トン、と、軽い音を立てて足をつけたのは、鬱蒼と木々が生い茂る森の中だった。
 獣道がかろうじてあるかどうかの──深い、深い森の中。
 ブーツの下で、幾重にも重なる落ち葉と生い茂る草の厚みが、ずっしりと感じ取れる──人の気配が全くと言っていいほどに感じ取れない、暗い森の中だ。
 仰ぎ見れば、揺れる葉の重みで、空は全く見えない。
 耳を澄ませば、シン、と鼓膜を打つような静寂と、森の呼吸の音──虫の声に、小さな葉ずれ。
 そしてすぐ間近からは、良く感じなれた気配が二つと、自分を入れた三人分の呼吸の音。
 その誰も彼もが、前方しか見えないような深い夜闇に、全身を緊迫させ、辺りをうかがっていた。
 アリーナも、その場に降り立つと同時に、体を身構え、注意深く辺りをうかがっていた。
 慎重に、注意深く辺りの気配を探り──自分たちを狙うような、夜型の獰猛な獣やモンスターが近くに居ないことを確認し、ふぅ、とわざとらしく大きめの息を吐いて、肩から力を抜いた。
 合図にも似たそれに、同じように残り二人も、肩から力を抜いた気配がした。
 それからようやく、クリフトとユーリルのいるだろう方向を振り返れば、アリーナが口を開くよりも一瞬早く、
「ユーリル、先ほどはありがとうございました。
 おかげで助かりました。」
 あの落下の最中に聞いたような、切羽詰った声ではない──いつもの、穏かで、優しげなクリフトの声だ。
 それを耳にした瞬間、まだ胸のどこかに残っていた緊張していた気持ちが、一気にほどけた気がして、アリーナは、ニッコリと笑った。
「ユーリル──それにクリフトも、さっきは本当にありがとう。」
 息をすれば、それだけで濃厚な緑が胸の中いっぱいに広がる。
 まるでむせ返りそうな緑だと、少し目を細めて暗闇をうかがうけれど、そこに何が潜んでいるのかすら見抜けない。
 ただ気を緩めずに、辺りの気配を伺うので精一杯だった。
「いえ、私は当然のことをしたまでですから……。
 それよりも、お怪我はありませんか? アリーナ様?
 ユーリルも。少しでも痛むようでしたら、遠慮せずにおっしゃってくださいね。」
 姿は見えないけれど、すぐ側からクリフトの声が聞こえる。
 少しの心配の色を覗かせたクリフトらしい声音に、アリーナは苦い笑みを刻む。
 今はとにかく、現状把握が先だと思ってくれているようだから──多分、お説教も、宿かどこかに落ち着いてからに違いない。
 きっと、宿の床に座らされて、延々と1時間くらいされるんだわ──それから、次にブライのお説教の順番待ちもあったりして。
 少し先の未来がすぐ見えた気がして、アリーナは暗闇の中で眉をひそめた。
 あの時の自分の過失がどれほど危険なものであったのかは、良く分かっていたし、二度としてはいけないと肝に命じておかなくてはいけないことだと言うことも、知ってはいたので、きちんと説教も、怒りも、受けるつもりではいたのだけれど。
──とにかく、それもこれも、この森の中がどこで、今、自分たちが置かれている状況がどうなっているのか、確認してからだろう。
「モンスターにやられた擦り傷がある程度で、大丈夫よ。
 だから気にすることは──……、…………? ユーリル?」
 軽くかぶりを振って、心配することはないのだと笑ったところで、ふと、ユーリルの声がまるで帰ってこないことに気づいた。
 いつもなら、ルーラで飛び降りて現状把握がすむなり、「お前ら無茶しすぎ!」と怒ってきてもよさそうなのだが……。
 気配は、きちんとしているのだ。
 クリフトとアリーナの中間──少しナナメ後ろ。
 なのに、身じろぎ一つ、声一つしない。
「ユーリル?」
「どうしたんですか、ユーリル?」
 ふと不安に駆られて、胸を抑えながら、声をかけるけれど、応えはない。
「ユーリルっ!?」
 慌てて駆け寄ろうとして──けれど目の前がまるで見えない状態に、手を前方に差し出して、足を地面に沿わせるようにして、ジワジワと進むしかなかった。
