフト、隠し芸なんて持ってないでしょ? だから、私たちと一緒に、演劇でいいでしょ?」
「…………それは、いいんですけど──いえ、良くないですけど。
そうじゃなくて──姫様? その……新年会って、何ですか?」
そう……問題は、ソコからだった。
クリフトが夕飯を作り始める前までは、そんな話はまるで出てはいなかったはずだ。
というよりも、ほとんどのメンバーが、「もうすぐ正月」なんていう事実すら忘れていたことだろう。
12月に入り、クリスマスが近づいた頃からずっと、どこの町も忙しげで、宿の部屋を取れることも少なく、野宿の生活が長く続いてしまっていた。
おかげで、、今が何日だったかという感覚すらなかったはずだ。
いや、正しくはクリスマスだけはクリフトが神官であるため、しっかり覚えてはいたのだが、その後──「新年が来る」という感覚さえ、無かったのだ。
「え? アレ? 私、最初に言わなかったかしら??」
目を丸くして、キョトン、と問い返してくるアリーナの愛らしい顔に、コックリ、とクリフトは頷いた。
「ええ、ココへ来てはじめに、演劇をすることになった、と、そうおっしゃっただけです。」
「それは、ごめんなさい。
あのね、クリフト。お正月を、トルネコさんの家で迎えることになったのよ。
それで、どうせだからクリスマスパーティの時には出来なかった、『余興とかかくし芸』をしようって事になったの!」
両手を広げて、楽しそうに笑って告げてくれるアリーナの言葉に、そうですか、と微笑み返しながら、クリフトは確信した。
そういう余計な入れ知恵をしたのは、マーニャに違いない、と。
そしてきっと、その話を聞いて、アリーナとユーリルが、目を輝かせて、何かやりたいと、そういったのだろう。
ところが、2人とも、余興やかくし芸と言うと、かわら割りだとか、花輪作りだとかしかない──ココで注釈を入れておくと、前者がアリーナで後者がユーリルの特技である。決して逆ではない──。参加できないと、ガックリする2人に、トルネコがいつもの仏様な笑顔でこういってくれたのだろう。「なら、四人で簡単な劇でもしましょうか」……とでも。
「──……クリフトは、演劇に出るのは、イヤだった?」
ため息を零すクリフトを、不安そうにアリーナが見上げてくる。
その目を見た瞬間、喉まで出掛かっていた、「演劇なんてやめましょう」という一言が、飲み込まれてしまう。
なんだかんだ言っても、大切な姫君を困らせるのだけはしたくないという気持ちは、強くクリフトの中にあるのだ。
たとえ、どう考えても演劇なんて無理だろうと、心の奥底から思っていたとしても、それを一言の元で「無理だ」と言い切るのは、避けたいところだ。
だから、イヤだと言う代わりに、クリフトは苦い笑みを刻み込むと、
「そう言うわけではないのですが──……姫様、ブライさま達が何をするのかは、決まっているのですか?」
まずは遠まわしに、そう聞いてみた。
演劇をやめるなら、代わりに彼女たちが心引かれるような内容の余興を提案しなくてはいけない。
そのためには、共にパーティをする面子の余興やかくし芸が何であるのか、知っておく必要があった。
話を振ると、アリーナは満面に笑顔を咲かせて、大きく頷いた。
「ええ! ミネアが横笛を吹いて、マーニャがソレに合わせて踊るのよ! モンバーバラ仕込の踊りを見せてくれるのですって! 私たちがモンバーバラに行ったときにはもう、パノンさんのお笑い劇場だったから、踊りを見るのは初めてよねっ!
