プリン

とろけるプリン
優しい牛乳の味のするプリンです
キャラメルソースをかけて召し上がれ







ドラゴンクエスト2

「デザート」








 それは、とても天気の良い午後の日のことだった。
「プリンが食べたい………………。」
 カンカンと照る太陽の真下、船の甲板の上。
 いつものようにノンビリと濃厚なゼリーが寄せられるような波打ち際を見下ろしていたカインは、手すりに頬杖を付きながら、ぽつり、とそんなことを呟いた。
 独り言というには、少しばかり大きな声に、その背後で素振りをしていたユリウスが、怪訝そうに眉を顰めて彼を振り返る。
「────…………なんだって、カイン?」
 ふぅ──……と、抜き身の剣をおろしながら、ユリウスは幼馴染であり親友である少年の背中を見やる。
 滴る汗が太陽にまばゆく煌き、ユリウスの全身からかすかな湯気があがった。
 息をついたユリウスの体は、船員達にも負けないほど立派な筋肉がついていた。
 その、振り返った瞬間にコンプレックスを刺激されそうな肉体をチラリと一瞥して、カインは端的に答えた。
「プリン。」
「あら、いいわね〜。疲れたときには、甘いものは最高よね。」
 その声に、同じ甲板の上にいたリィンが反応して、ゆっくりと顔を上げる。
 連日の照りつける日差しにホンノリと赤く焼けた肌が痛々しいリィンは、鼻の頭に、日焼け治療代わりのアロエのすり身を混ぜたシップ薬を貼り付けている。それがまた痛々しく見せていることに気付かない表情で、リィンは首を傾げてから、手元においていたタオルを取り上げ、むあむあとむさくるしく汗を噴出しているユリウス目掛けてソレを放り投げた。
 ユリウスは、塊になって放り投げられたソレを掴み取って、慣れた仕草で首に掻けた。
「腹減ったんなら、携帯食料がそのへんにあるだろ?」
 クイ、と船室の中を示すユリウスに、カインは体ごと甲板の方に振り返った。
「そんな味気ないのじゃなくって、プリンがいいの。卵の味がするカスタードプリン。」
 ぷく、と、子供じみて頬を膨らませるカインに、ユリウスはたくましく育った首や頬に滲んだ汗をタオルで拭いながら、呆れたように片目を眇める。
「贅沢なこと言ってんじゃねぇよ、お前。
 そもそも、ココがどこだと思ってんだよ?」
「船。」
「そろそろデルコンダル領域ね。」
 返ってきた答えは、簡潔極まりなかった。
 ユリウスはその答えに、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「分かってるんだったらな……。」
「ね、ユーリ! 今度陸地についたらさっ、牛乳のために、牛買おう、牛!!」
 ユリウスが呆れたように言葉をつむぐよりも早く、カインが、いいことを考えたとでも言うように、目を輝かせてユリウスを見上げる。
「──……はぁっ!?」
 そのまま手すりからユリウスの下に駆け寄りながら、カインはキラキラと目を輝かせて、何を言われているのか理解できないらしいユリウスを見上げて、浮かれた口調で続けてくれる。
「あとね、あとね、鶏も!!」
「あら、それなら柵がいるわね。」
 船室の壁に背を持たれた体制で、ニヤリとリィンが口元を緩めて、カインの提案に「案」を持ちかける。
 そんなリィンの台詞に、そっか、とカインがパフリと手を合わせるのに、ユリウスは、冗談じゃないと顔を大きく歪める。
「って、こら、ちょっと待てリン。お前まで何ふざけたこと言ってやがるんだ!?
 どこの世界に、船に生牛とか生鶏とか飼うヤツがいるって言うんだよ!」
 チャキン、と小さく音を立てて、剣を鞘に収めると、ユリウスはソレを壁に立てかけて、バカも休み休み言えよとリィンをジロリと見下ろす。
 けれどリィンは、真上から落ちてくる彼の視線をまるで感じない涼しげな表情で、手元の薬草図鑑を見ている。
 今チェックしているのは、日焼け止めの軟膏の作り方だ。──鼻の頭や頬の皮がむけるのは、一度で十分だ。
 そのそらっとぼけた表情に、ユリウスはムッと唇を歪めて、彼女の方へと腰を折ると、リィンがそこでようやく視線をあげて、
「──あら、どこにもそんなことをしたことがないなら、あんたがその最初の人になればいいだけの話じゃない?」
