後ろから殺気を感じて、とっさに裏拳を繰り出しながら、片足を跳ね上げて目の前のモンスターを蹴り飛ばす。
その勢いのまま後ろに迫ったモンスターを、巻き込むように回転しながら殴り飛ばし──勢いに乗ったまま、上空に飛び上がり、一端木上に退避した。
──が、休む間もなく木の下に群がってくるモンスターが、それほど太くない幹に体当たりしてくるから、すぐに次の枝に飛び移らなくてはいけなかった。
安堵の息をついている暇もない。
特に目立つように動き回っているせいか、モンスターたちの殺気が、ビリビリと皮膚を突き刺し続けている。
それを感じるだけでも負担は大きいのに、休む間もなく全力で戦い続けていることに、そろそろ息が上がり始めてきた。
森の端まで駆け抜けて、モンスターに囲まれて──それでようやく「息があがりはじめてきた」アリーナの体力は、無尽蔵と表現してもいいくらいだった。
ツゥ……と頬から顎へと滴った汗を拭い取る間もなく、枝を蹴って下へと飛び込んだ。
流れる汗が飛び散り、それにモンスターの体液が混じる。
翻したキラーピアスがぬめり滑るのに舌打ちして、仕留めそこなった敵を吹き飛ばすために力強く蹴りつけ、進路に立ち尽くしていたモンスターたちに隙を作る。
その合間を駆け抜け、すぐ目と鼻の先に見えた森の外へと飛び出す。
木々の間に留まっていた暗闇が、淡い光に払拭されていくのを感じながら、邪魔をする枝を避けて、木々の切れた向こう側へと足を踏み入れる。
空には深い紺碧。
瞬く星と月明かりが、目に痛いほどに眩しかった。
一瞬強く目を閉じて、それからキュと下唇を結んだ。
飛び出した先でクルリと回転して、森に向かって体勢を整える。
持ち直したキラーピアスの先を、乱暴に服の裾で拭い取って、構えなおせば、すぐに森の中から最初のモンスターが飛び出してきた。
このモンスターたちを、まとめて葬り去ろうなんて考えてはいない。
そういうのはブライやマーニャが得意とすることだし、自分は肉体が武器の武道家だからだ。
ただ、モンスターを自分にひきつけている間に、余裕ができた仲間たちが、打開策を考えてくれるはずだ。
それまでアリーナは、ただ、敵をひきつけ──……その間に決して負けないようにするだけ。
大丈夫、と。
キッと前を見据えて、飛び出してくるモンスターを片端から相手どる。
森の中に比べて、動きやすくはあったけれど、反対に死角を利用しての攻撃がしづらくなった。
でも──飛び上がるのにも邪魔はないし、自由に堂々と動けるのがいい。
まとめてふっとばすことだって出来るし! それに──、
「いでよ炎っ!!」
炎の爪を振りかざし、小さな炎の玉をいくつも迸らせ、モンスターたちをかく乱させることも出来る。
森の中だと、飛び火するかもしれないから恐くてできなかった技だ。
慌てて自分の周囲から飛びのくモンスターたちを見て取り、よし、とニヤリと笑った。
その瞬間──……、
『マヌーサ!!!』
聞き覚えのある──とてもよく聞き覚えのある声が、アリーナの耳に届いた。
先ほどの森の中では、モンスターの咆哮に混じって、まるで聞こえなかった声だ。
とっさに顔をあげれば、目を覆うように俯くモンスターたちの群れの向こう側──ところどころ裂けた服を着て、ボロボロに近いなりをしたクリフトが、息を弾ませながら剣を振るっている姿が見えた。
「クリフトっ!」
思わず声をあげて──、アリーナは、幻影に向かって攻撃を繰り出すモンスターを軽々と避けて、一撃を見舞わせながら、クリフトの目立つ帽子に向かって叫ぶ。
「なんで付いてきたのよ、クリフトっ!!」
危ないじゃない! ──と、避難も露わに叫べば。
「ライ……デイィンッ!!!」
別の方角から、これまた聞きなれた声が、雷の呪文を唱えているのが聞こえた。
ハッ、とそちらを見れば、緑の髪をなびかせた少年が、森の範疇外に飛び出して、雷をモンスターに落としている最中だった。
「……って、ユーリルまでっ!!」
なんでっ!? 何考えてるの!? ──と。
驚いたように目を見張るアリーナに向かって、スカラを投げかけながら、クリフトが怒鳴るように叱咤する。
「当たり前です!!」
ヒュンッ、と、温かな光に包まれた自分を理解しながら、アリーナは目の前のモンスターを攻撃しながら、クリフトとユーリルの方角を伺う。
森の中の、目隠しされたような情景とは異なり、彼らの姿がはっきりと分かった。
「飛び出してったら、普通、追うだろっ!」
ギィンッ、と甲高くユーリルの剣が鳴り、彼の周囲にも小さな輪が出来る。
その瞬間を見計らって、
「──……ベホマラー!」
すかさずクリフトが回復呪文を飛ばす!