それから、ライアンさんがバトランドで訓練時に習得した、「剣舞」を見せてくれるって言うから、ブライがそれにあわせて三味線を弾くそうなのよ! ブライが三味線を弾けるなんて、私もはじめて聞いて、ビックリしたの!」
今にも浮き立ちそうな様子でそう笑う姫様の、あまりの愛らしさに──というよりも、あまりの現実に、眩暈を覚えた。
正直な話、マーニャが踊りで来るのは考えられていたことだ。
けれど、まさかライアンまでもが剣舞を見せてくれるとは思っても見なかった。しかも、残り2人がそれのバックミュージックとは。
「そうですか……皆さん、音楽と踊りできましたか……。」
やろうと思えば、トルネコの腹太鼓でも、ユーリルのあやかしの笛でも、音楽もどきな余興なら出来た。
クリフトも教会で倣っていたことがあるから、聖歌を歌ったり、ピアノを弾いたりくらいは出来る。アリーナのために、教会からシンバルや太鼓を借りてきても良かった。
けれど、三組が揃って音楽や踊りの余興をしてしまう、というのも──ほかの面子から、反対にあうことは間違いない。
なら、音楽をするのはあきらめなくてはいけない。
「そう──ですか…………。」
かと言って、あきらめて演劇をする、というのも、出来れば避けたいところだ。本当に余興代わりにするにしても、素人ばかりの4人で、セットも台本も無い状態で、一体何をどうするというのか……考えただけでも頭が痛いのだ。
ほかに何か簡単に出来て楽しめるような余興はないのか、と、軽くクリフトが下唇を噛んだ時であった。
「クリフトっ、アリーナっ! 衣装は、ミネアが今ある服を改造して作ってくれるってさ♪ 十分間に合うって言ってるぜ。」
跳ね上がるような足取りで、ユーリルが2人の元に駆けつけてきたのは。
満面の笑顔で、そう笑って告げてくれる台詞は、もう何もかもが手遅れになっているらしい、と言う事実だった。
クリフトの知らぬところで、話はトントン拍子に進んでしまっているらしかった。
それも、自分が夕食当番だからと、まじめに夕飯を作っている間に、トントンと。
「えっ!? 本当にっ!?」
ぴょんっ、と、嬉しそうに飛び上がったアリーナの、それはそれは嬉しそうな顔を認めた瞬間、クリフトは己の敗北を悟った。
もう、ユーリルもアリーナも、「演劇」をする以外の余興やかくし芸を受け入れてくれることはないだろう。
なら、自分に出来ることは、なるべく演劇が出来るような状況にしてやることだけだ。
衣装が出来たというなら、せいぜいが、簡単な劇になるように、台本を軽く整えてやる程度だろう。
それくらいなら、クリスマスの聖誕祭の劇を、神学校時代にやったことが在るから、出来ないわけじゃない。
小さくため息を零し、中断していた料理の盛り付けの続きに入る。
昼ごろに、ライアンが取ってきてくれたウサギのソテーに、ミネアとトルネコが摘んできてくれた野草と果実で作った野草のサラダ。残っていた干し肉で作ったスープ──大して手の込んでいない料理ではあるが、コレにパンを添えたら、今日の夕食の仕度は終了だ。
話を聞く前に夕飯の準備を終えていた良かった、と思った。
もし、準備をする前にこのことを聞いていたら、料理になど身が入らなかったに違いないのだから。
「本当、本当! 後は配役を決めるだけだよなー……って、あ、美味そう。」
アリーナの横に立って笑いながら、すかさずユーリルが手を伸ばしてくるのに、パシンッ、と彼の手の甲を叩いてやる。
「いたっ。」
「摘み食いなんてしなくても、すぐに食事です。」
少し八つ当たり気味に睨みつけてやると、ユーリルはペロリと唇を出した。
「だって、美味そうだったんだもん。」
そんな彼に、くすくすとアリーナが笑う。
「ユーリルは食いしん坊だから、猪八戒に決まりねっ!」
「ええっ!? マジっ!? アレの適役は、トルネコさんだろっ!?」
大げさにのけぞり驚くユーリルに、アリーナは、どうしようかなー、と、わざとらしく顎に手を当てて悩むフリをする。
そんな彼女に、
「そんなこと言ってると、アリーナは三蔵法師の役に決定するぞ……ずっとパトリシアに乗って、揺られる役だからな。」
意趣返しとばかりにユーリルが顎を軽く上げてそう告げる。
途端、ばっ、と彼の方を向いて、アリーナは叫んだ。
「ダメよっ! 私は、孫悟空役をするの! 三蔵法師は、クリフトがぴったりじゃないの!!」
明確な──あまりにも有名な「役柄」の名に、クリフトは軽く目を見張った。
この台詞から想像されるのは、当たり前と言えば当たり前な物語の名前だった。
──アレを、演劇で、すると?
