温かなストーブと毛織物に囲まれた宿の、分厚い木の扉を潜り抜けた外は、キィンと耳が痛むほどの冷気に包まれていた。
はぁ、と息を吐けば、くっきりとした白い蒸気が視界を曇るように覆い、そのまま空に向けて消えていく。
どれほど寒い中に飛び込んでも大丈夫なようにと、たっぷり厚着をしてきたつもりだったが、頬に当たる空気が冷たくて──途端に、耳や鼻の頭が、ツゥン、と痛んだ気がして、クリフトは首に巻いたマフラーに顎先を埋めた。
口先に触れるマフラーの中で、吐いた息が熱く心地良く感じる。
足を踏み出せば、眩しいほどの白銀の世界の中──昨夜から降り続いていた雪は、部屋の中から見たときも、随分と積もっているようだと思いはしたけれど、こうして眼の前にすると、また違った圧倒感があった。
すでに時刻が昼過ぎということもあり、宿の前や道路の辺りは、雪が除雪されてはいるが──人が入らないだろうと思われる道路脇や宿の庭は、クリフトの腰ほども雪が積もっている。
宿の入り口から道路まで、人が一人通れるほどの道を作り出して、左右には昨夜には無かったはずの即席の「白い壁」。
明日の昼過ぎには、溶けてなくなってしまうのだろうかと思いながら、はぁ、と白い息を吐きながら、クリフトは足を踏み出した。
シャクリ、とブーツの下で、薄い層を描いていた雪が、濡れた地面の上で溶けた音を出す。
雪かきの後に残った薄い氷の層は、太陽の光で溶けかけていて、気をつけないと滑ってしまいそうだ。
足元を見下ろしながら、クリフトは口元まで覆いかけたマフラーを皮手袋をした指先でクイとずらすと、自分の背後に向けて──、
「姫様、ユーリル、足元が滑りますから、気をつけてくださいね。」
そう声をかけて、振り返る。
そこには、にぃ〜、とそっくり同じような──無邪気と言えば無邪気、イタズラめいたと言えばイタズラめいた笑みを浮かべる「お子様」が二人、完全防寒着スタイルで、立っていた。
「分かってるって! 僕はアリーナと違って、雪山とか慣れてるんだから、馬鹿にしないでほしいな〜。」
そう言いながら、ふふん、と自慢そうに胸を貼るユーリルに向かって、隣に立っていたアリーナは、口元を覆うマフラーをクイと指先で下げながら、
「何よ〜! 私だって、カマクラくらいなら作ったことあるんだから!」
雪遊びだったら任せなさい、と逆に胸を張り返す。
キャップの端から零れる亜麻色の髪が、太陽の光と雪の光を反射して、キラキラと美しく輝いているのに、クリフトはすこしだけ眩しげに目を細めながら──外は太陽を反射した雪が、まばゆいばかりに輝いているというのに、今から楽しそうなことをするのだと自覚している姫のほうが、ずっと楽しげに輝いてみえる──、
「……姫様が作ったことがあるのは、カマクラではなく……雪だるまでは、なかったでしょうか……?」
姫がサントハイムにいた頃の──小さな思い出を思い出しながら、いぶかしげに首を傾げる。
従者であり、同時に幼馴染でもあるクリフトは、姫が小さい頃からどういう環境にいて、どういう勉強をしてきて、どういう「訓練」をつんできたのか、大抵のことは把握している。
そうして、姫君でありながら活発な娘であったアリーナの遊び相手というのもまた、クリフトのことであり──クリフトが覚えている「アリーナとの雪遊び」の思い出と言えば、サントハイムの小さな裏庭で、二人で作った「ブライの雪だるま」だとか、雪ウサギだとか……そういう些細な思い出しかなかったはずだ。
まさかとは思うが、「雪だるま」と「カマクラ」を間違えているのかと、クリフトが言外にそんなことを匂わせながら首を傾げて問いかければ。
「あぁ、違うの。ソレッタの洞窟でね、あんまり寒かったから、氷にこう、がっつーんっ! と穴をあけて、そこで休憩してたのよ。」
