その大陸、アリアハンは南海の中央に位置する島である。
全世界で一番の大国であり、強国であるアリアハン王国が治める大陸である。
しかし、十六年前から交流を一切断ち切り、世界の情勢から取り残されていた。
昔からの唯一の交易手段であった船の行き来が、海の魔物の被害がひどくなり、取りやめられてしまったからである。
残るは、王国お抱えの魔法使いたちによるルーラでの行き来のみであったが――これも危険が多くあるため、年に二回しか行われていない。また、それによって入ってくる情報などはほんの少量であり、実質南海の孤島であるアリアハン大陸は、世界から隔離された状況が十六年も続いているのであった。
また、アリアハン王国は、昔からの剣大国で、魔法使いが片手で足りるくらいの数しか生み出されていないという現状が、その状況に拍車をかけていた。
普通ならどの国にもある「魔道士協会」――通称ギルドが、アリアハンにはひとつも無いというのも理由のひとつであった。
生まれくる素質ある子供に魔法を教えるような技を持った者もおらず、魔法が当たり前のように使われている世界には珍しいくらい、魔法とは縁遠い国となっていた。本来なら、魔法を使えるものがいない国など、魔物たちによって滅ぼされていてもおかしくないのだが――何せ、剣では通じない魔物だって居るのだ――アリアハンは、孤立に近い状態のおかげか、魔物があまり繁殖していなかった。
どこそこの国が魔物に滅ぼされた、という話が、噂話ではなく真実の情報として入ってくるのが珍しくもない状況下、アリアハンは平和といえば、平和であった。
その平和は──今にも崩れそうな均衡の上に成り立っている平和には、違いなかったけれども。
平和では、あったけれども。
──それでも、アリアハンの人々は、常に世界の情勢に目を向け続けていた。
なぜなら。
……この国は、世界の希望であった──「勇者・オルテガ」を生み、育てた国であったからだ。
アリアハン王国の城下町は、昔に比べてだいぶ寂れてきていた。
城にも程近い位置に店を開いているその酒場もまた、昔を想像できないくらいにさびれかけていた。
少々古臭く、スタイルが昔風なのを除けば、こぎれいで、店主の趣味のよさをうかがわせるが――それだけであった。
ややかすれた文字で書かれた看板には、「ルイーダの酒場」という文字が書かれている。
店主の名前から名づけられたこの酒場の名付け親が、実は世界に名高い「勇者オルテガ」であることを知っているのは、店主の昔からの知り合いくらいである。
昼間だと言うのに、堂々と看板を掲げている店内はしかし、ガラン、としていて客など一人も見当たらない。
代わりに、長い柄の箒を手にした背の高い青年が、床をはいている姿が見えた。
頭に三角巾をかぶせて、せっせと床を掃いている姿からは想像も出来ないが、これでも二年前に成人を向かえ、王様直々に戦士の称号をいただいた、将来有望な戦士である。
魔物が王都に近づいてくれば、先陣を切ってかける彼も、休みの日には、店主である母にこき使われる酒場の店員であった。
その母――実は勇者オルテガの幼馴染である女性は、カウンターに肘をついて、ため息をついていた。
赤茶の髪と明るめの化粧は、彼女を年寄り若く見せていた。確か、オルテガよりも二つか三つは年上だということだから、十八になる息子が居てもおかしくはないのだが――見た目は、そんな年齢には見えなかった。
だが、ところどころに彼女の苦労の証が見え隠れしている。やはり戦士であった夫を亡くしてから、女手ひとつで気張ってきていたからだろうか、どこか疲れたような、憂いの未亡人特有の雰囲気が流れてきていた。
はぁ、と彼女はもう一度ため息をこぼす。
目線を流すように店内を見回すと、しみじみと――つぶやく。
「今日も、暇だねぇ。」
閑古鳥の鳴く店内に響いた声に、埃も落ちてない床をひたすら掃き続けていた青年が、あきれたように顔をあげる。
「……おふくろ、普通、昼間っから酒場は混まねぇと思うぞ?」
母譲りの赤茶の髪を、すずめの尻尾のように後ろでひとつにまとめている。中途半端な長さの髪は、細くピョンと跳ねていて、彼が少し動くたびに軽くゆれた。
端正と言っても過言じゃない容貌は、少し荒削りで、今のように眉をしかめて見せると、彼女の夫に良く似た顔だちになった。
そんな息子を、ふふん、と鼻でせせら笑うと、彼女は軽く顎を突き出した。
「十六年前は、昼でも賑わってたんだよ。あんたのおとっつぁんもねぇ、同僚で飲み交わしてたもんよ。」
「昼間っから、城の仕事さぼってか?」
「休みの日に決まってんだろっ!」
何て飲み込みの悪い息子だろうかっ!