「あー、そのまんまだよな、クリフトの場合。」
うんうん、と頷き納得するユーリルに、アリーナは得意げになって笑う。
「ねっ、そうでしょ? やっぱりクリフトは、三蔵法師よ。」
「そうそう。ほーんと、そのまんま、そのまんま──孫悟空のいたずらが過ぎたら、それをたしなめるところとか、保護者っぽいところとか。」
「………………ちょっと、ユーリル?」
うんうん、と、更に頷いて納得した風を装うユーリルの口元に、ニヤリと笑みが浮かび上がる。
思わずジト目で睨み揚げるアリーナの視線から逃れるように、彼はさり気に一番星が瞬き始めた空を見上げて、
「あぁ、そうだった。孫悟空に説教するのも三蔵法師だったよなー。」
そう、続けた。
「……………………ユーリルっ! どういう意味よっ、それはっ!!」
「いつもの自分の行動を振り返ってみたら?」
起こった風を装って小さくこぶしを振り上げるアリーナの手を、ひょい、と避けながら、ユーリルが笑う。
そんな2人に、クリフトは小さくため息を零した。
──てっきり劇だとか言うから、赤頭巾ちゃんとか、マッチ売りの少女とか、そういう……簡単なものだと思っていたのに。
「──……あの……ですね…………。」
何を考えているのだろう──そんな頭痛を覚えながら、額に手を当てそうになった青年は、慌ててその手を止める。
料理をしている最中に、皮膚に触ってはいけないし、髪を掻き揚げるなど言語道断だ。
だから、その動作の代わりに、もう一度たっぷりと深いため息を零した後、
「お分かりになってますか、お2人とも?」
グッタリと疲れた心地で、彼は亜麻色の髪の姫君と、翠の髪の勇者さまを見やった。
「ん?」
無邪気に自分を見上げてくる二人は、とても楽しそうな様相を目に浮かべていた。
2人が、ひどく新年会の演劇を楽しみにしているのは、見て分かった。
アリーナは演劇を見たことはあるが、やったことは無いだろうし、ユーリルに至っては、演劇を見たこともあるかどうか分からない。
それを思えば、未知の経験に心躍らせているのは分かったが、現実だけは、きちんと突きつけておかねばならない。
「年明けは……あさってなんですよ? たった二日で、どうやって──………………、西遊記なんて、できると思っているんですか?」
──ユーリルはとにかくとして、アリーナは、西遊記の話だって、読んだことあるはずだろうに…………。
はぁ、と──すでに何度目か分からないため息をもう一度零すと、
「だーいじょうぶよ! ちゃんとクリフトが、台本も考えてくれるし。」
「そうそう。新年会の余興だし、本格的なものじゃなくてもいいんだって。」
お気楽ご気楽な台詞が、当たり前のように返って来たのであった。
「それで結局、ただのコスプレになったの?」
いつもよりも過剰な気のする衣装に身を包んだ美しい踊り子が、にんまりと紅を引かれた唇に笑みを刻んで、目の前の四人を見つめる。
ミネアが頑張って縫ったという衣装と、さらにネネが気を利かせて用意してくれたという小道具のおかげで、四人は素人劇団には見えないほど、しっかりとした衣装になっていた。
アリーナは、赤い服に金色のワッカ、更にお尻からは可愛らしいサルの尻尾を模したものがついていて、右手に握られているのは如意棒──赤い棍。
「この尻尾、フカフカで可愛い〜v」
本人は、一番尻尾が気に入ったらしく、ネネに衣装につけてもらったときからずっと、その柔らかな手触りを楽しんでいた。指先でフニフニと押してみたり、両手の平で挟んで撫でてみたりと、至極ご機嫌である。
──まぁ、室内で如意棒を振り回されるよりも、ずっとマシだったが。
「コスプレじゃないってば。ちゃんと、出発するまでのシーンの台詞は、頭に叩き込んだんだからな。」
じゃらり、と重々しい大型の色ガラス玉が連なった長い数珠を手に取り、ユーリルはそれを首にかける。
劇の中で使う武器であるところの降妖杖は、すぐ近くの壁に立てかけていた。
錫杖の上に戒刀がついているような形をしている物で、沙悟浄の武器である。わざわざネネが武器を組み合わせて作ってくれたもので、その先についている刃物は本物のため、扱いに注意が必要なものである。
「どこまで出来るのやら、楽しみにしてるわよー。」
くすくす笑いながら、マーニャは手首と足首につけた飾りを、シャラン、と鳴らした。
普段から踊りで鍛えている彼女は、少しの仕草で身に付けた物を華麗に鳴らすすべを身に付けていた。
綺麗に響いた音に、ふ、とクリフトが顔をあげた。
「──あれ、ユーリル? 頭は剃らなかったんですか?」
いつもと違う服装に身を包んだ青年の、振り返った瞬間のあまりと言えばあまりな言葉に、ユーリルは憮然と顔をしかめる。
「なんだよ、それはっ!」
「あっ、そういえばそうよねっ!? 沙悟浄って言えば、河童だものっ! やっぱり頭には皿がいるわよねっ!?」
クルン、と振り向いたアリーナが、真剣な顔で食器棚に飾られた皿を見つめる。
そんな彼女の視線に、イヤな予感を覚えつつ、ユーリルはパタパタと顔の前で手を振った。
「かぶらないからな、皿なんてっ!」
「そーですよ? それに、沙悟浄さんは、川の精であって、河童じゃないって言う説もありますから、別にこのままでもいいんじゃないですかね?
