「っていうことで! バレンタインのクリフト独占権を巡って、じゃんけん大会よーっ!!!!」



「意味分かりません、マーニャさん。」
 反論してみたものの、その声がマーニャの元に届くわけはなく。
 マーニャに届いてないのだから当然、参加者として集まった面々の耳にも届いてはいなかった。
「じゃんけん大会ね! 絶対、私が勝つわっ!!」
 腕まくりをした愛しい姫君が、キラキラと好戦的に瞳を輝かせ、ぶんぶんと腕を振り回す。
 その隣では、幼馴染の少女を横に置いた勇者様が、額にはちまきを巻きながら、
「何言ってんだよ! アリーナはいつもクリフトを独占してるんだから、今日くらいは僕がもらうっ!!」
「ユーリルと私でしょ。」
 拳を握り、根性を込めて叫んだユーリルに、すかさずシンシアが突っ込む。
 その言葉を受けて、胸の前で両手を組んでいた娘──ロザリーが、キリリと表情を改めて、
「それは困ります。クリフトさんは、ロザリーヒルに来て頂かなくてはならないのですから。
 ピサロ様、頑張ってください!」
「…………………………。」
 大切なエルフの娘の声援を受けて、魔族の王は、少しだけうんざりしたような表情を浮かべたが、真摯極まりないロザリーの台詞に、しぶしぶ頷いて見せた。
 その後、ヒラリとマントを翻して、
「まぁ、ユーリルごときに負けては、わたしの名が廃るからな。」
 ふん、と短く鼻で笑い飛ばせば、
「なんだと!? いつも宿屋の部屋決めじゃんけんで負けてた男に言われたくないぞーっ!」
「あれは、最初はグーで始まらないから、動体視力が活躍する機会がなかっただけだ……。」
 ちなみに、最初はグーで始まると、拳を振り上げたときの手の動きで、出す手が見えるという「戦士の掟」のようなものがある。
 そんなことを口走るピサロに、
「それは言えてるわ。最初はグーで始まったら、絶対、勝てるのに……っ!」
 アリーナはすかさず同意を示す。
 そうなったら、簡単にクリフトのバレンタイン独占権が手に入るのに! と、アリーナは気合を入れて唇を捻じ曲げる。
「いや、最初はグーで始まるなら、分は我らにもあるだろう。」
 そう言って、アリーナとピサロの間に割って入ったのは、ライアンであった。
 彼は至極真摯な顔で、自分のライバルである面々をグルリと見回すと、
「言っておくが、三回勝負であろうと、一回勝負であろうと、本気で挑ませてもらうぞ。」
 威圧をかけるように、軽く目を眇めた。
 仲間としてともに戦っていたときには、これ以上ないくらいに頼りになる戦士であったライアンが発する気配に、アリーナもピサロもユーリルも、知らず臨戦態勢をとり──ギリリとお互いに闘気をむき出しにしてにらみ合う。
 そんな硬直状態に、ずずい、とマーニャが踏み込み、
「あたしだって、負けるつもりはないわよーぅ!」
 ばちばちばち、と激しい争いの眼差しがぶつかりあうのを見て、はぁぁぁ、とクリフトは重い溜息を零す。
 もうナニを言っても無駄だと言うことは、過去の経験上良く分かっている。
 この季節──そう、バレンタインになると、なぜかいつもこうなる。
 去年は結局、朝から数時間をサントハイムで過ごし、ルーラで迎えに来たユーリルに連れて行かれ、さらにその後マーニャにルーラで連れられ、その上ピサロにルーラで……以下略。
 今年は、「独占権」なるものが発生しているらしい。
 去年のように、一日で世界一周めぐりを体験しないだけマシだと思うが──というか、どうして皆、バレンタインの一日にこだわるのか、クリフトには理解できなかった。
 溜息を零したまま、ガックリと椅子の背もたれに深々と腰掛けて、手の平に顔を埋めてみせれば、
「……クリフトさん、今年もモテモテですね…………。」
 同じテーブルに着いていたミネアが、温かな紅茶を啜りながら、目元をニッコリと和らげて微笑んでくれた。
「ミネアさんだって、他人事じゃないと思うんですけど……。」
「あら? 私はクリフトさんみたいに、『当日限定』じゃないですから、一週間ほど前から準備をすれば、みなさんの注文には十分応えられますし、クリフトさんほど忙しくはないんですよ?」
 うふふふ、と楽しげに笑うミネアは、どう見ても楽しんでいるように見えた。
 そんな彼女に、クリフトは頬杖をつきながら──なんでこんなことになったんだろうと、じゃんけん大会を前に気合十分の面々を見やった。
 アリーナは天に向けて拳を突き出し、
「絶対、バレンタインには、クリフトに特製生チョコケーキ作ってもらうんだからっ!!」
「いーや、クリフトには、うちの村で特製チョコチップクッキーを作ってもらう!」
「子供たちも、去年のバレンタインの時から、クリフトさんのクッキーをすごく楽しみにしてるんです!」
「それを言うなら、ロザリーヒルだって、スラキチやイエッタが、人間が食べる甘いお菓子を食べれる唯一の日だって、すごく楽しみにしてるんです!」
「ロザリーも楽しみにしているのだから仕方がない。」
「なーに言ってるのよ! バレンタインはね、お子ちゃまのおなかを満たすためのイベントじゃないのよ! そういうのはハロウィンにお願いしたらいいじゃないの!!
 いーぃ!? バレンタインって言うのはね、お・ん・なの、勝負の日なのよ! この日に、クリフトの特製お菓子を持って、興行すれば、今年のあたしの人気もうなぎのぼり! 義理チョコ配って、マーニャさまのファンの心をさらに釘付け作戦よ!!!」
「……それ、女の勝負の日っていうか………………。」
