すやすやと、それはもう気持ちよく、眠っていたのだ。
 昨日干したての布団からは、太陽のいい香りがしていて、ふかふかしていて、肌触りは滑らかで。
 その気持ちの良いシーツと布団に埋もれながら、枯れ草で作ったベッドも気持ちよかったけど、太陽の匂いっていいなぁ、と思いながら、半分寝ぼけ眼でスリスリと頬を摺り寄せてみたり。
 あんまりにも気持ちがいいから、今日はこのまま昼過ぎまで寝ちゃおうかな〜、なんて思ったりしていた。

──その瞬間。

 ズシッ!!!!!
「──……おぅわっ!!?」
 突然腹の上に圧し掛かった衝撃に、テッドは目を見開いて飛び起きようとした。
 しかし体は自由が利かず、跳ね上がったのは首から上と膝から下だけだった。
「……くっ。」
 金縛りか、と、テッドは薄く目を見開きながら忌々しく思う。
 右手にソウルイーターが居るせいか、時々こういうことが起きるのだ。
 このグレッグミンスターに居を落ち着けてからと言うもの、縁が遠かったからうっかりしていたが、実に300年もの間、これには付き合ってきている。
 対処方法など、思い浮かべるよりも簡単に実行することができる。
 目を細めて上に圧し掛かる──寝ぼけ眼の目にぼんやりと浮かび上がる人影を認めて、テッドは右手の甲に意識を集中する。
 祓うよりも食ったほうが、テッドの負担は少ない。
 ──街中でソウルイーターを使うのは忍びないが、伊達に300年も付き合ってはいない。この程度の力を使うくらいは、楽に制御できる──たとえ寝起きの頭であっても。
 そう思いながら、テッドは右手の甲に意識を集中した──……まさにその瞬間。
「ちょっとテッド! もしかして、また眠ってるのっ!?」
 ──聞きなれた。
 非常にイヤなくらいに聞きなれた声が、テッドの腹の上から聞こえてきた。
 その声と聞こえた位置を認めた瞬間、ドッ、とテッドの額に脂汗が浮かび上がる。
「す……すす、スイっ!!!!?」
 一気に吹きとんだ眠気と寝ぼけが吹き飛んだ。
 慌てて両目を見開くと、どこぞの浮遊霊かと思っていたぼんやりとした人影は、くっきりとした形を成し──、いや、最初からくっきりしていたのに、テッドの寝ぼけ眼がそう認識しなかっただけだ。
「さっきから呼んでるのに、全然反応ないんだもん。死んでるのかと思ったよ。」
 寝ているテッドの腹の上に乗った「親友」は、憮然とした表情で腕を組みながら、テッドを見下ろしている。
 その顔を呆然と見上げて、テッドはぽかんと口を開いて──それから、頭の中に冷水を浴びせられたようにゾッとした。
 もし。
 もし、あとほんの一瞬遅く、上に乗っているのがスイだと気づかなかったら。
 チリリ、と、小さな痛みが右手の甲に走る。
 テッドは布団の中でそれを握りながら──力を解放しようとした己に、恐怖を覚えながら、ただ目を見張る。
 そんなテッドを見下ろして、スイは首をかしげると、
「テッド!」
 ぺしん、と彼の額を軽く叩いた。
 ハッ、と目を見開くテッドの顔へ向けて、グイ、と上半身を押したおすと、
「ちゃんとおきてる〜っ!? もう昼前だよ!」
 ぐぐ、と迫ってきたスイの顔に、我に返ったテッドは、慌てて左手で彼の顔を押しのけると、
「起きてるも何も、お前が起こしたんだろーっ!
 俺は、昼過ぎまで寝てるつもりだったの!」
 心の中の動揺をキレイに隠して、強引にいつもの顔でスイに噛み付くように怒鳴る。
 早くどけ、と、足を跳ね上げさせて、重いスイの体を軽く揺さぶると、腹の上でスイは軽やかに笑った。
「あははは! テッド、落ちる、落ちるってばっ!」
「とっとと落ちろーっ! お前のせいで、腹が重いんだよ!」
「えー、僕の重みじゃなくって、テッドの脂肪じゃないの?」
「なにをーっ!? 俺のこのスマートな腹が見えないのかっ!」
「見えない。」
「見せてやるから今すぐ俺の上から退け!」
「んー……?
 テッドの腹なんか見せられても困るから、このまま乗ってようかな……?」
 軽口を叩きあっているうちに、布団の中で握られたままの右手から、すぅ、と熱が冷めていった。
 それを感じ取って、ふぅ、と吐息を零したテッドは、何気ない風を装って、右手を布団から抜き出すと、
「……ったく、お前、朝から俺に夜這いをかけてくんなよなー。」
 呆れた風を装いながら、ひそかに脂汗が滲んだ額に手を押し付けて──そ、とぬぐう。
 スイに気づかれないように細心の注意を払いながら、おどけた風に言って見せれば、
「だから朝じゃないって、もう昼。
 グレがテッドに昼食ですよー、って呼んで来いって。」
 スイはテッドの仕草の意味に気づかない様子で、パタパタと手を振って彼の台詞を否定してくれた。
 テッドはその言葉尻にヒョイと眉をあげると、
「俺が起きた時が朝なんだよ!」
「じゃ、起きて十分くらい経ったから、もう昼ってことで。」
「十分で昼かよ!!」
「いいから、ほら、さっさと着替えてよ。」
 上半身を起こして叫ぶテッドの上掛け布団を、バフバフと叩きながら促す。
 ガリガリと頭を掻きながら、テッドは不機嫌な表情をわざとらしく貼り付けると、
「──そりゃいいけどな? スイ、上から退いてくれないと、俺、降りれない。」
「おぉ! それは気づかなかった!」
 ぽん、と、わざとらしい仕草で手を叩いて、スイはいそいそとベッドを降りる。
 ひょい、と身軽な動作で床に降り立ったスイの背に向かって、早く行けとばかりに、テッドは手を振った。


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