──あのお皿、高かったから割られると困りますしね。」
ゴッソリと、ネネが作ってくれた豚の耳付きの帽子を頭にかぶりながら、トルネコが朗らかに笑った。
その台詞に、なーんだ、と残念そうに呟くアリーナに対して、ユーリルは、良かった、と素直に胸を撫で降ろすことはできなかった。
「…………トルネコさん……一瞬、僕のフォローをしてくれた、とか思ったのに…………。」
「えっ、いえっ、もちろん、ユーリルさんが重い皿を頭からかぶって、首をいためるのも、申し訳ないな、って思いましたよっ!?」
慌ててフォローに入るトルネコに、いいもん、と一人で拗ねて壁に額をくっつけるユーリルに、あららら、とマーニャが面白半分に笑いながら、少年の肩をポンポンと叩いてやった。
「ユーリル、お姉さまが慰めてあげるから、ほら、いらっしゃい。」
ニッコリ微笑んで、豊満な肉体を惜しげもなくさらすマーニャを、チラリ、と横目で見てから、ユーリルはどっぷりと疲れたようにため息を零した。
「年増はヤだ。」
失言だと分かっていながら、ポツリ、と小さく零す。
そして、それはやっぱり失言だった。
「──……なぁんですってぇぇぇっ!?」
大きく広げたマーニャの両手に、ゴォッ、と思いきりよく炎が溜まる!
「ぅわっ、ごめんっ! 冗談っ! 冗談だからっ!」
慌てて壁から身を翻して、両手をブンブンと縦に振るうユーリルに、
「おっほっほっほっほっ! よくもまぁ、自分のお肌はピチピチだと思って、言うこと言ってくれるじゃないの、ユーリルちゃぁん!?」
マーニャは遠慮もなく、炎の熱気を手のひらの上で練り上げて、すさまじい目で彼を睨みつける。
瞳の中にも炎が宿ったその眼差しに──、
「マーニャさん、遠慮なく、ユーリルの頭のてっぺん、サックリ焼いちゃってもいいですよ。
リアリティが出て、いいでしょうしね。」
ネネ手作りの、三蔵法師の冠を、カッポリと頭からかぶりながら、ニッコリと──法師さまそのものの、柔らかで優しい微笑みで、クリフトが許しを与えた。
「なんで頭のてっぺんから話がずれないんだよっ!」
慌ててユーリルは、トルネコの後ろに姿を隠しながら、マーニャとクリフトに向けて怒鳴る。
「だいたい、沙悟浄は、河童じゃないって、トルネコさんも言ったじゃないかっ!」
「そうよね。河童じゃないなら、頭が皿になると困るわね。」
アリーナも、ユーリルに頷き──よし、クリフトを止める手立てを見つけたとばかりに、ユーリルはホラ見ろ、とクリフトに向かって叫んだのだけど、
「おや、知らないんですか? ……沙悟浄は、確かに河童じゃない可能性もあるんですが、頭のてっぺんは剥げてるんだって、きちんと小説にも書いてあるんですよ。」
相手の方が、一枚も二枚も上手だった。
そして、クリフトの穏やかな……本当に心優しい三蔵法師そのものの微笑を受けて、
「それじゃ……多少手加減して、メラミにしてあげるわねーん、ユーリルv」
ゾッ、と背筋が凍りそうなほど、あでやかで壮絶な微笑を浮かべて、マーニャが手のひらに宿った炎を、開放するっ!
