DQ2 仲間
つい先日のことである。
船で旅をするユリウス達一行が立ち寄った港町に、それはそれは美しい娘が居た。
彼女は器量よしで性格も良く、立ち寄った旅人であるユリウス達に、それはそれは良くしてくれた。
特に彼女は、自分の街には居ないタイプの精悍で野性味溢れる(ように見えたらしい)ユリウスに、興味を引かれたようで、始終彼を誘惑(ユリウスいわく)しているような態度が見えた。
誘惑している、と言う点において、カインとリィンは首を傾げたが、彼女がユリウスに気がありそうだ、という点に関してだけは、頷くことができた。
そんな二人が、親密になるのに3日もいらなかった。
フェミニストであるユリウスと、世間知らずなところもある娘は、みるみる内に仲良くなり──……そうして。
「ごめんなさい……ユリウス様。
わたし、あなたのことは素敵な方だと思うのですけど……、私の好みは、もう少し、ワイルドな方なんです。」
ユリウスの野性味溢れるように見えるのは、単なる見せ掛けだけだと知られたことにより、その関係はアッサリと幕を閉じた。
ユリウスの何回目になるか分からない恋は、こうして、船が出港するのを見計らったかのように、終わりを告げたのである。
──アレから、2日。
ユリウスは、失恋に心を痛めて、まだ立ち直れてはいなかった。
戦闘中にポカミスはするわ、大きな傷は負うわ、甲板掃除をしながら甲板から落ちるわ。
とてもではないが、使えなさ過ぎる状況に、カインとリィンは、一体何度目になるか分からない「ユリウスを励まそうの会」を開くことにした。
そうして今──二人は、温かなコーヒーを入れて、香ばしい香のビスケットとチョコレートをお茶請けに、船内のリィンの部屋で、急遽オヤツタイムを作ったのである、が。
「……──はぁ。」
ユリウスは、頬杖を付いて溜息を零すばかりである。
「──────…………ねぇ、カイン? このうっとおしい男、やっぱり海に叩き落したほうがいいと思うのよ、私。」
部屋の主であるリィンは、イライラと薄いピンク色のレースが付いたテーブルクロスを、指先で弾きながら忌々しげにコーヒーを口に含む。
リィンが手ずから入れたコーヒーにも、まるで手をつけず──それどころか、テーブルの中央に置かれた、一輪挿しの造花をボンヤリと眺めては、溜息を繰り返すユリウスは、慰めるだとか励ますだとかの言葉が、あまりにも素通りしすぎていた。
「うーん、リィンの部屋だと、安らぎっぽくていいかと思ったんだけど、逆効果だったかなぁ?」
クリ、と小首を傾げるカインは、自分たちの男部屋とは違う、かぐわしい香に包まれた部屋をグルリと見回す。
リィンは、年頃の娘らしく、戦争で荒む毎日で心安らぐ彩が無いのは許せない、と、立ち寄る港町で、色々と買い込み、己の部屋を過ごしやすい空間に変えていた。そのため、この甘い花の香が漂うココは、船を操る船員達から「聖域」呼ばわりされていた。
男部屋と名づけられたカインとユリウスの船室は、この部屋のように甘い花の香ではなく、薬草の香がする。──しょっちゅう怪我をしているユリウスが、毎夜毎夜新しい薬草を貼り付けて寝ているのも原因であるが、そんな彼のために塗り薬を壺単位で常備しているカインの薬草壺が原因でもある。
余談であるが、この船の船員達からは、リィンの部屋を「花部屋」、ユリウスとカインの部屋を「薬草部屋」と呼ばれていたりする。
そんな、ユリウスとカインの部屋に比べて、いい香のする──いわば、連日の戦いや気の抜けない日々から開放されそうなほど、リラックスできる空間であるはずのリィンの部屋なら、ユリウスもきっと、辛いことを忘れるに違いない、と、思っていたのだけど。
「女の子の部屋って言うだけで、彼女のことを思い出しちゃったのかも……。」
これは、企画の段階からすでに、失敗だったのかもしれないね〜、と言いながら、カインは自分の前に置かれたコーヒーカップを取上げる。
その中身は、ユリウスの前に置かれた濃厚な色と香のソレよりも、ずっと薄く、カフェオレのような色と甘い香を漂わせていた。
