黄金宮殿から帰ってきたテオを出迎えたスイは、彼が手に持っている本を見て取り、ぱぁぁっ、と顔をほころばせた。
「父上っ、ご本を持ってきてくださったんですかっ!?」
 目を輝かせてそう尋ねるスイに、こみあげてくる微笑を隠せないまま、テオは腰を曲げて息子に視線を合わせると、頷いた。
 そして手にしていた本を、そ、とスイの前に掲げてやる。
「いつも留守にさせてすまないな、スイ。」
「ううんっ、父上、いつも本をありがとうございます!」
 差し出してくれた本をギュッと抱きしめ、その本の題名を読みながら、スイはチラリと父の顔を見上げた。
「でも、父上……あんまりこう毎日、本をかっぱらってきたら、さすがに皇帝陛下にばれないかなぁ?」
 少し不安そうに小首を傾げるスイが、何を言っているのか理解して、テオは思わず額に手を当てた。
「──スイ、お前に読ませる本を、私が宮殿から無断で持ち出してくるはずがないだろうが。」
「……なーんだ、禁書じゃないんだ……ちぇっ。」
 抱えた本を見下ろし、そんなことを残念そうに呟く息子の、先行きがちょっとばかり不安に感じたテオだったが、あえてそれ以上は何も言わず、スイの肩に手を置いて、息子の顔を覗きこんだ。
「この本は、ミルイヒがぜひお前にと、そうくれたものなんだよ。」
「えっ、また、フリフリの本っ!?」
 嫌そうに顔をゆがめるスイに、あぁ、アレはなぁ、とテオは小さく吐息して。
「それは、まだスイには早いんじゃないかと言ったら、それならぜひコレはどうだと……。
 昔、実在していた島の領主の話らしい。」
「へー。」
 本を掲げて、スイは「ミドルポート奇譚」という、珍妙な題名を見つめた。
「ステキな帽子を被った猫の話みたいなヤツかな? ミルイヒ様、ああいうのスキだもんねー。」
「読んだら、きちんとミルイヒに礼の手紙を書いて置けよ、スイ。」
 ポン、とスイの頭を軽く叩いて、テオは立ち上がって笑った。
 そんな父に、本を胸に抱いたまま、スイはニッコリと笑って頷いて見せた。
「はい、父上。
 ちゃんとビッシリ原稿用紙に感想を書きますから、まかせてくださいっ!」
「…………………………………………グレミオ……お前、育て方を少し間違ったんじゃないのか…………?」
 愛らしい顔いっぱいに、キリリとした表情を見せたスイに、テオはちょっと……いや、先ほどにもまして、この子の将来に不安を覚えずにはいられないのであった。

 しかし翌日。

「父上っ、父上っ! ミルイヒ様から頂いたこの本に載っている、シュトルテハイム=ラインバッハ2世さんって、すごい人なんですよっ!!」
 興奮を隠せないまま、本を持ってテオのベッドに駆け込んだスイは、おはようの挨拶もしないまま、頬を紅潮させ、目をキラキラ輝かせて父を見上げた。
 そんな息子に、寝起きざまダイブされたテオは、苦笑を噛み殺しながら、自分の上に乗しかかっているスイの脇に手を入れて、横にどけた。
 軽いスイは、そのままチョコンとテオの横に置かれる。
 それでも興奮冷め遣らぬまま、スイはテオの体に横から飛びつくと、
「父上っ、僕、この人みたいになりたいんです!!」
 キラキラキラキラ、と輝く目で夢を語る息子に、テオは頬を緩ませて、そうか、と呟いた。
 スイの頭を撫でてやりながら、彼が大事そうに抱えている本をチラリと見やる。
 たまにはミルイヒも、息子の教育にいいものをくれるじゃないか。
 そう思いながら、テオは本をもう一度見下ろした。
 子供にも読みやすいように絵が入ったソレは、表紙に、てっぷりとした頬と、クルクル巻き毛の男の顔が描かれている。
 そして裏表紙には、象と亀を足して2で割ったような怪物が、何かの象徴のように描かれていた。それに向かって双剣を掲げる赤いバンダナの少年の姿がその手前に描かれていて──それが、奇妙に目にとまった。
「…………ミドルポートの話で、そんな有名な人の話なんてあったか?」
 思わずそう零したテオの手の下で、
「デイジーちゃんみたいなのを海で飼えるような、そんな立派で卑劣な領主って言うのも、いいよなぁ〜……。」
 そんな化け物ペットを可愛がる自分を想像して、ウットリと……微笑んで見せる息子が居た。
「シュトルテハイム=ラインバッハ……うん、よし、覚えたぞっ!」
 無駄に目を輝かせる夢見る少年を、残念ながら突っ込み止める親友は、この時はまだ──いなかった。


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