父の書庫に並ぶ本の量は、近隣の図書館にも負けないくらいすごい。
父に似て本が大好きな少年は、よくこの書庫に入り浸っていた。年の近い妹は、母に似て家の中にいるよりも表にいるほうが好きだったが。
昨日書庫から持ち出してきた本を抱えて、少年はそれを一つ一つ本棚に戻した。
そして、同じ本棚から、新しい本を手にとろうとして、キョロリ、と目をさまよわせた少年は──父の書庫にあるには不似合いな本が、隠されるように混ざっているのに気づいた。
「……数学III?」
なんでそんなものがこんなところに混じっているのだろう?
そして、今までこんな風に混じっていたことに気づかなかったことに首を捻る。
「なんでこんなところに数学の教科書が……?」
口にしながら、少年は手を伸ばした。
そしてそれを手にして──ペラリ、と開く。
とたん、まるで導かれたように教科書が大きく開いた。
開きなれた跡がついたようなソレに、驚いた少年の脇に、ひらり、と何かが舞った。
慌てて少年は手を伸ばし、教科書の間から舞ったそれを、指先で摘む。
反射神経のよさは、母譲りである。
そして少年は、そのままヒラリと写真をひっくり返して──顔を顰める。
「……写真。」
そう、本の間に挟まっていたのは、ただの写真であった。
中央で笑っているのは、若い頃の父と母だ。
母は白い体操服姿で、頭にタオルを被って笑っている。
その隣に立つ父は、白いカッターシャツにズボン。どこか照れたように笑って母の肩を抱き寄せていた。
「…………運動会か何かの写真かな?」
なんでこんなものが教科書の間に挟まっているんだ、と、疑問に思った少年は、それを片手に摘んだまま、ヒラリ、と身を翻した。
考えていてもしょうがない、聞いたほうが早いと、そう思ったからだ。
「父さん、この写真って、何?」
指先に挟んだ写真を手に、パソコンに向かって仕事をしている父に尋ねると、父はゆっくりと振り返り──いぶかしげな表情になる。
しかし、すぐに写真を認めて、父は懐かしげに目を見張り──それから、少し恥ずかしそうに笑った。
父がはにかむような表情を見せるのは、母と一緒の時だけだと思ったから、少年は少し驚いて、目を見張る。
「父さん?」
首を傾げる少年の手から、彼の父親は写真を手にした。
そして写真を見下ろし──父親は、穏やかな目を細めて微笑む。
「……これは、父さんと母さんの、結婚式の写真だ。」
「……………………は?」
懐かしそうに──いとしそうに見下ろす父に、ますます意味がわからないと、少年は目を瞬かせる。
だって、その写真は、どう見ても体操服姿の母と、カッターシャツ姿の父しか乗っていないではないか。
「……運動会じゃなくって?」
父が持っている写真を見下ろしながら問い掛けると、父は──指先で母の体操服姿をなぞりながら、
「コレ、が、ウェディングドレス。」
「……………………は?」
続けて母が頭から被っているタオルを示しながら、
「コレが、ベール。」
そして更に、彼女が手に持っている花柄のハンカチを示して。
「これが。」
「まさか、ブーケっ!?」
声を荒げて問い掛けた少年に、くすくす笑いながら──本当に懐かしそうに、父は頷いた。
「……ワケわかんない。」
そう零す少年に、そうだろうなぁ、と……父は笑った。
体操服とタオルが良く似合う少女が、写真の中から、本当に嬉しそうに笑いかけている。
その隣に立つ年若い自分──カッターシャツの胸ポケットに、色のついたハンカチ。
アレは確か、年下の友人が持っていたハンカチを借りたものだ。
「……──そうだね……今見ると、ワケがわからないかも。」
そう父も零しながら──それでも幸せそうに笑って、懐かしい写真を指先で撫でた。
今も付き合いのある友人たちが、「誕生日」にプロポーズしたときに、用意してくれた──可愛らしいままごとのような、そんな結婚式。
白い色の服がないから体操服を来て。
ベールの代わりがないからタオルを被って。
これじゃまるで、いつもの体育の時間だと、腹を抱えて笑いあいながら──それでも、二人、愛を誓った。
裏庭から花を摘んでくると言う友人たちを制して、これでいいと、花柄のハンカチを手に。
笑いながらブーケを投げる代わりにハンカチを投げると、それがヒラヒラと舞って、それが別れの「ごきげんよう」のようだと、あきれたように年上の女友達が笑っていた。
「結婚式って……──何考えてるんだよ、うちの両親は。」
あきれたように呟く少年に、父親はそれ以上何も言わず、写真を微笑みながら見つめ続けた。
──あの、懐かしい日々を……思い出しながら。
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