ムッとして言い返した母親に、彼はヘイヘイと、母の怒りをあおる様な返事を返す。
十六年前というのは、アリアハンの歴史が変わった運命の日だ。
彼――フィスルは、物心つくかつかないかの年齢であったため、良く覚えては居ないが、かすかに知っていることはある。
それはこの国の大人たちがいつも口にするせりふ。
「十六年前は。」
十六年前のアリアハンは、確かに今とは違ったのだ。
十六年前――この地出身の勇者オルテガが旅に出た、運命の日。
あの日から、多くの戦士が死んだ。
オルテガ一人が立ち向かい、葬ってきた魔物相手に、多くの戦士が負けた。
その事実が明らかになったとき、改めて国中の者は知った。
オルテガはまさに、「勇者」であったのだと。
彼が居た十六年前と、彼が居なくなったこの十六年。
差は、歴然としていた。
魔物は変わっていないのに、オルテガの存在ひとつで戦死者はうなぎのぼりに増えた。
剣大国、アリアハンは、戦士の数を激変させてしまった。
それは、成人したばかりのフィスルが、戦士の称号を得ることができるほど――最前線をかける許可をもらえるほどに、戦士の数が足りないということを示していた。
このままでは、アリアハンは放っておいても滅んでしまう。けど、それを食い止めたい……だからフィスルも、戦士になったのだけど、正直な話、将来有望と言われているけれど――自分がオルテガのようになれるなんて、思ってはいない。なりたいとは思うけど、人には器と言うものがあるのだと、フィスルは良く知っていた。知らされてしまった。たった二年の勤めの中で。
そこまで考えて、ふ、と彼は思い出した。
自分が今日、休みを取った理由である「幼馴染」の存在を。
「そういや、今日、シェーヌの誕生日だったよな? 十六の。」
十六といえば、アリアハンでは成人である。親の下から離れ、職を見つけ、自立するための第一歩を踏み出す。
フィスルも二年前の十六の誕生日に、国王に目通りを願い出て、戦士になるための許可をもらったものだった。
「……ああ、今日、だっけ……。」
不意に母がしんみりとつぶやくのに、フィスルは彼女を振り返る。
少しだけ苦いものを食べたかのような顔をする母には、見覚えがあった。
それは、毎年目にする顔だ。
シェーヌの誕生日は、喜ぶべき日であると同時に、悲しむべき日でもあったから。
「なぁに言ってんだよ。お袋じゃないか。毎年この時期になると、オルテガが旅立って、もう何年になるんだねぇ、とか言うの。」
あきれたような顔で、下手な口真似をする息子に、彼女は軽く眉を上げたが、特に何も言わない。
ただ、まつげを揺らして、懐かしむように遠い目をする。こういう目をするときの彼女は、亡くなった夫のことを考えているか、旅立ったまま音信不通になってしまった幼馴染のことを考えているか、である。
今のは確実に、オルテガのことを考えているに違いない。
「それで行くと、今年は、オルテガが旅立って十六年ってことになるんだろうけど。」
フィスルの声が、少しつっけんどんになるのは、彼がオルテガに対して、このことだけはいい感情を持っていないからであった。
ほかの事に関しては、オルテガは尊敬するし、あこがれる相手である。
けれど、これだけは――この日に旅立ったオルテガだけは、許せないのである。
自分の幼馴染でもあるシェーヌの誕生日が、そのままオルテガの旅立った日になる。シェーヌの年齢が、そのままオルテガが旅立ってからの年月になる。
それが、フィスルには許せないのだ。
何も、自分の子供が生まれた日に、旅立たなくてもいいじゃないか、と。
シェーヌの誕生日に、おめでとうと笑うオルテガの妻の、少し寂しそうな顔とか。
幼いころのシェーヌが、自分の誕生日が嫌いだと、そう泣きそうにいっていたこととか。
そういうものを見るたびに、フィスルはいつも思うのだ。
許せない、と。
そんなフィスルの感情を見抜いたのだろう。彼の母は、苦く――苦く笑った。
そうして思い出すのは、十六年以上前のこと。
成人を迎えたオルテガが、世界各地にのさばる魔物退治に出ると言って、旅立っていったときのこと。
帰ってきた彼は、隣に綺麗な娘さんを連れてきていた。俺の妻だと、照れたように笑って紹介してくれた。
それから二年も経たないうちに、オルテガは、「魔王」と名乗る存在を知ってしまった。
噂話に過ぎなかったその存在が、実は本当に存在しているのだと知り――それどころか、どこに居るのかまで知ってしまい、彼は、再び旅立つ決心をした。この世界に平和を導くためには、魔王を倒さなくてはならないと、そう言って。
何もあんたがすることじゃないと、そう叫んだ自分も、旅立つなと、そう止めた友人たちも、彼の旅の仲間たちも振り切って――彼は行ってしまった。
ただ一人、腹の中に彼の子供を宿した女性の言葉を受け取って。
「行って――オルテガ。」
彼女は、気丈な女性だと、思った。
愛する男の子供を身に抱え、彼の背中を押した。
そんな彼女のいじましさに、自分は弟のように思っていた男に攻め寄ったものだ。
あんたには、身重の奥さんもいる。これから子供も生まれるって言うのに、この子を一人にしていくって言うのかいっ!?
