トラン湖の中に聳え立つシュタイン城の頂上──4階にある一番大きい部屋の窓から、スイは深い青の湖面を見下ろしていた。
「……よりにもよってレパントに見つかるとは、大失態だ。」
そう呟いて、ヒラリと手にした紙を揺らしたところで、
「スーイー……っ、おまえ、まだ持ってたのかよっ、脅迫状……っ!」
声と共に降りてきた手によって、ピッ、と奪い取られる。
スイはそのまま顎を剃り上げ、いつの間にか部屋にあがりこんできた客を見上げると、
「ったく、全部渡せって親父が言ってただろーがっ。」
──こんな時ばっかり父親の味方をする放蕩息子が、スイから奪った紙を広げて、不機嫌そうに鼻の頭に皺を寄せた。
『おまえを殺す』
「……ちっ、ったく、ワンパターンな脅迫状だな。」
言いながら、グシャリと握りつぶすシーナに、スイはあきれたような視線を向けると、
「脅迫状は綺麗なまま保管しておかないと、送り主を割り出すことが難しくなるよ。」
「……おまえなぁ、自分が脅迫されてるって言うのに、何冷静になってんだよ……っ。」
「あのね、僕が冷静にならなくって誰が冷静になるんだよ?」
──昔は、「いついかなるときも、冷静に考える」ことを実行していた優秀なる軍師様がいてくれたけど、今はそうじゃないから。
だから、周りがカッとなりやすい分だけ、張本人である自分が冷静にならざるを得ないんだ。
そう言って、スイはヒョイと肩をすくめると、窓際から体を剥がし取って、部屋に用意されているティーセットに向かう。
「──……だからって、脅迫されてたことを俺達にも……クレオさん達にも黙ってたって言うのは、別問題じゃないのか?」
低くすごんで見せるシーナの言葉に、スイはチラリと肩越しに視線を向けただけで何も言わず、ティーカップを取り上げ、ティーポットにお茶の葉を入れようとしたところで──ふと茶缶を開けた手を止めて、マジマジとその蓋を見つめた。
たしかに、この城は湖の只中にあり、湿気はすごい方だ。
そして、手入れはしているとは言っても、解放戦争の後はほとんど住居としての役割は果たしてはいないから、錆びたものがあっても、仕方がないと言えば仕方が無い。
──けど、この茶缶は、レパントがこの部屋を再び僕にあてがうからと、業者に頼んでいろいろと買い込んでくれた物の一つ……、だったはずなのだけど。
「────…………確かに、黙っていたのは、悪いとは思うけど。」
小さく噛み砕いた溜息をシーナにばれないように飲み込んで、スイは茶缶に入っていたお茶に鼻を近づけ──顔をしかめると、指先で茶葉を一つまみ摘み上げる。
そしてそれをそろりと慎重に口の中に運んだ時点で──ペッ、と手のひらの上にそれをはき捨てた。
そしてそのままの動作で、茶缶を閉じると、
「シーナ、今すぐレパントを呼んで来い。」
「スイ?」
先ほどまでの口調とまったく違う──厳しい色合いを含んだソレに、シーナが気色ばむ余裕を与えず、スイは振り返ったシーナを見て、険しく顔をゆがめる。
「帯刀してないのか?」
上から下までシーナの姿を見て止めたスイは、咎めるようにそう言うと、片手に茶缶を──そしてもう片手で壁に立てかけてあった棍を取り上げると、
「ついて来い、レパントのところに行くぞ。」
「──って、おい、スイ!? どういうことだよ? なんでココで剣を持ち歩く必要があるんだ!?」
大きく顔をゆがめるシーナの顔を見て、スイはあきれたように目を細める。
「決まってる。──ただの脅迫なら、ココまで僕が慎重になることはないって言うことさ。」
「──……あぁっ?」
「それだけの相手だってことだ。──シーナ、たとえこの城であっても、護衛に囲まれていようとも、剣は手放すな。
……死にたくなかったらな。」
ス、と細められたスイの双眸に、ビクリとシーナは体を震わせて──そうして、それ以上何も言えず、無言でスイの後を追った。
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