「本気で反省してる?」
びしり、と整った指先を突きつけられて、二人の少年は間近にあるたがいの眼を合わせて、詰め寄っている少女へ、こっくりと頷いて見せた。
その態度に、少女はそれでも納得しない。
不機嫌そうな表情で、がっしりとした体躯の少年と、逆に華奢な体躯の少年とを交互に見やり、腰に手を当てて見せる。
「反省の色が見えないわ。」
整った顔立ちに寄せられる柳眉は、端っこがピン、と跳ね上がっている。
彼女の怒りが未だに解けていない証拠である。
それを認めて、少年二人は困ったように眉を寄せる。
「って言われたってさ、ちゃんと反省はしてるって。お前置いて、さっさと買い物済ませたのは、悪いと思ってるし。」
「うん、リィンに何も言わずに、二人で先に行ったのも、悪かったって思うし。」
コリコリと頭を掻きながら言うユリウスの台詞も、小首を傾げながら見上げるようにして両手を合わせるカインの台詞も、反省の色が見えないってわけではないが、気づけば一人で町の入り口に放ったらかしにされてしまったリィンとしては、面白くないのは当然であった。
この程度では、二人を許せないのである。
「私だって買い物をするものがたくさんあるのは分かっているでしょう? ちゃんとした旅したくをして出てきた貴方達と違って、私はほとんど着のみ着のままだったんだから、いろいろ入用な物もあるのよ。
それに付き合ってほしいってこと、ちゃんと町に入る前にも言ったわよね、私?」
なのにこの二人は、町に入るなり、サクサクといつもの手順で――リィンが仲間に入るまでの手順で、やることをさっさと分担して、呆然とするリィンを置いて、町の中に散らばっていってしまったのである。
かくして、残されたリィンは、一人買うものも満足に買えず、待ち合わせ場所がどこかも決めてない以上、そのまま町の入り口に戻って、苛々と二人が探しに来るのを待っていた、という状況である。
もともとが王子であると言う身分上、二人がこういう町などで女の子と買い物をする、なんて機会が無かったのは分かる――いや、カインに至っては、妹との経験があるかもしれないが、所詮それでも城下町での買い物だ。二人っきりで買い物をすることなどなかっただろう。
だからこそ、女の子がどれほど買い物が重要なのか、分かっていないのも分かる。
分かるのだけど!
ムーンペタの町を出て以来、まともな買い物が出来る町もなく、宿場町風の村――しかも、モンスターがはびこっている影響か、本当に寂れている村だ――で何度か薬草などの補充をしただけ。
城が焼け落ちた一件で、犬に変えられていた王女は、本当にまともな物を一つも持たず、使い慣れた品なんてものも何も無い状態で、旅の空へと放り出されたようなものなのだ。
しかも、女というのは、男以上にさまざまな入用になるものが多い。
髪が長いリィンにしてみたら、髪を梳かす櫛だって、茨の道を通るときに髪を結わえる紐だって、とても大事なものなのだ。
男ばかりの旅をしていた二人が、もちろんそんなものを持っているはずもないし――何とかまともな町につくまではと、宿屋の女将さんに事情を話して、旅の最中に「アレ」になったときの処理の仕方なども教えては貰ったが……、それだけで何とか成るわけでもない。
ムーンペタを出て、初めてのまともな町である。
ここできちんとした服一式を買って、軟膏クリームも買って――そう思うのは、当たり前のことじゃないか。
「ごめん……ほんと。」
「女ってのは、色々面倒だなぁ。」
妹が居るカインは、彼女が年頃のこまっしゃくれた年齢でもあるせいか、リィンが何を言っているのか理解したようである。
服にしても下着にしても――そして、か弱いリィンにとってみたら、足に塗る薬や、少しの体力消耗を補うためのマッサージオイルなども、安価で売っていたらぜひ買い求めたいところだろう。
