「……これからどうする、レイド?」
 尋ねた友人の言葉に、コクリ、と一つ頷いて、レイドは自分達が流れ着いていた砂浜から、遠く水平線を見つめた。
 ラズリルを出てからずっと、島影一つない海を、じ、と見つめ続けていた──その海と、何も変わる事のない、平穏な波音。
 耳に心地よいその音は、小さい頃から聞いてきたラズリルの波音を、なんら変わることなどなかった。ともすれば、この小さな無人島は、ラズリルからほんの少し進んだ場所にある、未発見の小さな島なのではないかと思うくらいだ。
──もっとも、ラズリル騎士団に配属していたレイドたちが知らない島など、あの周辺にあるわけはなかったが。
 視線をそのまま空に映すと、眩しいばかりの青い空と白い雲が見えた。
 それを無言でジ、と見つめるレイドに、ケネスとタルは無言で視線を交わした。
 自分達よりも少し早く目が覚めたらしいレイドは、ケネスたちが目を覚ますまでの間、無人島をグルリと一周していたらしい。
 半分を覆う巨大なジャングル(?)には奥に湖と呼べるほどの水があり、綺麗な白い砂浜には座礁した船が目に見えた。
 少し小高くなった場所にはヤシの木が生え、逆方向には釣りに最適そうな岩場が。
 さらに雨露をしのぐ為の洞窟もある上に、その奥には温泉が湧いていたという。
 ジャングルの中と洞窟の中にはモンスターも出るが、そうてこずるモンスターではないと──何せ、レイドが1人で行動できるくらいだ──、レイド本人が告げていた。
 そのことを思えば、とりあえず飲み水も食料の心配もなく、気候も穏かだから、そう困ることはない──しばらくはココで暮らしてはいけそうだ。
「この島を出て、どこか別の島を探すか? ──まぁ、そうするにしても、当面は船の修理と食料と飲み水の確保くらいか。」
 外に出るというなら、ここがどの辺りか分からない分だけ、多目に確保をしなくてはいけない。幸いにして、チープーがそういうのは得意なようだから、それほど苦労することはないだろうけど。
「そうだなぁ……。」
 ケネスの言葉にうなずいて、タルは背後に広がるジャングルを見やった。
 もっさりと生える木々は、まるで人の手が入っていないように見えた。
「で、結局どうするのー? そろそろおなかすいたよ。」
 チープーが、ぱちぱちと大きな猫の目を瞬かせて言うのに、そういえばそうだな、とタルは腹の辺りをなで上げた。
「レイド、確かあのあたりにやしの木があったって言ってたよな?」
 確認するように視線を飛ばすと、レイドはゆっくりと敷き詰められた砂浜を見下ろし──ゆっくりと顔を上げると、
「……ここに住むのも、いいかな──?」
 そう……どこか静かで、どこか悲しげにも見える表情で、告げた。
 そう口にするレイドの意図を掴みかねて、ケネスとタルは無言でレイドの顔を見やった。
 どこか疲れたような──それでいて、何かにおびえているような、そんな彼の顔に、二人とも何も言えなかった。
 一方的な裁判。一方的な処罰。スノウの言葉を疑いたいわけではないが、レイドを信じている──何かあったのだと、そう信じている。
 そしてそれは、多分……いつの間にか彼の右手にある「あざ」が原因だと、うすうす感じ取っていた。
 もしかしたら、海賊退治に関係があるんじゃないかと──ジュエルやポーラと話し合っていたことが、不意に脳裏を過ぎった。
 ナニがあったのか、レイドもスノウも決して口にはしてくれない。
 そして、ケネスもタルも、二人と付き合いが浅からぬが故に、知っている事実がある。
 スノウは、基本的に真面目に物事をこなそうとする「いいやつ」ではあるが、自分の失敗を決して認めようとしないところがある──父親の教育のせいだというのが、周囲の見解であったが。
 悪いやつではない。
 けれど、そういう性格だからこそ、スノウの言葉のすべてを信じることはできない。──彼は、自分の良いように、心の奥底から信じてしまうところがあるのだ。

 あれは僕のせいじゃない。

 スノウがそう言えば、レイドは何も反論をすることもなく、心の中に溜め込むところがあった。
 自分が悪いと言ってすむことなら、彼はそれを受け入れてしまうのだ。──小さいころから、スノウのなしてきたことを、影からフォローし続けてきたが故に、身についたことじゃないかと、冷静にポーラが分析していた。
「えーっ、こんな何もないところに、住むのー?」
 冗談じないよー、と間延びしたのんびりした声でチープーが反論するのに、レイドは少し驚いたような表情で彼を見て──それから、ほんの少し、笑った。
 その、どこか疲れたような……自分のためでは決してない、微笑み。
 そんなレイドの笑顔を見た瞬間、ケネスとタルは無言で視線を交わした。
 チープーがここに居てくれてよかったと──思った。
「そう、だな──……うん、まずは、ここを抜け出すことを考えないとな。」
 小さく笑んだレイドの口からこぼれた言葉に、よし、と、二人はうなずきあう。
 たとえそれが、自分のためではなかったとしても──レイドが、「この無人島で一人、右手にあるものを抱え込んで暮らしたい」という願望を、隠したことを、とりあえずは良しとした。
「それじゃ、役割分担を決めようぜ。」
「そうだな。船の修繕と、それから……。」
 タルとケネスがうなずきあって、今、ナニをすべきなのか話合う中に、
「とりあえず、今、力を出すための食事ー!」
 手を上げて、チープーが自分の意見を口にした。
 そんな彼の言葉に重なるように、

ぐぅぅぅー…………。

 一斉に、おなかが鳴った。
 少しだけ気まずい沈黙が流れた。
「…………うん、そうだな。」
 生きている──と、レイドは自分の腹を右手でなでて、顔を上げた。
「腹が減っては、戦は……できないよな。」
 穏やかに笑んだその顔を見て──「ナニと戦う」のかは……誰も、口にすることはなかった。
 その彼の目が、無言で右手に落ちるのを、感じていたから。
「そーだな。戦いはまだ……始まったばかりだぜっ!」
 こぶしを突き上げて宣言するタルに、そうそう、と相槌を打って、ケネスが、それじゃ……はじめるか、と──そう、告げた。


 まだ、始まったばかりなのだと。
 今、ナニをするのかも分からないまま──この右手の謎を解くために。

 まずは。
──海へ。


戻る