言いながら、オーバーアクションで右拳でヒュッ、と風を切る姫君の動作に、クリフトは一瞬、眩暈を覚えたような、頭痛を覚えたのを無理矢理堪えるような──そんな苦い表情になった。
「へ〜、それで、あの洞窟の中って、ところどころ穴空いてたのかー。」
能天気な感想を零すユーリルに、そういうことなの、と、腰に手を当てて、自信満々に言い切るアリーナ。
クリフトは、そんな二人に、こめかみに手を当てたかと思うと、「それはカマクラとは言いません……というよりも、あの氷の洞窟で、氷に穴をあけて休憩する意味があるんですか…………。」などとブツブツ呟いてみたようだが、すぐにその衝撃の新事実から復活すると、
「──姫様、洞窟の中でむやみに穴を空けてしまうと、洞窟が崩壊する危険があると……、フレノールの南の洞窟の中で、あれほど口をすっぱくして言ったこと……よもや、忘れてたなんておっしゃいませんよね?」
上目遣いに、にぃっこりと──しかし目だけ笑わずに問いかければ、
「──………………………………。」
なぜかアリーナは、見て分かるほどにあからさまに視線をさまよわせ、
「さ、ユーリル! 雪合戦でもして、いい汗掻きましょう!!」
フイに、隣に立っていたユーリルの腕をグイと掴むと、ダッ、とばかりに駆け出す。
「ぅわっ! ちょっ、アリーナ、あぶないだろっ!」
思いっきり良くアリーナに引きずられる格好になったユーリルが、足を滑らしそうになり──そのままアリーナに引きずられながら、抗議の声をあげるが、アリーナはそんな声を聞かず、
「ぅっわぁっ! すごい、本当に一面真っ白だわっ!」
今にも飛び上がらんばかりに喜び、ユーリルの腕を放して、グルリと宿の段差の下で半回転する。
突然腕を放されたユーリルは、その強引な行動についていけず、そのままバランスを崩してしりもちをついてしまった。
どすん、と大きく音を立ててすっ転んだユーリルに、クリフトはこめかみに当てた手で自分の眉間の皺を揉み解しながら、溜息を一つ。
「……姫様……。」
説教モードに入りながら、痛い! と抗議の声をあげるユーリルに向けて手の平を差し出すのだが、
「窓から見下ろしたときも真っ白って思ったけど、こうして表に出ると、また違った感じね。」
寒い空気に触れて、白い頬や愛らしい鼻の頭をかすかに赤く染めて──アリーナは、無邪気な笑みを浮かべて、本当に楽しそうに、嬉しそうにクリフトを見上げてくるから。
そんな彼女の笑顔に、クリフトは何か言いたげに口を開きかけたが──諦めたように小さく吐息を零すと、ユーリルを起こしてやりながら、
「走ると危ないですよ、姫様。」
──ユーリルから、「おまえはアリーナに甘すぎるっ!」と抗議をもらうようなことを、苦笑交じりに告げた。
「あら、平気よ。そんなヘマはしないわ。ユーリルじゃあるまいし。」
ニンマリ、と目元を緩めて笑うアリーナに、誰のせいで転んだと思ってるんだと、ユーリルは唇を歪めて呟いた後──フイに、ニ、とイタズラげな笑みを目元に広げると、
「へ〜? そーんなヘマはしないわけだ?」
「しないわよ? 格闘家たるもの、バランス感覚は大事だもの。」
やれるものなら、転ばせてみなさいよ、と──自信満々に言い切るアリーナに、ユーリルはそれじゃぁ、とアリーナの手袋に包まれた手を、ギュ、と握り締めると、
「ユーリル?」
不穏な雰囲気に気付いたクリフトが、彼を止めるよりも早く。
「雪の中に、突っ込んでこーいっ!!!」
ブンッ──、と。
勢い良く──力任せに、アリーナの体を、振り回した。
その、突然の豪快な動作に……さすがのアリーナも、体が反応するよりも、悲鳴をあげるほうが先だった。
「……っ!? キャッ!!?」
雪かきで歩けるスペースが一人分という、狭い空間だったこともあったのだろう。
アリーナがユーリルの意図に気付いて体を反転させるよりも早く──彼女の眼の前に、腰ほどの高さに積もった雪が。
ぶぼっ!!
