「私は、ロザリーさんが悲しむ顔を見たいとは思わない。
 だから、あなたにも最低限の協力を申し出るわ。」
 仲間達には決して見せない、「顔」。
 冷ややかで、押し殺した……感情を見せぬ「顔」。
 その表情を見たことがあるのは、きっと、樵のおじいさんとマーニャとミネアの三人だけ。
 リラがホフマンと出会う頃には消えた、感情を喪ったような、仮面の顔。
「最低限の協力?」
 問い返す男の眼差しは、奥の感情を覗かせないソレ。
 王者として、誰にも心を許さずにきた証たる、その瞳。
 リラとは逆に、その瞳が感情を宿すのは、ただ一人の前だけ。

 対だと、互いにいつも思う。

「ええ、最低限の協力。」
「……しているだろう。夜の見張り当番にも、食事当番にも……ほかの当番にも、わたしもロザリーも協力している。
 お前が言うから、ロザリーと別室を取るようにもした。
 ほかに何の協力が必要だという?」
 面倒だという色を隠さぬまま、苛立ちを宿して告げる男に、リラはス、と目を細めた。
「それは、協力とは言わないわ。
 それは、ただの義務よ。
 旅を同じくする以上、発生して当然の、義務。」
 言葉に刺が宿る。
 お互いに。
 それは、互いの元々の立場上、どうしようもないことだ。
 一人は天空の勇者。
 望まずにその座に着くことを求められた、まだ20そこそこの少女。
 一人は銀の魔王。
 王者の位に長くつき、多くの重臣の信頼を得ながら、ただ一人の重臣に裏切られた男。
 村の仇であり、自らが掲げる帝王の仇であり。
 互いの役目を掲げる以上、仇敵であり続ける二人。
 直接的に、間接的に、──互いの愛した人を奪いあった。
 それが故意と偶然の違いはあったけれども。
 向かい合っていると、憎しみと怒りの気持ちが、頭をもたげるのが分かる。
 けれどお互いにそれを抑えながら、正面から向かい合う。
「なら、何を求める。」
 譲歩を見せる魔王に、勇者は当然だというように頷く。
「あなたが元々人付き合いが下手だということは、ロザリーから聞いてるけど、せめて、挨拶くらいはしてちょうだい。」
 突きつけるように宣言する言葉に、「彼の愛する娘」の名を入れたのは、牽制の意味を込めているのか。
 視線が鋭くなる魔王に臆することなく、リラは続ける。
「そうしないと、ロザリーがひどく哀しそうな顔になるの。
 私も、あなたとわざわざ挨拶など交わしたいとは思わないけど──でも、ロザリーを悲しませたいわけではないし、仲間達にイヤな思いをさせたいわけもないわ。」
 互いに一時的にでも手を結ぶのならば。
 それは、必要なことではなくて?
 そう尋ねる女の、強かな色を見つけて、ピサロは唇に皮肉げな笑みを刻んで見せた。
「挨拶、な。」
 その、侮蔑に満ちたような台詞に、リラはとっさに唇を割って、「彼が軽んじる挨拶」が、人間関係でどれほど大事なことなのか……どれほど神聖視されることなのか、養父や養母、シンシアたちに叩き込まれた台詞を、一字一句間違いなく、叩きつけようとした。
 けれど、それよりも早く。
「心のこもっていないものでも、人の心に届くものなのか?」
 ──リラが口にしようとした言葉の全てを、男は、たった一言で、奪い去った。

 気づかされる。
 否応無く、気づく。
 彼は、私よりもずっと先を見て、ずっと先を知っているのだと。

「…………それでも。
 それでも……挨拶を、返そうと──しようと思う心が、あるなら。
 心はそこに、あるんだと思うわ。」

 空虚な挨拶が、どれほど心に染みないのかなんてこと……本当は、知っている。
 知っている唇で、そう吐く自分の心が、痛い。
 そういわせる彼が、嫌い。
 そして、そんな彼のせいにする自分が、大嫌い。

「──なら、いい。」

 短く答えて、彼はフイとリラに背中を向けた。
 何がいいのか。
 彼は何を認めたのか。
 残されたリラは分からないまま、ピサロの歩き出す背を見つめた。
 痛い、ような。
 苦しい、ような。


「……………………。」


 暴かれる、痛みが。


「────────…………………………っ。」


 なぜ、喉が焼きつくように居たいのか、知りたくは、ない。



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