「もうすぐクリスマスね〜。」
 言いながら、机の上に盛られたお菓子をつまみ上げると、ポイとそれを口の中に放り込む。
 サクリと口の中で優しく解けるラングドシャの味を噛み締めながら、もうすぐ、クリスマスだわ、と再び呟いて──ぺとり、と机の上に突っ伏した。
 そうすれば、鼻先を霞めるように匂い立つ、上品とは言えない香水の香り。
 そこから顔を逸らすように耳を机に当てれば、周囲の音が頬に響いて聞こえた。
 先ほどから絶え間なく聞こえてくる音の割れた音楽に、ダミ声交じりの嬌声、ステージを踏みしだく音に、ジョッキが割れるほどぶつかり合う音。
「……クリスマスって言ったら、やっぱり……んふふふふ。」
 怠惰に机の上に突っ伏しながら、マーニャが再びとろけるような声音で呟けば、
「さっきからうるさいわよ、姉さん。」
 呆れたような声が、正面から飛んできた。
 チラリと視線を上げれば、お菓子籠の中からチョコレートを取上げた妹が、ツンと澄ました顔で座っていた。
「なーによぅ、ミーちゃんったら、随分冷たいじゃないのよぅ。」
 かったるげな仕草で肩を起こして、紅色の唇を軽く尖らせて甘えるように猫なで声で拗ねて見せれば、ミネアは呆れた色の視線をチラリと向けるだけ。
 これが普通の男なら、マーニャの機嫌を取ろうと必死になってくれるに違いないのに──こんな寂しい寒い季節に、楽屋で妹と二人きりなんて、とっても理不尽だわ。
「この一週間、毎日のように呟いてる姉さんの相手をしてあげてるだけ、ありがたいと思って欲しいところよ。」
 チョコレートの包みを開けた瞬間、そこから飛び出してきたクリスマスツリーの形をしたチョコレートに、ミネアは軽く眉を顰めて──何も言わずにソレにかじりつく。
 そんなミネアを、マーニャはジト目で見上げると、
「なぁーにが、ありがたいと思って、よ。
 そういうあんたこそ、クリスマスの予定もなくて寂しそうだから、お姉様が相手をしてあげてるんでしょーが。」
 ヒラヒラと赤いマニキュアが濡れた掌を揺らしながら「突付いて」やる。
 そうすれば、「冷静沈着な占い師」である妹は、カチンとしたように軽く片眉を揺らすのだ。
 米神の当りをかすかに揺らしながら、それでも何とか冷静を取り繕うと唇を歪めて微笑もうとしたミネアに向かって、更にマーニャは爆弾を投下する。
「ま、あんたの場合、いくつになっても『クリスマス=稼ぎ時』なんでしょうけどね?」
 目元を緩めて、微笑かけながら──わざとらしく表情に憐憫の色をにじませれば、ミネアは見て分かるほどに目元を赤く染めた。
 ギリギリと唇を噛み締める歯の形すら透けて見えてきそうで、マーニャは噴火寸前の妹の──久し振りに見る怒った顔に、笑いだしそうになるのを必死で堪えながら、そっけない素振りで、更に続けてやった。
「なんだったら、今年のクリスマスは、あ・た・し・が、あんたをパーティに誘ってあげようか?」
「……よっ……、けいなお世話よっ!!!」
 ガタンッ、と、椅子を蹴散らす勢いでミネアは立ち上がると、机の上をバンッ、と叩いて、
「ねっ、姉さんが参加するパーティなんて、そんな不潔で不道徳極まりないものに、誘われても誰が出るもんですかっ!!」
 上半身を乗り出して、ミネアは勢いのまま叫ぶ。
 顔を真っ赤に染めて叫ぶミネアの顔を、マーニャはしてやったりとほくそ笑む。
 そんな姉の表情に気づいて、ミネアは益々カッと頬を赤らめると、
「だいたいそもそも、姉さんだってクリスマスは稼ぎ時じゃないの! まさかとは思うけど、今年もクリスマスのショーは休むだとか、そんなバカなことを言うんじゃないでしょうね!?」