「ひっ、姫様っ!!」
慌ててクリフトが、体ごと雪の中に突っ込んだアリーナ目掛けて走るが、それよりも……新雪に突っ込んだアリーナが、ボコッ、と雪の塊を撒き散らしながら、立ち上がるほうが早かった。
ふかふかの新雪で、不安定だろうに──彼女は、一瞬でその柔らかな雪の上に身を起こすと、
「ユーリル……〜っ。」
手袋に包まれた指先を、ゆっくりと──ポキン、と音を立てて握り締めた。
その肩から漂う闘気に、ユーリルが、ゲッ、と慌てて体を反転させるが──足元の凍りついた雪が、彼の走る足を鈍らせる。
そして、同じ雪の上とは言えど、新雪の──解けかけた雪や氷とは違い、しっかりと己の脚を捕らえてくれる雪のほうが、ずっと……瞬発力を発揮するには、有利だったようで。
「雪だるまになっちゃえっ!!」
発する言葉ほどの可愛らしくない動作と俊敏性で、彼女は駆け寄ってきたクリフトの隣を、一瞬で通り過ぎると……あたふたと逃げる準備をしていたユーリルのマフラーを引っつかみ、そのままグルンとスイングさせて──ブゥンッ、と、豪快に…………、投げた。
ひゅぅぅーん…………どすっ。
鈍い音を立てて、庭に積もった雪のはるか遠くに、雪埃が立つのが見えた。
アリーナが、どうだ、といわんばかりに仁王たちするのを見て──クリフトは、ますます堪えきれないように溜息を零すと、彼女の後ろに近づき、肩や帽子、マフラーに……太陽の光を反射する亜麻色の髪に飛び散った白い雪を、優しく払ってのける。
「姫様──あれはさすがに、やりすぎじゃないですか?」
「……だぁって……。」
ユーリルが雪の中で窒息死したらどうするんですか、と。
腰に手を当てて、少しばかり怖い顔でそう上から見下ろすクリフトを、アリーナは上目遣いに見上げながら──ぷっくりと頬を膨らませる。
「ユーリルが先に私に攻撃をしかけたのよ?
それに、雪の中の戦闘訓練になって、いいと思うわ!」
最初の言葉は拗ねたように唇を軽く尖らせて──そして、最後の一言は、自信満々に、頬を赤らめながら、目をキラキラ輝かせて叫んでくれた。
やる気満々で、ぱふんっ、と手袋がハマった左手の平に、拳を作った右手の平をぶつけて、彼女はユーリルが落ちた辺りを見やる。
「……まぁ、確かに、明日も雪の中を行くのを思えば、今から雪になれる必要も──あるのかも、しれません、けど………………。」
なんと言って、アリーナとユーリルを止めるべきかと──雪合戦や雪だるまを作るのならとにかく、全身で雪に飛び込んでくれるのは……困る。
「でしょ? クリフトもそう思うわよねっ?」
そんなクリフトの内心の悩みにまったく気付かず、アリーナは白い頬をホンノリと赤らめて──ニッコリ笑顔で、嬉しそうに笑う。
はぁ、と桃色の唇から零れた吐息が、白く彼女の鼻先を掠めて、宙に消えていく。
「ですが、姫様? このような方法では、訓練どころか、お体を痛めてしまいますよ? 戦闘に不利な状況を克服しようとする姫様のお考えには感銘いたしますが、やはり、方法というのが……。」
にっこりと笑うアリーナの笑顔に、先を飲まれそうになったクリフトだが、伊達に彼女の無邪気で愛らしい笑顔と長年付き合っているわけではない。
込み上げてきそうになる熱い感情を飲み下し、クリフトは眉間に皺を寄せて、「せめて雪合戦程度にしてください」と、続けようとした──矢先。
ばぶっ!