 思わず突っ込みかけたユーリルは、興奮度マックスのマーニャの肘鉄をくらい、あえなく黙り込むことになる。
「……マーニャ殿。よろしいか、バトランドでは、バレンタインは男のイベントなのだ。あれは、男が女性にプロポーズをする日と決まっている。
 愛する女性のために、ここぞというときに用意をする、すばらしい味のお菓子こそが、どれだけその女性のことを思っているかを伝えるための手段。」
 そのような神聖なイベントに、義理チョコとは何事だと、そう続けようとした重々しいライアンの言葉には、
「……えっ、ってことはライアンさん、もしかして……プロポーズしたい女性ができたのっ!?」
「えっ、うそっ、まじっ?」
「ライアンさん、そーゆーことは言ってくれないとっ!!!」
 アリーナたちが、大きく目を見開いて反応を示す。
 ばっ、と固まって問いかけられて、ライアンは尻ごむように後じさりをしつつ……頬の辺りを赤く染めるどころか、苦渋の色を顔一面に染めて、
「いや……私ではない。………………陛下が、ガーデンブルクの女王陛下に…………………………。」
 なにやら複雑な事情がありそうでなさそうな言葉を、ポツリと零してくれた。
 とたん、
「………………………………なーんだ。」
 譲ってやる気も失ったアリーナとユーリルが、ライアンに詰め寄っていた体をあっさりと反転させ、
「宮仕えの辛いサガっていうか……馬鹿?」
 心密かに、「ライアンさんに先を越されるなんてー!」と、焦りを見せていたマーニャは、ふふん、と鼻先で笑って肩を竦めて見せた。
「──……というか皆さん……そういうのは、その……菓子職人の方とかにお願いしたほうが………………。」
 なんで、バレンタインの日にお菓子を作る主役が、自分なのだと──去年も思ったことを、ほとほと疲れたように、クリフトが零して見せれば。
「何を言うんですか〜、クリフトさんの作る料理や、お菓子、すごく心が篭っていて、ほかでは、絶対、まねできないんですよ〜っ!」
 ──────なぜか、一同の「上」から、声が降って来た。
 何事だとか、どうしてだとか、そういう以前に。
 聞きなれたその声の来訪に──誰もが、バッ、と上を振り仰いだ。
 しかしてそこには、青い空をさえぎるように白い翼を広げた一人の天空人が……ルーシアが、ニッコリと微笑んで、飛んでいた。
「ですから〜、バレンタインの、クリフトさん独占権は〜、私がいただきます!!」
 平和主義者の天空人も、両手をグッと握り締めて参戦を意思表明。
 それに当然、好戦的な面々が受けないはずはなく。
「クリフトは私のものよ!!」
 ──これが「そういう意味」での発言なら、聖職者であるクリフトですら泣いて喜ぶところだが、もちろんそういう意味は欠片とも入っていない言葉を、堂々と胸を張って宣言するアリーナと、
「何を言うんだ! クリフトのクッキーとランチは、僕たちのものだっ!!」
「一年に一度の楽しみは、奪われるわけにはいきませんっ。」
 山奥の村の若夫婦もまた、気合十分にジャンケンのための拳を突き出し、
「一年に一度の贅沢は、私たちロザリーヒルにとっても同じです。
 質素で節約した材料で、あれほどの味を作り出せるクリフトさんは、絶対に手渡しませんっ!」
「……いや、別に贅沢をしたければ、いくらでもさせてやるのだが……。」
 節約こそ美徳だと言い張るロザリーの気合も満点。ピサロが呟く言葉も右から左に、彼女は期待の目で恋人を押し出す。
「ほっほっほっほ! 受けてたってやるわよ! 今年のバレンタインのマーニャさまの舞台のコンセプトは、過激にリッチよ!!」
 意味不明なことを叫んで、高笑いをしながら、勝利を確信するマーニャ──賭けやカジノは負けっぱなしなのに、単純なギャンブルとも言えるじゃんけんに、勝つ自信が満々な理由は、妹のミネアにも分からない。
「陛下からの命令なのだ──俺も負けられん。」
 ぐ、と握りこぶしで誓う熟練の戦士の威厳も気合も十二分。駄々漏れの気合を受けて、温厚なはずの天空人も、ぐぐ、と歯を食いしばってやる気を見せながら、
「おととし食べたチョコトリュフ、ぜったい今年も食べるんです〜っ!!」
 そんなことを、ファイトっ、と呟いていたりする。
 そんな熱いオーラをほとばしらせる面々を前に──ことの中心でありながら、中心にいられないクリフトはというと。

「………………なんで毎年、こんな意味が分からないことになってるんですか………………?」

 バレンタインって……、女性が男性に告白したり、男性が女性にプレゼントを贈ったり、遠い昔の司教様が、愛を説いた日ではありませんでしたっけ??
 いつから仲間内では、バレンタイン=クリフトの手作り料理&お菓子争奪戦になったのだろう?
 思い返してみるが、旅のさなかに、バレンタインはチョコを食べる日だからと、姫にほんの少しの嘘を織り交ぜて、ホットチョコやチョコケーキを作っているのを、マーニャやユーリルに見られた覚えしかなく────。
 ………………………………。
「…………マーニャさんが、ユーリルにまた何か適当な嘘をついて、それがどこでどうなったか、こうなった……っていう線が、濃厚そうですよねぇ……………………。」
 答えが、ぼんやりと眼の前にぶら下がっているような気がしつつも、その答えを掴む気も持てず。
 クリフトは、ただ──はぁぁぁ、と溜息を零して。
 振り上げられた拳のそれぞれの行方を、蚊帳の外でぼんやりと眺めることしか出来なかった。