「──……っ、ベホマラーッ!」
 小さく舌打ちしたクリフトが、両手の平から光を放つ。
 その光は、間違えることなく、アリーナとクリフト、そしてユーリルを包み込み──暗闇の中を、一瞬、ポッ、と浮かび上がらせた。
 暗闇に慣れかけていた目には、チクリと痛みを感じさせるその光の中──ユーリルは、淡い色を纏いながら、ぼんやりと、立っていた。
「ユーリル、どうしたんですかっ!?」
「ユーリルっ!?」
 ベホマラーの光が消える前にと、慌ててユーリルに駆け寄ったクリフトとアリーナが、互いに手を出し合って、彼の肩を──そして腕を掴む。
 触れた手の温かさに、思わずホッとした。
「……っ!」
 掴んだ瞬間、ユーリルの腕と肩が強張る。
「ユーリル!」
 そんな彼に向かって叫びながら──一体どうしたのと、顔を覗き込もうとした一瞬。
 ユーリルの顔が、くしゃり、と……ゆがんだように思えた。
 けれど、それもほんの一瞬。
 彼の体にまとわり付いた光が消えると同時に、暗闇の向こうに消えてしまう。
「ユーリル、怪我を?」
 心配そうに覗き込むクリフトが、倒れはしないかと心配するように、そ、と彼の背に手を添える。
 触れた手の平に、ユーリルは、そ、と息をついて──詰めていた呼吸を、ゆっくりと吐き出すように、息を漏らして。
 それから、一拍おいてユーリルは顔をあげて、ニコリと笑った。──そういう気配がした。
「ううん、怪我はないよ。」
 ここへ来て、初めてユーリルが出した声は、大きく……そして、硬質めいていた。
「それじゃ、どうかしたの、ユーリル?」
 クイ、と小さく袖を引いて尋ねるアリーナに、ユーリルは苦笑を噛み殺すように顔を歪めながら──暗闇に目が慣れても、ぼんやりと顔形が分かる程度の闇の向こうで、コリコリと首筋を掻く。
「いやー……っていうか……、ルーラして出た先が森だったら、驚くだろ、普通?」
 そらとぼけているような声音だった気がして、クリフトは軽く眉を顰める。
 ユーリルが気を取られるような何かがあったのだろうかと、素早く辺りを見回してみるものの、だからと言って、そこに何かが見つけられるわけでもなかった。
「あ、そう! 森!
 ね、ユーリル、ここって、さっきの森の中なの? どのあたり?」
 てっきり街の中に行くものだと思ってたから、私もビックリした。
 そう言いたげに、アリーナは不思議そうに辺りを見回す。
 マーニャ達と、そんなに離れていないといいのだけど──不安を少しだけ滲ませたアリーナの言葉に、ユーリルは一瞬息を詰めて……けれどそれを不自然ではないように、溜息として零しながら。
「とっさだったから……、街とか、イメージしてる余裕なかったみたいで。」
「じゃ、やっぱり、さっきの森の中ね。」
 ちょこっと移動しただけなのか、と。
 アリーナは至極真っ当に判断を下して、再び鬱蒼と生い茂る森の中を見回す。
 けれど、暗闇とあいまって、本当に何も見えない。
 これでは、マーニャ達と合流するどころか、移動することすら出来ないだろう。
 暗闇に浮かび上がる白肌ならとにかく、森の中は、おぼろげな輪郭以外は、全て闇に同化しているように見えた。
 もっとも、目を凝らして見えたとしても、どこの森も同じようなものだから、よほど慣れ親しんだ場所でない限り、右も左も分かるはずがなかった。
「だから、またルーラのし直ししないといけないんだよな……ゴメン。」
「ううんっ、いいのよ、ユーリル! ゴメンは、私のほうこそ、だもの。ユーリルには、ありがとう、だわ。」
 顔を少し俯けて、苦笑いを浮かべるユーリルに、慌ててアリーナが顔を跳ね上げるようにして感謝を述べる。
 実際、過失はアリーナのほうにあった。
 ユーリルもクリフトも──ちょっと無謀ではあったけれど、アリーナを助けるために、最善を尽くそうとしてくれたのだ。
 それに、感謝することすらあれ、結果が悪かったからと言って、責めるのは間違っている。
 けれどユーリルのほうはというと、
