「微笑み」の価値




 それを見つけたのは、戦闘の合間の休憩時間のことだった。




「あれ? ピサロとロザリーさんは?」
 本日のオヤツに広げたドーナツを頬張りながら、首を傾げたのは深緑の髪をした少女──意志の強い瞳を持つ娘である。
 今日の早くに出発した村の、親切な宿屋の女将さんが作ってくれたドーナツは、この上もなく絶品で、戦闘の連続で疲れた身体を癒してくれるのには、十二分すぎるほどの能力を持っていた。
 白い砂糖をまぶしたドーナツを、美味しそうに齧っていたミネアは、煙るような眼差しを彼女に向けながら、つい、と形良い指先で示した。
「あちらの方に行かれましたよ。」
 そのとたん、ミネアの隣で、二つ目のドーナツを物色していたマーニャが、眉間に皺を寄せて顔をあげた。
「また?」
 その声も嫌そうな雰囲気がたっぷりこもっていて、思わず正面にいたクリフトは、それをたしなめる。
「マーニャさん。人には人の事情というものがありますから……。」
 しかし、そのまま続きそうな説法を止めたのは、三つ目のドーナツに齧りついていたアリーナであった。
「そうは言うけど、場合が場合だと思うわ。だって、アイツ、一緒に休憩取った試しがないじゃない?」
「そうそう。こっちが気に掛けてしゃべっても、ツン、って感じで、見向きもしないわ。間にはさまれたロザリーさんに悪いから、あえて言わないけどねー。」
「……姉さんは、きっぱり言ってると思うわ。」
 ミネアが溜息とともに突っ込んだのも、事実であるが。
 確かに、ピサロは、一行のリーダーであるリラが休憩を告げると、すぐにフイ、と居なくなってしまう。
 この間の夕飯の時だってそうだ。
 ピサロの分と、ロザリーの分もよそって待っていたのだけど、彼らは朝まで帰ってくることはなかった。
 ちょうど食事当番だったマーニャは、それに怒り、ピサロを指差し怒鳴りまでしたのだ。
 そっちからじゃ歩みにくかろうと思って、いろいろ心砕いてやってんのに、何様のつもりよ、あんたはっ!!
 ──と。
 それに対して返って来たピサロの答えがまずかった。
 彼は、眉一つ動かさず──それこそ、自分たちを敵視していたときのほうが、感情がこもっているのではないか、という顔つきで、あっさりと言い切ってくれたのだ。
「お前らと馴れ合うつもりはない。」
 ──……確かに、彼が今までしてきたことを思えば……いや、その表現は正しくない。
 彼が、したことで、私達が被害を受けたことを思えば、こうして私達が受け入れているのは、正直な話、スゴイ、と思う。
 というか、ありえていいのか、こういう話!? と、リラも思いはするのだ。
 けれど、ロザリーを生きかえらせるときも、ピサロと共に戦うと決めたときも、そういう感情はナシにすると、仲間うちで決めたのだ。たとえ個人的感情がついてこなかたとしても、抑えこむくらいはできると、誰もがそう断言したのだ。
 だから、ピサロやロザリーが居心地の悪い事にならないようにと、マーニャもミネアも、クリフトもアリーナもブライも、ライアンも、トルネコも──そして、リラも。
 なるべく他の仲間と変わりなく、普通に接してきた。
 けれども。
 ロザリーはともかくして、ピサロの態度というのが、馴れ合う気もない、どころではないのだ。
 彼らは、私達を信頼していない。ただの力の道具にしか思ってはいないのだ。
 ロザリーは、それがわかるからこそ、私達とピサロとの間を走りまわっている。
 だから、仲間は何とかしてピサロと話をしようとするのだけど。
「お前らは、何かあると話し掛けないと気がすまないのか。」
 と、冷たい返事しか返さない。
 かっちーん、と来るのはマーニャである。
「それが仲間ってもんでしょうがっ!」
「俺は、お前らの仲間になった覚えはない。」
 キィィッ! と、怒り心頭に達したマーニャが、ドラゴラムを唱えようとするのを、皆は必死で抑えるしかなかったのであった。