ヒュンッ、と小さな耳鳴りのような音がしたかと思うと、全身を柔らかで暖かい光が包み込み、全身に出来ていた傷や痛みが、一瞬で吹き飛んだ。
「ありがと、クリフトっ!」
「サンキュー!」
しみこむような傷が治って、体がさらに軽くなる。
笑顔が込み出てくるままに、アリーナは不敵に笑って、キラーピアスから炎の爪に装備を戻した。
周りは何も邪魔をするもののない広い空間──敵はモンスターばかり。
何も遠慮することなく、とにかく一撃必殺で暴れまわることができる。
何せ、クリフトとユーリルがすぐ側に居てくれるのだから!
──体力の温存や傷を考慮しなくて言い分だけ、ぞんぶんに暴れられるというものだ!
ギラリと好戦的に輝いたアリーナの双眸に、目の前のモンスターが気おされて後ず去る。
ソレこそがチャンスとばかりに、アリーナはダッ、と迷う隙も与えず、彼らの懐に飛び込んだ。
「スクルトっ! ──ユーリル、あなたも、アリーナ様の方に!」
間髪入れずかけられた防御補助呪文に、心の中でクリフトに感謝を述べながら、炎の爪をふるい、脇から襲ってくるモンスターたちに肘鉄を、膝蹴りを────そして豪快に後ろ回し蹴りでまとめて吹っ飛ばす!
何も憂慮しないで暴れられる快感に、笑みが絶えず口元をかたどった。
飛んでくる体液を避けて、新たに襲い掛かってきたモンスターの爪を受け止め、足で蹴り飛ばす。
爽快なまでの感触に、ニ、と口元が緩めば、その隙を狙ったかのように、周囲に居たモンスターたちが飛び込んでくる。
アリーナはそれを後方に飛び退ることで、避け、彼らを威嚇するように炎の爪から炎を飛ばした。
そしてそのまま、その只中に飛び込んでいこうと、足をグ、と踏み込んだ瞬間──……っ。
ズッ──……っ。
足が、後方に滑った。
いや、正しくは滑ったのではない。
後ろ足が、空を踏んだのだ。
「──……っ!?」
しまった──っ、と。
チラリと、なびく髪ごしに見た背後は、夜の闇が落ちた紺碧の空だった。
──崖っ!?
認識したのは一瞬。
いつの間にか、そこまで移動してしまっていたのだ。
森の外は広い空間だからと、縦横無尽に飛び回ったのがいけなかったのか……夜闇で距離感が狂っていたのか。
何にしろ、すでに片足は空中に飛び出ていた。
グラリ、と体が後方に傾ぐ。
とっさにアリーナは、残された片足で強引に踏み切り、空中に飛び上がった。
そのまま、体を捻って、腕を前へと──地面へと伸ばす。
投げ出された地面まで、あと少し……体を強引に伸ばして、ギリリと奥歯を噛み締めたところで、ガツッ、と爪先が地面に引っかかった。
「──……っっ。」
とたん、右腕に体重の過負荷がかかり、ビィンと全身に衝撃が走ったが、それに構っている場合ではない。
一刻も早く上にあがらないと、モンスターたちがこぞって襲い掛かってきてしまう。
右手に力を入れて、体をもちあげながら、左手を崖端に引っ掛けようと──指先を伸ばしたところで。
がごっ
「……えっ!!?」
爪を引っ掛けていた地面が、えぐれ取れた。
ゴロリ、と、炎の爪の先を転がる掌サイズほどの岩が、スローモーションのように目に飛び込んできた。
伸ばしたはずの左手が、急速に地面から遠ざかっていく。
体を支えていたはずの右手も、重みから一気に開放されて──あるのはただ、浮遊感のみ。
「うっそぉぉぉーっ!!!?」
あがった悲鳴は、耳元をうるさいほど通り過ぎる風の音に、かき消されることもなく……ただ、甲高く空に向けて響き渡った。