ゴォッ! と、うねりを上げる炎の渦に、ユーリルは一瞬強く目を閉じて、
「…………っ! ま、マホステっ!!!」
────己の身を守るために、そう、叫んだ。
ひそかに、最初っから唱えて置けば良かった、と、後悔しながら。
息を小さく飲み込んだユーリルの目の前に、半透明の紫色の靄が立ち込める。
かと思うや否や、それはマーニャの放ったメラミを受け止め──魔力の炎を打ち消した。
無事に受けきったそれに、はぁ……と、ユーリルは安堵の吐息を零す。
そんな彼に、向けて、マーニャが愚痴のように呟く。
「んもーっ! 一発くらい、素直に受け取りなさいよっ!」
半ば本気のような八つ当たり気味の台詞に、クリフトが呆れたように両目を瞑ってため息を零す。
「受け取っていたら、ユーリルの髪の毛が丸こげですよ……マーニャさんの魔力値は、抑えていてもすごいんですから。」
「──……って、クリフト? もしもし?」
トルネコの肩に体重を乗せながら、ユーリルは不穏な台詞を吐いてくれた気がしてならないクリフトに、視線を向ける。
その先で、クリフトは、くすくすと小さな笑いを零していた。
「ギリギリまでマホステを唱えないから、どうしようかと思いましたよ……本当に。」
「────……〜〜なっ、なら、最初っから、煽る前に僕に言ってくれればいいじゃないかっ!!」
「言っていたら、反省しないでしょう? ──さすがに、女性に対してあの台詞はいけませんよ、ユーリル。
……たとえ、冗談でも、マーニャさんが冗談だと分かっていても、です。」
チラリ、と片目を開いて冷ややかに説教モードに入ったクリフトに、う、とユーリルが言葉に詰まると、
「そーよ、ユーリル。」
カツン、とヒールの高い靴で高らかな音を立てて、マーニャがトルネコの正面に立つ。
そして、ニッコリと魅惑的に微笑むと、赤いマニキュアの塗られた指先で、ぶに、と、ユーリルの頬をつねりあげる。
「いたたっ。」
「相手があたしだから、言ったのかもしれないけど、親しき仲にも礼儀アリ、って言うでしょ?
──そんなにあたしを年増扱いしたいなら、塾女の魅力ってヤツを、一晩かけてわからせてやるわよ、コラ?」
ねっとりとまとわり付くような甘い声で、マーニャは楽しそうに笑いながらユーリルの耳元に囁く。
その声に、肌があわ立つのを感じながら、慌ててユーリルは彼女の腕を振り払った。
「い、いいっ! 僕が悪かったからっ! ほんっと、ゴメンっ!! ゴメンなさいっ!!」
「……ぷっ、あっはっはっはっはっ! ほんっともう、可愛いわねー、あんたは。」
慌てて自分から逃げようとするユーリルを捕まえて、マーニャは己の腕に抱きとめると、そのまま乱暴に彼の頭を撫でてやる。
その、豪快な仕草に、ヤレヤレとトルネコは肩をすくめ、クリフトに苦く笑いかけた。
そして、その一連のやり取りを、尻尾を撫でながら見つめていたアリーナは、
「??? マーニャの魅力をわからせるって……マーニャはもともと、魅力的だと思うわよ??」
何が一体どうなっているのかわからない顔つきで、小首を傾げた。
瞬間、
「んーっ、いい子ね、アリーナは。」
チュッ、と、音を立ててマーニャが彼女に向かって投げキッスを送る。
ウィンクもついたそれに、何がなにやらわからない心地ならがも、うん、とアリーナは頷く。
「ありがと、マーニャ。」
とりあえず褒められたらしいと決めて、アリーナはいまだにマーニャに捕まっているユーリルの横を素通りすると、法衣の具合を確かめているクリフトの隣に立って、
「クリフト、見てみて、この尻尾♪」
「よくお似合いですよ、姫様。」
手に握っていた尻尾を差し出す。
それに、ニッコリと微笑むクリフトに、さらにニッコリと微笑み返し、
「触ってみて?」
「………………………………………………………………いえ………………さすがにそれは、ちょっと…………………………。」
天然なまでに、明るい笑顔で、クリフトを困らせるのであった。
「え、どうして? すっごくフカフカなのよ、この尻尾。」
ほら、と、差し出してくるアリーナの手のひらに乗っている尻尾は、確かにフカフカに見えた。
触ってみたくないわけではない。
わけではないのだが──ソレが今、どこから伸びているのか、それが、問題なのである。
手のひらで口元を覆って、どうやって断ろうかと、クリフトが眉を寄せて悩んだほんの一瞬の間に、