将来のことを憂いて、しっかりとした訓練をつんできたカインやユリウスにだって、旅の毎日は身体にも辛いと思うときがあるのだ。魔法を中心に学んでいたリィンに、それが人一倍辛いと感じるのは当たり前のことなのだ。
そして、いくら復讐を誓い、共に旅に出ると告げたとは言えども、彼女だとて女。たとえ寝小便をいくつまでしていたのか、だとか、初恋の相手は誰なのか、だとか――そういうことをお互いに知っているような間柄だとは言え、年頃の男と一緒に居て、多少の身なりも気にしないはずがないのだ。
特にリィンは、王女としてのプライドを、しっかりと持っているのだから。
そう思って謝るカインと違って、女兄弟が居なく、さらに母親とも昔に死別した、まさに男家族の生まれであるユリウスは、理解できなかったらしい。
面倒そうに呟くと――リィンの眉が、ピクン、と動いた。
「………………ユーリ。」
低く、リィンは彼の名を呼んだ。
古の勇者ロトの血を引く、遠い親戚であり、幼馴染でもある男の名を、この上もなく凍てついた声音で、唇に乗せた。
そして彼女は、氷のような微笑を浮かべて見せると。
「あんた達、明日、あたしに一日付き合うのよ……いいわね?」
ばちばちばち……と、火花がスパークする右手を突き出して、そう宣言した。
げっ、と小さくうめいたユリウスが、助けを求めるようにカインを見たのだけれども。
「――それくらい、当然の勤めだと思うよ。」
カインはカインで、リィンに申し訳ないことをしたと理解しているからこそ、ひょっこりと肩をすくめて見せるのであった。
何にしても、リィンの買い物を済ませないことには、次の町に向かうことも出来なさそうなのである。
明日一日を潰すのは、十分必要なことであった。
そう判断するカインに、ユリウスは嫌そうに顔をゆがめたが、天井を見上げ、床を見つめ――それから、ヤレヤレといった風にため息を零した。
「分かったよ。とことんまで付き合ってやるから、何でも要るもの買えよ。
――そんかわり、要るもの、だからなっ、要らないものは買うなよっ!?」
びし、と突きつけるように宣言してやると、リィンはニッコリと笑って見せた。
「男に二言はないわね? 約束よ。」
そうして彼女は、突きつけられた指先を握りこんで、ふふん、と笑ったのであった。
その笑いの意味を、彼ら二人が正確に理解したのは、翌日のことであった。
ローレシアの王子、ユリウス。
サマルトリアの王子、カイン。
そして滅ぼされしムーンブルクの王女、リィン。
彼ら三人と、カインの妹のセシルは、小さい頃から何かの儀式が行われるたびに顔を見合わせているせいか、幼馴染と言って過言ではない関係である。
特に同じ年のユリウスとカインは、何かにつけ、書を交し合うこともあったし、リィンとセシルもまた、同じであった。
その付き合いから、ユリウスはカインに、リィンはセシルに会いに、サマルトリアに行くことが多かった。
結果として、一同はどうせなら、と同じ日に会うことを提案し、良く四人で遊んだものだ。
それが少し大人になるにつれて、王子、王女としての勉強が忙しくなり、文を交わすだけになり――それでも、儀式の折には顔をあわせ、親しい友人のような付き合いをしてきていた。
だからこそ、こうして旅に出ることになっても、昔のような関係は無くなることはなく、普通に仲良く笑いあったり、喧嘩したりする。互いのことを良く知り合っているからこそ余計に、遠慮ない関係があった。
あったのだが。
「…………ってっめぇ、リンっ! なんだよ、この格好はっ!!!」
