はしゃぎ疲れて、クリスのベッドですやすやと眠るわが子に、そ、とタオルケットをかけてやる。
明かりを消した部屋の中に、仕事用の部屋から差し込む明かりが、少しだけまぶしい。
その明かりの中、幸せそうな笑みを浮かべて眠る子を見つめる目が、そ、と柔らかに弧を描く。
クリスは、漏れでる微笑みを堪えることなく、指先で優しく娘の頬を撫でてやる。
女の子は男親に似るというけれど、この子に関しては──この子の両親が誰なのか知る、昔からの仲間達は、声をそろえて自分にソックリだと言う。
見下ろしたあどけない顔が、自分に似ているといわれても、いまいちピンとはこなかった。
確かに白い肌も目の色も、自分と同じだとは思うけれど、明るい日の下でよく目を惹く綺麗な髪や、笑ったときに優しげに弧を描く眉や目元は、ヒューゴに似ていると思う。
「……クリス、茶を入れたが、飲むか?」
眠った孫娘を気遣ってか、そ、と小さく声をかけてくるルシアに、うん、と一つ頷く。
音を立てないように、静かに立ち上がり、娘を残して部屋を出て……寝室とを区切るカーテンを閉めた。
ロウソクの明かりの中、勝手知ったる要領で、ルシアがさっさとテーブルに着いているのが見えた。
そのテーブルの上には、彼女が手にしているカップのソーサラーと、もう一客のティーカップが置かれている。
──これも、「娘」が生まれてから、毎月当たり前のように繰り返される、いつものことだ。
もっとも、普段は目の前に居るのは「ルシア」ではないはず、なのだが……どうしたことか、ここ数ヶ月ほどは、いつもルシアが座る羽目になっている。
──そのことをつげ、わびる手紙を思い出し、クリスは小さく眉を寄せた。
一方的な侘びしか書かれていない手紙は、急いで書いただろうことが分かるからこそ、クリスの胸に、イライラを灯らせた。
それでも、目の前のルシアの前でそんな色を出すわけには行かない──先ほどはウッカリ出してしまったけれども。
クリスは、小さく深呼吸して表情を改めると、慣れた様子でクリスはルシアの目の前の席に座り──ふぅ、と一つ吐息を零す。
可愛い娘と一緒に居るのは楽しいが──なんだかまだまだ慣れなくて、少し肩が凝ってしまったようだった。
「この年頃の子は、大きくなるのが早いだろう?」
フフ、と笑いながら、ルシアはどこか懐かしそうに目を細めてティーカップを見下ろす。
おそらくは、小さかった頃のヒューゴを、孫娘に重ねているのだろう。
おばあちゃん、なんて呼ぶには、全然若すぎる面差しで、ルシアはクリスをイタズラ気に見上げる。
その瞳を受けて、クリスは小さく笑った。
「うん、そうだな──ビックリした。」
一ヶ月に一度の、娘の「ブラス城お泊りの日」。
会う回数は、月にマチマチだけど──何せ、娘が普段暮らしているのは、グラスランドのカラヤクランの中で、クリスの居住地はここ、ブラス城にある──それでも、顔を見て久し振りだと思うほど、離れているという感覚はなかった。
なのに、今日会って、いつものように恥ずかしがる娘を抱き上げて──ビックリした。
「もう少ししたら、もう抱いてやれなくなるかもな。」
さびしげに、カップを持った手のひらを見下ろすクリスに、子育て経験者のルシアは笑った。
「そんなことを言っていられるのも今のうちだけさ。
もう少ししたら、そりゃもう大変さ。
毎日泥だらけにしてくるし、まだダメだと言うのに、勝手に草原に出て行って大怪我はしてくるし。一人前の戦士になったらなったで、いつの間にやら軍のリーダーになってるわ、それが終わって大人の仲間入りかとさびしがってる暇もなく、……あっというまに、子供を作ってくるしねぇ。」
「…………る……ルシア殿……っ。」
最後の一言で、意味深にクリスを見上げて、にんまりと笑うルシアに──クリスは、キッ、と、拗ねたような目で睨みあげた。
そんなクリスに、ふふん、とルシアは笑った。
楽しそうなルシアの顔ににじみ出ている幸せそうな色に、クリスはそれ以上睨み続けることができなくて、もう、と小さく零して──手の中の暖かなカップを、きゅ、と握り締めた。
「…………わたしは、ヒューゴに会えて、良かったと……そう思っている。
それが……ルシア殿にとっては、不本意でも。」
これだけは、譲れない。
──正直を言うと、別居の状態が続いているものの、無事にヒューゴと婚姻と果たし、こうして間に一子をもうけた今も、ルシアがこの婚姻をどう思っているのか、分からない。
お互いにお互いの仕事があるから、どうしても遠距離になるのはやむを得なくて、さらにクリスは仕事の立場上、自らが生んだ娘をこの手で育てることすら出来ず、ルシアとルースに預けてしまう形になっている。
クリス自身も分かっている──この形が、普通に考えれば、「母親失格」と言える形であるということも。
でも、わたしは……。
少しためらうように、視線を落としたクリスの、どこか悩むような色を乗せた美貌に──子供を生んでもなお、衰えるどころか、女性の美しさを内面から輝かせる美女へ、ルシアは呆れたように笑ってみせた。
「息子が幸せになって、嬉しくない母親がいると思うか?」
「……っ。」
ハッ、と、驚いたように顔をあげるクリスに、ルシアはからかうように笑った。
「今回のことは許してやりな。
ヒューゴだって、好きで三ヶ月連続で、わたしをココへよこしたわけじゃない。」
「……そ、れは……分かってる。」
突然、話しをソコへ持っていかれて、ぐっ、と言葉に詰まりつつ、クリスは精一杯虚勢を張ってそう答えた。
──まぁ、娘を抱きしめて、ウツウツと手紙を睨んでいたところを見られているのだから、クリスが虚勢を張っても、無駄なのだが。
「なら、あんまりそんな顔をしてやるな。
ムカつくのは分かるが、あの子が可哀想だろう?」
ティーカップのお茶を飲み干して、空になったカップを掲げながら、ルシアはニッコリと笑った。
「その怒りは蓄えておいて、あの子をカラヤに返しに行くときに、思いっきり殴りつけて返してやりな。」
その微笑みを、ぎょっとして見つめたクリスに、ルシアは続けて、
「──たまには犬も食わない夫婦喧嘩くらいしてやりな。
そうしないと、見ているあたし達も面白くない。」
見ているコッチが恥ずかしくなるくらいのいちゃつきっぷりより、その方が数段面白い。
キッパリ言い切るルシアを、呆然とクリスは見つめた。
口を半開きにさせたまま、自分を凝視するクリスに、片目を瞑ってやりながら、
「──で、どうだい、やるかい?」
なら、一口噛んでやるよ……?
そう、笑いながら問いかけてきた。
軽く身を乗り出してくるルシアに、同じくらい身をのけぞらせながら、クリスは目を白黒させて……ごほん、と一つ咳払いしたあと、
「……──考えておこう。」
そ知らぬ顔で、お茶を飲むことで濁すことにした。
──もっとも、カラヤクランの女傑、ルシアを、それでごまかしきれるはずなんて、なかったのだけど。
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