「魔法使いねぇ……ロクな登録者は居ないわよ?」
 ペラペラと台帳をめくりながら、女は見事な巻き毛を掻き揚げて、カウンターに頬杖をついた。
 目の前の椅子に腰掛けている客が居るというのに、ずいぶんな態度である。
 しかし、彼女とカウンター越しに座る男は、そんな彼女の態度をまったく気にせず、そうか、と短く呟いた。
 そんな彼を見上げて、女──アリアハン城下町の出会いと別れの酒場の主であるルイーダは、軽く肩を竦めるようにして、台帳を閉じた。
「ほとんどがメラしか使えないようなヤツばっかり。
 どうもアリアハンには、魔法使いは集まらないわねぇ。
 それでよかったら、連れてく?」
 ん? と首を傾げる女に、彼は眉間に皺を刻んだまま、あえて回答は避けて手にした酒を口に含んだ。
 優秀な魔法使い──と言われて思い出す男の顔が、あることにはある。
 しかし、相手はこのアリアハンには居ないうえに、現在諸事情で彼には力を貸せない状況にある。
「…………一度優秀な魔法使いと組んでしまうと、どうしても最低基準が高くなるな。」
 そう零す男に、ルイーダは少し驚いたような顔を浮かべる。
「何、あんた、どこかで偉大な魔法使い様にでも会ったの?」
「あぁ、ノアニールで会った魔法使いが一人、な。」
 実年齢を聞いて驚いた、と、その事実はとりあえず胸の中にしまっておくことにして、男はカランとグラスの中の液体を揺らした。
「ノアニール! ずいぶんと辺境ね。」
 半分以上空になった男のグラスに、彼の許可も取らずに思い切りよく注いでやりながら、ルイーダは感心したように笑ってみせる。
「でも、あんたが褒めるなんて、そりゃ相当の腕前の魔法使い様なのね。
 ──って、まーさーか、女じゃないでしょうね、オルテガ?」
 手つきも軽くビンをクルリと回した後、そのビン先を男に向けて突きつける。
 そんなルイーダに、オルテガは小さく首を竦めて、片手でビンを避けた。
「あのコを悲しませたら、夜な夜なあんたの腹の上に、フィスル置いてくわよ。」
 ふん、と小さく鼻を鳴らして、ルイーダはビンを自分の手元に戻しながら、キッパリと彼を見下ろして宣言する。
 オルテガは楽しそうに微笑を広げるルイーダを認めて、視線を横手へとずらした。
 ガヤガヤした酒場には似つかわしくない区間が、ソコには堂々と用意されている。
 階段脇とカウンター席のちょうど中間に、ベビーベッドが置かれているのだ。
 そこでスヤスヤ眠るたくましい赤ん坊の名前こそ、ルイーダが口にした「フィスル」であった。
「……自分の息子をなんてことに使うんだ、お前は。」
 イヤそうに眉を顰めて呟いたオルテガに、ルイーダは身を乗り出すようにして、で、どうなのよ? と、目つきを険しくさせて尋ねる。
 そんな彼女に、オルテガはグラスの中に溜息を漏らすと、
「男だ。
 おかしなことを心配するな、ルイーダ。」
「心配したくもなるわよ──妊娠してる女を置いて、旅に出ようか思案してる男だものね。」
「……!」
 驚いたように目を見開くオルテガを、ルイーダは皮肉げな笑みで見下ろした。
「──誰にも、言ったつもりはないんだが?」
 怪訝気な色で見上げるオルテガを気にせずに、ルイーダはオルテガのグラスに新たに酒を注ぎながら、笑う。
「気づかないはずはないでしょう? 何年の付き合いになると思ってるのよ?」
「ルイーダが6歳の時に会ったから、かれこれ二十……。」
「年は言うなっ!」
 グラスに注いだ酒のビンで、オルテガの頭を軽く叩いた後、ルイーダはソレをカウンターに戻す。
 そして、隣に置いておいた登録書に一瞥して、顔を顰めているオルテガに視線を戻した。
「──で、あんた、本当に一人で行く気?」
 どう考えても、この登録書の中には、彼が欲しがっているのに値する人間は居ない。
 いくら出会いと別れの酒場であろうとも、「勇者オルテガ」ほどの人物に見合う人間は、居ないのだ。
 チラリ、とルイーダは視線をずらして、ベビーベッドで熟睡している肝っ玉の太い息子を見つめる。
 あのコが大きくなったら、オルテガに着いていけるような戦士に育つかもしれない。
──けど、そんなわが子も、まだ1歳にも満たない。
「いや……旅先で気があった男が一人居る。」
「そう。」
 短く頷いて、ルイーダはそれについては突っ込むことはしなかった。
 なんだかんだ言って、オルテガの人柄に引かれて彼の周りには色々な人間が集まる。
 そしてオルテガは、人を見る目を持っている。
 その彼が自分が自ら選んだ人が居るというなら、わざわざルイーダが口を出すことではない。
──初めて彼が旅に出るときは、口が酸っぱくなるほど口出ししてやったものだけど。


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