「あっ、じゃ、僕も触ってもいいかな、アリーナっ!?」
無理矢理マーニャの抱き寄せ地獄から脱出したユーリルが、マーニャから逃げるようにアリーナの元へとかけていく。
そんな彼の頬に、イヤミのように赤い口紅の後がついているのは──正しく、マーニャのイヤミであろう。
油がベットリとついている気のする頬を拭いながら──もちろん、そんなことで踊り子の口紅が取れるはずもなかったが──、ユーリルが駆け寄ってくるのに、アリーナは破顔して迎えた。
「もちろん!」
明るく弾む主君の声を耳にした瞬間、クリフトはなんとも言えない顔で、顔を手のひらで覆った。
──まさに、このアリーナにしてこのユーリルあり。
論法は間違っているが、今の彼の心情は、ソレであった。
「すっごく手さわりがいいのよ。ネネさん、きっとウサギの毛を使ってくれたんだわ!」
差し出しながら、うっとりと尻尾を触れるアリーナに、
「サルの尻尾なのに、ウサギの毛〜!?」
笑いながら、ユーリルが手を伸ばす。
そこへ、
「ユーリル、ちょっと待ってください。」
クリフトは、クイッ、と、狙ったかのようなすばやさで、ユーリルの後ろ襟首を掴んで引き寄せた。
「ぅわわっ! な、なに? クリフト?」
先ほどの、「頭はげ事件」が記憶に新しいユーリルが引き攣りながら振り返る。
その彼の視線の先では、クリフトが非常に苦い顔つきで、ユーリルを見下ろしていた。
──この顔と、この声音は、説教モードだ。
間近で見上げながら、ユーリルは確信した。
その彼の確信を認めるように、クリフトはニッコリとした微笑をアリーナにも向ける。
「なに、じゃありません。それにアリーナさまもアリーナさまですよ。」
さりげに、尻尾を差し出すアリーナとユーリルの間に距離をとり、クリフトはキョトンとしている彼女をため息たっぷりに見つめる。
「……え、何が? クリフト?」
分かってない風に首をかしげるアリーナも、
「クリフト、首、苦しいっ。」
ジタバタあがきながら、クリフトの手を外して喉に手を当てるユーリルも。
2人揃って、クリフトが「説教モード」に入っている事実を知りながら、一体どうしてそうなってしまったのか理解しては居ないだろう。
居ないからこそ、安心できるのであり、同時に愛しい天然だと言えるのだけど。
「いいんじゃないの、尻尾くらい? 本当にお尻から生えているワケじゃないだしー。」
ユーリルに逃げられて、手持ち無沙汰に両手を振りながら、マーニャが軽く笑う。
その声に、そうですよねぇ、とトルネコが同意するが、クリフトはそんなお気楽なことを言う二人に、断固として頭を振って見せた。
「いけません。こと、アリーナ様は、サントハイムの姫君なのですから、そのあたりは重々気をつけてくださらないと困ります。」
きっぱりと言い切る、真摯きわまりない眼差しに、そのまま、「こんなことで焼餅やいてたら、いい男が台無しよー。」と、からかう気満々だったマーニャは、言いかけた口をつぐんだ。
──今、口を突っ込めば、自分もクリフトのありがたいお説教に巻き込まれてしまうという危機感を感じ取ったためである。
クリフトはそのまま、まっすぐにユーリルを見やると、
「ユーリルも、ウサギの毛に触りたいなら、トルネコさんの耳にしてください。」
「は? なんで?」
「えっ、トルネコさんの耳もウサギの毛なのっ!?」
──やはり、天然コンビは分かってはいないようだった。
ここは、1から説明しなくてはいけないのかと、クリフトは髪をかきむしりたい気分になりながら、どっぷりと重く吐息を零す。
「──……アリーナ様、ユーリル……よろしいですか? 未婚の女性が、年頃の男性に向かって、そのような場所につけているアクセサリーのようなものを触らせるということは、世間体に見て、非常にまずいのです。
……具体的にはあえて言いませんけど、汲み取ってください。」
無邪気というにもほどがある。
そういいたい気持ちをグッとこらえながら、クリフトは最後に穏やかに微笑んでそう締めくくった。
「へー……まずいんだ、尻尾、触ったら。」
その気持ちを汲み取ってくれたのか汲み取ってくれなかったのか分かりづらい表情で、一つユーリルが頷いた。
とりあえず、お尻から生えているようなアクセサリー(?)を触るのは、確かにまずいといえばまずいかもね、という結論程度には達してくれたようである。
