今、誰もが心の中で思いついている問題も、クレオが抱いている懸念と同じことは間違いない。
 暗殺者の来訪によって、スイが連れ去られたのなら彼の命が危ない。
 しかし、悪事を考え付いたのなら──シーナが朝から桟橋の上に倒れていたことを思うと、それが一番正解なような気がする──、一刻も早く彼を止めなくてはいけない。
 どれが答えであれ、スイが残していっただろう「足跡」を見つけ出して、彼を追わなくてはいけないのだけは確かだった。
 その目に宿る、強く猛々しい輝きが、ぐるり、と会議室内の男達を睨みつける。
「残念ながら私には心当たりはありませんが──誰か、心当たりがある者は居ませんか?
 一刻も早く、スイ様の後を追わなくてはいけません。」
 静かな声ではあったけれど、その声に潜められた言葉は、まるで抜き身の刃のような鋭さがあった。
 彼女の視線と言葉を受けて、数人の男達が、ぎくり、と肩を強張らせる。
 ほんの一瞬──瞬きの間に消えてしまうような一瞬だったけれども、弟のように思っている主君の「行方不明」に、精神が過敏になっているクレオは、それに素早く反応した。
 ニッコリ、とあでやかに微笑むと、彼女は軽く首を傾げて、
「それで、シーナ君、まずはあなたから聞いてみようかしら?
 最後に会ったのはあなたなんだもの、心当たりの一つくらい、あるわよね?」
 一個小隊を、ただ一人で殲滅させたという記録を持つ、女戦士を前にして、「気のせいです」なんて、心当たりを隠して答える度胸は、まだシーナには、無かった。
 だからシーナは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後、さりげに視線をずらした。
 しかしその視線をずらした先で、レパントがものすごい形相で自分の顔を睨みつけてくる。
 シーナは、そんな彼からイヤそうに顔を反らした後、コリコリと頬を掻いた。
「今朝って言っても、俺、帰ってきてすぐに気絶したから、ぜんぜん覚えてないっすよ?」
 ヒョイ、と肩を竦めたシーナの言い分に、それはいいから、と、クレオはニッコリと微笑んでみせた。
「ぼっちゃんから殴られる理由──他にもあるんじゃないのかい?」
 ニコニコニコニコ、と笑い続けるクレオの言葉に、ギク、と──シーナが肩を強張らせた。
「な──な、なんのことっすか、クレオさんっ!?」
 なぜか慌てるシーナに、背後のレパントが、ぬぅ──と影を揺らした。
「シーナ……お前、スイ殿に何をしたんだ……っ!?」
 怒りが染まって見える父の顔に、何もしてないっ、と悲鳴をあげたい気持ちで、シーナはブンブンとかぶりを振った。
 そしてそのまま彼は、
「クレオさんっ、言っておきますけど、被害者は俺の方で……っ。」
 ぎゅっ、と拳を握り締めて叫んだ先──、
「…………あぁ、被害者面するっていうのは、加害者にはよくある『ごまかし方』ではあるよね。」
 今の今まで、面倒そうな顔で会議室の隅に立ったまま、一言も口を挟まなかった魔法使いの少年が、凶悪なまでの微笑を零して、そう言ってくれた。
「────…………って、だからなぁーっ!!」
 叫んだシーナの声は、もちろん、がっしり、と肩を掴んだ父の手により、先をつむぐことは許されなかった。
 ヒクリ、と引き攣った顔で見上げた先で、レパントは引き攣った微笑を浮かべて、
「シーナ──正直に言いなさい。
 お前、スイ殿に……何をしたんだ…………っ!!?」
 ──日ごろの腰の軽さが、これほど信用がないとは………………。
 一瞬、シーナは心からそう思ったのであった。



 そんな風に、シーナが解放軍の幹部連に集中攻撃を受けているころ、シーナ撲滅の加害者はと言うと。



 だだっ広い草原のど真ん中……どん、と陣営を構えた中央に、堂々たるテントが張られている。
 その前には大きなかがり火が焚かれ、見目りりしい青年が二人、入り口の左右に立っていた。
 この陣営の大将である「テオ=マクドール」の優秀な部下であるアレンとグレンシールである。
 彼ら二人が両手を背後に組み、たたずむ目の前には……ズラリ、と、テントの入り口から陣営の外まで続く、人ゴミで作られた通路が構えられている。
 今からテオ将軍が、都に向けて出立するのを見送るための人ごみなのである。
 ズラリと並んだ彼らは、りりしい顔つきで、一時帰途するテオに心配をかけさせまいと、一筋の乱れも許さぬように立ちつくしている──のだが、いくらすばらしい将軍の元でも、統率が完全に取れているとは限らない。
 出入り口に近い末尾のほうでは、もう少しすればテオ将軍がテントから出てくるというのに、いまだに揃わない新入りに、苛立ちの声をあげる兵士の声が響いていた。
「おいっ! そこの新入りっ! 何をボヤッとしてるっ! さっさとこっちに並べっ!」
「あ、はいっ! すみません。」
 いつまでも後ろを向いてごそごそと何かしていた少年は、その声に慌てて肩を跳ね上げ、慌てて剣を不慣れな様子でベルトにくくりつける。
 その、兵士と呼ぶには小柄で華奢に見える体の少年は、兵士の下に駆けつけてくるなり、ピシリ、と帝国兵のお決まりのポーズで敬礼する。
「あまりボヤボヤしてると、手ひどい目にあうから気をつけな、坊主。」
 その、どこかほほえましい少年の態度に、ふぅ……と溜息をひとつ零した兵士は、そう忠言してくれる。
 少年はそんな彼を見上げて、軽く首を傾げると、
「手ひどい目……ですか??」
 純真そうな眼差しで、不思議そうに目を瞬いた。
 そんな彼に、兵士は無言で苦笑を見せると、
「まぁ……テオ将軍が居るときは別だが、居なくなった後は……ほかよりはマシだけど、それ相応に……な。」
 言葉先を濁して、兵士は喉元でわざとらしい咳払いをする。
 その意味はどういうことかと、少年が問いかけるよりも先。
「……っと、ほら、並べ。──テオ将軍のおでましだ。」
 トン、と、彼は少年を促すように背中を叩くと、そのまま末尾の辺りに並んだ。
 少年はそんな彼を、生暖かい目で見つめると──その後、
「…………テオ将軍はお出かけですかぁ。」
 今、初めて聞いた……と言った表情を浮かべたあと、意味深に笑みを深めて、
「──さっすがキンバリーだよね。」
 己の口元で消えるように小さく……呟いた。
 テオ将軍の新人配下が知るはずのない、解放軍の「偽手記」の名人の名前を。
 そうして、うそ臭いほどうそ臭い柔らかな笑みを浮かべると、
「顔を知られてる人間はいないほうが、スパイ活動はしやすいしね。
 ──……やっぱり人生、退屈なときは、スリルだよね〜。」
 今にもスキップを踏みそうな足取りで、見送り集団の中に、こっそり……と、混じるのであった。

 この少年が誰であるのかは……あえて、伏せておく。




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