うっそうと生い茂った木々の合間を、ピョコンと飛び跳ねる亜麻色の髪が見えた。
 その手前で、まばゆい光が走る──あれはおそらくユーリルのライデインだろう。
 クリフトの姿はモンスターに埋もれているのか良く見えないが、アリーナとユーリルの中間辺りで忙しく走り回っているだろうと思われる──ココに来るまでに体が見つからなかったし。
「よしっ! このまま勢いつけて突っ込むわよっ!」
 頼むわよ、パトリシアっ!
 赤い口元に笑みを浮かべて、マーニャは不敵に笑って手綱を握りなおす。
 障害物を避けて走り続けるパトリシアは、疲労を感じさせない足取りで、マーニャの意に沿って、さらに速度をあげようとする。
「ライアンっ! トルネコさん! ユーリルたちを上手いこと拾ってよっ!!」
 モンスターを相手どり、善戦している勇者達を見据えて、マーニャが凛と張る声でそう叫べば、
「ど、どど、どうやってでふかっ……っ、ひへっ!」
 馬車の中から、うっかり叫んで舌をかんだらしいトルネコの泣きことが後ろから帰ってきた──が。その声もあまりに小さくて、馬車の車輪の音にかき消されてしまう。
 マーニャは返事がないのが(正しくは返事はあったのだが)了承の印と受け取ったのか、らんらんと燃える瞳で前を見据えて、ピシィッ、とパトリシアに最後の奮戦だとばかりに叱咤を入れる。
「さぁ、目指すはすぐそこに見えてる森の外っ! とにかく、ユーリルたち拾って外に出さえすれば、後は私がイオラで片をつけてあげるわ!!」
 一番先を駆けるアリーナの体は、すでにもう森の出口まであと数歩と言ったところまで進んでいた。
 森がうっそうと茂る中、アリーナの背中だけはかすかな光を伴っていた。
 月星の明かりもまともに届かない森の中とは違い、獣道のあの先──木々の合間から見えるかすかな明かりは、森の外を燦然と照らし出しているに違いない。
 勝利は目前だと、好戦的にマーニャが笑み広げた──まさにその瞬間、
「待って、姉さんっ!! パトリシア、停まってっ!!」
 新たにバギマを唱えようとしていたはずのミネアから、悲鳴に近い声が飛んだ。
 と、同時、彼女は手を伸ばして、手綱を持つマーニャの手首をわしづかみにすると、とっさにそれを大きく引き寄せた。

 ひひぃぃーんっ!! ぎぎぎぃ……がごっ!!

 容赦なく引かれた手綱に、パトリシアの体が大きくのけぞる。
 馬車のブレーキがきしみ、耳障りな音を立てながら、今まで以上の衝撃で、馬車が大きくたわんだ。
 数十メートルほど突き進み、群れていたモンスターを吹っ飛ばして、ようやく馬車は動きを止める。
「うわっ!!?」
「のわっ!」
「キャッ!!!」
 ミネアの思いもよらぬ行動に、幌の中に押し込められた男どもや荷物だけではなく、マーニャまでもが御者席の上でバウンドする。
 御者席から飛び出しそうになりながら、慌ててマーニャは手綱と手すりにしがみついて堪えると、自分に半ば抱きついているような格好のミネアを、キッ、と見下ろす。
「なっ、何をするの、あんたって子はっ!」
 死ぬかと思ったでしょうがっ! ──と。
 自分の乱暴な運転のことは棚にあげ、目を吊り上げる姉に、妹は冷静な視線をチラリと向けると、
「良く見て、姉さん。」
 少し青ざめた頬を引き締めながら、ス、と腕を伸ばし──自分達が飛び込もうとしていた、森の出口を指し示す。
 薄暗い夜の闇に包まれた森の先……ほんのりと差し込む月明かりの、さらにその先端。
 アリーナが今まさに飛び出していこうとしている、その森の先は。
「……この先は、崖だわ。」
「──……っ。」
 ス、と目を細めて、冷静に囁く妹の言葉を瞬時に理解したマーニャは、ゾッ、と背筋を這い上がる冷や汗に、体を軽く震わせる。
 暗闇と明かりとのコントラストに目を奪われて──ただでさえでも見難い視界と馬車のスピード感で、すっかり分からなくなっていたが。
 アリーナが敵をひきつけながら飛び出した森のすぐ外は、ほんの数十メートルの大地を残し、切り立った崖になっているようだった。
 出口のすぐ外──開いた崖の向こう側には、ただ、夜空に瞬く星ばかりが広がっている。
 このままの勢いで飛び出していけば、間違いなく、もろともに崖の下だったことだろう。
「ここでユーターンして、道を戻らなくてはいけないわ。
 そのためにも、すぐにユーリルたちに馬車に乗るように……。」
 停泊した馬車に向かって近づいてくるモンスターたちを、バギで散らし牽制しながら、ミネアは早口に囁く。
 そうしながらすばやくあたりを見回すものの、森の出口で跳ね上がるアリーナの亜麻色の髪以外、ユーリルの目立つ色の髪も、暗闇に沈むクリフトの姿も見受けられなかった。
 どこに、と──焦りを見せながら下唇を噛み締めたところで。
「よしっ、それじゃ、トルネコさん、こういうときこそ、おおごえ、よっ!」
 いち早く回復したマーニャが、ぎゅっ、と拳を握って、幌の中を振り返る。
 トルネコの大声なら、まだ遠くに見えるアリーナにすら良く届くことだろう。
 そう思っての提案だったのだが──振り返った先に見えたトルネコは、馬車の床に沈みこんで、ピクリとも動いてはいなかった。
「──……って、ちょっとトルネコさぁぁぁーん??」
 何暢気に寝てるのよっ、……と。
 片眉をあげたマーニャが、ガンッ、と脚をあげて幌の中にふみ入って来ようとするから、慌ててライアンは片手をあげて──もう片手は先ほど転がってきた荷物がぶつかったばかりの腹部を押さえながら──、
「寝てるわけではないのだ。──さきほどの衝撃で、頭をぶつけたらしくてな……。」
 本当を言うと、先ほどの衝撃ではなく、「さっきからの衝撃で、吐き気まで催していたところへ来た衝撃」なのだが。
 フルフルと頭を振るライアンの顔色も、暗闇のせいだとは思えないほど暗い。
「えっ、あ……ご、ごめんなさいっ。とっさだったので……っ。」
 ミネアが振り返り謝るのに、いや、と沈うつに答えた後、ライアンもまた、催してくる吐き気を無理やりに飲み下して、片脇に転がっていた剣を取り上げる。
「とにかく……、俺も外に出よう。」
 何にしろ、モンスターの数は減ったものの──囲まれているに近い現状には、何の変化もないのだ。
 そう苦笑いを浮かべて、ライアンがそう呟いた言葉に、マーニャはクシャリと顔を歪めた後、
「──ま、そうね。
 でもまぁ、出口が近い分だけ、まだマシか。」
 いざとなれば、出口に向けて、メラミでもかませばいいわけだし。
 ──物騒なことを呟く魔女に、幌の柱にもたれていたブライは、ヒゲを揺らして、なんともいえない表情を浮かべてみせるのであった。