「あっりぃぃなぁぁぁーっ!!!!!」
新雪の中で唯一、ぼっこりと空いていた穴の中から、雪まみれの勇者が復活した。
「……──あぁ、ユーリル……良かった、無事だったんですね。」
五体満足な様子で──怒りにか、羞恥にしか、それとも雪の冷たさのせいでか、顔を真っ赤に染めたユーリルが、ブルブルと頭の上に乗った雪を振り落としながら、自分の落ちた形のままに空いた穴から、ごっそりと脚を抜く。
白い雪がボトリと落ちて、その下から露になるユーリルの白皙の容貌と、見事な緑色の髪に、ホ、と胸を撫で下ろしたクリフトすら目に入らない様子で、
「ユーリルったら、全身雪だるまみたいっ!!」
楽しそうに破顔するアリーナを、ギッ、と睨みつける。
「雪だるまを作りたいといった覚えはあるけど、僕が雪だるまになりたいといった覚えはない!!」
言いながら、そのまま柔らかな雪の中に脚を進め、そのまま一気にアリーナの元に間合いを詰め──……ようとしたのだがしかし。
ぼす。
踏み出した両足は、あっけなく深い雪の中に嵌った。
「おわっ!!?」
驚いたように声を跳ね上げて、ユーリルは怒りのまま踏み込んだ足を、引き抜こうと手で自分の足を支えてみるがしかし、踏み込んだときには柔らかいだけだったソレは、しっかりがっちりと、膝下まで噛み込んでくれたようで、ビクリともしない。
「って、おいっ!? 冗談だろっ!?」
ジタバタと両手を振ってみせるユーリルに、アリーナとクリフトはきょとんと目を瞬かせたが、すぐに彼が置かれている現状を理解して──……、
「ユーリルっ。」
「アリーナ様、お待ちください、今、宿の者に何か借りてまいります。」
慌てて、自分の胸元まである雪の山に突入しようと体を前に踏み出したアリーナを、冷静にクリフトの腕が押しとどめる。
そして彼は、すぐさまユーリルが置かれた現象を理解し──雪が深い場所を歩くのには、ブーツは不都合だと判断する。
雪の上を歩くためのなんとかいうものが、宿にも常備されているはずだ。
それを借りてくるから、それまで待つようにと、雪の中で立ち往生するハメになったユーリルと、その彼を助けに行こうと、向こう見ずにも飛び込んでしまいそうな姫に言い残すと、クリフトは先ほどでてきたばかりの宿の入り口に向けて踵を返した。
アリーナはその言葉に頷き、分かった、と答えを返し、改めてユーリルを見やると、
「……ぷっ! ──やだっ、なんだかユーリルったら、ここに来る途中で見つけた、カカシさんみたい!!」
明るく弾けるような笑い声をあげた。
腹を抱えるようにして笑いながら指差すアリーナに、ユーリルはムッとしたように鼻の頭に皺を寄せると、
「誰のせいでこんなになったと思ってるんだよっ!」
「あははは! やだっ、ユーリル、腕振らないで……っ! 本当にさっき見た風に揺られたカカシみたい〜っ!!」
堪えきれずアリーナは、ぼすぼすと雪の塊を手の平でバンバンと叩く。
「アリーナぁぁっ!!」
思いっきり両手を上に振り上げて、ユーリルは頬を赤く染めて怒鳴る──がしかし、
「ぷーっ! も……っ、すっごい……似てる……っ!」
その様子がまた、ここへ来る途中でみたカカシにそっくりで、アリーナは上半身を折り曲げるようにして、バンバンと雪を叩いた。
手袋に包まれた手が新雪を崩すたびに、ぼろぼろと足元に転がり落ちていく。
この町に到着する前に見た雪に埋もれた畑の中に、ぽつんと一個忘れられたように立っていたカカシ──脚を雪に埋もれさせ、頭に被った色あせた布を雪に濡らして、風にバタバタと着ていた服を揺らしていた。
それが、まるで今のユーリルのようだと、大爆笑するアリーナを、ギッ、とユーリルは睨みつけた。
「助けにも来ないで、笑ってるだけかよ!」
その場で地団太を踏もうにも脚はがっちり雪に囚われている。
ユーリルは腰を屈めて、自分の両腕で両足を引っ張りぬこうとする。
不安定な体制で、自分の体を支えている足を動かそうとすれば──当然。
グラリ──ボス。
正面から思いっきり良く、雪の上に突っ伏した。
「あー、もー、面白かった……って、あれ? ユーリル?」
笑った笑ったと、腹を抱えたアリーナは、そろそろいい加減、ユーリルを助けなくっちゃねと、改めてユーリルの方を見て──動きを止めた。
先ほどまで雪の上に突っ立っていたユーリルの姿が、なかった。
「あれ? ユーリル?」
声をかけながら、アリーナは雪の上に脚を踏み出し、そろりとその上に身を起こした。
それから、ユーリルがいただろう場所に向けて身を乗り出した見た刹那──、
「……うぅ……、ちべたい………………。」
脚を雪に取られたまま、うつぶせに倒れていたユーリルの雪まみれの体が見えた。
「ユーリル! 大丈夫っ!? 今行くわ!」
いつの間にあんなことに──っ!
