天使達の冒険

 
 
 

 

「あー……かったりぃ……。」
 ぼやいた少年が、担ぐようにして持っていた斧を、どん、と地面に叩き落とす。
 それを横目で眺めていた少女は、鼻の頭に皺を寄せて、不快げな表情を浮かべる。
「ユーリ! 何度も言ってるけど! そういうの、やめてくれる?」
 力強く言ってから、指先を突きつける。彼女のそういう仕種は、どこまでも少女を勝ち気に見せた。
 ユーリと呼ばれた少年は、少女の顔を一瞥してから、地面に突き刺さるようにして立っている斧を見下ろす。
 それから、だいぶ使い込んで擦り切れた状態の手袋を見て、片目を眇めるようにして少女を見る。
「何が?」
「……っ! その、斧を叩き落とすように地面に突き立てるのをよっ!!!」
 叫んだ少女に、ユーリ――ユリウスは、ああ、とやっと気付いたように斧を見た。
 そうして、斧の柄を握り締めると、ぐい、とそれをぬき、高々と掲げて見せる。
 眇めるように斧の状態を見つめたユリウスは、その刃先を少女の向けると、
「別に刃こぼれしてねぇし、いいんじゃねぇの?」
 軽くそう言ってくれた。
「…………〜〜〜毎回そうとは限ってないじゃないのっ!」
 少女が叫ぶのも仕方のないことなのだが、少年はどうにも彼女が起こる理由というのが掴めなくて、首をかしげる。
「別に刃こぼれしても、俺がどうせ砥いでんだし、お前に迷惑かけてるわけでもないんだからさぁ、リン?」
 そんなに怒ると、眉間の皺が固定しちゃうぞ?
 女の子に言う台詞ではない事を呟いたユリウスに、今度という今度は、リィンの堪忍袋の緒が切れる。
 彼女は、両手の平を合わせると、そこに神経を集中して、全ての力を宿すかのように光の玉を発生させる。
「イオナ……っ。」
 呪文の片鱗を口に上らせると、さしものユリウスも顔色を変えた。
「おいっ、リィンっ、お前何……っ。」
 けれども、その一触即発の雰囲気は。
「ねぇー、お魚さん、いっぱい釣れたよう? 今日は、刺し身にする? 焼き魚にするぅ?」
 のほほーんとした、第三者の乱入によって、掻き消された。
 
 
 
 

 ぱちぱちとはぜる火の音を聞きながら、少女は整った美貌を歪めて、串に刺された魚にかじりつく。
 つい最近まで王女様をやっていたとは思えない粗野な態度に、野良王女、とユリウスが茶かす。
 その言葉に言外に秘められた台詞に、彼女は壮絶とも言える微笑みを浮かべると、
「何が言いたいの? 筋肉馬鹿王子。」
「犬はおとなしくご主人様の言うこと聞いてりゃいいんだよ。」
「あら? 飼い犬に手をかまれることしかしたことのない、あなたに優秀な犬が飼えるの?」
「尻尾振ってたころは可愛かったのになぁ。」
「そういうあなたも、寝小便していたころは、愛らしかったわよ。」
 ばちばちばちばち。
 火花が飛び散るような会話であったが、表面上は穏やかであった。
 そうしてその二人の会話にも動じず、はぐはぐと魚をほおばるのは。
「今日も楽しかったねぇ。」
 彼ら二人の幼なじみの、カインであった。
 そんな彼に、少女はきつめの目を瞬くと、呆れたように笑って見せた。
「もう、カインはいつもそうなんだから。」
 笑ったリィンに、面白くもなさそうな態度で、ユリウスが一人ごちる。
「ったく、しょうもねぇ。」
 それに混じったさまざまな感情をいち早く感じ取ったリィンは、くすくすと笑って見せた。
「ほんと――しょうもない男よね。」
「……っだとぉ?」
「なぁによぉ?」
 再び火花が散ろうとした瞬間、
「あーっ!!!!!」
 唐突に、カインが叫んだ。
 顔を突きあわせた二人は、バッと同時にカインを振り返る。
「敵かっ!?」
「どうしたのっ!?」
 手元に置いてあった斧を手にするユリウスに対し、肌身はなさず身につけていた杖をしっかりと握り込む。
 二人の鋭い視線に見守られて、カインは手にしていた鉄串を掲げると、泣きそうに顔を歪めて、
「落としちゃったよぉ……。」
 半分に減ってしまった魚の身を、指差した。
「………………カイン…………………………。」
「…………もう……まったく、もぉ………………。」」
 がっくりと、両肩を落とすユリウスとリィンが、手から武器を離す。
「もったいない……。三秒ルールって、魚にも効くかなぁ?」
 べったりと身を崩して落ちてしまった魚を見ながら、真剣に呟くカインに、ユリウスは乱暴とも言える仕種で炎の中から焼けた魚を引き抜くと、
「拾い食いなんてのは、貧乏な時だけで上等だよ。
 ほら、まだ残ってるんだから、新しいの食えよ。」
「あら、拾い食いなんてしてるの、ローレシアの王子ともあろう者が。」
 カインが、ユリウスから魚を受け取ると同時、楽しそうにリィンが口を挟む。
 その口調に刺が混じっているのは、いつものことである。
「ムーンブルクの王女ともあろうものが、慰み物を貰ってたのに比べたら、マシじゃねぇの?」
 はん、とユリウスが鼻先で笑うのに、む、とリィンの眉が絞られる。
「それが……のろいをかけられてた、哀れな王女に言う言葉?」
「そののろいを解いてやった優しい王子に、言う台詞か?」
 軽口を叩き合いながらも、どこか臨戦態勢に入ろうとした二人に、新しい魚にかぶりつきながら、カインが笑って答える。
「どっちもどっちだよねっ!」
「……………………………………。」
「……………………………………。」
 落とした魚を、三秒以内に拾えたら食べられると、そう思っていたお前も、お前だと思うけどね。
 そんな言葉は、天然の入っているカインの耳に入れてもしょうがないと分かっていたから、二人は何も言わなかった。
 ユリウスとリィンの二人は、無言で互いを慰めあうように視線を交わすと、やれやれと言いたげにため息を零す。
「あー……リン、こっち、もう焼けてるぞ。」
「ありがと、ユーリ、もう少し食べるなら、新たに焼くけど?」
 そして、にこにこと笑うカインの前で、いつものように、食事風景に戻るのであった。
 これが、将来英雄と呼ばれる彼らの、日常なのであった。
 
 
 
 
 




ドラクエ2のうちの王子様達の設定はこんな感じです。
気の強いムーンブルク王女と、粗雑なローレシア王子、天然系なのだけど、突っ込む時は突っ込むサマルトリア王子が基本です。
基本は基本で、そればかりとは限らないのですけどね。
次は「サマルトリアの王子の呪い」を書きたいんだけど……その前に、ドラクエ3も書きたいなぁ(笑)。
ドラクエは書きたいことがたくさんあって、困ります……。