「ああいう危険な状況で、ちゃんとルーラできないって言うのは……やっぱり、問題だよなぁ……。」
 顎に手を当てて、悔しそうに口の中で唸る。
 危険な旅をしているのだから、ああいう、紙一重のとっさの判断は、いつだって必要とされている。
 ユーリルの取った手段は、正しかったと、彼も思っている。──ただ、そうやって唱えたルーラの先に関して、何の打ち合わせもイメージもしていなかったのが、問題なだけで。
 ああいう状況下で、とっさに思い浮かんだルーラの先が──……。
「でも、崖の上から森の中に移っただけでも、充分だわ。
 あとは、日が昇ってから、マーニャ達と合流できるように、狼煙か何かをあげて……。」
「いえ、マーニャさんたちとの合流は、エンドールにしたほうがよさそうです。」
 大丈夫大丈夫、と、明るく笑うアリーナに、クリフトが苦い口調で告げた。
「ここは、先ほどの森ではありません。
 木の種類も違いますし、空気も少し──冷たいようですから、おそらくは北の方角。
 日が昇って、もう少し見渡せるようになったら、どの大陸のどの辺りなのか、だいたい分かるとは思うのですが──……。」
 馬車の中になら、緯度や経度を測る機械も入っているのだが、今はそれも持っていない。
 星空が見えたら、もっと早く分かるのだけれど、この森の中では到底無理だろう。
 日が昇って、あたりが見回せるようになったら、木々の種類や動物の種類などで、だいたい地域を絞ることは出来る。
 方角も知ることが出来る。
 けれど──正しい具体的な位置や、近くにあるだろう街や村の位置を探ることに関しては……あまり期待は出来ないだろう。
 それなら、今からルーラで、エンドールに飛んだほうが早かった。
 宿にでも、教会にでも泊めて貰って、翌日、トルネコの家に行けばいいのだ。
 何かあったとき、離れ離れになったときは、エンドールに集合──それは、いつしか、仲間達の間で、合言葉のようになっていたから。
 互いが同じ森の中に居ない以上、エンドールに行くほうが、手っ取り早い。
 きっとマーニャ達も、「ルーラでどこに飛んだのよ!」と叫びながらも、「迷子の時の待ち合わせ場所を決めておいてよかったわね!」と、エンドールに飛んでくるに違いないのだ。
「何日かすれ違うことにはなるかもしれませんが──それが一番、確実ですね。
 ユーリル、ルーラをお願いできますか?」
 最後の言葉は、申し訳なさそうに言い添えられて──ユーリルは、それに、苦い笑みを持って頷く。
「うん、俺も、そうするしかないと思ってたとこだから……。
 悪い、結局、手間取らせちゃって。」
「いいえ、あなたが悪いわけではありませんから。
 むしろ、宿に帰ってから反省していただくのは、姫様ですから。」
「……っ、そ、それ、は──……っ。」
 にっこり、と。
 暗闇の中でも分かるほど鮮明に、クリフトが笑った気配がして──さらに言うならば、口元は笑ってても、目が笑っていない──、アリーナは、喉を詰まらせて、うなだれる。
「……分かっています。宿に帰ったら、反省文10枚でも20枚でも書きます。」
 手をあげて、宣誓するように誓えば、クリフトは軽く眉を寄せる。
「姫様。先ほどのご自分の無謀さを、ご理解されていないようですね?」
 姫様の命が危なかったことを思えば──もし、ユーリルの判断が一瞬でも遅く……誰もあの場面に気づいていなかったならば。
 アリーナは、川に流れて、そのまま見つからなくなっていたかもしれないのだ。
 助かる確率など、それこそ、万に一つという……ひどく厳しい現実に、直面していたはずなのだ。
 なのに、その命の危機を招いた自分のウカツさを、反省文ごときで済まされると思っているのか、と。
 城に居たときのような反省の仕方で、済まされると思っているのですか、と。
──すでに今から説教モードが始まりそうなクリフトの厳しい口調に……彼がそれだけ、アリーナのことを心配していたのだと、わかってはいるけれど。
