「寒いと思ったら、なんだよ、流氷が浮いてるじゃねぇかよっ!」
 船の甲板の上で、シェーヌは装備品の上から被っていた毛皮のフードを目深に下ろし、手すりから海上を見下ろすなり、叫んだ。
 冴え渡る碧の水面は、見ているだけで凍えてしまいそうな冷気を称え、白い塊がところどころに浮いていた。
 ──氷塊である。
 それを認めた瞬間、ブルリ、とシェーヌは大きく身震いした。
 確かに、ムオルを出て、スー大陸に向かうために、北へ北へと進路を取ってきたが──北に行くほど、寒くなるというのが通例らしいが。
「地図で言うと、ノアニールとそう変わんないじゃん、この辺りっ!? なんで、こんなに寒いんだよ……っ!」
 思わず目を据わらせて、はぁ、と吐き捨てた息の白さに、悪態をつきたくなった。
 シェーヌが生まれ育ったアリアハンは、冬でも雪がチラホラ舞うか舞わないかというほど、温暖な気候に恵まれていた。
 だからこそ、耳をさらけ出しているだけで、痛いほど寒いというのは、コレが始めての経験であった。
 寒い寒いと零しながら、ムオルで譲ってもらった毛皮に顔を埋めて、ふぅ、とシェーヌは手すりから顔を戻した。
 とてもではないが、いつものように船の見張り台の上にまで昇っていく気力はなかった。
 それどころか、一応見張り当番ではあるが──モンスターが出てきても、呪文で攻撃する以外、戦う気はまったくない。
 とにかく、寒い。体がガチガチなのである。
「うー……もし、バラモスの居城がメチャメチャ冷えてる場所だったら、そこら中に松明掲げないと、俺、闘えないぞ……。」
 まさか、こんなことで苦労する羽目になるとは、と呟きながら、うっすらと白く染まる空気をボンヤリと見つめた。
 そこへ、
「シェーヌっ! 見張り、交代するわよ。」
 寒さを払拭するような、明るい声が背後からかけられた。
 その声に振り返ると、身が切れそうなほど寒い中、暖かな毛布を肩からかけたティナが、両手にホカホカの湯気を立てるマグカップを片手に、笑っていた。
「おーっ、サンキュー、ティナ。」
「寒いわよねー。中でフィルとレヴァは、毛布に包って暖炉の前よ。まだまだ道のりは遠いんだから、ココであんまり薪は使って欲しくないんだけどなぁ。」
「まだまだこの寒さは続くのかよ……。」
 げんなりした口調で呟いて、シェーヌはティナから暖かいマグカップを受け取った。
 かじかんだ手に、ジンワリと暖かいソレは、ピリと熱く感じる。
「まぁまぁ、とりあえずこの先に島影が見えたら、東に進路を変えて、あとは沿岸に沿って進めば、いいんだから。」
 きっと、そう長い間じゃないわよ、と──そう笑ったティナに、そーだな、と呟きかけて……あれ、と、シェーヌは目を瞬く。
 目の前の白い息の向こうに、うっすらと緑色が見えたような気がした。
「……モンスターか何かか?」
 けれど目を眇めて、そうやってしばらく眺めているうちに、すぐにその緑色が、雪の大地にポッカリと空いた空き地なのだと気づいた。
 まるで誰かが雪かきをしたかのようだと、丸く目を見張ったシェーヌの目に、さらに信じられない光景が飛び込んできた。
「──────………………家だ。」
 そう、雪山の中、白い景色にうずもれるようにして見える──茶色い、木の色。
 その周囲に見える、緑の大地。
「──……ありえん。」
 凍てつく氷と豪雪の続く台地──人など到底住めなさそうなそこに見える家は、良く森の中などで見かける「無人」の、「旅人の小屋」のようにも見える。
 時折立ち寄る旅人のために解放された、食料や毛布、焚き火が常備された小屋だ。近くで狩りなどをして暮らしている狩人などが、時々見回ったりしてくれる。
 しかし、森の中や山の中ならとにかく、こんな北の辺境の、人が住まないような地に、なぜ「旅人の小屋」が?
 いや、雪かきをされているような状態で、緑があると言うことは、多分。
「人、住んでるって……こと、だよなぁ?」
 こんな場所に?
「え、何々? なぁにがぁ?」
 向こう側に見えるスー大陸の沿岸を見据えていたティナが、シェーヌがボソボソと零す言葉に反応して、クルリと振り返る。
 そんな彼女に、シェーヌは据わった目で緑の大地をにらみつけたまま、ん、と指差してやる。
 雪と家と緑。
 街中にあればほほえましいが、こんな辺境で見つけると、どうしたらいいのか分からない──代物を。
 途端、ティナは笑顔を凍らせて。
「…………──あ、ありえなーいっ!!!!」
 絶叫、した。
 もちろん、シェーヌもその気持ちは分かったので、冷たい手すりに頬を預けつつ、
「な、ありえねぇだろ?」
──そういう、ありえないところにこそ、オーブはあるのかもしれねぇなぁ……。
 そんな薄い期待を呟いて──上陸準備をするように、言うために、手すりから体を引き剥がした。
……寒い中、わざわざご苦労なことだ、と、自分で自分を慰めつつ──紫色に染まった唇からは、ただただ、溜息ばかりが漏れていた。

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