ナレーション「えーっと……むかーしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが──え? 違う? でも、おじさんとおばあさんが桃を……。
あっ、ごめんなさい! 違うページ見てたっ! えーっと、オオカミが来たって困らせる少年が居ました。めでたしめでたし。……? あれ? なんか……?」
どこまでも続く草原の中、大きく囲われた中で白い羊毛を持つヒツジが、何かから逃げるように走っていた。
ヒツジ「メェー。」
舞台の右端から登場したヒツジは、二本足で歩行しながら、ノンビリと歌うように口ずさみながら歩いてくる。
ヒツジ「メー……メー……。」
やる気はまったく見られない。
そのヒツジが、ノンビリと舞台中央まで来た瞬間、
オオカミ「ガォー! ガオー! ……つぅか、逃げろよ! 俺はオオカミなんだぞ!」
ヒツジ「メー。」
がばぁっ、と両手を広げて叫ぶオオカミを振り返り、とりあえずヒツジはそう答える。
そしてそのまま、再びやる気なさげにスタスタと舞台左へと歩き去っていった。
残されたオオカミは、
オオカミ「がおー!」
ヤケになったかのように、ダッシュで舞台左側へと走り去っていく。
そして、それを狙ったかのように、
羊飼いの少年「大変だー!! オオカミが来たー! このままじゃ、ヒツジが食べられちゃうよーっ!」
少年が、口を両手で覆いながら、そう辺りに向けて叫ぶ。
左端から、村人がノンビリと顔を出すと、
村人「ええ? オオカミさん、ですか? ──それは大変! わたしの大切なぼっちゃんがオオカミに襲われて……って、なぁんだ、嘘ですか。」
羊飼いの少年「本当なんですよ、グレミオさん! オオカミがっ!」
ヒツジ「メー、メー、メー。」
やる気なさげに、ヒツジが舞台左より登場。
スタスタと二本足で村人の隣を歩いていく。
村人「もーっ、リオ君。嘘なんてついちゃダメですよ。ぼっちゃんはこんなに元気じゃないですか。
あ! やばいやばいっ、シチューがこげちゃうじゃないですか!」
ヒツジ「メー。」
村人、さっさと舞台袖に引っ込む。
慌てて手を伸ばして、羊飼いの少年がそれを止めようとするが、その隣を急ぐわけでもないヒツジが、ぽん、と彼を慰めるように肩を叩いて、再びノンビリと歩いていく。
羊飼いの少年「って、なんでオオカミに追いかけられてるのに、そんなにノンビリしているんですかー!」
オオカミ「ガオー! 少しは怖がれよなっ、がおーっ!」
ヒツジ「……メー。」
冷ややかな目を当てて、ヒツジはオオカミを一瞥すると、そのまま舞台右袖へと消えていった。
びくんっ、と肩を強張らせたオオカミが、思わず引きつった顔で、羊飼いの少年を見る。
ナレーション「えーっと、こうして、リオは──じゃなかった、羊飼いの少年は、誰にも相手にされず、オオカミさんに食べられちゃいました。──って、ええっ!? リオ、シーナ君に食べられちゃうの!? そんなの、このおねえちゃんが許さないんだからっ!」
羊飼いの少年「いや、だから、食べられるのは僕じゃなくって、ヒツジさんだってば。」
ナレーション:ナナミ
羊飼いの少年:リオ
村人:グレミオ
ヒツジ:スイ
オオカミ:シーナ
ナレーション「今日は108の煩悩が清められるという、非常に人間にとっては都合の良い日。バスケットに山のような欲望という名のマッチを抱えたソニアは、雪の中を寒そうに歩いていました。」
少女が一人で、ぽつんと街角に立っていました。
そこへ、親子連れらしい二人組みの人間が歩いてきます。
少女(?)「……すみません、マッチはいりませんか? よく燃える──不良息子を教育しなおすには最適のマッチですよ。」
少女は、籠の中から「悪魔しるし」マッチを取り出すが、それを見た大人の反応は、過激でした。
通行人1「なっ、なんてものを差し出すんだっ! あんた、それはすぐに捨てたほうがいいっ! それは、持っている人に不幸をもたらすと言われている、あの解放軍印のマッチだぜっ!」
通行人2「わりぃな。忙しいんだよ、俺らも。食い物ならとにかくよ。」
二人は、マッチを見た瞬間、心底怖そうに……もとい、嫌そうに顔を顰めて去っていってしまいました。
残された少女は、両手をこすり合わせて、籠の中の山のようなマッチを見つめます。
少女(?)「今日はまだ、一本も売れていない──というか、こんなマッチを売って、銅貨にかえるくらいなら、顔も知らない父上にぶたれたほうが、まだマシだと思うんだが……。」
その瞬間、まるで彼女を攻撃するような豪雪が上から降ってきました。
少女はブルリと身を震わせると、
少女「ああ、寒い…………スイ……お前、今、ミリアを使ってコールドブレスを使わなかったかっ!? くそっ、お前の手作りとか言うこのマッチ、全部擦ってやるっ!」
しゅぼっ!