 正直な話、これがほんの短い道中に過ぎない仲間であれば、戦闘に障害がない限り、なんとかしようと思わないのかもしれない。
 けれども、リラには分かっていた。
 これが、ここだけの問題ではないことが。
 デスピサロを中心に、誰もが傷を負っている。
 故郷で子供を連れ去る事件に出会い、同僚を失い、嘆く者を目にした戦士。
 大切な人たちを、神隠しのように失った人達。
 その身を、常に魔物に狙われながら旅をしてきた商人。
 父の仇を追っていた姉妹。
 そうして。
 自分が何も出来ないまま、全てを失い──始まりの場所に立った、「私」。
 ピサロを前にして……例え全ての責が彼にあるわけではないと分かっているけれども、彼が下した判断の元に、起こり得たことなのだ。
 だから、憎くないわけじゃない。怒りを覚えないわけじゃない。
 でも、旅の間に、それだけじゃない思いも生まれている。私達は「人」だから、それを大切にしたいと、そう決断した。
 だから、こうして一緒に旅をしているのに。
 だから、こうして共に歩める道を模索しているというのに。
──彼は、私達を受け入れようとしない。
 彼は、「人」を、受け入れない。
 これから先を考えれば、私達こそ、人と、人外の者の間に立たなければいけないというのに……。
「……私、探してくるね。」
 つい、と立ちあがり、リラは仲間達を淡い微笑で見つめた。
 マーニャは嫌そうな顔を隠そうとはしなかったけれども、無言でドーナツを掴むと、それをリラに差し出した。
「はい。」
「……え?」
 きょとん、と目を見開くリラに、ミネアがクスクスと笑いながら、紙ナプキンを取り出す。そして、マーニャが手にしている三つばかりのドーナツを、その上においてから、リラに持たせた。
「お二人に、持っていって差し上げて下さいな。」
 にっこり、と笑うミネアを、チラリ、と横目で見やるものの、マーニャは何も言わなかった。
 リラは、大切な宝物でも受け取ったかのように、嬉しそうに瞳を細めて、大きく頷いた。
「リラさん。これも。」
 そんな彼女に、今度はクリフトが何か差し出す。
 慌てて片手を差し出した彼女の手の平の上に、ぽん、と置かれたのは、細長い筒──水筒であった。
 軽く振ると、中からチャプンと心地よい音がする。
「さすがに、飲み物が無いと辛いでしょうから。──暖かな飲み物が必要なら、遠慮なくおっしゃってくださいと、伝えて下さい。」
 にっこりと笑う神官の優しい微笑みに、リラはつられたように笑った。
 神官という職にあるためか、それとも幼い頃からアリーナの遊び相手を勤めてきたからなのか、彼の側はとても居心地が良かった。
 兄が居たら、こんな感じなのだろう。
「うん──行ってくるね。」
 仲間達の、優しい心遣いに背中を押されて、リラは些細な勇気を使って歩き出した。
 魔族と人との掛け橋になるために。




 声は届かない。
 ただ見た先に彼らがいるのを認めた瞬間、リラはホッとしたように笑みをこぼしただけだ。
 とりあえずは、近くにちゃんと居てくれる。
 その事実に、唇から安堵の吐息が零れただけだ。
 だけど。
 二人の姿を見た瞬間、リラは早めていた足を止めてしまった。
 純粋に、驚きからだった。
 太陽の光をさえぎる大きな木の下で、青年は幹に片肘を当てるようにして彼女を見下ろしている。
 彼女は、幹の根元に横座りになり、微笑みながら彼を見上げている。
 たわいのない光景だ。
 彼がマーニャで、彼女がミネアだとすれば、良く見かける光景だ。
 もしくは、リラやアリーナ、クリフトやライアン……仲間達の間で、幾度となく繰り返されてきた光景だ。
 なのに、この二人がそうしていると、リラはそれ以上足を踏み込むことが出来なかった。
 それどころか、息をすることすら忘れてしまいそうな驚愕に駆られていた。