けど、応えるオルテガは、笑って言うのだ。
子供が生まれるまでは、いるさ。
と。
でも、生まれたその日に行く。そうしなくてはいけない。
一刻も早く。一時でも早く。
どうして彼がそういうのか分からなかったけど、分かったことはひとつあった。
それは、彼を止めることは出来ないということだった。
「オルテガは、自分の愛した人も、生まれてくる子供のためにも、平和な世界を一刻も早く作りたかったんだよ。
――ちょっと、不器用な男だったから、さ。」
息子の批判的な口調にフォローを入れようとして――彼女は気づく。
いつのまにか、彼のことを過去のように語っている自分に。
苦笑をにじませて彼女は小さくかぶりを振った。
自分だって、あの時のオルテガの決断を許したわけじゃないのに、こうやって分かった風な口を利いて、息子をなだめている。
時というのは、不思議なものだ。
あの時、あの状況で、オルテガのことを肯定したのは、他ならない彼の妻だけだった。
彼を必要としているのは、自分だけではないから。
私には、この子が居ますから。
そう言って、最後まで微笑んでオルテガを見送った女性。
この娘だからこそ、オルテガは彼女を選び、そして置いていくのだと――そう思った。
そうして、オルテガは宣言したとおり、子供が生まれたその日に、子供の名をつけて――旅立っていった。
あれから十六年。
結局、子供の名前が、オルテガの最後の形見になったのかもしれないと……そう思うほどの、連絡が途絶えた月日が過ぎ去っている。
今、オルテガは、どこに居るのか、生きているのかすらも、分からない。
「……でも、もう十六年だ。早いもんだよ、まったく。」
はじめのころは、オルテガからの連絡も入ったし、各地で事件を解決する噂も入ってきてた。
けど、ある日、ぷつりと途絶えて。
そして、今も、魔王は存在していて。
――とどのつまりは、そういうこと、なのだろうけど。
認めるには、情報が足りない。
信じるには、月日が流れすぎている。
「シェーヌも、戦士になるのかい? あの子、父親に似ないで、華奢だけど――魔法使いになるほうが向いてそうだね……まぁ、もっとも、この国にゃギルドもないから、無理だろうけどね。」
かってにサクサクと話をすすめていく母に、そうでもないぜ、とフィスルは口を挟む。
「シェーヌの剣の腕、たいしたもんだぜ? 俺と打ち合わせやって、三回に二回は勝つしさ。」
ぽろ、とこぼした言葉が、まずいことだったというのに気づいたのは、続く母のせりふであった。
「あんた……負けてんのかい?」
「うっ。」
言葉に詰まる息子の態度が、肯定しているようにしか思えなくて、母は嘆息を漏らす。
コレで、若手ナンバーワンの、王様の覚えもめでたい戦士だって言うのだから――この国の未来が不安でたまらなくなる。もしかしたら、自分の老後は無いも同然なのかもしれない。
「だ、だってよォ。あいつ、究極の女顔だけど、さっすがオルテガさんの息子っていうか、昔から剣筋はめちゃくちゃいいんだぜ?」
言い訳が、負けてる言い訳になっていないことに気づいているのかいないのか……フィスルの言葉を右から左に聞き流そうとして――ふ、と彼女は顔を上げた。
「ということは、あの子――戦士になるつもりなのかい?」
戦士になるのなら、今日の成人の日に、王様の下へ赴き、兵士見習になるための許可をもらわなくてはいけない。
フィスルの時も、朝から簡単な実技試験をすることから始まったのだ。
いくらシェーヌが勇者の子供であったとしても、戦士になるためのその過程を省くことはないはずである。
今ごろ王様の所へ赴いているのだろうかと、そう暗にたずねる母に、フィスルはあいまいに笑う。
「どうだろ……王様次第じゃねぇかな。」
「あんたが受かるくらいだから、シェーヌも試験に受かるに決まってるじゃないか。」
「……んー……そうじゃなくって――あいつさ、ほんとは戦士になりたいわけじゃないみたいだからさ。」
煮え切らない息子の言葉に、イライラとカウンターを指でたたく。
そんな母を見て、フィスルはこの先を口にしようかどうしようか、一瞬悩んだ。
だけど、このまま口をつぐんでいても、どうせそのうちシェーヌが顔を出して、あっさりと本当のことを言ってしまうのだろう。
となると、あとで、なんで教えなかったとか言われるよりは――……。
悩んでいるらしいフィスルの顔を、一瞬で見抜いた彼女は、きりり、と眉を吊り上げる。
「シャキッと言いな! あんたも男だろうがっ!!」
まるでタンカをきっているような口調で言い切る母に、フィスルは難しい顔をしてみせる。