 からかうような口調で笑ってくれる。
 そんなリィンに、ふざけんなと、ユリウスが怒鳴ろうと口を開いた刹那。
「やったねユーリ! ユーリがいつも言ってる、【前代未聞を行う伝説の男】になれるチャンスじゃない!!」
 カインが一石二鳥だと、心の奥底から楽しそうに快声をあげて万歳してくれた。
「って、アホかぁぁーっ!! んなアホな称号はいらんわ! んなもん持ってても、女にもてねぇだろ!」
 思わず、壁に立てかけておいた剣を掴み取って、それをカインに向けて投げたくなったユリウスの心境を、攻める人間はいなかったが、突っ込む人間はいた。
「いつ、あんたが女にもててたのよ?」
 ぱたん、と本を閉じて、リィンは目を眇めて彼を見上げる。
 その冷めたリィンの視線にも声にも気付かず、ユリウスは片手をガンッと壁にたたきつけて、
「つぅか、なんてナンパするんだよ、ええ!?」
 カインを睨みながら、そのままコロリと反転するように、キランと目を男前に輝かせながら、顎に手を当てて、作り声で続けた。
「『やぁ、彼女。俺は世界で始めて船で生牛と生鶏を飼って、毎日プリンを食べてた男なんだけど、そこでお茶でも一緒にどう?』
 とか言うのかよっ、あぁんっ!?」
 ヒラリと身を翻して、ふたたびカインに怒鳴りつけるユリウスに、思いっきりリィンが胡乱気な眼差しで、
「バカじゃないの?」
 と呟く。
 そんなリィンの冷ややかで呆れた声を受け取るように、ユリウスに目の前で力説されたカインは、緩く首を傾けて、
「ちょっとイマイチだと思うよ、そのナンパ方法。」
 ノンビリと、ユリウスのナンパ方法を評価してくれた。
「イマイチとかそういう問題じゃねぇよ! プリン食いたいなら、触感が似てそうなうみうしでも食っとけよ、カイン!」
 船に生牛だとか生鶏だとかを乗せようとした常識ハズレな分際で、良くも俺のナンパを評価できるな……っ。
 握り拳でそう訴えるユリウスに、カインは下唇を突き出して、ユリウスに叫び返す。
「塩かけたら溶けちゃいそうだからヤだ!」
 その子供じみた仕草に、そういう問題かよ、とユリウスが眉を顰めると同時、
「生臭いのなんてプリンじゃないわ。」
 リィンが立てかけた膝で頬杖を付きながら、ふ、と短く吐息を零す。
 彼女はそのままの体勢で、小ばかにしたようにユリウスを流し目で見上げると、
「プリンの代わりにウミウシだなんて、あんた、それで良く女に持てるなんていうものね? 暑い中で素振りして脳みそ溶けたんじゃないの? ちょっと海に落ちて冷やしてきなさい。」
 ふふん、と鼻先で笑った。
 その、どう考えてもバカにされているとしか思えない態度に、カッ、とユリウスの目の前が真っ赤に染まる。
「──って、どういう意味だよっ、そりゃ!」
 リィンの腕を掴もうと腕を伸ばす。
 そのまま、彼女の細い腕を掴んだ瞬間、カインが、驚いたように背後で声を上げる。
「ユーリ、脳みそ溶けてるの!? それじゃ、ますますプリンになっちゃうよ、ユーリが……っ!!」
 悲痛な──悲痛な色を含みすぎた悲鳴にも似た声に、ユリウスはリィンを引寄せるどころか、逆にガクンと膝を折らざるを得なかった。
 リィンの冷ややかな視線を受けながら、ユリウスはグッと腹に力を込めて、身を起こしてカインを振り返る。
「ってお前もワケわけんねぇよ、カイン! お前こそ頭溶けてるんじゃねぇのか!?」
 ──全く、悲鳴を上げたいのは俺のほうだ!
 そんな叫びを言外に滲ませてユリウスが叫んだ声に重なるように、リィンがひっそりとしのびやかな笑みを滲ませて、
「ユリウスほどじゃないんじゃないかしら?」
 そう──囁いた。
 けれど、リィンの楽しげなその言葉は、残念ながらユリウスに届くことはなかった。
 なぜなら彼は、リィンの手を話して、カインに向けて歩き出してしまっていたからだ。
 リィンはそのたくましい背中を見送って、その肩の向こうに見えるカインのキョトンとした顔を認めて──ふふん、と楽しげに鼻を鳴らして笑った後、先ほど閉じたばかりの本にふたたび手を伸ばした。


 空は青く果てなく明るく──この程度の暇つぶしじゃ、ぜんぜん暇はつぶれやしない。








 仲良しさん