 それが、疎外感なのだとわかっていたけれど、それだけじゃない感情が胸から沸き立つ。
 痛みじゃない。
 二人が二人の空気を持ち、自分たちを拒絶しているのは、とても悲しいことだと思うけど、それは今抱く感情じゃない。
 ただ、チリチリと鳴る驚き──そう、ショックだ。
「…………。」
 何がショックなのだろうと、リラはボンヤリと思いながら、手元のドーナツを見つめた。
 ツヤツヤと半分溶けた砂糖が、美味しそうに光っている。
 もう一度顔をあげたリラは、正面から青年を認めて──ああ、と小さく呟いた。
 確かにこれは、ショックだ。
 その雰囲気の甘さ、外界を拒絶するムード。
 それは恋人達特有のソレであり、二人の今までのことを思えば、これも仕方ないと思える。
 けれども。
「…………笑ってる…………。」
 リラは、何がショックだったかというと、とにかく、「それ」につきるのであった。
 そう、つまり。
 いつも冷徹な表情で、鉄面皮だったピサロが、笑っているのである。
 それも、冷笑だとか、自嘲だとかではなく。
「笑ってるよぉ?」
 甘い、とろけるような微笑みを浮かべているのである。
 それは、何がどうであろうと、リラにはショックであった。
 少し考えれば、いくら血も涙もない非道のものとて、愛する心を知っていて、しかも愛する人が前にいるのだから、とろけるような笑みの一つや二つ浮かべてもおかしくはないのであるが。
 でも、初めて見た日から、うすら寒いような、うそ臭い笑みしか見たことないリラとしては、ピサロがロザリーに、優しく甘い微笑みを見せている事実というのが、信じられなかったのである。
「…………ピサロもやっぱり、人間(?)だったんだ…………。」
 茫然と、リラは呟いて、ふらり、と踵を返した。




「あれ、リラさん? どうしたんですか?」
 さきほど持っていったドーナツを抱えて戻ってきたリラに、クリフトは軽く目を見張った。
 マーニャやミネア達と談笑していたアリーナも、顔だけこちらに向ける。
 マーニャに至っては、顔を険しく寄せて、何かされたの? と鋭く聞いてくる始末であった。
 リラは、唖然とした表情のまま、彼女達を見るや否や、ぽん、とドーナツと水筒をミネアに手渡した。
 思わず受け取ったミネアも、不審さと不穏さを滲ませて、リラを見上げた。
 リラと一番はじめに知り合い、彼女の閉じかけた心を開いた張本人であるマーニャとミネアは、自分たちに自覚があるくらい、過保護である。
 リラのちょっとした哀しみや嘆きに、敏感すぎるくらいに反応してくれる。
 だからこそ、マーニャは問答無用とばかりに、手元に置いてあった扇を手にした。すぐさまピサロの下へ殴り込みに行こうというムードである。
 ミネアはそれを片手で諌めながら──それでも、リラが戻ってきた原因がピサロならば、止めはしないという怜悧な表情で、リラを見つめる。
「リラ? 何があったの?」
 けれど、リラは答えず、ぺたん、とクリフトの隣に座り込んだ。
「リラさん?」
 不安そうに覗き込む彼の顔を見上げて、リラは不意に無表情に彼の腕を掴んだ。
 そしてそのまま、ぎゅむっ、と抱き込んで、身体ごとクリフトにのしかかる。
「……り、リラさんっ!?」
 驚いたクリフトにも反応せず、無言で身体を押しつける。
 慌ててクリフトは、倒れないように片手で地面を支えながら、左腕に見える彼女のフワフワの頭を見下ろした。
「何かあったのですか、リラさん?」
 まさか、言えないようなことをされたのではっ!?
 クリフトの声にも答えないリラに、マーニャをミネアの眦が上がる。
 アリーナも、心配そうにリラとクリフトへと近づく。
「うん……あったんだけどね。」
 小さく答えるリラの声の、あまりの力なさに、アリーナとクリフトは、彼女の頭ごしに視線を合わせた。
 一体リラに、何があったというのだろう?
