目安箱をジッと見下ろすジュエル。手には、封筒が握られている。
「……うーん、なんだか、いざとなると恥ずかしいなぁ。」
 言いながら、きょろきょろとあたりを見回す。
 二階にある部屋は、リノ・エン・クルデスの部屋と、軍師エレノアの部屋と、そして新しく立った軍のリーダーである「レイド」の部屋だけだ。
 だから、彼らに用がある者以外は、ここに踏み込むことはない。
 ただし、こんな風に──忙しいレイドへの「伝言」みたいな役割を果たしてくれる目安箱に入れに来る人間は、別だ。
 ジュエルは、ガイエンに居た頃からの友人であるレイドの、無表情に近い顔を思い出しながら、もう一度手元を見下ろした。
 笑って、と言うだけは、簡単だと思う。
 ──本当を言うと、騎士の訓練生として、レイドやスノウと一緒に笑っていた頃は、「笑って」と言う言葉が、これほど重みを持つ言葉だなんて、知らなかった。
 いつも笑いあっていたから。
「……ぅーん。」
 ジュエルは、封書を開いて、もう一度自分が書いた文を見つめた。
 そっけないような、なんだか気恥ずかしいような。
 こういうところに入れる言葉は、そう体裁をとり作ろうものじゃないでしょう。
 そういつもの調子で語ったポーラのことを思い出しながら、首を傾げる。
 手紙──と呼ぶには、少し違うような気のする文面にもう一度目を通して──ジュエルは、うん、と一つ頷き、それを目安箱の中に落とした。
 そうして、
「レイドに、届きますように。」
 パンパン、と両手を打ち鳴らして、目を閉じ、目安箱に祈る。
 ──この、思いが。
 あなたを、信じてる。
 あなたを、信頼している。
 あなたを、心配している。
 あなたを、案じている。
 そんな、思いが。
 届くように……そう、願った。
 レイドはきっと、今も、自分たちを見るたびにスノウのことを思い出すのだろう。
 友人だった彼。
 説得して、納得してほしいと思って──でも。
「────…………。」
 レイドは、スノウの弱さを知っていたんだろう、本当は。
 ただ、それを正すことが出来なかった……不器用だったから。
「スノウ……──。」
 顔の前で合わせた手が、ゆっくりと下りて……ジュエルは、胸の前で手を合わせた。
 そのまま、祈るように、もう一度彼の名前を呟こうとした瞬間だった。

がちゃ。

「………………んにゃっ!」
 思わず、すっとんきょうな声が零れた。
 びくんっ、と両肩を上げて見た先──目安箱から数段上にある扉が開いていた。
「──……ジュエル?」
 不思議そうに聞いてくる声に、ボッ、と顔が赤くなるのを感じた。
 慌ててジュエルは両手を振り、
「なっ、なんでもないの! なんでもないからねっ、ねっ、レイドっ!!」
「──……え、あ…………う、うん。」
 キョトンとした表情の少年に向かってそう叫ぶと、ジュエルは、片手を上げて、
「じゃ! そゆことでっ!」
 そのまま、ダッシュで走り去っていった。
 レイドは、そんな彼女を呆然と見送り──首を傾げた後、ふと視線をジュエルの居たほうに向けて……あ、と、呟いた。
 数段の階段を下りて、右手に設置されている目安箱を空ける。
 そこには、一通の封書が入っていた。
「…………──。」
 やっぱり、と思う気持ちとともに、その手紙を手にとり、そ、と開いてみた。
 まだぬくもりがかすかに残っているそれは、目安箱に入れる手紙というよりも、短い挨拶のようなもので。

【元気にやってる? あたしは元気だよ。
 ラズリルのみんなは元気かなー?】

「……あぁ、元気だよ……。」
 レイドは、唇の先だけを緩ませるような──小さな笑みを浮かべた。
 ジュエルらしいな、と、顔を真っ赤にして逃げていった少女が、どんな思いでこれだけを書いたのか。
 なんとなく──分かるような気がした。


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