寝ているところをたたき起こされ、寝ぼけている間に、さっさと寝巻き代わりのシャツを脱がされ、アレヨコレヨという間に気づけば、ユリウスはガタイのでかいお嬢さんに変身させられていた。
一方のカインは、リィンよりも頭半分ほど高いお嬢さんに変身している。きょとん、と何が起きているのかわからず目を瞬いている顔を見ていると、彼が妹のセシルと似ているというのが良く分かった――こんな場面で分かりたいわけではなかったが。
「だから、今日一日私に付き合ってくれるんでしょう? これくらい、当たり前じゃない。」
きっぱり言い切ると、リィンはどこで調達してきたのか分からないカツラを手にして、がっぽりとユリウスにかぶせると、それを乱暴に櫛でとき始める。
「おいっ、確かに買い物に付き合うとは言ったけど、誰も女装するだとか、女の格好するだとかは言ってないぞっ!?」
「ばっかねぇ、あんた、女の下着屋に、男の姿で来るつもりなの? そんな恥ずかしい荷物番、つれて歩きたくないわよ?」
ほら、おとなしくしてなさい、と暴れるユリウスを膝で蹴りつけて、リィンは適当にカツラの具合を直す。
思い切り背中から膝蹴りを食らわされたユリウスは、身悶えるように身体を震わせた。
「ええーっ!? リン、下着屋さんにまで僕らを連れていくのーっ!?」
おとなしくベッドに座っていたカインが、驚いたように顔を見張る。
そんな彼へ、当たり前でしょ、とリィンは答える。
「もちろん、アクセサリーショップにも、クスリやさんにも付き合ってもらうわよ?」
「アクセサリーっ!? んなの、旅には必要ないだろうがっ!」
「女には必要なの。あんたが、剣の手入れ用の布はドレにしようと悩むのと一緒で、私はアクセサリーをつけて、口紅を選ぶものなのよ。」
「旅に必要なものを買うっていうのは、確かに大切なことだけど、ユーリ……僕らの気持ちは、旅だけで成り立っているわけじゃないんだからさ。」
「………………んま、そーだけどよ。」
女は良くわからねぇ、とぼやくユリウスに、だからもてないのよ、とリィンがベッドから降りるついでに、とどめとばかりに蹴りを入れる。
思い切り良く上半身を机から落としそうになったユリウスは、何しやがんだ、と叫んだところで、目の前に立った彼女から、つい、と指先で注意を頂いた。
「女の格好で、そんな言葉遣いしないでちょうだいよ? どこの下品な女だと思われるから。」
「……くそっ。」
ユリウスは、二度と買い物に付き合うなんていわないぞ、と心の奥底から近い、渋々立ち上がった。
「好きにしろよ。どこから行くんだ、まずは?」
「そうね、まずは小物が欲しいわ。私用のタオルと、ちゃんとした櫛と、紐。」
「へいへい。どこまでもつき合わせていただきますわよー、おひめさま。」
ヒラヒラと手を振るユリウスが、どかどかとスカートの裾を翻して歩いていくのを見送りながら、カインは軽く首を傾げて、ユリウスを指し示した。
「ねぇ、リィン? あのドレス、どこで用意したの??」
すると、リィンの予備の服を着ているカインを横目で見て、彼女はクスクスと笑って見せた。
「ここの女将さんの服を借りたのよ。
――なかなかユリウスに似合ってると思わない?」
「……なるほどね。」
くすり、とカインも彼女と顔をつき合わせて笑った。
そんな二人に、さっさと階段当たりまで一人で歩いていったらしいユリウスの叱咤が飛んだ。
「何やってんだよ、早く来いっ!」
その声に二人は、笑い声を噛み殺しながら、室外へ飛び出したのであった。
いかにも女子供が好みそうな小物屋を見つけたリィンは、ユリウスとカインを連れたって店に入って行った。
中に入ったとたん、愛想のいい店員が、「いらっしゃいませ」と朗らかに声をかけ――一瞬表情を固めたのは、きっとリィンの美貌に眩暈を覚えたためだろう。
