昼も夜もない洞窟の中から、フラリ、と脚を踏み出す。
外はもう日が暮れて、空には星と月が光っていた。
感覚が麻痺した鼻に、心地よい風と共に甘い香りが届く。
自分が今しがた出てきたばかりの洞窟からは、硫黄臭い──生まれたときから親しみなれてきた獣の匂いが漂ってきている。
その硫黄じみた匂いは、昔から自分が知る匂いそのものではなく……病に憑かれた淀んだソレだ。
この洞窟に入るたび、洞窟から出るたび、それを思い知らされる気がして、少年は緩くかぶりを振った。
事実を否定したいのは、この地域に居る誰もであろう。
原因を追求するための手段は、数多くとられてきている。
人々は古くからの書物を読み漁り、自分の騎竜が元気な騎士たちは、外の世界の書物と知恵を求めて旅立っていっている。
けれど、知らせはまるで無い。
誰もが難航しているという証拠であった。
その中で……騎竜を持つ者が年々少なくなるこの竜洞騎士団の、見習とは言え竜を持つ一人であるフッチは、何も出来ない自分に歯がゆさを感じながら、洞窟を振り返る。
独特の雰囲気で守られた出入り口。
奥へと続く道は数多くあるが、そのすべてが迷路のようになっていて、出入りは難しいものばかり。
おそらく、この洞窟のすべてを把握しているのは、団長くらいのものだろう。
小さい頃はフッチもよく、自分の竜と共に洞窟探検をして遊んだものであったが、すぐに迷子になり、ブラックが分かる範囲であったならブラックに、そうではなかった場合は、そこでおとなしくしゃがみこみ、誰かが探しに来てくれるのを待つばかりであった。
そんな思い出深い場所は、普段なら──このような緊急時でさえなかったら、近づくのがイヤだと思うことなど、決してなかっただろう。
けれど、今は──イヤでイヤでたまらなかった。
どれほど脚を運んでも、人手が足りないから、竜の世話をするものは一人でも多く居たほうがいいのは現実だけど、脚を運べば運ぶほど、絶望ばかりが心の中で大きくなっていくのだ。
そんな自分がイヤでイヤでたまらなかった。
何も出来ないという、その事実ばかりが、フッチの幼い肩に圧し掛かってくる。
洞窟の出入り口には、かがり火が焚かれている──この竜洞を示す証となるソレを、夜に焚くことは、決してありえない光景であった。
けれど、今の異常事態の前にはそんなことをいっていられない。
常にかがり火の隣には竜洞騎士団の平服に身を包んだ見張りが左右に立っている。
その隣を、軽く頭を下げて苦労をねぎらいながら通り過ぎ、フッチは空を仰いだ。
空は、色を失ったかのように暗かった。
瞬くのは、小さな──小さな光の欠片。
それは、よくブラックと共に飛んだ星の洪水の川だ。
なのに、今はまるで光の欠片はまるで届かない……この身にも、この心にも。
「────………………くらい、なぁ………………。」
小さく呟いて、フッチはどんよりと漂う暗闇を振り払うように、頭を軽く振った。
──それでも、この心によどむ思いは、まるで消えることはなかったけれども。
「星が、願いを叶えてくれたら……いいのに。」
星がもっと強く輝いて、自分の心に届いてくれたらいいのに。
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