 やはり、嬉しくない展開ではある。
 アリーナだって、分かっているのだ。
 あれがどれほど危険な状況だったのか。
 落ちた瞬間、背筋を走った冷や汗と後悔と、走馬灯にも似たあの感覚を、もう二度と味わいたくないと思うくらい、本当に、恐かったのだ。
 でも──それを口にするよりも、クリフトが、とても傷ついていて、心配と衝撃で怒っているのも分かったから。
 素直に彼の怒りを受けようと、しょんぼりと肩を落としたところで。
「それは、クリフトもおんなじだろ!」
 この場の誰よりも──実は、この場に居る誰よりも、怒り心頭に達していたユーリルが、声を荒げて怒鳴りつける。
「ゆ、ユーリル?」
「クリフトも! アリーナも! どっちも同じくらい無謀だっていうの! 僕が、どれほどビックリしたか分かってんのかよ!
 ヤバイと思ったら、アリーナも声張り上げるとか、クリフトも、自分が飛び込む前に僕に言えって言うんだよ! 代わりに僕が飛び込んでルーラ唱えるから!
 っていうか、クリフト、お前、アリーナのことになると目の前見えなさすぎ!」
 ビシッ、と。
 暗闇で何も見えないのに、ユーリルが顔を真っ赤にして怒鳴りながら、指を突きつけたような気配がした。
「……すみません。」
「ご、ごめんなさい……。」
 ユーリルの迫力に圧倒されたように、思わずポロリと、ほぼ同時に口にしていた。
 ユーリルはそれに、ふん、と小さく鼻息を漏らして。
「分かればいいんだよ、分かれば!
 ちなみに、多分おんなじことを、僕だけじゃなくって、マーニャとかブライさんとかミネアとかにも言われちゃうと思うけどな!」
「………………言われるわね。」
「言われますね……。」
 しかも、どんな風に怒られるのかまで、アリアリと想像できて、アリーナもクリフトも、そろって肩を落とした。
 マーニャに関しては、イヤがらせ以外の何物でもないボディランゲージで語ってくれるだろうし。
 ブライは絶対に、宿の板間で正座させながら懇々と語るはずだ。
 もしかしたらクリフトは、外の地面の上かもしれない。
 そしてミネアは、ひどく冷静に──そう、マーニャに対して怒っているときのような表情と声音で、淡々と怒るのだ。
 三人の説教があまりに酷くて、怒るつもりだったライアンやトルネコが、宥め役に回ってしまうくらい──きっと、ものすごい説教モードが待ち受けているに違いない。
 何せ、本当に、しゃれにならないくらい「命懸け」のことをしてしまったのだから。
 怒られるのは仕方がないのだが──。
「経験者の僕が言うんだから、間違いない!」
 胸を張って、自信満々に断言するユーリルの言葉を耳にした瞬間、一気に、ガクッ、と両肩が落ちた。
「……そうね……。」
 無謀なことをして命がけの戦いをする──と言えば、それはまさにユーリルの戦い方だった。
 思い出した瞬間、アリーナはガクリと両肩を落とさずにはいられなかった。
「────…………あぁ……まさか、ユーリルと同じような失態をしてしまうとは……。」
 口元に手を当てながら、げんなりしたような声で──今まで以上に反省したような声で、クリフトにそう呟かれた瞬間……、
「ってこらっ! クリフト、それ、どういう意味だよ!!!」
「本当よね〜、ユーリルとおんなじことしちゃってたのよね、私。
 うん、もう二度とやらない、反省します!」
「って、アリーナまで……っ!!!」
 真剣極まりない声でアリーナまでもがそんなことを言ってくれるから。
 思わずユーリルは、拳を振り上げて、
「お前ら二人とも、ココに置き去りにしてくぞっ!!」
「……っ、冗談です、冗談ですよ、ユーリル。」
「そ、そうそう、ちょっと場を和ませようと思っただけよっ!」
 慌てて、クリフトもアリーナも、掌を返したように謝罪し始める。
──が、こんな場面で二人が冗談を言うはずがないことを知っていたからこそ、ユーリルはブッスリと顔を膨らませずにはいられなかった。

 絶対に、こいつら、本気だった……っ!

