「三年ぶりって──感動の再会ね、リオっ!」
ロマンティックな恋愛にあこがれる年頃のナナミは、両手をキュウキュウ握り締めて、感動に目を潤ませていたが、リオはその言葉に何も答えず首を傾げる。
──え、何? 今の光景って、感動の再会なの?
感動の再会っぽかったのって、最初、彼女がルックに抱き付いた所までじゃなかった??
そんな視線を、ナナミではなくアイリやビクトール、シーナに向けてみるが、アイリはリオの言葉に肩をすくめるだけで答えてはくれなかったし──ビクトールとシーナはと言うと、愕然と口を開いた状態で、信じられないものを見るような視線を、ルックを抱き込んだ娘の横顔に注いでいた。
──そう、信じられないのも無理はないだろう。
あのルックが、年頃の娘が相手でも、何の遠慮もしないルックが──何せ、メグとミーナが城のホール手前の通路で、からくり丸と(他称)山あらしを暴走させた時も、容赦なく切り裂きをお見舞いしていた──、娘一人に手玉に取られているのだ。
頭を抱え込まれ、好きなようにグリグリと抱き締められ──、
「……なんつぅ羨ましい真似を…………。」
思わずポツリ、と零したのは、シーナだった。
横手から見ているシーナの目には、3年前に比べて豊かになった胸元に、ルックの頬がうずもれているのが、バッチリと映り込んでいた。
明るく笑う目元も、柔らかな笑みを形作る桃色の口元も、記憶にある物と寸分違わないのに、その全身が、記憶にあるものよりも、まろみを帯びていた。
娘と言うよりも、子供からようやく片足を抜けただけに過ぎなかった少女が、紛れも無い女の色香を身に付け始めている。
──会わなかった、たった3年の間に。
「やってるこたぁ、3年前と変わってねぇがな。」
ガリガリと頭を掻きながら、面倒くせえなぁ、とビクトールは呟く。
何か楽しそうにピョンピョン飛び跳ねながら、少女がルックに向かって囁くたびに、ルックの肩が大きく跳ねて、右手の辺りが光るのだが──それをことごとく、娘は己の左手で強引に閉じ込めて行っている。……そういう、強引かつ力技なところも、昔のままだ。
ああなっては、彼女の気が落ち着くまでは、ルックは犠牲者のままである。
「3年前は、ルックのヤツも今よりも女顔で、アァやってても百合以外見えなかったけどなー? ちょっと今は──洒落になんねぇぜ?」
シーナは苦虫を噛み潰したような顔で──それでも、ビクトール同様、ああなってはどうしようもないことが分かっていたので、溜息を零して、苛立ちを噛み殺す。
3年の月日と言うのは、思った以上に長いようだった。
少女が思った以上に女らしくなっていたのも驚きだが、ルックもまた、単体では少女めいて見える美貌が──少女の腕に閉じ込められた状態では、「美少年」にきちんと見えるのだ!
これは、シーナとビクトールにしても驚きの事実だった。
しかもその上、3年前は、ああやって少女に抱き占められても顔色一つ変えなかったルックが、今は、胸元に頬を埋められて──頬を赤く染めているのだ。
「まったく、何やってんだか。──おい、ルゥ。」
このままだと、あまりにルックが可哀想かと、面倒そうに溜息を零しながら、ビクトールはルックに抱きついた少女の名を呼んだ。
その途端、少しはなれたところで「愛の抱擁」を見つめていた三人が、驚いたように目を見張る。
まさか、と思った。
先ほど宿屋で帳面を見た時は、ホイのようにその英雄の名を騙る人物でも出たのだろうかと、そう思ったのだ。
けれど。
今、ビクトールは帳面に書かれていた──かの「英雄」の名を、目の前の少女に向けてはなった。
ルックに抱きつき、頬刷りをしている、どう見ても普通の娘にしか見えない少女に──そう語りかけたことの意味は。
「ビク──……っ?」
トールさん、と。
問いかけようとした掠れたリオの声に、ビクトールが答えることはなかった。
その前に、ルックに抱き着いたままの少女が、片手をヒラヒラと揺らして、こう答えたからである。
「んー、ちょっと待って、ビクトール。今、ルック補填中だから。」
「なんだよ、そりゃっ!!」
思わずシーナが、裏手で突っ込む。
バタバタと抵抗するルックを片っ端から封じて、ルゥと呼ばれた娘は、目線をあげて、ニ、と笑った。
「3年ぶりだから、ルックの姿形を忘れてるだろ? 僕?
だから、今、覚えてるところなの。」
「あー──あのな、ルゥ?」
なんと言っていいものかと、シーナがコリコリとコメカミを掻くのに、ルゥはルックの髪に顔を埋めながら大きく息を吸い込んで。
「ちょっとソレは、ルックが可哀想だと思わねぇ?」
「アレ? シーナもこうされると、『可哀想』?」
悪戯めいた仕草で、チラリと見上げられて──シーナは、子悪魔めいた笑みを浮かべる少女に、降参だと言いたげにヒラリと両手をあげる。
「俺なら『役得』だな。」
「──だろ?」
ニヤリ、と笑みを見せる娘は、それでも愛らしく、あでやかで──3年前の108人もを魅了した微笑みは、未だ健在と言った状態で。
シーナは、底意地の悪い笑みにすら、ドクンと高鳴る自分の胸元に手を当てながら、
「あー……クソ、こんなことなら、ルックを連れてくるんじゃなかったぜ。」
──そうすれば、もしかして、もしかすれば、今のルックの状態は、自分の身の上に起きていた……かも、しれないのに。
そんな淡い思いに肩を落とすシーナの背中に向かって、
「ルックが相手じゃなかったら、お前に向かって新技三連発とかしてると思うぜ? ──ルゥだからな。」
「……あ、やっぱおっさんもそう思う?
──ったぁっく、ルックのヤツ、自分の役得をもっと知っとけ、って感じだよなー?」
ニ、と口元をゆがめて笑うビクトールに、シーナは悪びれない態度で手を頭の後方で組み合わせると、ヤレヤレと眉を落として見せた。
──3年前なら、ルゥがどれほどルックに抱き吐いても、「女同士のじゃれあい」にしか見えなかったけれど……。
「………………こりゃ……、ちょっと、抱き着く前に邪魔しねぇとダメかなー…………………………。」
微かどころか、ジワジワと沸きあがってくる嫉妬を自覚しながら、シーナは引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。
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