「今日も雨か……。」
窓ガラスに打ち付ける雨粒を見るともなしに眺めながら、そんなことをシリウスが呟いた瞬間、
「そう、雨なんだよ、シリウス!」
待ってましたとばかりに、目の前にニョッと飛び出てくる癖毛の頭。
思わず半歩後ろに下がったシリウスは、めがねの奥でキラキラ光るいたずらっ子の目を認めて、──ニ、と口元に笑みを刻んだ。
「なんだ? 面白いことでもあるのか? ジェームズ?」
「なかったらわざわざ口にしやしないさ、シリウス。」
少し顎を上げて、ん? と見下ろしてくる親友に、ジェームズもまたニヤリと笑みを返して自信たっぷりに言い切る。
そんな彼ら2人の会話を耳にして、窓の外を眺めていたルーピンが、呆れたように視線を寄越してくる。
「ジェームズ、この間もそんなこと言って、反省文書かされてなかったか?」
こんなにたびたび「反省文」なんて書かされてたら、単位に響くぞ、と──同時に、グリフィンドールの点数もまっさかさまな挙句、今度の試合にも出してもらえなくなるぞ、と、忠告をしてくる彼に、ジェームズはニンマリと口元に笑みを広げて笑ってみせる。
「ふっふっふ、俺がそんなポカすると思うのか?」
「そう言って、この間はスネイプにやり返されてたのはどこのどなたさんだったかな?」
「! あれはだって、リリィが見てたから、ちょっと手加減してやっただけで……っ!」
意味ありげに視線を遠くに飛ばして含み笑いを見せるシリウスの言葉に反応したジェームズが顔を跳ね上げたところで。
「……誰が見ていたから、手加減をしてあげたんですって? ジェームズ?」
少し語尾が跳ね上がるような──柔らかな口調が、割り入ってきた。
とたん、びくっ、とジェームズの肩が飛び跳ねるのを、シリウスもルーピンも面白そうな顔で見守る。
こちらを向いているジェームズの顔は、真っ青になったり真っ赤になったりと一瞬で急がしい限りだが、彼はそれをゴクリと飲み込んで、平然とした笑みを顔に貼り付けると、
「やぁ、リリィ! 今日もご機嫌麗しく、キレイだね。」
「……詐欺師でも食っていけそうだな、コイツ。」
先ほどまでの悪巧みの顔も何のその、華麗なる微笑みを浮かべてみせるジェームズに、思わずシリウスが感心したように呟いたところで。
「あら、シリウス? それはどういう意味なのかしら?」
ヒョイ、と片眉をあげて、リリィは彼を上目遣いに見上げる。
「ジェームズはお世辞が言うのが得意という意味なのかしら?」
ん? と、顎を引いてジロリと睨みあげる彼女に、シリウスはヒョイと肩を竦めて見せると、
「いえいえ、薬草学のプリンセスさまは、いつもお美しいと思っておりますよ、姫君。」
「その言い方はやめてちょうだい。」
ぴしゃり、とリリィはシリウスの軽口を叩き付けると、不快そうに鼻の頭に皺を寄せる。
「先生が勝手にそう言っているだけで、私はまるで気に入ってないの。
そんなことを言うと、あなたのことだって、『ブラックプリンス』って呼ぶわよ。」
どこからともなく取り出した杖の先で、つん、とシリウスの胸元を突き刺すリリィのセリフに、彼がクシャリと顔を歪めるのと、
「ぶっ……っ! あはははは! そりゃいい!!」
思いっきり良く腹を抱えて、ジェームズが笑い始めたのが同時。
「……ジェームズ。」
低く、苦い声で──ブラック家の人間だということを毛嫌いしているシリウスにとって、嬉しくない呼び名であることを一瞬で理解した癖に、……そこで庇うとか軽口で応酬とかせずに、笑うか、普通?
隣でルーピンが苦笑いをしているのは、シリウスが「ブラック」と血統で呼ばれるのを嫌っているのを解っているからこそ、余計な口は挟めないと思っているに違いないのに。
幼馴染で、一番シリウスが何を嫌うか知っている張本人が、大爆笑。
「お、おまっ、かぼちゃパンツ履いて、『ブラックプリンス』って名乗ってみろよっ! ぜ、絶対、スネイプに睨まれ……プーッ!!!」
リリィに背中を向けて、そのまま壁をドンドンと叩き付けるほどの大爆笑。
そのあまりの乱れっぷりに、リリィもまさかココまで威力があるとは思わず、呆然と目を見張る。
それから、思った以上にバカ受けしているジェームズに、憮然とした表情になると、少し考えるように首を傾げ──そういえば、薬草学で、私とスネイプがいつも一緒に先生に誉められているのを、ジットリと見ていたっけ。
その原因が何なのか、リリィは良く知っていた。
それこそまさに、「薬草学のプリンセス」なんていう、くだらないあだ名を付けられた原因とも言える──「プリンス」のおかげなのだ。
だから。
「………………ふーふーふー、シーリーウースー?」
リリィは、杖先で自分の頬をつつくようにしながら、にぃっこりと微笑んで、ジェームズの頭を叩こうとしていたシリウスに近づいた。
その、なで声とも言える声音に気づいたシリウスが、びくっ、と肩を震わせたのを見て取り、リリィはますます楽しげに目元を緩めると──、
「こーんな庶民のジェームズは放っておいて、プリンスとプリンセス同士、ゆっくりと午後の紅茶でも楽しんで、交流を深めないかしらぁ?」
ガッシリ。
──しっかりとシリウスの腕に自分の腕を絡めて、特上の笑顔を彼に向けて見せると、
「──……リリィっ!?」
ピタリと笑い声の発作を止めたジェームズを気にしながら、シリウスは必至にリリィの腕を解こうとする──が、まるで魔法でも使っているかのように、リリィの腕はガッシリと絡んではがれない。
リリィはそんな彼をにこやかに微笑みながら、
「…………ちょうどこの間の授業で倣った魔法薬、紅茶に入れてどれくらい味が感じないか試してみたかったのよね〜……。」
ボッソリ、と──シリウスにだけ聞こえるように、呟いた。
「────…………っ、なっ、ちょ……っ、り……っ!!!」
この間の授業、──が指す内容を思い出したシリウスが、ビビッ、と尻尾を逆立てそうな勢いで大きく身を震わせたのに気づいて、リリィはますます楽しげにのどを震わせて微笑むと、
「楽しいお茶会になりそうね、プ・リ・ン・スv」
語尾に特大のハートマークをつけて、強引にシリウスの腕を引いてくれた。
──そして、何か叫んでいるシリウスの背中に向かって、
「………………シリウス…………、後で寮に戻ったら……おぼえてろよ…………っ。」
低くすごむジェームズに、
「…………………………………………ほどほどにしてやれよ?」
多分、アレも犠牲者だと思うから。
──そう呟いたルーピンの声が届いていたかどうかは……、わからない。
BACK