「具体的って、ほかにも何かあるの、クリフト?」
逆に、それを聞いてワクワクと目を輝かせるのはアリーナであった。
この尻尾に、何か活用法がっ!? そんな輝きに満ちている。
クリフトは、一瞬──長い付き合いになるアリーナだけに分かる程度に笑顔をこわばらせたが、すぐさまそれを穏やかな物に変えて、
「それは、アリーナ様が大人の女性として、もう少しご立派になられたら、お教えいたします。」
そう、説いた。
「それ」が、何を示しているのか理解したトルネコが、苦く唇に笑みを刻む。彼もまた、クリフトと同じように、年頃の無邪気な娘を持つ父親の感情を味わっているのには間違いなかった。
そして、「無邪気な年頃の妹」を持つ感覚のマーニャはというと、
「そーんな悠長なこと言っている間に、要領のイイ他所の男にパクリと食べられちゃって、痛い目を見ることで知っちゃうって、言うことも、あるわよねぇぇ?」
クリフトの反応を楽しむためだけに、そう──にんまりと、意地の悪いことを言ってやった。
アリーナが相手なら、そう簡単に事に及ばれることはないと言い切れたし、マーニャ自身、自分たちが一緒である限り、そうならないように注意はするつもりではあったが──思った以上に冷静なフリをする神官を、少し困らせてやりたかった。
「──マーニャさん…………。」
案の定、クリフトは困ったように眉を寄せ、唇を薄く開いてマーニャの名を呼ぶ。
マーニャは、そんな彼の表情に、楽しそうに笑った。
「ふふっ、冗談よ、冗談っ!」
しゃらん、と、腕や足につけたアクセサリーを鳴らしながら、マーニャは笑顔のままユーリルとアリーナを見やる。
クリフトの説教タイムを、ここで終わらせようと考えているのか、神妙な顔つきで黙っている2人に、彼女は自分の首からかけられた幾重にもなるネックレスを指差しながら、
「ま、アリーナもユーリルも覚えておくといいわよ。服の上からにしろ、肌に直接つけているものにしろ、女が身に付けているアクセサリーを触るっていうのは、本当に親しい者しかしないものなのよ。特に、アリーナみたいにお尻につけている物に異性が触るなんていうのは、言語道断っ!
誘っているわけじゃない限り、それを触れなんて進めるということは、自殺行為だってこと! ──覚えておきなさい。」
最後に軽く片目を瞑って、簡単な講義を終えると、アリーナは自分が手にした尻尾をマジマジと見て、そうよね……と小さく呟く。
ユーリルも、マーニャにはっきりと言われて、ようやく自分が相当まずいことを口にしたのだと気づく。
特に踊り子であったマーニャの最後の一言は、痛烈だった。
「……ありがとうございます、マーニャさん。」
納得して、一応の反省をしているらしい2人の様子に、安堵を上らせながら、クリフトがマーニャに小さく頭を下げる。
異性の……しかも想い人相手に、そのようなことをはっきりと口にすることが出来なかったクリフトに、ヤレヤレと、マーニャは腰に手をあげながら片眼を瞑ってため息を零す。
「どういたしまして。クリフトも、ああいうときくらいは、ズバッ、って言ってやったらいいのよ。
相手がユーリルだったからいいような物を。」
ここで、「あんたとユーリルだったら」と言ってしまったら、あまりに目の前のクリフトに対して哀れだ。
そう思ったらしいマーニャの気遣いに、クリフトは首をすくめるように頷く。
「ええ──アレを、サントハイムの各国を招いたパーティなどでやられてしまったら、どうしようかと、一瞬肝が冷えました。」
そして──アリーナの前では言わなかった本音を、ポロリ、と零してくれた。
三蔵法師に格好の法衣の上からすばやく神への感謝の印を切るクリフトに、
「……………………………………………………………………アリーナとユーリルが相手じゃ、あんたも相当難儀だと思ってたけど、訂正するわ。」
マーニャは、胡乱げな眼で神官を睨み揚げながら、髪を掻きあげて、やってられない、と匙を投げた。
「あんたが、相当難儀なんだわ。」
THE END☆
オレンジペコ様より頂きました年賀メールより作成、ささげさせていただいた品を、ご好意に甘えて当サイトでもアップさせていただきましたv
アリーナとクリフトを、もう少し普通にラブラブさせたかったのですが──無理でした(涙)。
ちょこっとラブラブな続きの小話を、本館の頂き物にアップさせて頂いてます〜。
クリアリ、クリアリ♪