 バンバンッ、と──実は数日前、マーニャが「クリスマスには何をしようかしらぁ」と言い始めたあたりから、心の中で思っていたことを、思いっきり叫んだ。
 ──とたん、マーニャは思わず視線を遠くへさ迷わせた。
 そういえば、去年も「かきいれ時」のクリスマスのショーをおやすみして、団長から泣きを貰ったような覚えがあるのだ。
 あの時も、妹のミネアには、「クリスマスにはショーに出るから、あんたも頑張って稼ぐのよ!」と言ったような……記憶がある。
 なのに蓋を開けてみれば、マーニャは誘ってきた男たちと一緒に、楽しいクリスマスディナー三昧。クリスマスプレゼントを買ってもらって、ディナーを食べて、更にお酒もかっくらって。
 起きたら翌日の昼過ぎで──家に帰ったミネアは、姉がとても疲れて帰って来るに違いないと、風呂も沸かして、料理も温めなおして待っていてくれたのだ。
──うん、去年のミネアのアレは、恐かった。
「……え、いや、あの……でもね? ミーちゃん?」
 思わず下手に出ながら、ミネアの怒りを納めようと両手を伸ばすマーニャだったが、怒り心頭になったミネアはその手を払いのけ、
「わかってるとは思うけど、今年も誰かさんのお金使いが荒いせいで、ぜんっぜん、お金が貯まってないのよ……っ!!!?」
「え、えーっと……それって、例えば、ミネアが新しく買い換えた水晶のお金とか?」
「姉さんが新しく買った衣装と扇子と靴と髪飾りよ……っ!!!」
 さりげなく視線を遠くに逸らしながら指折り数え始めたマーニャの指先をペシンと払いのけて、ミネアは再びドンッと机を叩いた。
「あ、あーら、やだ、そんなにしたかしら、ソレ?」
「し・た・の!」
 バンバンバンッ、と連続で机をたたきつけたミネアは、勢いそのままに、どすんと椅子に座り込むと、まったくもう、と目を閉じてわざとらしいため息を一つ零す。
「まったく、これじゃぁ、いつまで経っても敵討ちの旅に出れないじゃないの。」
「そんなこと言ってもねぇ、お金がたまらないものはしょうがないじゃないの。」
 ひょい、と肩をすくめたマーニャは、ミネアの嫌味もまるで聞いていないような態度で、ヤレヤレと頬杖を付く。
 ミネアはそんな姉をジロリと睨み付けると、
「…………そう思うんだったら、今年のクリスマスはちゃんと舞台に上がってよね、姉さん。」
 低い声で凄んでみせた。
 マーニャはそれに、イヤそうに顔をゆがめると、冗談じゃないわよと言いかけて──ミネアの、ジロリ、と吊りあがった目ににらまれて、ため息を零して、はいはい、と頷く。
「わかってるわよ。クリスマスは、『かきいれ時』なんでしょ?」
 頬杖の手をかえるそぶりをしながら、ミネアから顔を背けると、マーニャはペロリと舌を出してほくそ笑む。
 ──クリスマスは、「占い師のミネア」にとって「かきいれ時」だから、絶対、あたしが舞台に立ってるかどうかなんて、確かめられないでしょうしね〜?
 そして、ふふふふ、と肩を軽く震わせて笑いを堪えながら、
「ほーんと、クリスマスは忙しくなりそうね〜。」
 わざとらしく声をあげて、大変大変、と呟いた。
 そんなマーニャに、ミネアは目を据わらせてジットリ見たが、そ知らぬ風に口笛なんか吹き出す姉に、諦めたように吐息を漏らして、
「……口先だけじゃないことを祈るわ。」
 ──せめて来年には、旅に出たいわよね、と。
 いつものように達観した思いで、古びた天井を見つめた。
 

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