いつもは賑やかな酒場が、今日ばかりはシンと静まり返っていた。
荒くれ者どもが闊歩する酒場の、ジメジメした──酒の匂いがひどく鼻につくテーブルで、彼ら三人はなれた様子で杯を傾ける。
くすんだ赤い髪を持つ壮年にさしかかろうとしている女──軍師エレノアは、この酒場の雰囲気に、しっくりとなじんでいた。
シルバーバーグといえば、赤月帝国の貴族だったような気がするんだけど……?
かすかに首を傾げて、レイドは隣のテーブルに陣取る三人を見つめた。
杯を傾ける手にも、硬い椅子にもなれた様子を見せるキカは、分かる。何せココは、彼女の本拠地である場所だ。
しかし──キカに軽口を叩いてみせるエレノアはとにかくとして、
「ん、まぁ──これからどうするかは、決まってらぁな。」
にやり、と海賊然として笑う男は……あまりにもこの場所にしっくりしていて見落としがちだが、これでも国王陛下……の、はず、である。
今はキカたちに遠慮して、海賊たちは回りに居ないのだが──もしいたとしても、この三人は、それに上手く溶け込んで分からないかもしれない。
レイドはそんなことを思いながら、居心地悪げに足を組替えた。
隣のテーブルには、当たり前のように酒の山。
そして、この場に同席している──リーダーであるレイドのテーブルには、オレンジジュースが置かれていた。
それを手持ち無沙汰に手にとり、ずず、とジュースを一口飲み込む。
場違いなのは、おそらく、自分ひとりだ。
チラリ、と視線を横にずらし──金印を懐に締まったリノ・エン・クルデスを見て、まだ杯に酒を注ぎ込むエレノアを見て、久し振りの我が家にどこかくつろいだ様子を見せるキカを見た。
もう、オベルに行くという方向で話は決まったんだから、そろそろ……解散にならないかな?
「それにしても、やっぱり酒は、船の上よりも陸で取るに限るね。
これで、ジメジメしてなきゃ最高なんだが。」
「よく言う。」
軽く杯を持ち上げるエレノアに、クツクツとキカが笑った。
レイドは、困惑した表情のまま、無言で自分のジュースを見下ろすと、それをグイッと煽った。
そして、とん、とグラスを置くと、
「ごめん、僕、船に戻ってるよ。」
そう三人に向かって告げた。
とたん、
「何を言ってるんだい、主役が居なかったら話にならないだろう!」
「おいおい、こんな女傑の間に、俺一人残してくのは勘弁してくれよ。」
「ほら、レイド、座りな。」
ぐいっ、と後ろ襟首をキカにつかまれて、再び椅子に座らされた。
そのまま、キカはテーブルの上に載せられていたオレンジジュースのビンを傾け、ドボドボとレイドの杯に注ぎ込む。
レイドは、無言でその杯を見つめ──そして、再び隣のテーブルを見た。
和気藹々と話を続ける三人の大人を認めて……たっぷりと、溜息を一つ。
…………いつになったら解放されるんだろう…………。
しぶしぶ、何杯目になるか分からないオレンジジュースを手に、眠くなってきた目を擦り擦り、大人たちの酒盛りに、付き合い続けるのであった。
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