「うーん、そろそろ資金も尽きてきたなぁ。」
 太陽の光を反射する船の上──ユラユラと揺れる狭い船底にドッシリと腰を落として、ゆるく首を傾げる少年は、底に投げ出したポッチを見下ろして、さて、どうしようと再び呟いた。
 その前では、金色の髪をした男が、ぐってりと船に縁にのしかかるようにして死に掛けている。
 それを見やって、真剣にそろそろ考えなくてはいけないか、と、三日前くらいから当たり一つない釣竿を見やる。
 今も、食料を獲得するために、竿を垂らしているのだが、まるで反応はない。
「このままだと、飢え死にする前に、ソウルイーターが反応しちゃいそうだしなー。」
 能天気なことを呟いて、少年はノソリと狭い船の上を移動すると、一週間ほど水しか飲んでいない──食料が取れたら、その全てを養い子である少年に食べさせ続けた結果である──従者に近づき、彼の色あせた緑色のマントに手をかけた。
 そしてソレを、エイッ、と剥ぎ取ると、
「それじゃ、一発、大勝負と行くか。」
 そろそろこの船で旅をするのも限界だろう。
 そう覚悟を決めて、どこまでも続く海面に垂らした釣り糸を回収すると、釣り竿代わりに使っていた自分の天牙棍を手にとり、その先端に、キュ、とマントを結びつけた。
 そしてそれを、高々と掲げて、
「あとは、運っ!」
 キリリ、と端正な面差しに真摯な色を乗せて、そういいきった。
「──……うぅ、ぼ、ぼっちゃん……船影もないのに、そんなの振っても……見つけられることはないと……お、思いますぅ…………。」
 そんな少年の、運任せな決意をくじくように、船縁でグッタリとした──やつれて唇もかさかさになった中年男が、ボッソリと呟く。
 かすれて枯れた声は、ひどく聞きづらく、波音に消えてしまいそうだったが、少年にはしっかり届いたらしい。
 少年は軽く眉を寄せると、
「いいんだよ、単なる僕の暇つぶしなんだから。」
 キッパリはっきり──そう言った。
 とてもではないが、生死をかけた漂流の最中に言う台詞ではない。
「……………………………………。」
 うぅ……と、死にかけの男がうめき声を上げるのに、大丈夫だよ、と、信頼度0%の笑顔を浮かべて、少年はポンポンと男の肩を叩いた。
 昔とった杵柄とでも言おうか、単なる年齢により体力の違いなのだろうか、少年はもう3日も食事を取っていないわりには元気であった。
「ちゃんと夜になったら、目立つような狼煙をあげるから。
 で、明日の朝、どこか近くの艦隊がココに来るだろ?」
「…………って、ぼっちゃん……?」
 戸惑うような眼差しをあげる男の前で、ニッコリと少年は笑った。
「星の位置と太陽の位置から判断すると、ここがオベル近海なのは間違いない。
 さらに、海鳥の存在があるから、陸も近い──ということは、狼煙をあげたら、充分発見される範囲内ってことだろ?
 僕らは運がいいな、グレミオ? 潮に流されて島近くに来るなんてさ。」
「…………あぁ……はぁ、あの海鳥、食べれますかねぇ……。」
 すでに飢餓状態マックスなグレミオは、その説明を聞いているのか聞いていないのか、ゲッソリと零す。
 そんな彼の言葉に、あぁ、そうだなっ、と、少年はポンと手を叩いた。
「それじゃ、海鳥を射落とさないといけないから、使うのは『火炎陣』にしとこう。
 ソウルイーターだと、飲んじゃうもんね。」
 良かったな、今夜は鳥の丸焼きだ──と、紋章のコントロールに気をつけなくちゃ、と、キリリ、と顔つきを改めるぼっちゃんに……これでも一応、元貴族のぼっちゃんの台詞に、グレミオはあいまいに笑ってみせた。
──やる気満々な彼を止めるような気力は、今の従者にはなかった。
「でも、ぼっちゃん……夜には鳥は、飛んでませんよ……?」
 その代わり、突っ込むところだけは突っ込んでおいた。
「あ、そっか。コウモリとかは海に居ないもんな。」
「………………………………。」
 無言でパタフ、と再び船の縁に倒れたグレミオは、もうそれ以上口を挟むことはしなかった。
「それじゃ、先にグレミオに復活してもらう為に、まだ昼間だけど、一発あげとくか、狼煙。」
 ことん、と棍を横手において、スイは船の中央に立ち──そ、と、左手を掲げた。
「………………。」
 そして。


 ちゅっどーんっ!!


 明るく晴れた晴天の空に、けたたましい爆音と、光が、放たれた。
「……ぼっちゃん……あれじゃ、黒こげになるんじゃないですか…………?」
 海を揺らすほどの轟音に、小船は激しく左右に揺れた。
 それに必死で捕まりながら、ゲッソリとした声で尋ねるグレミオに、
「大丈夫! ちゃんと鳥には直撃しないようにコントロールした!」
 胸を張って、少年は言い切った。



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