 気の優しい少女ではあるけど、リラは基本的に勝気な性格をしている。
 特にピサロに対しては、優しい面ときつい面しか見せないという、両極端な方向を示している。
 それを考えると、彼に負けてヤスヤスと帰ってくるようなことだけはないはずなのだけど。
 それでも、彼女が「年頃の乙女」であることは確かで、更に相手のピサロは、年齢が幾つか分からないくらいの年寄りであることも間違いなかった。
 亀の甲より年の功ということわざからしても、リラが何らかのショックを彼から受けたのだとしても、別段おかしくはないことである。
「何があったの? リラ?」
 リラの背中を撫でながら、慰めるようにアリーナが尋ねる。
 いつのまにか、マーニャもミネアもリラの隣までやってきて、真剣な顔で彼女を覗き込んでいた。
 リラは、クリフトの腕にしがみついたまま、困ったように唇を尖らせる。
「ショックだったの。」
「……まった、あの男、リラの親切を棒に振ったのっ!?」
 語尾が跳ねあがると同時、マーニャが飛び出そうとしたのも無理はない。
 けれど、リラが差し出したドーナツを、険もホロロに扱ったという事実があったのかどうか、自分たちには分からないのだからと、ミネアはマーニャの腕に取りすがって姉を止める。
 このまま放っておいたら、昼間から超特大呪文のオンパレードを見なくてはいけなくなるのである。それだけは避けたかった。
「……甘い物が嫌いな方もいらっしゃいますから──ね?」
 クリフトが、優しく囁きながら、自由なほうの右手で、リラのやわらかな髪を撫でる。
 リラは子供のようにクリフトに甘えていると気付き、少し居心地悪そうに身じろいだが、腕を放そうとはしなかった。
「違う……違うの。
 私、ピサロとロザリーさんにドーナツを持っていっていないの。
 話しかける前に、戻ってきたの。」
 ぱっちりとした瞳を瞬き、暗い翳りを宿す。
 マーニャは、リラの斜め前に横座りになると、そっと手の平を伸ばした。
 そして、やわらかなリラの頬を撫でながら、優しく囁く。
「リラ?」
 からかいを口にするときの、艶やかで軽やかな口調とは全く異なり、いたわるようなシンミリとした優しさに満ちている。
 ミネアもマーニャの隣に座り、リラに微笑みかける。
「何があったのか、話したくないのならそれでもいいのよ、リラ?」
 だから、どうか、そんな悲しい顔をしないで?
 静かに語るミネアの声に、少し落ちついたらしいリラは、クリフトの腕を掴む手を、やんわりと緩めた。
 そして、上半身を起こすと、小さく、呟いた。
「──……笑ってたの。」
「────は?」
「え?」
「えーっと…………。」
「誰が、ですか?」
 呟かれた言葉に、マーニャの微笑みが強張り、ミネアが小さく言葉に詰まる。
 アリーナは彼女の背中を撫でる手を止め、クリフトが困惑した表情で尋ねた。
 リラは、気まずそうに頬を赤らめた後、
「ピサロが……笑ってたの。」
「そりゃ、あいつだって男だから、恋人の前じゃ笑うでしょ。」
 マーニャが、当たり前じゃない、と言いかけ──その表情を強張らせた。
 ミネアが、少し怒ったように彼女の脇をひじで突ついた。
 姉がこれから何をしようとしているのか、しっかり分かっていたらしい。
「あの鉄面皮が、笑ってたっ!?」
「それ、ほんとなの、リラっ!!?」
 がばっ! とリラの背中から顔を覗かせ、アリーナも叫ぶ。
 マーニャとアリーナの顔は、驚愕の中に好奇心を覗かせている。
 クリフトが、アリーナをはしたないとたしなめるが、そんなことで芽生えた好奇心は消えることはなかった。
「……うん、それも、すんっごく優しそうに、笑ってたの。」
 思いっきり力を込めたリラの返事に、マーニャを止めていたはずのミネアも、思わず身を乗り出す。
「本当ですか、それ!?」
 三人の仲間達から顔を覗かれて、リラは怯えたように小さく頷いた。
「そう──いっつも鉄面皮で、本当は誰かを愛する心もないんじゃないかって思ってたんだけど……、ピサロもあんな風に優しく笑えるんだって思ったら、なんかショックだったの……。」