驚いて、アリーナは足の裏にグッと体重をかけるようにして……いつもの地面の上でしてきたように、その場を飛び出そうとした。
──……がしかし。
ずぼっ。
「…………はぅ?」
当然、柔らかな新雪の上で踏ん張りなどしようものなら──。
「…………アリィナ〜、まだー?」
ちべたい、と、顔を横にしながら、頬の辺りの感覚がなくなってきたと訴えるユーリルに向けて、アリーナは無言で自分の足元を見下ろした後。
「………………クリフトが来るまで、もうちょっと待って………………。」
いつもより元気をなくした、ちょっぴり小さな声で、呟いた。
ようやく宿の中でかんじきを借りることが出来て、クリフトは早速それをブーツの底に取り付けて、ユーリルとアリーナが待っているだろう外にでた瞬間、
ぼすっ!
「避けるなよなっ、アリーナっ!」
「なによ〜! ユーリルのコントロールが下手なだけじゃないの! えい!」
ぎゅぉんっ……どこぉっ!
「ぅわあっ!! あ、アリーナっ! 怖いっ! ぜってぇそれ、石が鉛が入ってるだろっ!」
慌てて上半身だけで避けたユーリルの顔の真横を通り過ぎて言った恐ろしい物体は、そのままスピードを落さず、どこんっ、と大きな音を立てて壁に小さな傷をつけて落ちる。
「入ってるわけないでしょ! ユーリルと条件は一緒よっ!」
言いながらアリーナは、自分の足が噛まれたままの雪の傍から、顔ほどの大きさの雪玉を取り上げると、それを素手で──一瞬で、ギュッ、と握りこむ。
ちなみに、力を余すところなく握りこむためだけに、アリーナは手袋を脱ぎ捨て、素手で握りこんでいるのだ。その手は、遠目に見ているクリフトに分かるほどに、赤くかじかんでいた。
「…………姫様…………ユーリル………………。」
遅かったか……。
そんな呟きを心の中で零して、クリフトは、眼の前で雪に足を取られた者同士、絶妙な距離感で繰り広げている雪合戦に、ガックリと肩を落さずにはいられなかった。
「くそっ、アリーナの手は凶器だな……っ、あんなもの当たったら、僕は気絶するぜ……っ。」
言いながら、せっせとユーリルはアリーナの作る雪玉の倍の数の雪を握りこむ。
そのユーリルの手もまた、素手で──赤くかじかんでいた。
たぶん、雪にうずもれた二人の足も、真っ赤にしびれて、感覚を失っているに違いない。
「……まったく……。」
こめかみに指先を当てて、クリフトは重々しい溜息を零して緩くかぶりを振ると──、まったく、と、もう一度苦く呟いて。
「雪玉作ってる暇があったら、自分の足元を掘り起こせばいいでしょうに、二人とも……っ!」
しかも、いつの間にかアリーナもユーリルも、帽子どころか手袋もマフラーも投げ捨ててるし……っ!
すぐに、撤退決定。
グッ、とクリフトは手の平を握り締めると、ゆっくりと目を瞬いて、こめかみに怒りマークを浮かべながら──口元に引きつるような笑みを浮かべて、
「…………姫様、ユーリル?」
低く──凄むような声で、二人の名を呼んだ。
それほど大きい声ではなかったけれど、しかし。
静かで清廉とした空気の中に響き渡る声に──。
────ぼと。
雪玉が落ちる音が、無情にも響き渡った。
ちなみにこのすぐ後、恐ろしいオーラを放つ青年によって、引っ立てられた二人の少年少女が、真っ赤な顔と手足で宿に連れ込まれた後──。
「全く、本当に、馬鹿ですか、あなたたちはっ!」
「ぅわっ、痛いっ、しみるぅ、クリフト〜っ!」
「当たり前です! ユーリルっ! あなたもそこで掻かないっ!!」
「だって痒いんだもんーっ!」
「うるさいっ! これでも塗ってなさいっ!」
「わっ、クリフト、アリーナと扱いが違うぞっ!?」
「あーん、クリフト、ごめんなさい……今度は気をつけるから、だから──だから、お願い……っ、もうちょっと染みない薬にして〜!!」
そんな賑やかな会話が聞えてきたとかどうとか……。
FIN