あまりのリィンの美しさに、目が滲んだのか、何度か手の甲で目を拭っている光景も見えた。
ユリウスはそんな男をジロリと一睨みしたあと、店内の目立たないような場所を探し、カインと一緒にそこで隠れていることにする。
入り口からは死角で、あまり店員も居ない辺りとなると、端っこの入り組んだコーナーの辺りになる。
リィンはどうせなんだかんだと言っても、自分でサクサクと買いたい物を選んでしまうような性格をしている。わざわざ物を手にとって、「どっちがいいと思う?」なんて聞くような女じゃないことは確かである。
いつだって彼女は即決即断。たとえ迷ったとしても、ユリウスの意見を聞くくらいなら、街角でしゃがみこんでいる亡霊の意見を聞くわ、と昔から言ってはばからないくらいである。――決して、ユリウスの好みが悪いのではなく、ただのリィンとユリウスの好みの違いである。
そうとなれば、ユリウスはリィンの買い物の邪魔と言っても差し支えない。
ただでさえでも、普通の女性には居ないような大女の格好になっているのである。あんまり目立ちたくも無い彼としては、さっさと目立たない場所に行くに限るのであった。
そこで、相棒のカインに目をやると。
「うっわー、結構色々あるね、リン。」
彼は、にっこりと微笑んで、リィンと一緒に連れ立って棚を物色していた。
「蝋燭は、やっぱり実用性を重視して動物の脂の方がいいと思うのよ。でも、顔に塗る油脂は、そういうのじゃダメなの。」
「顔のケア用? それなら、酸化しにくいのがいいよね? ここじゃ売ってないと思うから、後でクスリ屋さんで聞いてみる? 馬油とか置いてあるんじゃないかな?」
「そうね、馬油なら、虫刺されにもいいし――あ、カイン、ここ精油も置いてるわ。ラベンダーないかしら?」
「……んー、ダメだよ、リィン。これは精油としてのグレードはあんまり良くないみたいだから、虫刺されにも、虫避けにも、火傷にも使えないよ。」
棚の中からいくつかの小物を取り出して、額を付き合わせる二人の姿は、仲の良い女友達のようであった。
ユリウスは目の前で繰り広げられている光景に、一瞬眩暈を覚えざるを得ない。
確かに、リィンたちの本性を知らない他人の目から見たら、片方は豪奢な巻き毛の美少女――ちょっときつめではあるが、そこがまた魅力的な娘である。もう片方は、穏やかな優しい表情の美少女――どこか素朴な感じと、天然な感じの癒し系である。
ともに居るのが不思議な組み合わせではあるが、逆にだからこそ余計に目が引かれるというか――。
「……つーか……なんであいつ、違和感ないんだよ…………。」
眉を落として、ユリウスはドップリと疲れたようにため息を零すと、一人で死角へと歩いていった。
どうにも自分にはついていけないような会話であったからである。
「石鹸とかはどうしよう……ね、カインたちはどんなのを持ってるの?」
「石鹸はね、水がないと使えないから、あんまり持ってないよ。粗布とかで体をゴシゴシ擦るの。酷いときは、一ヶ月は水浴びできないと思うな。
垢すりとか買っておいたほうがいいかもね。」
「うーん――そうよね、こまめに町とかに立ち寄れるとは限らないし。旅って、そういうもんだしね。」
「そうそう。だから、髪を纏めるゴムは多目に買っておこうよ。髪を洗えなかったりすると、すぐにバサバサになっちゃうでしょ?」
「そうね、ここまで来る間も、良く枝とかにひっかかったし、枝毛も増えたわ……うん、櫛とゴムは、ちゃんと買っておいて、あとは……。」
真剣な顔で語り合う少女達は、時々お互いの頬を寄せ合って楽しそうに笑った。
そんな様子を遠目に見ていたユリウスは、なんとなく苛立ちに近い感情を抱く。
――結局、俺が女装している意味って、あるのかよ?