それに口をつけながら、うーん、と、カインはユリウスの顔を覗きこむ。
けれど、自分の世界に入って考え事をしているらしい彼は、溜息をつくだけで、カインもリィンも見てはくれなかった。
「まったく、みっともないわよね。ちょっと失恋したくらいで何よ。」
「でも、今回は、ちょっと本気だったみたいだもんね……。」
かわいそうに、ユーリ。
そう呟いて、カインはおもむろに手を上げて、よしよし、とユリウスの頭を撫でてあげた。
そうすれば、ユリウスから、
「俺はいつだって本気だ…………。」
小さく──耳を良く澄ませないと聞こえないほどの反論が返ってきた。
そんな彼に、リィンは溜息を零すと、目の前の皿に盛られたクッキーをヒョイとツマミあげ、
「ほら、甘い物でも食べて、ちょっとは元気出しなさいよ。」
「………………──────。」
無理矢理ユリウスの口の間にクッキーを挟み込めば、もごもご、と彼の口が小さく動いた。
けれどそれに構わず、リィンはクッキーを丸ごとユリウスの口の中に放り込んで、
「だいたい、あんた、アレでお付き合いすることになってたら、どーなったと思ってんのよ? 生きて帰れるかどうかわかんない男をずっと待ってろって言うつもり?」
「──……そ、んなの……。」
モゴ、と、ユリウスがクッキーを飲み砕き、クシャリと顔を歪めるのに、リィンは行儀悪く頬杖を付きながら、呆れたようにその顔を見上げる。
「それともなぁに? 彼女に着いて来いって言うつもりだったの? こんな、明日があるかどうかもわかんないような、危険な旅に? 旅慣れてる船員達ならとにかく、あんな、町を出たこともないような娘に? ──はっ、それこそ、明日も知れない恋じゃないの。」
「──────……………………そりゃ、そうだけど、さ。」
ツラツラと反論しようもないことをキッパリと言われて、ガクリとユリウスは肩を落とさずにはいられなかった。
そんなことは分かってる。
分かってるけど──だからって、惹かれる気持ちを止めることなんて、神様でもない限り、できるわけがないじゃないか。
だから──だから、こうして、落ち込んでるんじゃないか。
「だから。」
リィンは、うつぶせになったユリウスの顎を掴んで、クイとあげさせると、その漆黒の瞳を覗き込む。
間近で見た彼女は、不機嫌そうで──それでいて、心配そうな色をその中にちらつかせていた。
「一生に一度の、燃えるような愛がしたいって言うなら、この旅が終わってからすればいいのよ。
──あんた、見た目だけはいいんだから、それに勇者って言う箔がついたら、よりどりみどりじゃない?」
最後の言葉は、ほんの少しだけ蓮っ葉に、ツン、と顎をそむけて早口に言ったリィンに、ユリウスは軽く目を瞬いた。
「うん、リンの言うとおりだね、ユーリ。
僕も毎回毎回言ってることだけど、僕達はまだ、全然若いんだから──世界はこんなに広いんだから、君が出会う運命の人は、まだたくさん居ると思うよ?」
そして、カインは柔らかに微笑みながら──やっぱりこういう時は、リンに任せて正解、と。
そう、笑いながら言った。
ユリウスは、カインとリィンとを交互に見やると、少し黙って──それから、まだ胸に残る痛い棘の上に手を当てながら、
「……ったく、おせっかいだよな〜──お前等も、さ。」
ありがとう、なんて言えなくて、ただ、小さく笑ってそう呟いた。
そんなユリウスに、幼馴染二人は、言葉には出さずには微笑んで答えてくれた。
「って、おい、カイン!? お前、さっきから何をしてると思ったら──なんだよ、この俺のコーヒー!?」
「ユーリが、苦いのは辛いって言うから、砂糖入れたんだけど?」
「アホっ! 苦いって言うのは、コレが苦いって言うんじゃなくって、失恋だよ、失恋っ!」
「えっ、そうなの!? 僕、てっきり、ユーリも味覚が変わったものだとばっかり……っ!」
「言っとくけど、淹れなおしたりしないから、それ、ちゃんと飲んでよね。」
「なにぃーっ!?」