だからって、シャキッといったら言ったで、怒るに決まっているのだ、母は。
自分が今知っている「真実」は、そういう類のものなのだから。
それでも、眉間にしわを寄せている母の顔を見てしまったら、言わなかったらどうなることか、という感情が渦巻いていた。
おそるおそる、口を開くと、ぽつり、とこぼした。
「成人したら、親父追いかけて旅立つって――あいつの、昔からの口癖なんだよな……。」
「………………………………は?」
「き、昨日――王様に外に出てもいいっていう許可もらったら、即旅立つって言ってた……。」
「………………な、なんだってぇぇぇぇーっ!!!?」
ビリビリビリッと、店内に響いた大声に、フィスルは慌てて自分の両耳を覆った。
彼の母親は、そんなことに構いもせず、ドンッと荒々しくカウンターを叩くと、キッと息子を睨み付けた。
「馬鹿言ってんじゃないよ、この馬鹿息子っ!! この大陸から出て旅立つっていうのがどういうことなのか、ちゃんと分かって言ってんのかい、あんたはっ!? 海は化け物だらけ。近海に漁に出るのも難しいときてる状態なんだよっ!?」
「んなの俺に言われたって……。」
片目を眇めるようにして呟くフィスルの体が、少しだけ縮こまる。
そこを見逃すような彼女ではなかった。
すぐに目を据わらせると、どん、とカウンターに両手をついて、身を乗り出すと、低く尋ねる。
「あんた――シェーヌに何を言ったんだい?」
「…………なっ、なんにも言ってないぜっ!?」
慌てて両手を振ると、ばさり、と箒が落ちた。
焦って箒を拾う息子の背中に、彼女――フィスルの母ルイーダは、押し殺した口調で続けた。
「この大陸から出るための手段は、たった二つだと、世間では言われてる。
ひとつは、船――けど、これは海の魔物が住みだしてからは、もっとも危険な手段だとされてる。
ひとつは、空……けど、城のお抱え魔法使い様ですら、空を飛んでほかの大陸にいけるのは、年に二回が限度だって言う。」
わざとらしく指折り数えるルイーダに、そうだな、とフィスルは答えながらも、目が泳いでいる。
その、あまりに単純明快な彼の仕草に、ルイーダは目じりを吊り上げる。
「……フィスル? あんた、シェーヌに旅の扉の存在をしゃべったね?」
「…………めめめめ、めっそうもないっ! んなものっ!!
そんな、王家極秘の抜け道のことなんて、ひとっことも、ぜんっぜん、しゃべってません!!」
ぶんぶんと大きくかぶりを振る息子に、ルイーダは正直、泣きたいくらい情けなくなった。
うそつきは嫌いだと、誰もに正直に生きる男になれと、そう育てたのは自分だったけど――だれも、ここまで隠し事の下手な、単細胞に育てたかったわけじゃない。
「あんたは、ほんとに嘘をつくのが苦手だねぇ――まったく、分かりやすいったらありゃしない。」
「だ、だから、シェーヌが旅の扉の話を知ってるのは、きっと、ほら、シーラさんとか、シーズ様とか――話してくれそうな人って、ほかにも居るじゃねぇかっ。」
慌ててシェーヌの母と、祖父の名前を出すフィスルに、つくづく隠し事が下手で、嘘が下手だと、ルイーダは思った。
「馬鹿だね。シェーヌに旅立ってほしくないと思ってる二人が、わざわざシェーヌにそんな話をするかい?
そもそも、あの旅の扉は、数百年も前の遺跡なんだよ? まだ発動されることは確認されているけど、どこに繋がっているかも分からない――今まであそこを通って行ったやつは、一人として戻ってきてないからね………オルテガを含めて。」
「…………………………。」
言葉に詰まるフィスルに流し目ひとつをくれてやり、ルイーダはあからさまなため息を零す。
疲れたように頬杖をついて、うつむく息子の旋毛を見つめた。
旅の扉と呼ばれている、古代の秘法「転移装置」がこの大陸の東にあることを知っているのは、ごく一部の者たちだけだ。
数百年前の王家の遺産であり、転移先がどこなのか分からないという事実があったため、危険なものと判断され、極秘事項として外部に漏らされることはなかったのだ。
それを自ら発動させたのは、あとにも先にもオルテガだけだ。
それに立ち会った者たちは、旅の扉の存在を知っている。
オルテガの妻であるシーラも、オルテガの育ての親であるシーズも、そして、見送った自分も。
「称号付きの戦士の仕事のひとつに、王族の極秘宝物庫の管理、見張りも入ってるのは知ってるよ。
あんたも、仕事のひとつとしてそれを知ったんだろうけど――なんでシェーヌにしゃべったんだい?
