DQ4 プリン談義
彼は、グッと拳を握って、目の前のテーブルに向かって吐露する。
「やっぱり、プリンは、口の中でとろけるように柔らかくって、スプーンで掬うと、こう、かすかにフルフルしてるのが一番だよなっ……っ!」
それに対し、彼の隣に立ちながら、眉を寄せる少女はこう反論する。
「でも、それだと歯ごたえがないわ。
やっぱりプリンは、スプーンを入れようとしたら、ぷるんってはじける感じがないと、プリンじゃないわ……っ。それで、すっごくカスタードの味がするの!」
そう、それ以外、プリンとは認めない……っ!
ぐぐ、とこちらも強く拳を握って宣言すると、少年はそんな彼女を間近に見下ろし、ふふん、と鼻でせせら笑った。
「それじゃ、アレだな? 今日のオヤツのプリンは、アリーナはいらないわけだ〜?」
「誰もそんなこと言ってないじゃないの!」
あざ笑うようなセリフに、カチンと眉を跳ね上げて、アリーナは至近距離に見えた少年の襟首をグイとつかみ取る。
「それにね、今日のプリンが、ユーリル好みだとは限らないのよ?」
「はっはーん、クリフトがオヤツ当番の日ならとにかく、今日はミネアなんだぜ?」
ユーリルは、間近に迫った少女のスミレ色の瞳を覗き込んで、ニヤリと悪役のように笑って見せた。
そのまま、はっ、と小バカにしたように首を傾げて笑い飛ばした後、
「この間のプリンが、おまえ好みだったから、クリフトと違って僕にも平等なミネアは絶対、口の中でトロリととろけるプリンを作ってくれるに違いないぜ!」
無駄にランランと瞳を輝かせて断言するユーリルの言葉は、確かに真実味が高くて──アリーナは、クッ、と悔しげに呻いた後、ユーリルの襟首から手を離した。
「確かに、それは一理あるわ──……、クリフトが私好みのプリンを作ったら、ミネアはきっと、ユーリル好みのプリンを作るに違いないわね……。」
悔しそうに下唇を噛み閉めるアリーナに、そうだろうそうだろう、とユーリルはゆったりとした動作で頷いた。
それから、勝ち誇ったような笑みを口元に馳せてみせる。
「とうぜん。」
「──なら、今日はとろけるプリンってことね、オヤツは。」
アリーナは、どこか残念そうな響きをこめて、がっかりと肩を落として呟く。
けれどすぐに気を取り直したように、ピョコンと顔を跳ね上げると、
「ま、それでもいいわ。ミネアの作るプリンも美味しいもの! 牛乳と生クリームの味がホンワリと優しくって、いくつでも食べちゃえるわ!」
キラキラと輝く瞳で、オヤツ作りに奮闘しているミネアの後姿をウットリと見つめる。
背中しか見えないから良く分からないが、激しく動いているミネアの右腕はきっと、ボウルの中に入った玉子を掻き混ぜている動きに違いない。
──それにしては、ずいぶん激しく動いているのだが、そんなことに普段まともに料理をしないアリーナやユーリルが気づくはずもなかった。
「そうそう、俺、三個は軽くいけちゃうぜ。
あの、とろーりと生地と混じっちゃう、甘いカラメルもいいよな〜。」
「あら、私はやっぱり、ちょっとしっかりした感じのほろ苦いのも好きだけど。」
「とろけるプリンには、甘いカラメルのがいいんだよ。ほろ苦いのは、カスタードプリンとか焼きプリンだろー。」
「ユーリルは、カラメルを上からかけすぎるのよ。もう少しこう、生地の味をね……。」
「そういうアリーナは、プリンに生クリームを乗せるだろ? あれは邪道だ! だって、プリンの中に生クリームが入ってるんだぞっ!?」
「その上のチェリーはユーリルだって好きじゃないの。」
結局、額を付き合わせるようにして、熱くプリンについて口論しはじめる2人に、ボウルを掻き混ぜる手を止めたミネアは、あきれたように肩越しに彼らを振り返った。
「…………どうしましょう……すごく、期待されてるみたいだわ──。」
困った、と、良く泡立ったメレンゲが、こんもりと盛り上がったボウルを小脇に抱えて、小首を傾げて、ミネアは横に置いてあった型をチラリと見下ろす。
確かに、玉子も割った。
確かに、牛乳も入れた。生クリームも用意した。
──けど、
「今日のオヤツは、シフォンケーキであって……プリンじゃないんですけど。」
たっぷりと泡立った白い固まりは、生クリームではなく、メレンゲ、だ。
そして、ユーリルとアリーナに見えない位置にあるボウルの中には、黄卵生地が、メレンゲと混ぜられるのを、今か今かと待っている。
それとメレンゲを交互に見ながら──ミネアは、アリーナとユーリルの、熱い討論を耳にしながら、さて、どうしようかと綺麗な眉を寄せて見せる。
「────…………、シフォンケーキにかけるのを、カスタードクリームにしようかしら? ……ううん、それだと、味が濃すぎるわよね。」
二つのボウルを、手順どうりに混ぜながら、ミネアは小さく溜息を零して──とにかく、シフォンケーキが焼きあがるまでの間に、プリンも作るか、あの2人の不毛ないい争いを止めるか……、それを、考えよう。
今はとにかく、そんなことしか、思いつかない自分に、ちょっとだけ自己嫌悪を覚えて──、シフォンケーキ生地を、型の中にとろとろと入れはじめた。
──滞りなく続く、アリーナとユーリルのプリン談義を、背中に聞きながら。