きっとないに違いあるまい。
いつまでこうしてればいいんだろうと、手持ち無沙汰に目の前の棚に並んでいる布のはぎれを手にして、無意味にかき回していたときであった。
「ね、彼女達、二人でお買い物ー?」
能天気な明るい声が、すぐ側で聞こえたのは。
はっ、とユリウスが目をあげると、そこには笑顔の胡散臭い青年が立っていた。
その後ろには、二人ばかりの男が立っている。
そうして、彼らが声をかけたのは、いわずがもな――リィンとカインであった。
「あら、これも可愛いわね。」
けれど、そういう無粋なナンパには慣れているのか、リィンは綺麗さっぱり無視をして、棚の上の品物を手にする。
キラキラ光るコビンを掲げるリィンに、思わずユリウスは心の中で突っ込んだ。
「んなもの、買うような余裕はねぇぞ、こら。」
心の狭いことを思うユリウスとは反対に、リィンたちに声をかけた男は、笑顔のまま彼女の頭上から腕を差込、リィンが手にしていたコビンを奪うと、
「君が欲しいなら、買ってあげるよ。」
そう、笑った。
カインは驚いたように男とリィンを見やり――そして、真剣な顔でリィンに尋ねる。
「リン――知り合いなの、この男の人と?」
「――――…………まるで知らないわ。多分、ただの慈善家さんじゃないかしら?」
ふぁさっ、と髪を掻き揚げ、リィンは仕方なく男達の方を見やった。
自分よりも頭一つ半は大きい彼らを、その紫水晶の瞳で睨みつけると、で? と顎を突き出すようにして彼らを見上げる。
カインは何が起きているのか分からないように、リィンと男達の顔を交互に見やっている。
「何の御用かしら?」
「ちょっと付き合ってよ、おねえちゃんたち。ご飯もおごるし、その後も楽しく遊ぼ?」
甘いマスクで微笑む男達の顔を見上げて、カインは軽く首を傾げる。
一人目の顔、二人目の顔、そして三人目の顔をゆっくりと見つめて、キョトン、と目を瞬かせる。
そんなカインの反応に、コレはだましやすいと男たちは思ったのか、カインの肩に手をまわすと、
「ね、いいだろ?」
ニッコリと、笑う。
なれなれしく自分の肩に手を回してくる男を、不思議そうに見つめて、
「そんなことして、君達に何の得があるの?」
本気で不審そうな顔でそう尋ねる。
真剣な顔のカインの台詞に、バッチン、とユリウスは自分の額を手で叩き、リィンはガクリと片方の肩を落とした。
二人の口から出てくるのはため息ばかりであった。
「カイン……あのね、コレは……ナンパなのよ…………。」
リィンは、自分の置かれている立場をイマイチ理解できていないらしいカインの肩を抱いている男の手を抓り、ぐい、と彼の身体を自分の方へ引き寄せる。
いたっ、と小さく呟いた男は、軽く眉を顰めてリィンを睨みつけるが、研ぎ澄まされたナイフのように美しいリィンの容貌を見て、反論の言葉を瞬時に喉の奥に封じ込めた。
「ナンパ? ――――え、でも、この人達、かっこよくないよ?」
カインは、リィンの言葉に大きく顔を顰めると、男達一人一人の顔を眺めてやった。
その末に彼の口から紡がれた台詞に、リィンが引きつり、ユリウスは唇の中で小さく叫ぶ。
「――――…………んの、バカっ。」
そんなことを言えば、男達が動揺するのは分かりきっていることだった。
ここでするべきなのは、穏便にナンパを断り、買い物を続けることであって、騒ぎを起こすことじゃないのだ。
「――――なんだって、おじょうちゃん?」
ひくり、と口元を引きつらせた男の一人が呟き、ん? とカインの顔を覗き込む。
そんな彼らに、カインは平然とした顔で――何せ彼もまた、サマルトリアからココまでの道のりを、潜り抜けた猛者であるからして、チンピラの放つ脅しごときで「怖い」とは感じないのだ。
「だって、ナンパっていうのは、かっこいい男の人がするから意味があるんでしょ?
お兄さん達、見た目も格好も言葉づかいも格好良くないし、女の人を魅力するような武器が何一つとしてないじゃないか。
それでナンパなんて出来るわけないって思ったんだけど。」
「――――…………カイン…………っ、そんな本当のこと、思っても言っちゃダメじゃないの……っ。」