あの子の性格は、幼馴染であるあんたが一番良くわかってるだろうに。」
ここまで言われて、これ以上ばっくれることなど出来なかった。
フィスルは軽く息を詰まらせたあと、小さく、息を漏らした。
「だから、だよ――。
だってさ、シェーヌは、ずっと昔からそれを望んでたんだ。親父さんの後を追って旅に出ることを。
泳いででも、いかだでも行ってやるって言われたら――さすがに、教えないわけには行かないだろうが。」
「…………………………。」
ルイーダも、あの子ならやりかねないと思ったのか、手で口を覆った後――重く長い吐息を零す。
「この大陸の外は、とんでもなく強い魔物が居るって聞いてる。
それを、オルテガならともかく、シェーヌが一人で行くってのかい?」
別にフィスルを攻めている口調ではないのだが、とっさにフィスルは口をついて言い返していた。
「しょうがねぇじゃん。戦士がいないんだし。」
瞬間、ルイーダの眼差しが変わった。
キッと吊り上げられた目が、鋭くフィスルをにらむ。
はた、と我に返ったフィスルが自分の口をふさぐが、もう遅い。一度口から出た言葉は、戻ってくれるわけではないのだ。
「フィスルっ!」
「はいっ!!」
「あんた、シェーヌが魔物に食われても良いって言うのかいっ!?」
「い、いや……そんなこと俺に言われても……。」
「だーらっしゃいっ!!」
激情のままに叫ぶルイーダに、じりり、とフィスルが後退した。手にしたホウキが、ずず、と床をこする。
「まったくっ、昔と違って、今じゃぁ、この酒場に集まる戦士だって、クズばっかりだしっ。」
「悪かったな、クズの一人で。」
さすがにムッとしたらしいフィスルがむくれるのを、一瞥ひとつで黙らせ、ルイーダはイライラと唇を噛む。
フィスルはそんな彼女から、さらに離れようとズリズリと後退する。
母の性格上、一暴れしそうな雰囲気だったのだ。
ところがルイーダは、それ以上叫ぶこともせず、代わりにそっと吐息づいた。
そして、そのまま崩れ落ちるようにカウンターに顎をつけ、頭を片手で抱える。
「シェーヌのことだし、どうせ止めても聞かないんだろうね。」
「そりゃ、俺が何十回となく言ってるのに、まるで聞く耳持たなかったしなー。」
ふぅ、とため息を零す母に、フィスルも肩をすくめて見せる。
フィスルとて、幼馴染を心配してはいるのだ。
二つ年下の幼馴染は、今年成人だと言うのに、華奢で女みたいな顔をしていて、口を開かなければ美少女と見まごうくらいで。
確かに、剣の腕やほかの才能などは舌を巻くくらいだけど、それでも。
たった一人で旅に出すなんて、本当は心配でならないのだ。出来ることなら、旅立つのを止めたいのだけど――シェーヌは絶対に聞きはしない。
昔から、これ、と決めたことは、絶対に曲げない子供だったから。
「で? シーラさんは何て言ってんだい?」
「あん? シーラさん? 別に……いつかそういうだろうと思って、強い子供になるようにと育ててきた甲斐があったって……。」
シェーヌの母の言葉を、そっくりそのまま口にしたフィスルの顔を見上げて、ルイーダは苦笑にも似た笑みを零す。口の端が、笑み切れず、ゆがんでいたけど。
「……あいかわらず、強い人だよ、あの人は。」
オルテガの見送りも、微笑んで見送ったような人だ。あの人が私を浮かべる最後の顔は、綺麗に笑う自分であってほしいからと、そういいながら、笑って見送った人だ。
だからこそ、今回も微笑みで見送るのだろう――内面の、死ぬほどの悲しみとは別に。
「…………なら、国王も許可を出すだろうね――なにせ、相手はオルテガの息子だ。
誰もが、彼が父の代わりに魔王を討ち取ることを望むだろうよ。」
「あいつもさ、昔から寝物語の代わりに、父親の英雄譚を聞かされてたんだし。」
だから、仕方ないのではないかと、フィスルが苦い笑みを刻んだ。
どうあがいても、シェーヌは自分が旅に出ることを譲らないだろう。
それは、幼馴染のフィスルが、そしてその母であるルイーダが良く知っていることなのだ。
「……このままじゃ、あの子を一人で旅立たせることになっちまうね――…オルテガのように…………。」
ぽつり、とルイーダは呟いて、眉間に濃い皺を寄せた。
彼女自身、口にすることは無かったけど、十六年前にオルテガを一人で旅立たせたことを後悔しつづけているのだ。
けど、だからと言って、シェーヌと世界に旅立てるような強い戦士など、心当たりもない。
ちらり、と胸の端で自分の息子の存在を思っては見るものの、彼とて無くてはならない王宮仕えの戦士の一人――称号持ちである戦士は、めったなことで城下を離れることは許されないのだ。
