キャラメルケーキ









 まだアリアハンの居る頃は、よほどのことが無い限り、「野宿体験」はさせてもらえはしなかった。
 いくら世界諸国に比べて平和な方に入るとはいえ、アリアハンにもモンスターははびこっている。夜ともなると、凶悪なモンスターが辺りをウロウロするのだ。
 だからこそ、旅に必需品とも言える「野宿体験」は、月に一度か二度、行わせてもらったらいいところだった。
 けど、実際旅をしてみると、
「宿に泊まるときのが、珍しいって言うんだよなー。」
 そうぼやいて、パキン、と手にした薪を折る。
 手ごろな大きさになったソレを、目の前でパチパチとはぜている炎の中に投げ入れると、一瞬炎が揺れた。
「でも、しょうがないですよ──やっぱり、危険な場所を旅する以上は、
武器屋防具を新調したり、手入れしたりするほうを優先したいですし。」
「あと、食料も無かったら、こないだみたいに飢え死にしかけるしね。」
「贅沢は敵。何を一番削るって言われたら、宿代だろ。」
 言い切る仲間達の台詞には、確かにそりゃそうだと、頷くところはたくさんあったけど、だからと言っても。
「……一ヶ月ぶりの宿場町だったのになぁ。」
 やっぱり、そう呟いてしまうのも、仕方がない。
 大柄な体躯を持つ戦士は、ガリガリと首の後ろを掻いた後──つられるように頭の皮膚が痒さを訴えてきた気がして、唇をへの字に曲げる。
 最後にまともな風呂に入ったのが何時の日なのか──正直、記憶にない。
 ただでさえでも普段は、大仰なかぶとをかぶって、汗だくに塗れているのだから、たまには熱い湯に浸かる贅沢をしてみたいとも思う。
 思う、のだが──結局、今回の野宿する原因は、先日、己が壊した盾を新品にしたからなのだから、文句は言えない。
 何よりも──一番体力のない僧侶自身が我慢しているのに、体力がある自分が愚痴を零すわけには行かないだろう。
「たまには、美味しいものも食べたいって思うときもあるけどね。」
「なんだよ、レヴァ。それならそう言ってくれれば、美味しい野草とか、美味しい草の根とか探してきてやったのに。」
 軽い口調で笑うレヴァ──武道家の少年に、あっけらかんと笑うのは一行のリーダーである勇者さまだ。
 その価値観は、他人と少しばかりずれていることが多い。
「……そういう意味じゃなくって……っ。」
 ガックリと肩を落とすレヴァの言葉尻を奪うように、戦士フィスルは小さく笑うと、
「だよなー? 干し肉じゃなくって、血の滴るような肉が喰いたいッ! とかだろ? たまにはそういうのを食べないと、筋肉にならないぜ。」
「贅肉にならない、の間違いだろ、フィルの場合。」
 すかさずシェーヌによって突っ込まれた。
 サラリと頬にかかる中途半端な長さの髪を掻き揚げて、シェーヌは片目を軽く眇めると、
「血の滴る肉なら、昼間も思いっきり切っただろーが。なんで喰いたいなら喰いたいで、あれを取っとかないんだ。」
「……あのな、モンスターの肉って言うのは、普通、毒性があるから。」
「大丈夫だって、キアリーあるし。」
 パタパタ、と手を振りながら、シェーヌは手元の干し肉を口に入れて、モキュモキュと噛み始める。
 こうなると、噛み切るのに必至で、喋れなくなるのは、誰もが知っていることである。
 それでもリィズは、野草の出汁が良く出たスープを両手で包みながら、一応訂正を入れておいた。
「……あ、いえ、その──シェーヌさん、それは普通、食中毒になりますから、キアリーじゃ、ちょっと……。」
「んぐんぐ。」
 分かった、というように頷くシェーヌに、ほ、とリィズは胸を撫で下ろして、改めて暖かいスープに口をつける。
 少しほろ苦く青臭い匂いのするスープは、それでもその日1日の疲れを癒す、ホッとする何かが込められている。
 そう思いながら空を見上げると──あぁ、疲れたな、と、思えてきた。
 考えてみれば、もう二ヶ月近くも毎日野宿しているのだ。
 野宿は常に危険と隣り合わせなので、当たり前だが熟睡できない。熟睡できないということは、疲れが取れない。
──シェーヌやフィスルは、その辺りは慣れているのか、一瞬で熟睡するすべと、熟睡してもすぐに起きられるスベを身につけているようだが、旅に出るまでは村や家から出たことがなかったリィズやレヴァはそうも行かない。
 それでも、二ヶ月、毎日のように野宿をしてきて慣れたつもりではあったが──、身体の奥底に、塊のように疲れが溜まっているのが分かる。
 この疲れが、命取りになるかもしれないから余計に、気になる。
「──……疲れたときって……甘い物が食べたくなるんですよね…………。」
 思わず、暖かなスープを飲みながら──あぁ、これがココアだったらな、と、ポツリとリィズは零してしまう。
 その言葉に、驚いたように目を向けてくる三人の視線に、はっ、と彼は我に返って、慌ててコップを握りなおした。
「あ、いえっ、その──、別に、どうしてもってわけじゃないんですけど……そういうことって、ありません!?」
 別に、贅沢をしたいわけじゃないのだと、そう両手を振るリィズに、そういえばそうだな、とシェーヌは苦い色を刻む。
──そうだ、リィズは、ココアやハチミツのような、甘い物を好んで食べる子だった、昔から。
 旅に出てからは、そんな嗜好品を口にする機会がなかったから、すっかり忘れていたが──。
「そうだなー……もう少しそういうのは早く言えよ、リィズ。
 野宿してても、甘い物は見つかるもんなんだからさ。」
 さすがに、ココアを手に入れられるかと聞かれたら、カカオでも見つけないと無理だけどな?