リィンが、本気でため息をつきたいような気分で、そう呟いて、ヤレヤレと自分の頭を振った。
そんな彼女の呟きは、少し離れたところに居るユリウスのところまで聞こえてきて――彼は、これだからイイトコの王子と王女は、世間慣れしてないって言うんだよ……と、自分のことを棚にあげて、顔を苦くゆがめて見せた。
もちろん、こんな二人の台詞を聞いてしまった男たちが、怒りを覚えないはずがないのだ。
「――んだとぉっ!?」
メキメキメキ……と、音すらも聞こえそうな態度で見る見るうちに顔を真っ赤にして、三人の男達が色めきたった。
は、とカインが咄嗟にリィンを背後に庇う。
そのリィンもリィンで、周囲を見回し、小さく舌打ちしたかと思うと、そ、と右手で印を組み、呪文を唱える準備なんぞを始めている。
物騒な女だな、とユリウスは思いながら、ズカズカと二人の下へ歩み寄ると、
「ちょっと待てよ。」
がしり、と男の一人の肩を掴んだ。
「んだよっ!?」
ギッ、と、顔一杯に赤味をさして、怒りを覚えた男が振り返るのを待って、ユリウスは剣呑な光を目に宿し、彼らを睨みつける。
「俺に連れが何か?」
言葉を零すと同時、ドンッ! と勢いがつくほどの激流を全身から垂れ流す。
本来なら抑えてしかるべきである「殺気」までは行かない闘気と名づけられるものを、少しの抑えもなく彼らにぶつけた。
「……っ!!?」
ジリリ――と、男が後じ去る。
リィンはそれを見て、ふん、と小さく鼻を鳴らした後、右手に宿し始めていた呪文を解いた。
同時にカインも、リィンを庇う体制をやめないながらも、戦闘態勢に入りかけていた体を解く。
ユリウスは無言で男の肩を握る手に力をこめて、
「こっちも穏便にすませたいんだけどな。」
ん? と、わざとらしく一人一人の顔を覗き込む。
ユリウスほどの手錬には出会ったことがないのだろう。
彼らはとたんにざわめき立ち、お互いの視線をわざとらしく重ね合わせると、
「い、いや、コッチも悪かったよ……っ。」
言いながら、ユリウスに肩をつかまれた男以外は、ジリジリと背中から後ろへと移動していく。
そんな仲間の二人に、おい……と情けない声を上げた残った男の肩を離し、ユリウスは彼らをドンと突き飛ばすようにして前へと突き出した。
とたん、三人は一斉に先を争うようにして駆け出す。
ガタンッ、と引っ掛けた品物がこけるのを直す暇もなく、彼らはそのまま店から外に出て行った。
奥のレジにした店員が、そんな男達に呆れたような目をむけ、ゆっくりと商品を立て直した。
「――……ったく、暇なヤツらだぜ。」
がり、とカツラをかきむしり、その奇妙な感触にユリウスは顰めた顔をますます顰めさせる。
それから、ノホホーンとした顔で表を走っていった男達を見送っているカインと、ヤレヤレといいたげに品物へと再び向きなおるリィンとに身体を向けた後、
「お前ら、隙がありすぎんじゃねぇのかよ?」
けっ、とはき捨てるような勢いで悪態づく。
「……はっ、自分が声をかけられなかったって――それどころか顔を見て逃げられたからって、嫉妬はみっともなくてよ、ユ・ウ・リ・ちゃん?」
いやみったらしく名前を一文字ずつ区切って呼びながら、リィンは自分の整った顔に微笑を貼り付けて、ユリウスを見上げた。
その子憎たらしい綺麗な顔に、ユリウスは、ざけんなよ、と小さく返した。
「そっちこそ、ちょっと声をかけられたくらいで、喜んでんじゃねぇよ? ああいうタチの悪い男に声かけられるなんて、よっぽど尻の軽い女だと見られたってことじゃねぇの?」
「――なぁんですってぇ?」
「なんだよ?」
いつものごとく、二人は顔を間近に近づけあって、軽口の応酬からにらみ合いに入った。
ボンヤリと窓の外を眺めていたカインは、完全に男達の姿が見えなくなった後、ゆっくりと視線を戻して――いかつい大女と、可憐な鋭い美少女とのにらみ合いを目撃して、軽く首を傾げた。
「……――ところで、彼らは僕達3人と、一体どこで遊ぶつもりだったのかな?」
――――――コレが、心の奥底から不思議そうに尋ねているのだから、始末に終えないというのは、ガックリと勢いをそがれた二人の仲間の、共通する意見であった。