何よりも、シーラと違い、自分には夫の忘れ形見である息子を手放すことなどできない。
「――んー……まぁ、危ないだろうけどさ……あいつのことだから、なんとかするんじゃないかなー……。」
少し寂しそうに笑うのは、フィスルだとてそれだけではないと分かっているからであろう。
もしかしたら、今生の別れになるかもしれない。それを分かっているから、語尾の切れが悪い。
「……………………。」
二人の間に、重い沈黙が落ちる――と、そのときである。
カランカランっ
明るい鐘の音とともに、酒場の入り口の扉が開いた。
「ちわーっす。」
現れたのは、二人が噂をしていた人物であった。
良く通る声で簡単な挨拶を済ませた彼は、乱暴とも思える動作で扉を開けると、薄暗い店内に瞳を細める。
しゃらり、とゆれるのは、背中まで届く漆黒の髪。抜けるように白い肌との対比が良く映える美しい髪は、赤い宝石のはまった金環でひとつに結わえられている。
額には中央に深い青の宝石が付けられているサークレット。やや吊り目がちの目は黒曜石。
ノースリーブのチュニックの下には、半そでの白いシャツ。腰で結ばれたベルトには、片手剣がつるされている。
いつもとは違ういでたちのそれは、どう見ても旅用の軽装と言った装いである。
その、どう見ても男装の麗人にしか見えない立ち姿に。
「のわっ!! シェーヌっ!!?」
「何だよ、そのリアクションは?」
ホウキを放り出し、ズサァァァッと大げさに後ずさった幼馴染に、シェーヌは不機嫌そうな顔を向ける。
一見華奢な姿形は、少年というよりは少女そのものである。しかし、その表情や仕草が、彼を少年以外の何者にも見せない。
「あ、い、いや、つい……びっくりしたもんで。」
「つい? まー、いーけどさ。
そういうフィルは、今日は休みかよ?」
慌ててホウキを拾いながら引きつるフィスルに、不審げな表情を向けるが、もともとそんなことはどうでもいいと思っているシェーヌである。さっさと話題を変える。
「ああ。昨日夜勤だったしな。
そういうシェーヌは、成人祝いにいっぱいひっかけに来たのか?」
誰も客が居ないが、ここは酒場である。
酒場と言ったら、することは一つだろうと、今日から酒解禁のシェーヌに笑いかけると、彼はあっさりとかぶりを振った。
「ちげーよ。旅に出るから、あいさつ回り。」
ぱたぱた、と手を振って、なんでもないことのように言うシェーヌに、は、とルイーダが動きを止めた。
「挨拶まわりって――シェーヌ、あんた……。」
呆然と――分かっていたことだけど、やはりそういわれると、なんとも言えない気分になって、ルイーダは彼の整った顔をマジマジと見つめる。
シェーヌはそれに軽くうなずく。
「うん。、さっき王様が、旅の扉、使っても良いって言ってくれたから。」
明るく肯定してくれたシェーヌに、フィスルはそっか、と短く呟く。
ルイーダは辛そうに一度目を閉じた後、静かに瞳を開いた。
そして、あっけらかんとしているシェーヌを見やり、キツク顔をしかめる。
「シェーヌ。あんた、旅に出てどうする気だい? 帰ってくるつもりは――あるんだよね?」
喉から搾り出すように――ルイーダは尋ねる。
本当は、こんなことを聞きたくはないのだけど、そういうわけにはいかない。帰ってくるつもりのある旅に出るのか、そうじゃない旅なのか……それだけは確認しておかないと、先に後悔するのは分かりきっているのだし。
「旅に出て? そりゃ決まってるじゃん。魔王倒すんだよ。」
明るく、明るく言い放ってくれたシェーヌに。
「ぶーーーーっ!!!!」
フィスルが思い切りよく噴出した。
「汚ねぇよ、フィル。」
しかめ面でフィスルから遠のくシェーヌを引き止めるように、ぐわし、と肩をわしづかみにすると、フィスルは彼の顔を覗き込む。
「おまえなぁっ、魔王って何か知ってるのかっ!? スライムの王様じゃねーんだぞっ!?」
「んなの知ってるよ。赤ん坊じゃあるまいし。」
「知ってるって……おまえっ。」
歴戦の勇者だとか、覇王だとか呼ばれているものならまだしも、経験も未熟なシェーヌに、あっさりと「魔王退治に」なんていわれたら、誰もがこう思うはずである。
なんて、身のほどしらずな。と。
それも、相手は自分の幼馴染なのである。
旅に出るだけなら止めなかったが、こんなことを言われたら止めるしかないだろう。
「なんつぅ無謀なこと考えてるんだよっ! そりゃ、お前はオルテガさんの血を引いてるからって、そう期待するヤツらもいるかもしんねぇけどな、お前はお前だろっ!? 何も、そんな無茶……っ。」
がっくんがっくんと肩を揺さぶられて、いい加減頭がシェイクされるのが嫌になったシェーヌは、フィスルに額から頭突きをかます。
