9 砂漠





「まずは、船の中を探索だな──。」
 イニスは、古びた──けれどしっかりした船を見上げて、そうキッパリ言い切る。
 見上げた船は大きく、四人と馬車を乗せても十分活躍しそうだった。
 船体の下──喫水線の当たりには、大きな穴がいくつも開いていて、そこから巨大なモールが飛び出ている。
 その周囲を、ちょこちょことトロデ王が歩き回っている様は、まるで大きな船を見つけた魔物の子供が、浮かれて飛び跳ねているようにも見えた。
 ある意味シュールで、ある意味微笑ましい光景である。
「え!? 探索するのっ!?」
 この中をっ!?
 あからさまにイヤそうな顔をして眉を顰めたのはゼシカである。
 長い──本当にどれほどの年月風雨に晒されていたのかは分からないが、それにしてはしっかりとしているつくりは、さすがは「古代船」だけあるというのか。
 まるで化石のようなつくりに見えるこの巨大な船の、ザックリと砂に埋もれたオールにしがみついてよじ登り、その穴から中に入るのだろうが──とてもではないが、進んでやりたいことではない。
「埃やくもの巣どころじゃないぞ、こりゃ。」
 ファサ、と肩口にかかった髪を払いのけながら、やはり顔を歪めてククールはうんざりした顔を隠さない。
 そんな彼らの言葉を背に受けながら、ヤンガスは砂漠の砂に塗れた船体を撫でながら、
「なかなかしっかりした作りでがす。
 これなら、海にも浮くかもしれないでがす。」
 問題は──見渡す限りの、砂の中、どうやって海へコレを移動するか、だ。
 大きなものを運ぶには、その下に丸太を敷いて、ゴロゴロと引くだとか、車輪を点けて、押したり引いたりするものだが──。
 チラリ、と視線をやった先で、感心したような表情で大きな船を見上げている白く華奢な馬。──とてもではないが、「馬姫さま」には、こんな大きな船を引くことはできないだろう。それどころか、小さな馬車を引っ張るのが精一杯のはずだ。
「見た限りは、普通の船のようじゃのー。」
 グルリと船の外周を1周してきたトロデ王が戻ってきて、ふぅむ、と顎に手を当てる。
「陸海共用って言うわけじゃないの?」
「どっちにしても、この山に囲まれた砂漠から取り出すのは難だぜ。
 ただでさえでも砂漠の中でものを引くのは、くたびれるんだから。」
 知った風な口を利いて、ククールは肩を軽く竦める。
「ま、ダメならダメで、やっぱりアスカンタ王に頼むって言うのしかないんじゃないか?」
 それが一番楽だと、軽く笑うククールに、イニスは小さく溜息をつくと、砂漠に大きな影を落とす船を見上げて、
「──とにかく、この船を探索して、それからどうするのか決めたほうがいいだろうな。
 どうしてこの船がココに乗り捨てられているのか、知らないとな。」
「そうじゃな……ふぅむ、まずは船を調べて見て、それからじゃな。
 イニス、ヤンガス、ククール、頼んだぞ。」
 わしと姫は、船には入れんからの。
 そうきっぱり言い切るトロデ王に、やっぱり俺たちかよ、とククールとヤンガスはイヤそうな顔を見交わしたが、何を言ってもこの「ワガママ」な王様には効かないのは分かっていたし、なんとかしないことにはどうしようもないのは分かっていたので、しょうがないとばかりに肩を落とすと、
「……じゃ、ま、行くでがすか。」
「──……か。」
 さっそく道具袋からロープを取り出しているイニスを横目に、それぞれ武器をカチャンと携える。
 そのククールとヤンガスの隣を、ゼシカがパタパタと手の平で顔を仰ぎながら通り過ぎていく。
 何をするのかと思いきや、彼女は近くで船を見上げていた馬姫の手綱を引くと、
「さ、ミーティア姫。私達はそこの船影で休憩にしましょ。」
「って、おい、ゼシカっ!?」
「ゼシカ姉さん、そりゃないでげすよ。」
 しれっとした顔で砂漠にできた黒い影の下に行くと、涼しいわー、なんて呟いているゼシカを、二人は凝視する。
 そんな彼らをチラリを振り返り、ゼシカはニヤリと口元をゆがめると、
「あら、だって──こんな危険な砂漠の中ですもの。
 お姫様と王様を守る人間は必要でしょう? ね、イニス?」
「──え、あ、そうだな……。
 それにゼシカはスカートだしね。」
「ほらね。」
 ふふん、と笑うゼシカの勝ち誇ったように見える顔に、ククールは小さく、ずりぃ、とぼやいたが、それに賛成を示してくれるのはヤンガスだけであった。
 けれど、ヤンガスと視線を交わしていても、それで現状が変わるわけはない。
「──ったく、貧乏クジだな。」
 小さく、忌々しげにそう呟いて──諦めるしか、ないのであった。





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