そこへ、吹雪の中、陽炎のように姿が見える。
それは──。
少女「ああ……テオ様? テオ様! わたしを……わたしを迎えに来てくれたのですかっ!」
おばあさん「いや……わたしは今、おばあさんなのだそうだが…………。」
少女「テオ様っ! お願いします! わたしも、テオ様の所へ連れて行ってください!
もう、あの義理の息子のいじめには、耐えられませんっ!」
おばあさん「いや、だから……わたしは、おばあさんらしいのだが…………。」
少女「栄養を取らないとソロソロ皺が増えてくるとか言って、人の夕食に蜂の巣を入れるし、マッチを売れと言ってはミリアを使ってコールドブレスで凍らせようとするし、それに今回だって、劇に出ろって無理矢理連れ出されてきたんです! ……お願いです、テオ様……っ、わたしは、もうここには居たくないのです、どうかわたしを……テオ様の元へ……っ。」
少女は、走るようにしておばあさんの元へ近づきました。
そして、彼女はしっかりとおばあさんの体に抱きつき──二人は、あっという間に光にまみれて、消えてしまいました。
ナレーション「こうして、少女は光に包まれて、あっという間に僕の──もとい、神様の右手の中へと旅立ったのでした。
彼女がこれから、どんなに怖い物を見たのか、恐ろしい心境に包まれて、新世界を迎えたのか──それは、町の人にも、解放軍のみんなにも、わかるはずがないことなのでした。」
通行人1「って、おい! スイっ! お前、本気でソニアをどこへやったんだーっ!!???」
ナレーション「え? だって、ソニアが父上の下に行きたいって言うから……。」
通行人1「吸い込むなーっ!!!」
ナレーション:スイ
少女:ソニア=シューレン
通行人1:フリック
通行人2:ビクトール
幻影おばあさん:テオ
木の下に立つ少年の頭には、熟れた赤いりんご。
そして、その直線上に立ち、弓を構えているのは、一人の男であった。
彼らを眺められる位置に悠々と座る領主は、ニンマリと微笑みながら、彼らを眺めている。
領主「面倒だから、さっさと息子を射抜くなり、逃げ出すなりしてくれるかな? 300年も生きてるから、脳みそが腐ってるのかい? キミは?」
従者「さ、さすがは悪徳魔法使い……じゃなかったっ、えーっと、領主様っ! ヨシュア様の爪の垢でも飲んだほうがいいと思うくらい、あくどいことを考えるな、お前って。」
領主「……弓を放った瞬間、自然の暴風が起きて、自分に当たるってことも考えたほうが良さそうだね? フッチ? ああ、その方が民衆の受けもいいかもね。」
従者「…………っっ。」
ひくり、と引きつった従者が、領主の微笑を前に息を詰まらせたのを横目に、
民衆「ウィリアム・テルさん、やっちゃえーっ!」
大きく拳を突き上げる民衆、
息子「って、ちょっとリオーっ!!?」
思わず悲鳴をあげる息子へ向かって、ウィリアム・テルはキリリと弓をつがえ、正面に立つ少年へと視線を走らせた。
ウィリアム・テル「ジョウイ君だったっけ? 動かないでくれよなー。俺、最近あの中で将棋とかオセロとかしてばっかりだったからさー、ちょーっと弓の腕に自信なくってさv
ま、外しても、ちょっと頭蓋骨が欠けるくらいだから、へーきだよな?」
息子「平気なわけないじゃないですかーっ!!!」