ごつんっ、といい音がして、フィスルの動きが止まったところへ、すばやく蹴りをかますと、ダンッと彼を床へ叩きつける。
呆然としているフィスルを見下ろして、腰に手を当てながら、当然のようにシェーヌは言い放つ。
「だーかーら、もう帰ってこれないかもしれねぇから、こうして挨拶回りしてんじゃねぇか。」
「……シェーヌ……っ。」
ルイーダが、悲痛に声を呼ぶのに、シェーヌはにやりと笑みを向ける。
「まっ、魔王倒すまでは死ぬつもりなんてねぇし、どっちにしろ倒したら一回戻ってくるからさ。」
これをほかの誰かが言ったのなら、またたわ言を、としか思わないのだけど。
相手はシェーヌで。
相手はオルテガの血を引く唯一の子供で。
しかも、幼いながらも剣にひらめきを持っていて。
――王様も、ほかの誰もが、この子に期待を寄せたのは見なくても良く分かった。
まだ、実戦経験すら少ない、今日成人を迎えたばかりの子供だという、不安要素を見なかったことにしても、期待してしまうくらい――オルテガの子供、というレッテルは大きい。
ほかの誰かがこう言ったなら、賢明な大人の誰もが無謀だと止めたろうに。
「シェーヌ……。」
止めるのは、自分たちしかいないとわかっているのに、ルイーダにもフィスルにも止められなかった。
もともとシェーヌ自身がそれを聞いてくれるタチじゃないのもあったが、彼の母そのものが行けと言っているのだ。自分たちが止めても無駄なのだ。
「シェーヌ、お前マジで一人で行く気か? 王様は何て言ってたんだよ?」
「王様は兵を連れて行くかって言ってくれたんだけど、そーんなことしたら、この城下町の守りが危なくなっちまうって、断った。旅の道連れなんて、適当に旅先で探すさ。やばかったら、どっかのキャラバンにでも紛れ込ませてもらったり――食料も金もあるから、適当になんとかなるだろ。」
どう聞いても無謀だとしか思えないシェーヌの台詞に、だけどよぉ、とフィスルが続ける。
「夜とかどうするんだよ。一人じゃ寝ずの晩だろ? 体も参っちまうぜ? やっぱ、適当な仲間見つけてからのがいいんじゃねぇの?」
「平気平気。聖水持ってるし。」
「聖水ー?」
「教会の配布品。母さんがためといてくれたんだよ。これで結界張れば、たいていの魔物は入ってこれないらしいし。」
軽い口調で会話する二人は、旅に出る前の少年と、それを案じる青年のそれだった。
フィスルは、喉元まででかかった台詞を飲み込むように、どこか歯切れの悪い台詞を口にしている。
ルイーダはそんな二人を見ながら、細く息を吸った。
冷たい空気が肺に染みるのを感じつつ、彼女は静かに指を組み合わせる。
じ、と視線を手に落とし、薄暗い店の照明の下、手が白くなるまで力を込める。
そして、きゅ、と強く目を閉じて、何かを祈るように手のひらを額に当てた。
しばらくして、ゆっくりと目をあけた。
「フィスルっ!!」
「は、はいっ!! まぢめに掃除しますっ!!」
一声叫んだルイーダに、ビクッと体を揺らし、条件反射でフィスルはホウキを握りなおす。慌ててホウキを動かせる彼に、ルイーダは静かに告げた。
「お前、シェーヌについていきな。」
「…………え?」
赤茶の巻き毛を書き上げて、彼女はどこか疲れた風に口元をニヤリと曲げて笑った。
「こんなヤツでも一応戦士だ。役に立つだろうよ。」
ゆったりと立ち上がり、彼女は悠然とした態度で微笑む。
腕を組んで、正面を向いて、にっこりと笑って続ける。
「王様には、あたしが話をつけておくよ。」
「お袋……。」
「な? シェーヌ……腐ってもこのルイーダ、冒険に出る前の人間を一人で叩きだしゃしないよ。」
語るその声は、静かに店内に響いた。
シェーヌが双眸を瞬くのを見ながら、ルイーダはうなずく。
「なんたってここは、王家公認の、戦士たちの酒場だ。
最高の戦士を送り出す場所だからねっ。」
片目を瞑って見せたルイーダに、シェーヌとフィスルの二人は黙って顔を見合わせた。
「ルイーダさん……でも、いいの? 一人息子を貸し出して。」
「帰ってくるんだろ? 魔王倒したら。」
カウンターへ身を乗り出して、ニッと笑って見せたルイーダに、シェーヌは見る見るうちに笑顔になる。
それに慌てたのはフィスルである。
「ちょ、ちょっとお袋っ。俺はまだ行くなんて言ってな……っ。」
「この馬鹿息子! きっちり鍛え直して帰ってきなよっ!」
威勢の良いルイーダの台詞に、自分の台詞がすっかりかき消されてしまい、フィスルはなんともいえない顔になる。ホウキ片手に、ちょっと待て、と言う風に出された右手が、空気を掻いた。
馬鹿息子ことフィスルは、
「はいっ。」