はぁ、と声に出してため息を零したリィンは、髪を掻き揚げながらカインを見ると、
「カイン? 街中でああいう男に声をかけられても、絶対に付いて言っちゃダメよ?」
「そうだぜ。どこに連れて行ってくれるのかな、なんて思ってもダメだぜ。」
二人から詰め掛けられるように言われて、カインはますますいぶかしむように眉を顰める。
「さっきのはリィンが一緒だったから声をかけられただけだろ? 一人で歩いている僕に声をかける人なんて居ないよ。」
まったく、心配症だな、二人とも。
そう言いたげに、自分の腰に手を当てて呆れたような声で大女と美少女の珍しい組み合わせを見上げるカインに、リィンはため息を零した。
ゆるゆると頭を振った後、リィンはユリウスをチラリと目だけで見上げると、
「ユーリは可愛くないけど、カインは可愛いと思うわ、私。」
そう呟いた。
思い切り顔を背けられた後でそう呟かれたユリウスは、なんだと、と軽く目くじらを立てるが――自分の格好を見下ろし、そりゃそうだよな、と改めて思ったようである。
「確かに俺は可愛くねぇけど――俺、カインも可愛いなんていいたくないぜ?」
「ほら、リィン、やっぱりそうじゃない。」
えっへん、となぜか胸を張るようにしてカインが笑う。
その顔は、普通にしていても可愛いのに、今日はリボンまでつけているため、非常に愛らしいお嬢様に見える。
そんな顔で、そういう事言われても、信じられないったらありゃしない。
「ユーリ!! あんた、そんなところで焼餅焼いてどーすんの!? もしかして、自分も可愛いって言って欲しいとか言うんじゃないでしょうね?」
それだけは、死んでも嫌だわと、本気で嫌そうに顔をゆがめて叫ぶリィンに、それは俺も嫌だぜと、苦くユリウスも同意する。
「だってさ……今のカインが可愛いなんて言ったら、同じような顔してるセシルまで可愛いってことになるじゃねぇかよ。
俺は、セシルは可愛いとは思わねぇからな。」
うんざりしたといわんばかりに、ユリウスは肩から零れ落ちてくる髪の毛を掻き揚げて、いっそカツラをひん剥いてしまおうかと思う。
しかし、窓ガラスに映った自分の顔から、カツラをとってしまったら、どう見ても女装男にしか見えない事実に気付き、素直に取りやめた。
もちろん、ユリウスの意図に気付いたリィンが、ギリギリと足の先を踏みつけてくれたことにも原因はあるのだけれども。
――が、しかし。
カツラを取ろうとしねぇから、足を踏みつけるのはやめろよと――ユリウスは視線を落とし、自分の足を踏みつけているのが、少女の履いているサンダルではなく、ブーツであることに気付いた。
そのブーツを視線で上げていくと、女性の旅用の服を着込んだ、「現在女装中」のカインの顔に当たる。
いつも穏便な彼は、軽く眉を顰めるようにしてユリウスを睨みつけていた。
「か、カイン?」
「――――――………………ちょっと、ユーリ、それ、どーゆー意味だよ?」
ジロリ、とねめつけるようにして、カインは薄くルージュの塗られた唇を尖らせる。
そうしていると、きつめのイメージのあるセシル――カインの妹に良く似ていた。
「どういうって……別にカインが可愛くないって意味じゃ……っ。」
ぐい、とユリウスの足を踏む足に更に力を込めて、カインは全体重をそこへ乗せた。
そして、ギッ、と間近からユリウスをにらみつけると、
「セシルが可愛くないって意味でしょ!?」
怒ったように、そう叫んだ。
そこになって初めて、ユリウスは彼が……カインが、年の近い妹をとても可愛がっていたという事実を、今更ながら思い出したのであった。
慌てて後じ去って逃げようとするものの、しっかりと踏まれた足を無理矢理どけるわけには行かず――何せ、そんなことをしたらカインが棚に向かってひっくり返ってしまうのだ――、ユリウスはその場に縫いとめられたまま、リィンへと助けを求めた。
だがしかし、リィンはさっさとそんな男二人を見捨てて、籠の中に雑貨を放り込むと、スタスタとレジに向かって歩き始める。
「り、リン!!」
叫んだユリウスに、くるん、と愛らしく振り返り、リィンは軽く首を傾げて微笑んだ。
