ジン、と震えるほどの喜びに、胸が熱くなる。
二人の間にあった空間が、一気に無くなる。
服越しに触れ合う体が、お互いの鼓動の強さを強く訴えあっていた。
それがもどかしくて。
「──……っ。」
それでも、せっかく触れ合った体を引き剥がすのは心もとなくて──寂しくて。
「お願い……もうしばらく、このままで居て……。」
胸元に頬を摺り寄せるようにして、アリーナはそう願った。
もちろん、恋人に甘いクリフトがそれを許さないはずは無く。
「えぇ──しばらく、このままで…………。」
しっかりと恋人の髪を抱き寄せて、その旋毛に唇を落とした。
柔らかな髪に指先を絡ませながら、クリフトは彼女の背中をなで上げた。
──何度も、何度も。
その指先に、ほかの意図が入らないように──ただ、静かに、優しく。
けれど。
「──……クリフト、愛してるわ……。」
背中に回されたアリーナの手が、ギュ、と背中を掴んで。
「──アリーナ……。」
堪えきれずに、クリフトは彼女の華奢な体を強く掻き抱いた。
「キャっ。」
小さくあがった悲鳴は、けれどそのクリフトの突然の行為を拒絶するものでは決してなかった。
自分の背中に触れるクリフトの柔らかな手の平に、アリーナは小さな安堵を覚えて、そ、と全身を預けた。
大丈夫。
「……クリフトが与えてくれるものなら、私は何だって受け入れられるわ。」
顎をあげて──ニッコリと微笑む。
「だからお願い……私をあなたのものにして? クリフト。」
その甘い微笑みと甘い言葉が、少しだけ見え隠れするアリーナの恐怖心を、必死に抑え込んでのものだとわかっていたけれど。
腕の力を緩めて、彼女の手を取る。
その手の甲に──鉄壁すらもぶち破ってしまう、勇ましい拳に、チュ、とキスを一つ。
「──よろこんで。」
クリフトは、これ以上ないくらいに甘い笑みを浮かべて、頷いた。
知っている顔。
「──……は、ぁ……っ。」
知っている声。
「……ん──。」
知らない響き。
「くり、ふと──。」
背筋が震えるほどの、あまい声。
「愛してる……。」
そう囁く。
そう囁くことでしか、この胸の中に渦巻いている思いを形にするすべを知らない。
月明かりの下、ほのかに浮かび上がる白い肌。
羞恥に赤く染まったその肌は、体が熱を持つほどに、古い傷の跡を鮮明にさせる。
見知った傷。
まだ旅をして間もない頃に、ついた傷。
彼女の白い指先が辿る──あの日、彼女をかばった傷跡。
唇でなぞり揚げる、彼女の背中の見知らぬ傷跡。
「──わたしが未熟だったばかりに……。」
あなたに痛い思いをさせた。
過去も未来も何もかも。
あなたに傷をつけた全てのものを、私が癒すことが出来たらいいのに。
「いいの──これは、いいの。」
執拗に、熱に浮き出た傷跡に口付けるクリフトの頭を掻き抱いて、彼女は泣きそうな顔で笑った。
「これは──……いいの。」
あなたの居ない初めての冒険で、私が知った──あなたの居ない傷。
でも、残った傷跡よりも何よりも、あなたを助け出す手段を手に入れられなかったことが、痛かった、傷。
「いいの。」
だから、私は一生忘れないの。
あなたの病気に気づけなかった、私の、傷。
「アリーナ──。」
舞い降りてくる口付けを受け止めて──その熱を受け止めて。
「愛してる」
囁かれる数だけ、私はきっと、幸せになる。
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