すぐ間近に見えるヒューゴの顔に、肩が強張り、頬が赤らむのを覚える。
そんな自分の戸惑いをごまかすように、クリスはパチパチと忙しなく瞳を瞬く。
「そ、そうだったな。顔をあわせられても、それは──会う、には、ならないわね。」
身動きできず、チラリ、とヒューゴを見上げたら、彼は嬉しそうに笑った。
やっと分かってくれた、と、そう言っているかのような笑顔に、視線が惹かれた。
──間近でそれを見た瞬間、ストン、と、何かが胸の中に落ちたような……そんな感じがした。
「ヒューゴ……──。」
小さく名を呼ぶと、うん、と笑顔が返って来る。
その笑顔に、つられたように唇をほころばせて、笑い返した。
そして──当たり前のように、いつものように……そ、と、睫を伏せる。
鼻先に感じた相手の吐息が、少しずれて落ちてきて、唇にフ、と触れる。
いつも、この瞬間は胸が一つ跳ねる。
あ、と、声が零れそうになるのを、必死で堪える。
そうすると、唇が真一文字に結ばれてしまって、それもなんだか滑稽な感じがするじゃないかと、そう思うのだ──いつも。
いつになったら慣れるんだろうと思うと同時、キスになれた自分というのは、なんだか想像が出来ない。
「……ん。」
唇の先と先とが触れて、ピクン、と体が震えた。
痺れるような甘さが、背中を駆けていった気がする。
それから、おずおずと……しっかりと合わさる唇に、どこか安堵にも似た思いを抱くのだ。
──ちゃんと、キス、できた。
そんな、当たり前のような──いいかげん慣れないといけないようなことを、今日も思う。
息を止めて、触れ合う熱に、ただ、意識が集中して。
ヒューゴの服の裾を、知らず掴んだ指先が、かすかに震えているのばかりを、気にしていた。
「──クリス……さん。」
そ、と離れた唇に名を呼ばれて、そぅ、と目を開く。
吐息が触れ合う近くにある顔を、ぼんやりと潤んだ目で見上げた。
「ヒューゴ?」
触れ合うだけのキス。
それだけじゃ不満だと、そう言うような自分の呼びかけに、羞恥を覚えないでもなかったけど。なんだか、足りないような気がしたのも、本当で。
じれったいような、満足したような──甘い疼きが、胸でわだかまっていた。
肩に乗っていたヒューゴの指先が、つぅ、とクリスの頬を撫で上げる。
くすぐったげに首を竦めた彼女の髪の上に、軽い口付けが落とされ、上目遣いに見上げると、ヒューゴは柔らかに微笑んでいた。
「それじゃ──そろそろ行く? クリスさん?」
「……………………。」
スルリ、と肩からも、頬からもヒューゴのぬくもりが遠ざかっていく。
そのまま、椅子の横に置いてあったクリスの荷物を、三つまとめて持ち上げてくれる。一つを背中に背負い、一つを肩から掛け、一つを右手に抱えて──重そうに見えた。
甘い余韻に浸る暇もないのか、と、不満そうに溜息を零すクリスに、ヒューゴは困ったように笑った。
「行かないと、困るだろ。」
「──誰が? ヒューゴがか?」
ヒューゴが持っている自分の分のバックを受け取ろうと、ヒラリ、と手を伸ばすと、
「クリスさんが。」
少し切なそうな瞳で呟いたヒューゴの手に、その手をギュ、と握りこまれた。
何、と、目を見開く間もなく、グイッ、と引き寄せられ、そのまま抱きとめられる。
「……──ヒュー……っ?」
慌てて少し体を離して見上げようとする矢先、強く抱きしめられて、有無を言わせず胸元に顔を伏せるハメになる。
少し熱をもったヒューゴの体温が、すぐ間近で感じ取れて──なんだか、懐かしい感じのするソレに、抵抗する気も起きなかった。
何よりも、ヒューゴに抱きしめられて、嬉しいことすらあれ、イヤな気が起きることなど、絶対にない。
手で腰を、肩に担いだほうの手で頭を抑えられるようにして、しっかりと抱きしめられて──、耳元に、唇が寄せられる。
「まだ、クリスさんを困らせるようなことは……したくないから。」
「………………っ。」
最後の、ひっそりとした一言と同時に、わざとか偶然か、耳に濡れた何かが触れた。
それが何なのか理解した瞬間、クリスはボッ、と音が出るほどに顔を真っ赤に染めた。
同時に、ヒューゴが言いたいことの意味までもを理解してしまって、クリスはそのまま、慌ててヒューゴの肩口に額を押し当てた。
首を竦めるようにして、ヒューゴの体に己の頬を押し当てる。
「クリスさん……。」
困惑したようなヒューゴの声に、フルフルとかぶりを振った
──だって、そんなこと言われて、なんでヒューゴの顔を直視できると言うんだっ!?
「もう少し……もう少し待ってくれ。そしたら、なんとか……動くから。」
せめて、この顔の火照りが治まるまでは。
そう懇願して、強くしがみ付いてくるクリスに、ヒューゴは苦く笑い──天井を見上げた。
そんなことで何とかならないから、だから……忠告したのに。
まったく……本人に言うと怒るから、いえないけど。
──────かわいいんだから、本当に。
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