少し後。
「わー……ウサギ毛、もこもこ、ふかふか、しゃわしゃわー。」
幸せそうに、トルネコの耳に頬ずりするユーリル。
トルネコは、帽子を取られた形で、笑ってそれを見守っていた。
「しゃわしゃわってなんですか、しゃわしゃわって。」
思わず突っ込むクリフトに、
「んー……こんな感じ?」
はい、と、ユーリルがトルネコの帽子を名残惜しそうに差し出してくる。
それを、いいですよ、と、受け取り拒否をしたクリフトの背後で、
「クリフトー。ちょっと見てほしいんだけど、この金環、なんだか締め付けがきついみたいなの。」
アリーナが、片手に持った如意棒を机の上に置いてやってくる。
「どれ? 少しいいですか?」
「うん。あわせられる?」
「あぁ、後ろの髪を少し環の上に出したら、どうでしょう?」
「まかせるわ。」
すぐさま、ユーリルを放り出して(笑)、アリーナの元に駆けつけるクリフト。
なんだか友人は、友よりも好きな人って感じで、面白くないユーリルである。
「ま、主君でもあるし、幼馴染でもあるから、しょうがないんだろうけど──。」
「はいはい、寂しくなったらおねえちゃんが構ってあげるから。」
「マーニャ、こないだもそう言って、僕よりもカジノを取ったじゃないか。」
「いいじゃない、あのときはミネアが相手してくれたでしょ?」
「うっ……そう言うと、まるで僕がダダッコみたいに聞こえる……っ。」
「あんたが、もう少しカジノが得意だったら、話は別なんだけどねぇ……。一緒に連れてくのに。」
「僕は別に、賭け事に弱いんじゃなくって、普通なんだよ! マーニャが僕のコインを持っていくから、いっつも負けるのっ!」
体を屈伸させたりして、少しずつ体を動かし、ほぐしていくマーニャ相手に軽口を叩く。
そんな2人の目の前で、アリーナが金環をはめたまま、クリフトに髪を出してもらって調整してもらっている。
なんとはなしに、ユーリルはそれを眺めながら、背を壁に預けて、
「──なぁ、マーニャ?」
「なぁに? ちょっとユーリル、あんた、背中を少し押してよ。」
足を開き、思い切り良く体を前に倒すマーニャの体はやわらかい。パーティで一番柔らかな彼女は、そのままペッタリと地面にくっつくことが出来るのだ。
ただ、今は体を解していないので、まずは人の手助けを必要とするのだろう。
マーニャに言われて、彼女のしなやかな背に手を当てて押してやりながら、
「頭につけてるアクセサリーは、異性が触っても大丈夫なのか?」
「──はぁ?」
「だって、今クリフト、アリーナがつけたやつをそのまま弄ってるだろ? さっきまでの話で行くと、とりあえず外してからじゃないとダメなんじゃないの??」
言われて、顔をあげると、クリフトは丁寧にアリーナの髪を手櫛で整えていた。彼女の柔らかで少し癖のある髪を傷つけまいと、細心の注意を払っているのは、見て取れた。
「……………………ユーリル、アレはね、『すんごく親しい者同士』だから、いいのよ、別に。」
パタパタ、と、あっさりとその光景に見切りをつけ、マーニャは、もう少し強く押して、とユーリルに注文をつける。
そこでユーリルは、手のひらに体重をかけながら、クリフトとアリーナを見やった。
「ふーん……そっか。
それじゃ、後でアリーナに教えとくよ。」
「──何をヨ?」
「尻尾。クリフトに触らせてもOKだってこと。」
だって、触らせちゃいけないって言われた時、すっごく残念そうにしてたもんな。
そう、自分で納得したように頷く、友人への心優しい気遣いを見せるユーリルに、ピタリ、とマーニャは屈伸していた手を止めた。
「……………………………………ユーリル?」
そして、穏やかに──言葉から笑いが零れないように、彼の名を呼んだ。
「ん、何?」
「──そう言うとき、こう付け加えたほうがいいわよ。」
「?」
「『クリフトは他人の前だと照れるから、今夜、2人っきりのときに言え』────ってね♪」
声をはずませないように──でも、しっかり語尾に楽しげな音符をつけながら、マーニャは笑って言った。
「あ、そっか。うん、分かった。」
素直に頷くユーリルに、よっしゃ、と、マーニャはひそかに握りこぶしをした。
そして、その光景を、第三者の眼で見つめていたトルネコは、いいように使われているユーリルが、今日の夜、クリフトから説教されるに違いないのだと────そう、確信するのであった。