――その目が、笑っていなかったけれども。
「――ふふ、ね、ユーリ?」
少し首をすくめるようにして、ユリウスを見上げて。
「私、セシルと、すんごく仲が良いのよ?」
悪戯っぽさを通り越した、冷徹な微笑を浮かべて笑って見せた。
そのまま彼女は身体を戻してみせた。
ヒラリと掌を舞わせて、リィンは一度顔だけを彼らに戻し、
「カイン、後は好きにしてもいいわよ。たっぷり、ユーリをいじめてあげてね。」
声も可愛らしく、そう告げてくれたのであった。
「分かったよ、リン。」
そして、答えたカインもまた、笑顔であった。
「か、カイン……っ!?」
密かに恐れを声に宿したユリウスに、カインは首を傾げて、目だけは無表情にユリウスに笑顔を向けた。
そして、セシルに良く似た微笑で、
「ごめんね、ユリウス――君は、何も恨みなんてないんだけど。
兄としては、妹を愚弄されて、黙ってるわけには行かないんだ。
――ほら、コレって、お兄ちゃんの甲斐性、でしょ?」
ぽん、とユリウスの肩を叩き、なぜか、そのままの体勢で両手にベギラマの閃光を宿し始める。
非常にまずいくらいの熱が両肩に集い始めるのを感じ取って、ユリウスはゾクゾクと背筋をしならせる。
「かかかか、カイン……っ、ここ、店の中だぜ……っ!!?」
「うん、知ってる。
だから、ユーリの身体の中に魔法を直接ぶちこむんじゃない?」
にぃっこりと笑われて。
ユリウスは、思わずカインの腕を掴んで、落ち着け、だとか、やめよう、だとか口走ったが。
もちろん、
「ありがとうございましたーっ!!」
明るい店員の声を背後に、ちりりん♪ と店を出たリィンの耳には、どこか遠くで聞こえる爆音が聞こえたような気がした。
「カインって、柔らかいクセっ毛なのよね。」
「リィンは、柔らかいけど、クルクルしてて大変な髪だね。」
「だから、三つ編み以外で寝ると、すっごいことになるの。朝はいつも大変だわ。」
「髪にあうシャンプーバーを見つけるのが一番だと思うけど――リンスはどうしてる? ビネガーリンスとか――あ、インフューズドビネガーとかもいいかも。ローズマリーが髪にはいいけど。
毛先がパサついてるなら、卵パックがいいと思うよ。髪を洗って拭いた後に、オイルで油分を補充するのもいいよ。ココナッツオイルとか、椿油なんてオススメ。」
「お城に居るときなんかは、贅沢してヨーグルトのリンスなんて使ってたわ。あれ、櫛通りが良くなるのよ。」
「なるほどね。でもさすがに旅の中では、ヨーグルトも手に入らないしね。いろいろ試してみようか。」
「そうしてくれるかしら?」
同じベッドに座って、洗いざらしの髪を互いに拭きあいながら、年頃の男女が話す台詞が、上のような台詞であった。
最後に風呂を使ったユリウスは、出てきた瞬間にそうやって笑いあっている二人の背中を見て、なんとなく疎外感を感じた。
いつもなら、自分へ背中を向けているカインの背へしだれかかって、俺の髪も拭けよ、と拗ねた口調で言ってみせ、二人から笑われながら輪に混ざるくらいであったが。
今日は昼間のことがあるので、一人寂しく違うベッドに腰掛けていた。
一人で頭を乱暴に拭いているのだが、リィンもカインも、ユリウスが風呂から上がったことに気付いてもくれなかった。
「ち……、俺だって一応、リーダーなんだからな……。」
「……ねぇ、カイン?」
「ん?」
「ところで気付いてる?」
「ユーリのこと?」
「そ。いいの、あのままで?」
「――今日一日くらいは反省してくれないと、困るよ。……おにいちゃんとしては。」
「ふふ。――ね、じゃカイン? 今日は私と一緒に寝ない?」
「…………そ、だね。
それで、ユーリを一人で寂しく放っておこう。」
「ね、明日の朝が楽しみになるでしょ?」
「うん、ホント。」
――――くすくすと、楽しそうに笑う二人は、乱暴にガシガシと頭を拭いている青年を一度振り返り、再び額を突き合わせて、楽しそうに笑った。
仲がいいですね、うちの三人組は(笑)
しかも、ラブゥ同士ですよ、うちの三人組は(笑)
今回のお話は、どっちかというと、サマルトリアvムーンブルクっぽいですね……うちの二人は恋愛感情はないのですけど(笑)。