ウィリアム・テルはそんな息子に笑顔を見せると、サクッ、と問答無用で弓を離した。
刹那。
民衆「うーん、やっぱり果物を粗末にするのは、良くないからねー……あははは、ジョウイ、大丈夫? とりあえず、癒しとくね。」
ウィリアム・テル「っかしぃなぁ? おい、そこの悪徳魔法使い。お前、風か何かで俺の矢の方向ずらさなかったか?」
領主「ずらすなら、180度回転させて、キミの頭をぶちむくようにしてるさ。」
ウィリアム・テル「あははは、そりゃそーかー……って、おいっ!」
従者「うわーっ、うわーっ、骨っ、白っ、血が……tぅ。」
息子「っていうか……あの…………、なんか、川の向こうでルカ=ブライトが手を振ってるんですけどぉぉぉー……。」
領主:ルック
従者:フッチ
民衆:リオ
ウィリアム・テル:テッド
息子:ジョウイ=ブライト
バルコニーに立つ美女が一人、地上を見つめて呟いている。
ジュリエット「ロミオ……なぜあなたはロミオなのですか? その家名を捨ててくれたら、わたしも家名を捨てるのに。」
草陰から、ロミオが姿を表す。
ロミオ「おお、ジュリエット。その言葉、確かにわたしがこの胸に頂戴いたしましょう。あなたの可憐な唇から、たった一言、恋人と呼んでくださったなら、その言葉こそ新しき洗礼。わたしの新しい名前。今日からわたしは、ロミオではなくなります。」
す、と優雅に恭しくその場にひざまずくロミオに、驚いたようにジュリエットは手すりから身を乗り出す。
ジュリエット「ロミオ様? どうしてここにいらしたのですか? あなた達一般人にとったら、あの高い塀は登るのが困難でしょうし、からくりだらけの忍者屋敷は、あなたにとっては死を意味するほど危険でしょうに。」
ロミオ「あなたを想う、この熱い心をもってすれば、それがどれほどの障害になりましょうか。」
ジュリエット「……ハンゾウ様に見つかれば、スパイか刺客と疑われて、きっと殺されてしまいましょう。」
ロミオ「彼らの技の冴えよりも何よりも、あなたの美しい夜空も適わない瞳の方が、もっと鋭く恐ろしい──あなたのそのわたしの身を案じる優しい心があれば、わたしは不死身になれましょう。」
微笑むロミオに、ジュリエットが笑みかけた瞬間、はっ、としたようにロミオが近くの木陰に隠れる。
身を硬くして、とっさに構える体勢になったジュリエットの元へ、舞台右手から衛兵が登場する。
衛兵1「今日も良い天気だ、散歩が楽しい。」
衛兵2「むむーっ!」
衛兵2を懐に抱きかかえて、ノンビリと歩く衛兵1の姿であった。
ジュリエット「……──っ! すすす、スイさんっ!? いえっ、これは、あのっ! 決して逢引なんかじゃないんです! そう、その……っ、これは、不可抗力というかっ! いえいえ、その、鳥! そうっ、鳥の声なんです!」
わたわた、と腕を上下に振るジュリエットを見上げて、
衛兵1「ああ、ジュリエット様。夜空が美しい晩ですので、衛兵2と一緒に散歩してたんですよ。そうしたら、こちらで話し声が聞こえましたので。」
ジュリエット「そそそ、そうですか! いえ、こんな夜中に逢引なんてしませんし、変な輩も見かけてません! あのっ、スイさんの御身は、わたしがしっかりとお守りいたしますので、ご安心ください! 猫の子一匹、入らせませんっ!」
ぎゅっ、と拳を握るジュリエットに、衛兵1は軽く首を傾げると、
