ズンチャッチャーズンチャッチャー♪
 軽快なリズムの音が響く甲板の上。
「へい! へいへいへい! へい!」
 ムキムキと鋼鉄の二の腕を躍らせながら、なぜか忍び足で進む男が、悦に入った表情で、三股に分かれた顎を突き出して首を逸らした瞬間、
「ビクトリィィー!!!!!」
「うっさいっ!!!!」
 縁で頬杖をついて、波間に揺れる魚の群れを見下ろしていたナミが、手にしていた釣り竿をブンと振り投げた。
 コーン、と軽快な音を立ててぶちあたった釣り竿の糸が、クルクルクルとフランキーに巻きついていく。
「おおおおっ! すげぇ、ナミ!」
「ナミ、もう一回! もう一回!!」
 あっという間に釣り糸でぐるぐる巻きになったフランキーを見下ろして、彼の左右でモズやキウイのように踊っていたウソップとルフィが、喜んで叫ぶが、ナミはカチンと眉を跳ね上げて、ダンッ、と甲板を足で叩いた。
「うっさいって言ってるでしょ! さっきから後ろでジャンジャンジャンジャンと、あんた達、トドじゃないんだから、甲板の上で跳ねるのやめなさいよねっ!!!?」
「おい、ねーちゃん、トドはねぇだろーが、トドはよ!」
 ギロリ、と睨みを利かせるナミの言葉に、グルグル巻きにされたままのフランキーが、まな板の上の鯉のようにピョンピョン跳ねて反論するが、
「何? なんか文句あるの、フランキー?」
 上から見下ろすようなナミの鋭い視線を受けて、あっという間に縮こまった。
「……ないです。」
 しおしおしお、とコーラ切れを起こしたように髪がしぼんでいくのを感じたフランキーに、怒られてやんのー、と笑っていたルフィとウソップに、
「だいたいね、あんた達っ! 昨日の夜言ったこと、ちゃんと覚えてるのっ!?」
「昨日の夜〜?」
 ビシ、と指先を突きつけるナミの爪を見つめながら、ウソップは首をかしげる。
 昨日の夜といえば、ナミに脅かされて見張り当番を代わってやった時のことだろうか──って、見張り当番代わって一晩中見張り台に居たんだから、昨日の夜の話なんて聞いてるわけねぇじゃねぇかっ!!
 と、ウソップが裏手で突っ込もうとしたところで。
「覚えてるに決まってるだろっ!」
 ルフィが、自信満々に腕を組んで胸を張って叫んだ後、
「──……で、なんだっけ?」
 ……いつものように、気が抜ける仕草で首を傾げてくれた。
「──……はぁぁ、そんなことだろうと思ってたけどね。
 ウォーターセブンを出た後しばらくは、位置を把握されやすいから、昼も夜もこっそりと! 目立たないように行くわよっ! って、言ったでしょっ!?」
「おお! そういやそんなこと言ってたな。」
「言ってたのよっ!!」
 鼻をほじりながら呟くルフィの頬を、無駄だと分かりながらも思いっきり引っ張りながら、ナミが怒鳴る。
 その言葉を聴いて、なるほどなぁ、とウソップは納得したように頷いた。
 エニエスロビーの事件からこっち、チーム全体の懸賞金が6億近くまで跳ね上がってしまった「麦わら海賊団」は、しゃれにならないくらいの注目株だ。
 もちろん、賞金稼ぎに狙われる確率もバカ高いことは間違いない。
 ウォーターセブン近海から出るまでは、目立つことは避けなくてはいけないのである。
 ──まぁ、ルフィが居る限り、ほぼ無駄だとは思うが。
「ったく、クルー全員が賞金首なんて言う、洒落にならない状態なんだから、今まで以上に気をつけなくちゃいけないのよ!」
「え、でもウソップは賞金首じゃねぇぞ?」
 ナミに頬を引っ張られたまま首をかしげるルフィに、ナミは思わず目を細めて見せたが──チラリと無言でウソップを見た後、はぁ、とため息を零して。
「とにかく! ちょっとでも隙を見せたりなんかして、あんたたちはともかく! 私に何かあったら、どうするつもりよ!
 こんなに人畜無害でか弱い私に、1600万もかかってるのよ!? イーストブルーなら、私めがけて次々に賞金稼ぎがやってくるような価格なのよ!?」
「……人畜無害か、ナミ?」
「ねーちゃん、いい加減この糸切ってくれ……。」
 ガックンガックンとルフィを揺さぶるナミに、それぞれから突っ込みが入ったが、ナミは聞く耳持たず、もうっ! と、ルフィを甲板の上に放り投げる。
 そしてそのまま腕を組み、親指の爪をカリと噛むと、
「本当、どうしてくれようかしら……っ! 一体わたしが何をしたって言うのっ!?」
「したした。」
 お前もCP9をぶっ飛ばしただろーが、と甲板に居た面々から突っ込みが入っても、ナミは気にしない。
「これで私のきれいな経歴にも傷がついちゃって……っ!」
「……キレイ?」
「キレイだったか?」
 思わず半目になるウソップとルフィの問いかけもキレイに無視したまま、ナミは両腕で自分の体を抱きしめると、
「賞金首になっちゃったら、賞金に換金もできないじゃないの……。」
 賞金首は、掛けられた賞金をもらうことはできない。──そのため、たとえ賞金首を倒したとしても、その首で賞金を受け取ることはできないのだ。