元気良くルイーダに返事をするシェーヌを見て、がっくりと肩を落とすほか無かった。
ホウキを両手で握り締め、まぁ、いいんだけどさ――と、二人には届かないように呟く。
シェーヌについていってやりたいけど、自分のお役目と、お袋を置いていくのが忍びなくて、悩んでいただけだから――お袋から言われて、しかも王様もシェーヌに仲間を連れて行かせたいと思っていたなら、それが自分でもいいのだけど。
ただ、なんていうか、釈然としないというのか。
「さぁさぁ、そうと決まったら、フィスルっ! さっさと荷物まとめておいでっ!!」
ルイーダは、決まったと言わんばかりに、新しく下働きのバイトも探さないとねぇ、とわざとらしく口にする。
これが母らしい見送りの言葉だと、心づかいだと分かっているフィスルは、はいはいと気の無い返事を返し、ホウキを置きに行こうとする。
しかし。
「あ、でもさ。今すぐ出発はちょーっと無理。」
「…………そりゃ、挨拶回りしてんだから、今すぐは無理だろ?」
何をいまさら、と言いたげなフィスルに、そうじゃなくって、とシェーヌは手を振って否定する。
「ほんとは、明日の朝、すぐにでも出るつもりだったんだけどさ。事情があって、何日後に大陸出れるかわかんねぇんだよ。」
「はぁ? なんでだよ? 旅の扉に行くだけだろ?」
そりゃ、昔のものだから、正常に動くかどうかは分からないかもしれないけど──と、疑問を抱いたフィスルに、そんな理由なわけがあるかい、とルイーダからすぐさま叱責がとんだ。
「正常に動くかどうかなんて、そもそも分からないだろっ! ──そうじゃなくって、シェーヌが言いたいのはアレだろ? ……旅の扉への道が、封印されてるって言うんだろ?」
「うん、そう。──なんだ、ルイーダさん、知ってたんだ?」
首を傾げて微笑むシェーヌに、ルイーダは肩をすくめることで答える。
──実際、その封印の現場に居たと言うことは、口に出さなくても……どうせ封印した張本人から聞くことが出来るだろう。
「封印って……なんで?」
目を瞬いて問いかけてくるフィスルに、ルイーダは小さく溜息を零してみせた。
「旅の扉ってぇのはね、人間だけじゃなくってモンスターも使えるんだよ。──で、時々、旅の扉の向こう側から強いモンスターが来ることがあってね。
──それで、危ないからって、オルテガが旅立った後に、洞窟の入り口を封印したんだよ。大きい岩を切り出して、それで壁を作ってね。」
懐かしむように目を細めた後、苦い色の笑みを口元に刻むルイーダに、フィスルは顔をしかめて見せる。
「──って、壁があったら、通れねぇじゃねぇかっ!?」
それじゃ、一体、どうやって洞窟を通るんだ、と。
早速前途多難だと、顔をグシャリとゆがめるフィスルに、そうそう、とシェーヌは頷いてみせる。
「だからさ、今からシャハールんとこ行って、ドカンと一発やってもらえねぇか、聞いてみようと思って。」
その結果しだいで、出発する日が決まる、と。
シェーヌは、ごく当たり前のように言ってくれた。
「────…………シャハール? ……って、おまえの魔法の師とか言う……、西の森の?」
フィスルは、シェーヌが口にした名前を一瞬理解できなくて、ググ、と眉間に皺を寄せて考えた後──ようやく、彼が昔から良く「お泊り」に行っている老人の名前だと気づいた。
確か、オルテガが最初の旅に出たときに親しくなったという、パーティメンバーの一人で──人を嫌って森の中で隠居生活をしているのだと、そうシェーヌから聞いたような覚えがある。
「おう! シャハールなら、ドカンとイオナズンくらい唱えられると思うしな! ──それに、旅に出る前に挨拶に来いって言われてるし。」
「…………イオナズン……っていうのが、どれくらいの威力か分からないけど、あんまり激しい呪文を唱えると、洞窟が壊れないかしら?」
頬に手を当てて、気難しい表情になるルイーダに、シェーヌは明るい笑顔で笑って答えてくれた。
「ん、その辺りもまとめて、シャハールに聞いて見るよ。老人は生き字引って言うしな! ──まぁ、うちのじっちゃんは、ぜんぜん生き字引じゃねぇけどな〜。」
アハハハハ、と、ことさら明るい笑い声をあげるシェーヌの顔も表情も──何もかも。
本当に、昨日見たのと同じくらいにいつもどおりで。
フィスルは、ホウキを片付けながら──本当に俺達は、これから世界をめぐる旅に出るのだろうか、と。
現実味のない「明日」を、想像することすらできなかった。
書くつもりはなかったのですが、プロローグ編──最初のお話。
100題を書く前に書いてあったブツを見つけたので、少し修正してSSSダイアリーにてアップしたもの。