衛兵2「むむー。」
衛兵1「そう? ──夜中に鳥と語らうっていうジュリエットも、ふくろうと話してるのかよっ! とか突っ込みたくなるもんだけど、まぁ、ジュリエット様がそう言うなら、分かったよ。
じゃ、僕らはまた散歩に戻るね。」
衛兵2「むむー!」
ジュリエット「ははは、はい! 警備は、お任せくださいっ!」
衛兵1「……なんか違うような気もするけど……ジュリエット様も、気をつけて──おやすみなさい。」
衛兵1が、衛兵2を抱えたまま、スタスタと去っていく。
夜行動物のはずの衛兵2は、自分で飛ぶこともせず、しっかりと衛兵1の懐に抱えられたままであった。
それをうっとりと見送って、
ジュリエット「ああ…………っ、わたしも……わたしも、ムクムクになりたい……っ。」
きゅぅっ、とバルコニーの手すりを握り締めた。
ロミオ「ジュリエット──……、今言葉を交わしたばかりだと言うのに、もうあなたの心は、わたしから離れてしまっているのですか?」
苦笑を見せながら、ロミオが姿を表し、もだえるジュリエットを見上げる。
ジュリエット「──……え? あっ、す、すみません、カミューさんっ、じゃなくって、ロミオ様っ。」
乳母「お、お、お、おじょうさまーっっ。」
ジュリエット「……っ、それでは、ロミオ様。たくさんの想いを込めて、ごきげんよう。」
ジュリエットは、赤くなった顔を隠すように、慌てて奥へと消えていく。
それを見上げて、衛兵1が消えた方角を見て、ロミオは困ったような微苦笑を浮かべる。
ロミオ「おやおや──これでは、わたしの立つ瀬もありませんね……ジュリエット。私を愛しているのなら、もう一度、あなたの花のかんばせを見せてくださいませんか?」
ジュリエットは、そんなロミオの懇願する言葉に、そ、とバルコニーへと姿を見せる。
ジュリエット「ロミオ様……やはり、私も名残惜しく思いますわ。」
しかし、目は、ちら、ちら、と舞台袖へと行っているのがよく分かった。
ロミオ「ああ、ジュリエット──私の心の女神。」
ジュリエット「ロミオ様。もう朝がきてしまいますわ。──……夜の散歩も、もうお終い。私も、明日の夜のために、今からしっかりと寝ておこうと思います。そうすれば、朝まで二人で────……きゃっ、やだっ、私ったらっ!」
ばしっ、と勢い良くバルコニーを叩くジュリエットに、
乳母「やはり、俺は、婦女子が朝までバルコニーに居るのを連れ戻さない乳母というのも、おかしいと思うぞ。カミューに何かされたら、どうするつもりだ、まったく…………はっ、何? 俺の台詞なのかっ!?
お、お、お、おーじょう、さまーっ、こ、はやく、こちらへーっ。」
ジュリエット「…………ぁっ、それじゃ、すみません、ロミオ様っ、お、おやすみなさいっ!」
ジュリエット、慌てたように立ち去っていく。
ロミオ「私をなんだと思っているんだ、マイクロトフは……。
ジュリエット、あなたに穏やかで安らかな眠りが訪れ、そしてその夢の中で、私が傍らにありますように────………………夢の中で見るのが何なのか、分からない気がしないでも、ないですけどねぇ……(苦笑)。」
ジュリエット「きゃーっ! ちょ、ちょっとカミューさんっ、そういう一言は、いらないですーっ!!」
ジュリエット:カスミ
ロミオ:カミュー
乳母:マイクロトフ
衛兵1:スイ
衛兵2:ムクムク