FF7AC おやつの時間
昼食の片付けを終えて、ティファは水に濡れた手のひらを軽く振った後、ポットの上で乾かしていたふきんを取り上げて、それで水分を拭い取った。
そのままフキンを洗い物のかごの中に放り込み、続けて冷蔵庫のドアを開いて軽く眉を寄せる。
「……玉子が切れてるわ。」
店が開く夕方になる前に、買いに行かなくちゃ、と、冷蔵庫のドアに張ってある買い物メモに付け足しながら、さて、どうしよう、と体を起こした。
昨日、ユフィが遊びに来た時に持ってきてくれた、エアリスのお母さんお手製のクッキーは、昨日のうちに無くなった。
今日のオヤツに使うつもりで昨日の夜に焼いておいたスポンジケーキは、冷ましている間に「どこぞのねずみ」に食われてすっからかん。
「──ったく、ライフストリームの分際で、食べすぎなのよ、あの子達ったら。」
しかも、シロップも何も塗って居ない、サラの状態のスポンジだったのに、何がそんなに美味しいのかしら、と、ティファはあきれたように呟きながら、冷蔵庫をパタンと閉じる。
眉間に皺を寄せながら、ティファは時々ライフストリームから湧いて出てくる「ねずみ」の顔を思い浮かべて、まったく、と指をポキリと鳴らした。
今日の夜、夕食の席にこっそり現れたら、三人揃って耳を引っ張ってやるわ、と心に決めて、冷蔵庫に背を預けて、うーん、と顎に手を当てる。
冷蔵庫の中には、スポンジケーキをデコレートしようと思って買ってきた生クリームと、イチゴが入っている。
デンゼルが愛飲している牛乳だってたっぷりあるから、ムースかババロアを作って見てもいい。
──……けど。
「イチゴババロア……を作るには、ちょっと時間が足りないかしら?」
出来れば、今すぐ冷やし固めれるような物じゃないと、ダメね。
ティファはそう判断して、冷蔵庫の中から生クリームと牛乳を取り出し、それをサイドテーブルの上に置いた。
それから、確か先月買ったばかりの──と、上の棚を探って、杏仁霜とゼラチンを取り出した。
「今日のオヤツは、杏仁豆腐にしましょ。」
教会に居る孤児達の分を考えて、量を測りながら、手鍋──ではあふれてしまうから、深鍋の中に牛乳と生クリームを開けた。
弱火にかけて、今度は杏仁霜と砂糖をあわせて、それを丁寧に解きほぐした後、鍋の様子を一瞥して、棚の中からガラスの器を取り出そうとして──そこで、ティファは一度手を止めた。
器が、足りない。
「──……おかしいわね……。」
普通の一般家庭に十数人分の器がないのは当たり前だが、ココは店屋だ。
ガラスの器だって、つまみを盛るのに使うから、30個以上は常に置いている。
マリンやデンゼルが、店を手伝い始めた頃は、しょっちゅうガラスを割られて、20個を切った時もあったが、最近はそんなこともないはずなのに──、
「…………、っと。」
眉に皺を寄せて、昨日の夜、店を閉めた後にどこか別の場所に仕舞い込んではいないかと考えたところで、ティファは鍋から聞えた小さな音に、慌てて鍋の前に立った。
白い牛乳の淵が小さく泡立っているのを見て取り、鍋を軽く掻き混ぜた後、コンロの火を落とした。
そして、ボウルの中にゆっくりと暖めた牛乳を落としながら、ティファは、困ったように唇をゆがめる。
「本当に、どこに行ったのかしら……?」
確か、昨日の夜──棚を閉めた時には、確かにあったと思ったのだけど。
この量では、今夜店を開けやしないと、ティファは杏仁霜が溶け切ったのを確認して、棚の中からミニグラスを取り出した。
別に置いてあったゼラチンをお湯で溶かして、それを更に注ぎ込み、漉し器で漉しながらそれをミニグラスに注ぎ込んでいく。
白い乳白色の液体を丁寧に注ぎながら、ティファは小首を傾げて──、