 両肩を落とすように呟いたリラは、吐息を零した。
 クリフトの腕を掴んでいた手が、力なく垂れ、袖を掴むだけになる。
「リラさん──まさかあなた……。」
 不安そうに顔を歪めたクリフトが、そんな彼女の手に自分の手を置いた。
「…………見てるこっちが、幸せそうになるくらい、笑ってたの。
 ──私は笑えないのに。」
 ぽつり、と最後に呟かれた一言に、クリフトは手の動きを止めた。
 彼女は、クリフトが思っているような感情をピサロに抱いていたわけじゃないのだ。
「リラさん……。」
「クリフトに抱き着いて見たけど、やっぱり変わらなかったね。」
 そう言って笑ったリラの顔は、寂しそうで、無理をしているのが良く分かった。
 だから、リラの手に重ねた自分の手に、力を込める。
 きゅ、と握り締めて、優しく──囁く。
「無理をして笑わなくても、リラさんはいつも自然に笑っているではありませんか。」
 宥めるように、血の近しい妹に囁くように、優しく声をかけると、リラは眉に寄せた皺を、ほんの少しだけ緩めた。
「そうそう! クリフトの言うとおりよ、リラ? あんたがいっつも浮かべてる、天然なくらい幸せそうな笑顔は、あたしたちを幸せにしてるわ。」
「私も、リラが笑うと嬉しいわ。」
 マーニャが笑顔で笑うのに、アリーナも同意する。
「それにね、リラ? ピサロが笑うのは、ロザリーさんの前だけでしょ? ロザリーさんしか笑わせることは出来ないじゃない?
 でも、リラが笑うと、一人だけじゃなくって、皆嬉しいのよ。
 それって、スゴイことだと思うわ。」
 無邪気に微笑むアリーナの言葉に、リラはきょとんと目を見張り──それから、嬉しそうに頬を緩めた。
 幸せそうに笑う、彼女の微笑みに、マーニャもミネアもアリーナも、そしてクリフトも、つられたように笑った。
 ほんわりと世界が暖かに染まるのを感じながら、ミネアもリラに囁く。
「無理に笑わなくてはいけないような微笑みを、私達はリラに求めません。
 私達は、リラに心からの笑顔を浮かべてほしいだけなのですから。」
 あなたはあなたらしく。
 そうしているのが、何よりも私達には嬉しい。
「うん……ありがとう。」
 はにかみながら微笑むリラに、誰もが微笑み返し──その一瞬後。
「それじゃ、元気になったところで、行くわよっ!」
 マーニャが、堂々と宣言した。
「え? 行く?」
 リラとクリフトが、かすかに眉をひそめるのに構わず、アリーナもコクコクと頷いている。
「慎重に行かないとね……。」
 珍しく慎重に、を重点において呟く姫様に、クリフトは嫌な予感を覚える。
 まさか──と彼が問いただすよりも先に、ミネアがキッと二人を見上げた。
 彼女は、さきほどリラから預かったドーナツを手に取ると、
「これを持っていけば、見つかったときも誤魔化せますわ。」
 すでに行く気満々で、立ち上がるのであった。
 リラが、微笑みを固めたまま、無言でクリフトを見上げた。
 クリフトは額に手を当てながら、軽く頭を振った。
 そして、三人の娘を見上げると、
「馬に蹴られても知りませんよ?」
 一応、低く忠告をするのだけど。
「馬に蹴られても、見る価値あるでしょ?
 鉄面皮の、幸せそうな笑顔!」
 楽しそうな声で、三人が当たり前のように答えた。
 リラは、瞳を揺らして三人を見上げる。
 ピサロの微笑みを見にいくという彼女たちを、なんともいえない顔で、見つめる。
 そんなリラの前に、当然のようにアリーナが手を差し伸べる。
「さ、リラ! 行きましょ?」
「ピサロの笑顔なんて面白いもの、今度はいつ見れるか分からないわよ!」
「幸せにはならないかもしれないけど、一見の価値はありますわね。」
 急かすように口々に言い合う彼女たちに、リラは少し笑って、その手を取った。
 立ちあがって、クリフトを振りかえると、彼は溜息を零して──こう言った。
「微笑みの価値は、誰もが違って当たり前なんですよ。
 どうぞ、行ってらっしゃい。」





ちなみにコレ、元ネタは4コマで書いてました。
オチが書ききれなかったので、小説になりました(笑)
下手の横好きを見たい方は、こちらからどうぞv