 イーストブルーで麦わらの名前が売れていなかった頃は、そうやってナミやウソップが換金して金を稼いだこともあったけれど、もうこうなってしまっては、ソレもできなくなってしまう。
 ──あぁ、私の副業が、と、甲板の上に倒れこみながら、
「財政難で危なくなったら、ルフィやゾロに縄かけて賞金もらおうって思ってた計画もパーじゃない! 私が賞金首になっちゃったんだからっ!!!」
 がばっ、と両手で顔を覆う。
「ってヲイ!!!」
 叫んだ内容に、ルフィとウソップとフランキーがそろって突っ込みを入れたところで、
「ふふ……楽しそうね、航海士さん。」
 柔らかな微笑を浮かべたロビンが、さんさんと降り注ぐ太陽に目を眇めながら、船室から出てきた。
「あ、ロビン。」
 とたん、ナミは泣きまねからパッと顔をあげる。
 うそ泣きかよ!! と更に突っ込むルフィたちに向かって、「当たり前でしょ、ついでにさっきのもウソよ」と軽くウィンクして笑ってみせたナミは、甲板に立ち上がりながら、
「でもね、うるさいって言うのは本当よ。
 あんた達、自分達の首に賞金かかってるってこと、いい加減自覚しなさいよね。
 チョッパーとサンジ君はとにかくとして。」
「おー。」
 やはり鼻をほじりながらやる気のない返事を返すルフィに対し、ウソップは脂汗をだらだら流しながら、
「ってオイ、ナミ! 俺もばれてないと思うんだけどな!!?」
「ばれてるから。」
「ばれてるわね。」
 反論を求めるものの、ナミとロビンによってアッサリと希望は切って捨てられる。
 仮面だとかそういうのは関係ない。ウソップの場合、何よりも隠さなくてはいけない鼻が、隠れていないのだから。
「うう……お、俺は、勇敢なる海の戦士になるためにっ!」
「はいはいはいはい、そんなことはどうでもいいけど、だから、海域抜けるまでは静かにしてよねっ!?」
「静かにするからよー、ねーちゃん、コレほどいてくれよー。」
 バタバタと足と体をくねらせながら訴えるフランキーに、ナミは片眉をそびやかした後、
「フランキー、ほどいて最初に何をするのかしら?」
 にこ、と笑って問いかけてみた。
「そりゃーもちろん、コーラジェット噴射だなっ!!!」
「おおおおおーっ!!!」
 ビ、と親指を立てて男前に笑ってみせるフランキーに、ルフィとウソップの目が輝いて飛び出た──とたん、
「だからそれをやめろっつってんでしょーがっ!!!!!」
 カッキーンッ!!! ──と。
 ナミが完成版・天候棒は、見事にフランキーを空中に打ち出した。
 ひゅーん、と見事な弧を描いて飛んでいくフランキーを見送りながら、
「あら、新記録ね。」
 ロビンが冷静に一言。
「このまま落ちてくれればね。」
 グンと伸びたフランキーの弧を忌々しげににらみ付けながら、ナミはクルマ・タクトを肩にポンと置いて、まったく、とため息を零した。
 そしてそんな彼女の言葉を引き継ぐように、
「フランキーっ!」
「フランキぃぃーっ!!!」
 ルフィとウソップが、場を盛り上げるように船の縁にかじりつき、そろって口に手を当てて叫ぶ。
「「3!」」
「「2!」」
「「1!!」」
 立てた三本の指を折り曲げながら叫んだ──その瞬間。
 ブヒョッ!!! ……と。
「プチ! ヴァン・ド・ボー!!!」
 フランキーの良く響く声が、辺り一面に響き渡ると同時、海に激突するはずだった彼の体が、突然動きを止めた。
 かと思うと、そのまま尻から何かを噴出すようにして、こちらに戻ってくるではないか!
「おおーっ!! 来たっ! 戻ってきたぞーっ!!」
「フランキーっ! 最高ーっ!!!」
 ノリ良くそんな彼を出迎えるために叫ぶルフィとウソップの言葉に、ナミは額に手を当てて嘆息を一つ。
「だからうるさいって言うのに…………。」
「ふふ、でも、しょうがないんじゃないかしら。」
 やっぱりあいつらは分かってない、と吐息を零すナミに、ロビンが穏やかな微笑を零しながら戻ってくるフランキーを見つめる。
「静かな船長さんたちなんて、想像もつかないもの。」
「……ん、ま、それはそうなんだけどね。」
 風に髪を揺らしながら笑うロビンの言葉に、苦笑を浮かべつつ同意して、ナミはゆっくりと手すりに背中を預けた。
 そのまま、無事に甲板まで戻ってきたフランキーとルフィとウソップが、再び登場シーンの踊りを始めるのを、まったくもう、と今度は呆れた顔で見守りながら、
「これで船大工兼音楽家の誕生ってワケね。」
 とことん、船長好みだわ、と。
 ナミは、出会った頃のルフィを思い出しながら、くすくすと喉を震わせて笑った。
 そうして、青い空に響き渡る音楽を聴いて、目を閉じたところで──。

「ってくぉらっ! フランキーっ! お前、またコーラ使いきりやがったなっ!!!」

 バンッ、と、厨房へと続く扉を開いたサンジが、空っぽのコーラ瓶を指に挟みながら、新たな騒動の種を持って、甲板に現れた。



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