「クラウド──が、棚の中を触るわけは無いしね……。」
本当に、どこへ行ったのかしら、と。
ボウルの中の最後の一滴までミニグラスの中に落としこんだ──その瞬間。
「……今日のオヤツ──、ホットケーキじゃないんだ……。」
カウンターの向こう側から、ガックリと落ち込んだ声が、聞えた。
「…………………………ロッズ?」
片眉を顰めて、ティファは脳裏にいかつい顔を思い浮かべながら問いかける。
その声に、カウンターの向こう側から頭がひょっこり覗いて……鋭いようにしか見えない眼差しが、潤んでいた。
「──ホットケーキ……食べたかったのに………………。」
ガックリ、と首を落としたロッズに、ティファは頭痛を覚えたように人差し指を米神に当てる。
「ロッズ──、あなた、もしかして。」
「カダージュが、ガラスが無かったら、プリンじゃなくなるって言ってたのに……。」
イジイジ、と──巨体に似合わない仕草で、いじけ始めるロッズに、ティファはピクリと顔をしかめた。
「────…………カダージュ。」
低く──感情を抑えた口調で三兄弟の一番上の青年の名を呼べば、
「これ、食べれるの?」
ティファのすぐ後ろに「涌いて」出た青年が、彼女の肩越しに「杏仁豆腐」として固まるはずの物体を指差し、イヤそうに顔をゆがめた。
ティファは、無言でその声に目を閉じると、何の予備動作もナシに、肘鉄を後ろに繰り出した。
「──……っと、……ティファ姉さん、乱暴だ。」
「勝手にスポンジケーキを食べておいて、さらにホットケーキが食べたいって言う理由で、器を隠すほうが乱暴だわ、カダージュ。」
「ホットケーキを食べたいと言ったのはロッズだ。」
カダージュは、ヒョイと肩をすくめて見せて、スルリとティファの隣をすり抜けて、彼女の前に置かれていた杏仁豆腐を取り上げる。
そして、ミニグラスの中に、トロリととろけた液体を右へ左へと傾けて見せ──鼻先を杏仁豆腐に近づけ、
「……変な匂いがする。」
「あなたたちには、どんなものでも変な匂いじゃないの。──ほら、あんた達の分はないのよ。」
カダージュの鼻先からソレを取り上げ、ティファはステンレスバットを取り上げて、そこに水と氷を注ぎ込んだ。
その中に杏仁豆腐を入れたミニグラスを入れて──、どいて、と、ティファは手のひらでカダージュの胸を押した。
「──……俺の分もないのか。」
「…………………………………………。」
ガックリ、とロッズがカウンターに額を押し当てて、眉を寄せる。
ティファは無言でそんなロッズを睨み下ろしたが、涙目の情けない顔を横目に──はぁ、と諦めたように溜息を零した。
「わかったわよ……ロッズ。あなたには私の分をあげる。」
「……!」
ビビッ、と顔をあげるロッズに、ティファは淡く微笑みを零すと、
「その代わり、後で玉子を買いに行くのに、付き合うのよ、ロッズ?」
「うん。」
コクコク、と頷くロッズの──その巨体に似合わないかわいらしい仕草に、ヤレヤレ、とティファは大きく息を吸い込んで……吐き出した。
そんなティファの背中を見つめて、カダージュは柳眉を顰めると、
「…………僕の分は?」
「………………………………………………。」
スポンジケーキを食べておいて、まだ食べる気なのか。
ティファは軽く眉を顰めた後──けれどこのままだと、冷蔵庫で冷やしている間に、杏仁豆腐が全部なくなってしまうかもしれないと、そう分かっていたからこそ。
ティファは、頭痛を覚えたように米神に指先を押し当てて──それから、ゆっくりと唇から零すように吐息を漏らした。
「今度から、絶対に、黙って食べないと誓うなら……いいわよ。」
今日のオヤツタイムもきっと、いつものように銀髪の兄弟が加わるに違いない。
──それは、予感ではなく。
数時間後に訪れる、未来。