 一体僕は、彼らの中で、どういう位置づけにいるんだと。
 苦いものを噛み殺すような気持ちで、腰に手を当てて──それからユーリルは、わざとらしく大きくため息を漏らす。
「あーあ、せっかく、頑張って助けたのに、なんだよ、この言われようって〜。」
「本当にすみません、ユーリル。
 その──私も、今、あなたに言われて……、つい一週間ほど前に、あなたがしたことと、同じようなことをしてしまったのだと気づいて──その、気が動転してしまったらしくって。」
 クリフトがうなだれながら、まだ動揺の気配を残しつつ言われたセリフに。
 ──その言葉から連想する内容に。
 グ、と、ユーリルは息を詰まらせる。
「一週間ほど前って…………、あっ、もしかして、マホトーン唱えられてたの忘れて、ミネアに襲い掛かろうとしていたフェイスボール目掛けて、剣を投げちゃった、アレのこと!?」
「うっ!」
 あぁっ、と、アリーナから納得したと言わんばかりの声を貰って、ユーリルは胸元をギュッと抑える。
 あのときのことは──確かに、ヤバかったと記憶している。
 魔法でなんとか蹴散らせるからと、慌ててミネアに向かおうとしていたフェイスボール目掛けて、剣を投げつけたのはよかったのだけれど……。
 いざ、周りにいる奴らを蹴散らして、剣を取りに行こうとした段階で──己がマホトーンにかかっていることに気づいて。
「そうです……しかも、私もミネアさんも、呪文を封じられてましたから──本当にもう、どうしようもなくって。
 あの時は、姫様が炎の爪を、ライアンさんが奇跡の剣を持っていて、ほんっとうに助かりました。」
 最後の辺りに、思うがままに力を込めてくれたクリフトの言葉に、ユーリルはますます肩をちぢ込めることしか出来なかった。
「うぅ……。」
「ユーリルに、そのことで無謀だとか、考えナシだとか、散々説教したのに……まさか私も、同じようなことをしてしまうとは、と」
 最後の最後で、苦笑を交えながら呟いたクリフトは、無言で手のひらを見下ろした後。
「私も、人様にお説教ばかりをしているだけでは、いけませんね。
 ……修行あるのみ、です。」
 何かを考え、思いつめたような呟きを口に乗せて──もう少し、冷静になるよう努力をします、と。
 最後に笑って、そう続けた。
 アリーナは、そんなクリフトに、うん、と大きく頷くと、
「そうね、私も、もっとちゃんと周りを見れるように、頑張るわ!
 ユーリルもね、一緒に修行しましょ。」
 グ、と拳を突き出して、ニ、と笑う。
 暗闇に浮かび上がるアリーナの白い面を見ながら、ユーリルは、彼女に釣られるように片拳をあげたあと。
「おー。
 …………っていうか、俺、お前らのこと、今、すんごい無謀じゃん! ──って思ったけど……そっか……普段の俺も、めちゃめちゃ無謀なんだなー……。」
 何かに打ちのめされたように、ガックリと肩を落としてくれた。
「………………今更気づいたんですか、ユーリル。」
 人のフリ見て我がフリ直せ、とは良く言ったものだが──。
 まさか、あれほど無謀なことや、周りが見えないようなことをしておきながら──気づいていなかったとは。
 思わず、米神に手をやってしまったクリフトを、責めるものは誰もいないだろう。