 首を傾げるように笑いながら──野宿体験で、師匠に叩き込まれたことを思い出しつつ、シェーヌはリィズの頭をクシャリと撫でる。
 甘い物は、サバイバルで役に立つ。そう言って、自然界で手に入る「甘い物」をたくさん教えてもらった。
「え、と……たとえば、花の蜜とか、ですか?」
「後、ミツバチの巣をフィルに蹴落とさせたりとかな!」
「俺かよ!!」
「盾になるのは戦士の役目だろーが。」
 悲鳴に近い声をあげるフィスルをアッサリと無視して、シェーヌは小さく喉を鳴らせて笑った。
「そうだな──ステビアは砂糖の何百倍も甘いハーブだとか聞いたから、それを探すのもいいな。砂糖水みたいなのが作れそうだ。」
「砂糖水……あ、キャラメルですか? 私、キャラメル大好きです!」
 ぱぁっ、と明るく笑うリィズに、ステビアで作った甘い水は、果たして焦がしてもキャラメルにはならないと思うが、とシェーヌは頭の片隅で思いながらも、
「そうだっけ、リィズはキャラメルケーキが好きだったっけ。」
「はい、お爺様に良く作っていただきました。アレって、材料が簡単に出来るから楽なんだと言ってました。」
「そりゃ、砂糖と水と小麦粉と卵と牛乳と生クリームとブランデーだけだからな……。」
 かく言うシェーヌも、遊びに行くたびに、出されたおやつはソレだった記憶がある。
 キャラメルケーキか、木の実。それがリィズの家のオヤツだ。時々、シェーヌの母が持って寄越した豪華に見えるお菓子も出たりするが。
「へー……キャラメルケーキか。」
 目を和らげて微笑むレヴァの言葉に、リィズは懐かしそうに目を細めながら、はい、と頷く。
「もう、ずっと食べてないんですよね……。」
「歯が疼きそうになるくらい甘いんだぜ、アレ。砂糖の塊だしな!」
「えっ、ち、違いますよ! スポンジなんか、卵の風味とあいまって、すごく美味しいじゃないですか! あと、生クリームとか!」
「いや、砂糖とキャラメルの味しかしなかった!」
 キッパリと言い放つシェーヌには、
「──……っていうか、キャラメルケーキって、そういうもんじゃねぇのか?」
 コリコリと頬を掻いたフィスルが小さく突っ込んだ。
「普段なら、あんな甘い物ばっかり食えるかーっ! って思うところだけどさ、疲れてくると、むしょうに食べたくなるよな。」
 フィスルの突っ込みはキレイに無視して、シェーヌは口元を歪めて、ニヤリと笑った。
 そんなシェーヌの言葉に、リィズは白い頬を、パァッと赤く染めて、
「そうなんです! すごく、食べたくなるときがあるんです!」
 コクコクと頷いて、花開くようにニッコリ笑う。
 その愛らしいまでの表情に、だろうな、とシェーヌはクツクツと喉を震わせて笑った後。
「……次の町に着いたら、あまーいもん、食わせてやるよ、リィズ。」
 クシャリと再び彼の髪を掻き混ぜて、甘い、とろけるような笑顔を浮かべて、そう言った。












シェーヌはタラシです。